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エルダーゲート・オンライン  作者: タロー


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ソウマ編 虚悪と勇者

小高い丘の上、ゴブリンに指示を出していた青コートの男が、自身の髭をしごきながら自軍の戦況を確認している。

最初は余裕そうな顔付きだったのだが、ソウマの登場により顔がどんどん険しくなっていく 。


一瞬の光の矢が次々とゴブリンを射ぬく光景はとても現実的には思えなかった。


「あの攻撃は!!どこから来る?可笑しいだろうが」




イライラは積もり、極め付きは、自慢のゴブ・イクスペリンⅡが為す術もなく倒れた事で爆発した。


「クソくそクソくそクソ…誰も彼も私の邪魔をしおって!この私、クローゼン・エスミダッド様だぞ!

100年を生きるこの私のゴブリン軍隊が…この間はムシケラ如きに200体以上とゴブリン・ジェネラルまで減らされ…今度はここでもか」







苛立つクローゼンの背後にもう危険が迫っていることも知らずに…。









青コートの髭男…クローゼンが()として生きた100年も昔の話だ。


とある国の末端貴族に位置し、幼い頃から身体を動かすよりも読書を好む大人しい性格だった。

彼は大人になり、領地運営をしていた親から国の遺跡調査部へと口利きしてもらい、そこへ配属された。


国の遺跡調査には魔物の襲撃などの危険も伴うが、それは護衛が付いているため余り気にしたこともない。

それよりも遺跡から発掘される、埋蔵している本達を誰よりも早く調べる事が出来る…その喜びの方が勝っていた。

死ぬ時はどうせ死ぬ。それまでに一冊でも多く本を読んで死にたいと考える変わり者でもあったのだ。


とある遺跡が発見され、早速調査の為の先見隊にクローゼンが含まれた。

若くやる気に満ちているクローゼンは周囲の目に好ましく映っていた為だった。



今よりも500年は昔の建築様式で立てられた遺跡は、外観は損傷箇所が酷いが内装は何とか無事だった。


風化した書物と、読めなくなった書物とを区分けしていると、中に無事な本が在ることがわかった。


タイトルが古代文字が書かれており、【***写本】と名の付く古びた外観と厚い書物。

学術的な古き匂いを放つ書物に心惹かれるものを感じ、手に取る。

しかしいざ開こうと思うが…めい一杯力を込めても開かない。

良く見ると、本には小さな鍵前がつけられており、どうやっても開く事が出来なかった。


本を開こうと余りに力を入れすぎ、外装で薄く手を切ってしまった。

僅かに滲む程度の血液だったが指の腹とページにつく。


しまったと、慌てて手を離すと、あの鍵前がついた書物が僅かに光っている事に気が付いた。

つい手に取ってみると、書物の鍵前に血の滲んだ指が触れると…バァーンと古い鍵前が弾けとんだ。



衝撃で本を取り落とすが、落ちた本のページが勝手に開き始め、自動的にパラパラとめくれ始めた。

そうしてある部分で止まったとき、血で描かれた血文字が浮かび上がり、そこにはおぞましき内容が書かれた文があった。


魔力文字を専攻していたクローゼンは、何とかその内容を読み取る事が出来たのだが…この場合は読み取れた事が幸せとは限らなかった。




恐ろしくなったクローゼンだったが、書物に書かれた内容である負の叡知の一端に惹かれていく。

日に日に書に魅入る時間が多くなり、強くなる。

次第に自制が効かなくなったクローゼンは、供物として人間を捧げる禁断の儀式に手を染める。


自分でも何かが可笑しいと思っていたが後戻りは出来なかった。

この関わる人の悪意を増幅させる書物の存在にも気が付かずに………。



死にかけの奴隷を買い取りすると、家の地下室で儀式を行った。

奴隷には睡眠薬入りのスープを飲まし、抵抗できない状態となっていた。

その奴隷の胸にナイフが突き刺さった。


抵抗らしい抵抗も出来ないまま、奴隷は息絶えた。


書物を置いて噴き出す血を吸わせると、暗闇の霧が室内に立ち込めていく。

成功した儀式によって召喚された強大なチカラを秘めた【負の存在】が姿を現した。


贄を対価に呼び出された存在より新たな知識を深める…()の叡知の一端を知るとされる内容の全貌だ。


頭部はネジくれた両角をした山羊に、強靭な成人男性の肉体と蛇の尻尾、下半身は蹄のある牛といった異形の姿で現れたソレは、背に蝙蝠のような羽を4対で宙に浮かんでいる。


呼び出した【負の存在】に怯えながらも興奮している様子のクローゼンに取り引きを持ちかけた。

その業深き知識欲に…。


召喚された【負の存在】は己を深淵たる知識の悪神と高位眷属と教える。


曰く、お(クローゼン)が気に入ったと、喜ぶ。


召喚されしモノは、長きの停滞に娯楽にも飢えていた。

クローゼンに召喚されたのも、丁度良い暇潰しの一興と幾ばくかの期待を込めて…偶々クローゼンが選ばれたに過ぎない。本人は知らなかったが。
















悪神の高位眷属たる古代書の番人は名を【バフォメット】と名乗った。


ここより違う異界にて遥か昔からバフォメットは幽閉されているのだと言う。

この古代書自体が彼の者の血肉で作成された書物で、資格がある者が贄の血を捧げて触れば封印が解かれる…と教えてくれた。


契約によりバフォメットを崇拝する事で加護を与えられ、もたらされたのは禁忌の秘技【堕魂契約(デスペラード)】。

悪神や邪神が己の眷属に対して魂から魔と邪を取り込み堕落させ、尖兵となるべく強化させる為に良く使われる業に近い。


使用者の魂に対象の魂を刻む禁忌を含んだ闇の秘技である。

クローゼンの魂の中に1部として吸収され、徐々に侵食する魂へと取り込まれたのであった。


それは人を捨て、新たな存在として生まれ変わっていくことであった。




元々学者であったクローゼンは腕っぷしは強くない。

魔力文字は読めても本人には適正属性が現れず、魔法は全く使えない。

低レベルの魔物ですら戦ったことすらない一般人。レベルも最低限の強さでしかない。



それが与えられた加護によって肉体や魔力を強化されて…ようやくベテラン未満の冒険者と良い勝負が出来るかどうかだった。

眷属となった時に、眷属主であるバフォメットの司る属性の1部が新たな身体に適応した。

その事により邪属性が発現し、邪属性低位の魔法が扱えるようになった。


バフォメットは全てを終わらすと再度書へと還り、己が宿る写本を常に持ち歩かせるように、クローゼンに念話を使って言い聞かせた。










これより生まれ変わったクローゼンは経験値を蓄えるために弱い魔物を狩ったり、時に冒険者を雇ってパワーレベリングをしたりと着実に経験を重ねていった。


堕魂契約(デスペラード)】によって普通よりも多く取り込める経験値は、人を超えた感覚に僭越感をもたらしていく。

遂にある時、普通の人間種から人の枠を越えて【虚悪の使い魔】へと負の属性進化を果たした。



人よりも寿命が遥かに長くなり、全く老いがこない肉体。

そして派生ジョブに【生念縛者(マリオネッター)】と呼ばれる他者を操る事に特化した補正しかない特異なジョブへ就いた瞬間、更に人外へと正式(・・)に進化した。





バフォメットの深い部分に繋がれた事で発現した新能力。



それは、知識欲に取り憑かれたクローゼンにうってつけのスキルであった。

対象(死体及び生体どちらでも可能)に触れ、自分の肉体へと取り入れる事でその対象が持つスキルを解析する法外なスキルである。


さらにスキルを解析することで得た知識から、そのスキルの1部を術式へと時間をかけて再構築。


その出来上がりはスキルの能力は元となったオリジナルよりは落ちるが、術式付与魔法とでも言う固有魔法になった。




固有魔法による術式を扱うには、生体と術式との相性が合わなければ異物としての拒否反応が強く不可能だ。

そのため、出来上がった術式を生体に組み込む外科手術と生体実験に暫く明け暮れた。


その成果もあって何とか近代、使えるようになった。その確立される技術のために何れだけの命が奪われたのかは知る由もない。


それから幾年も人の姿に化けて、興味を持った人種や魔物を見つけ、 更に秘密裏に研究を続けてきたのだ。


クローゼンが人体実験や魔物のスキルを独自に解析した術式の幾つかは、軍に流用されたり、錬金術師達や鍛冶師達の新しい可能性に結んだものもある。


本人は世のため…ではなく、知識を得てただただ解明したいだけで結果が後から付いていたのであった。

しかし上記のように世の中の役に立つ…以上に、生きとし生ける者の人権も人生も関係なく不幸をもたらしてきた方が多いクローゼン。

それは、他者を陥れ、未だ見ぬ不幸を呼ぶ事になるだろう。


バフォメットはそんな破滅的に人生を変えさせてきた(クローゼン)を気に入り、死の際にはその縛られた魂を糧に喰らってやろうと密かに狙うことにした。

それは裏切りを伴う極上の甘露の味だろうと、書に大人しく封印され続けている。




そんな事も知らないクローゼンは、倫理観を越えて溢れ出して止まらない知識欲を満足させる為にと、加護を得ても、一流と呼ばれる者達に比べれば未だ弱い自身の戦闘能力の低さから、他に手足となる配下を求めていた。




戦闘能力の低さをどう補うのか??


そこで現状を打開すべく闇スポンサーのコネすら使い、調べ上げた結果、ある国の魔法の品である(サークレット)の情報に辿り着いた。

それはゴブリンであれば(キング)以下の階級であれば、無条件で配下における強力な支配の魔法が込められた逸品との事だった。


とある貴小鬼(ハイゴブリン)の国へと入り込み、 命からがら盗み出せた貴重な品である。


その時にクローゼンと言えども、秘宝を守る精強な貴小鬼(ハイゴブリン)達からの手痛い反撃を喰らっており…そのままでは消滅する可能性があったのは痛い思い出だ。


元々学者であり戦闘のプロではない。

分の悪い賭けに薄氷で勝った気分は忘れることのない思い出だ。

もう二度とごめんだが、この秘宝は危ない橋を渡ってでも手に入れた価値のあるモノだったと今でも思っている。





そんな事もあり、ゴブリンとはいえ配下を増大させたクローゼンは一気に勢力を拡大させる。

国以外にも個人的なパイプを作り上げ、外部の協力者(スポンサー)から提供された資料と共に造り上げたゴブ・イクスペリンのシリーズはクローゼンの術式固有魔法を主軸にした新しい混合生命。


蟲人(インセクト)を手に入れた時に解剖、解析して【生体武具】の仕組みを解いた術式を組み込んで人為的に造り出された自慢の成功体であった。










【研究成果ーゴブリン】


ゴブ・イクスペリンⅠと名付けられた実験体は、レッドゴブリンを素体としてランクの低そうなインセクトの生体組織と術式を組み込んだ消耗型の稼働実験モデル。

素体の持つ生体武具により術式は違う。

術式だけでの発動は不可能だったため、最初だったこともあり丹念な解剖と、魔力回路などをじっくりと調べられた。

その介あってどうやらインセクトノイドは心臓部に人間種には見られない器官を発見した。

それが魔力の源でもあり、生体武具における発動のキーとなるものだった。

それら素体の重要部を組み込み、拒否反応がないように慎重に繋ぎ合わせる。


解析した術式は生体武具スキルにおいて一定成果の発見があった。

それは生体武具の術式を発動させたゴブリンに、蜻蛉の翅のような透き通る不完全な羽をもたらした。

完全再現には至らなかったが、拒否反応もなく成功は成功である。

後はひたすら性能実験(データあつめ)を繰り返す。

しかし、これ以上の性能向上は認められず、レッドゴブリン以上の肉体性能に不完全な生体武具…という結果を残して使い潰された。













Ⅱ式ではその実験データを充分に踏まえて更に上位のゴブリンを素体へと使う予定だ。

ゴブリンウォーリアを素体として、2種類のインセクトノイドを掛け合わせたハイブリッドタイプを目的とした。

実物よりは劣るが、オリジナルの持つ生体武具の全身装甲と体内濃縮ガスの発動が確認出来た。

また、副産物として上位のインセクトノイド2種混合が成功すると、複雑に絡み合った組織が融合して組織再生機能が術式にもたらされる事がわかった。


しかし、量産、実現のためには膨大な魔力文字の消費とオリジナルのインセクトノイドの素体の質の高さの両方要求させられる… 非常にコストが高いのが難点で、今後の課題だった。










何度の細かな修正と微調整を兼ねて、集大成として完成したハイスペックを実現させたゴブ・イクスペリンⅢ。


これ以上の素体はないと思われる上位魔蟲人(ハイ・インセクトノイド)の残骸から抽出した生体武具の術式はとても美しく、生体武具も完成されていた。

流石はゴブリン・ジェネラルをも討った上位魔蟲人の生体武具スキル。

半壊した素体から解明し、解析するのは困難を極めたが、その道の専門家たるクローゼンだからこそ行えた奇跡で、他の誰にも真似できないと自負すべき傑作となった。

ゴブ・イクスペリンⅢは奇跡的にゴブリン・ジェネラルを主とした王道の最高の完成体。


それとは別にその技術を応用して製作された個体がいた。

それは一旦完成したゴブ・イクスペリンシリーズとは違うベースをゴブリン以外の素体に適応させるために試み。

もはや残骸と呼ぶに相応しい程の上位魔蟲人の素体を魔法陣で補強して新たな実験的手法で造り、奇跡的に完成した試作体の2体に別けられた。






さて、身辺の護衛を任せるにはゴブ・イクスペリメンⅡがあれば充分だと考えたクローゼンは、協力者でもあった蟲人(・・)にこの戦闘でとった稼働実験データーを報告して、多額の寄付金を得てまた研究に勤しむつもりだった。





そうして次に、人間を標的として更なる実験を考えたクローゼンは、周りのゴブリンの群れを吸収しながら大量のゴブリンを率い、人間の住む国へ密かに攻撃を仕掛けたのだった。













こうして時間軸を今に戻す。


ゴブリンサークレットで集めた配下のゴブリンは既に全滅。

圧倒的な戦闘能力を誇る自慢のゴブ ・イクスペリメンⅡは突如現れた1人の人間に歯が立たずに地に沈んだ。


護衛として残した最高の性能を誇るゴブ・イクスペリメンⅢに稼働させようと試みる。



クローゼンは、予定通りに進まない現実の苛立ちから自身の身に迫る危機への対処が遅れた。


周りの反応が薄い。

良く見れば警備用のゴブリンが一匹もいない。

慌てて気付けば自身の周りには武装した蟲人によって包囲されており、「何者だ、貴様……」と声を発することしか出来ない。


最期まで話させずに、クローゼンは高速で迫る両鎌で首を絶ち斬られた。

気づけば視界は地面へと落ちていく。ここ何十年かで久し振りに感じた激痛であった。


それでも意識はまだあり、血を噴きながら落ちいく首で邪属性魔法を詠唱する。


両腕が両鎌となった女性の背後に向かってお返しとばかり、魔力の矢が何本も襲いかかってくる。

首を落として油断しきっている女に当たるはずだったが矢が向かう進路上に銀髪の少女が立ちはだかった。


手に持つ煌めく槍で矢は全てかき消され、仄かな残滓を残して綺麗に消滅する。

邪属性を宿した魔法は同時に呪いを付与して在ることが多く、例え武器や防具にでも当たれば呪いが侵食していく筈なのである。

それが浄化されたように影響なくかき消えたのは、驚愕の一言に尽きた。


と、クローゼンに考えられたのはそこまでで、落ちた首を白く粘ばり気のある何かに包まれ更に何かで砕かれた感触に襲われる。


実に呆気なくクローゼンの生涯は終わった。





しかし、負の契約によってクローゼンの魂は邪神の高位眷属であるバフォメットの制約により、直ぐ様贄として運ばれた。

クローゼン本人の知らぬ間に取り込まれる事になっていた。


そしてこれより彼に待つのは、バフォメットが千年の宴と称された苦痛と絶望。

加護の代償として関わった者、不幸にしてきた者、命を奪った者達と混ざり合い、永遠に魂を貪られ続ける苦しみを受け続けるのである。

ソレを享楽として甘受するバフォメットは、流れ込む絶望に愉悦を持って迎い入れた。


バフォメットの狙い通り、クローゼンは実に面白い存在だった。

魂が穢れきっていて実に美味い。


こうしてクローゼンに常に持ち歩かせた書が役に立ち、魂を完全に贄として吸収し尽くす事が出来た。


おかげでたった1人の契約者(クローゼン)によって古代に封印されるしか無かった【虚悪(バフォメット)】は枷を解き放ち、何百年振りに現世にアストラル・ボディを顕現させた。

ボヤけたような霧の塊は、そこから充分過ぎる悪意と魔性の気を放っていた。



『オオ…ナンという解放カン。少々薄いが魔素のアジワイ深サ。

スバラしいガ、やはりコノ世カイはワレワレヲしばる鎖でアル。

魂の一部を魔書へと移した時から賭けであったが…屑でも存外に役に立ったと言うことか』


喜びに満ちた声は、カタコトに聞こえる言語が徐々に流量な言語へと聞こえてくる。



そして、そばにいるマユラに気付く。



『汝らは我を解放してくれた面々であったな。褒美として此処で世界の悲鳴を聞かせる権利をやろう。終末の最後に我の糧となる光栄をくれてやる』


そういい残し、霧の塊のような身体を近くにあったゴブ・イクスペリメンⅢへと受肉(こうりん)させた。

精神体であるバフォメットの影響を受けて、肉体が変化していく。

最適な肉体となるように影響を受けているのだ。


ゴブリン・ジェネラルをベースとしていた身体に翼がギチギチと背部から生えた。コウモリのような膜の翼が4対もあり、身体も毛深くなる。


黒い毛皮を被り、翼の生えた厳ついゴブリンは、更に頭部から大山羊のような雄々しい角が生えてきた。




『まあ、美しくはないがこの素体は悪くない。

臭いのはいななめないが、我の最初の依代としてはこんなものであろうかな。

封印されてから非常に痩せ衰えたこの本体のためにも…ちょうど良いとこに人間(エサ)共が纏めている気配があるし、コノ身体の慣らしには丁度よいものよ』



そう呟くと、コウモリのような翼を4対広げ、飛び立っていった。


一連の出来事は、余りのプレッシャーにマユラ達はただただ息を呑んで佇むことしか出来なかった。


新たな脅威にそこに仇を討てた達成感、喜びなどは吹き飛んでしまっていた。







遅れて集合場所へとたどり着いたレイナードとアーシュは絶句した。

何せ見渡す限り木々が弾け飛び、薙ぎ倒されていたのだから。

そして高温で焼き付くされた現場は凄惨の一言に尽きた。


「これは…酷い。何があったんだ」


「誰か…誰か、いないの?」


共についた兵士達と共に生存者を探し、兵士隊の中隊長が小隊長へ周辺を警戒に出す指示も出す。


焼け焦げた瓦礫と木々をどかしていく。しかし、死体は1つも見付からなかった。

現場を観察、調査していく内に違和感に襲われる。


(怪しい…何故此ほどの戦闘痕あるのに敵も味方も1つも死体がないのだ)


中隊長がいぶかしんでいると、そんな時、哨戒に出ていた一団の1人が報告に戻ってきた。



「中隊長、この先の草むらにて冒険者マルス殿と思わしき者が負傷者1名倒れている所を発見。

保護致しました」


「む、解った。報告ご苦労」


中隊長はレイナードへと向き直り、一緒に動向してもらえるように同行を頼んだ。

中隊長は貴族であり実力のあるレイナードに同行してもらう事で万が一の場合に備えたかったこともあるが、何より回復魔法を得意としているアーシュにマルスを回復してもらい、事情を知りたかったのが実際の理由だった。



レイナードは快く了承し、現場へと向かうと程なくして兵士に囲まれた冒険者マルスが目をつむり横たわっている。



中隊長が到着したことに気が付いた面々はさっと囲みを解いて招き入れた。


中隊長とレイナードが状況説明を聞いている内に、アーシュはマルスに回復魔法を使用するために近づく。


焼け焦げた装備に身体のあちこちにある火傷…マルスほどの熟練した冒険者をここまで負傷させた相手は誰なのだろうか。

ゴブリンがこれほどの攻撃能力を有していたのか考えながら魔法を唱えていると、マルスの身体から突然嫌な気配が膨れ上がるのを感じ取った。


これは…【邪】の気配?

他人よりも不浄な気配関して敏感なアーシュ。

マルスから濃厚な死の臭いを放つ焦げた体に手を当てようとしたその時、


「ア、アーシュのお嬢か…逃げブエッ」


ゴボボ…と、マルスが大量に吐血した口から細長い糸のようなモノを吐き出してきた。


咄嗟に詠唱を破棄し、ゾクリとした感覚のままに後ろへと仰け反る。


直ぐに回避行動が取れたことは行幸だったが、それが命を救うことになった。


『ホゥ、折角皮を残して活用しようと思ったが流石に気付く者もおるか』


ゾッとする言葉は耳よりも心に働きかけるおぞましさを伴っていた。


『無粋、無粋、無……』


マルスのカタチをした何かは、途中に背後から忍び寄った者に首を斬られ宙を舞った。


レイナードの剣だ。


舞ったマルスの首は彼は睨むような、耐えるような厳しい表情をしていた。


レイナードにとってもマルスは先輩冒険者であり、良くして貰った恩のある人なのだ。

その人を手にかけたこと、またその決断をしなければアーシュが殺されていたかも知れない事を考え、胸にドロッとした感情(にがみ)が渦巻いた。


首を斬ったとこから、人1人とは思えないほどの毒々しい血が湧きい出て、大量に溢れる血が染み出すように地を汚染する。


『フム、何人かはなかなか旨そうな魂の輝きを感じるゾ…しかし我も食事を済ませた所だ。

糧としては物足りないが、折角取り込んだ魂を有効に消化せねば勿体無い』


この言葉は天より降ってきた。


その存在は急速にこの場に登場する。


見上げればコウモリのような大翼を早し、筋骨隆々な体格のゴブリンがそこには浮かんでいた。


「何だあのゴブリンは…翼や角が生えている」


「新種なのか?」


強いて言えばゴブリンなのだが、見るもの全員に強烈な違和感とおぞましい気配を与えていた。



いきなり現れた異形のゴブリンに対してザワザワと騒ぐ人間たちを気にも止めず、


『で…だ。お前達の調理はコヤツらに任せよう』


邪気を纏う大角のゴブリンは片手を振り上げると汚染された地面より召喚陣が現れ、そこから這い出るように真っ赤な泥を滴りながらのっぺらぼうなヒトガタ。


まるで血塗れの土人形のようであった。


『ククク、足掻け。良い余興となれ』


余りの不気味さに、恐怖から攻撃を仕掛けた兵もいたが、切りつけても土人形の如く手応えが薄い。

血のように飛び散る破片を巻きながら崩れていく。

敵の余りの手応えの無さに切りつけた兵士ですら困惑気味だった。


次々と現れ、いつの間にかレイナード達の周りは囲まれていた。

その数ば少数から多数へと時間経過でどんどん増えていく。


むせあがる濃厚な血の臭い、不浄の気配に鍛えられた兵士達とて、吐き気をもよおす光景だ。


「アーシュ、このままじゃ不利になるだけだ」


「わかってるわ。聖なる光を…不浄を照したまえ『ホーリーサークル』」




熟練した聖職者だけが使える魔法であるホーリーサークル。


半径10m範囲に聖なる光場を発生させる対アンデット用の魔法でもある。

弱いアンデットならば近寄られないし、例え近寄れてもその範囲内のアンデットを弱体化させる広範囲魔法だ。

その分、魔力消費も激しいがこの戦場に最も適している魔法だ。


半透明な光の半円は丁度汚染された地面と血の土人形がこれ以上侵入出来ないよう行く手を拒んだ。


「一先ずは、此れで安心」


前方を注視していたレイナードは、後ろにいるアーシュを振り返る。


「助かったよアーシュ…危ない!」


レイナードが振り抜けば、味方である筈の兵士の1人が剣を振りかぶり、アーシュへ振り下ろすところだった。

よくみれば先程、血の土人形に攻撃を仕掛けていま兵士だ。


アーシュは魔力量の多い範囲支援魔法の詠唱後とあって少し気が抜けていたのだが、レイナードの声に反応して振り下ろされる剣撃を何とか身を捻り、咄嗟にかわす。


完全に虚をつかれた形であったが、その後レイナードは素早い踏み込みで兵士との距離を詰め、黒剣を抜き放つ。


硬い金属同士がぶつかり合う鈍い音が響き、兵士の剣はあっさりと折れた。


「貴様、何を考えておる」


アーシュへと剣を向けた、部下である兵士に対し激昂する中隊長。

しかし、そんな様子も意に介さないように折れた剣のまま再び構えをとる兵士。

兜の奥に映る眼窩は虚ろで、口はだらんと開いていた。


味方の兵士の尋常ではない様子に臨戦態勢をとる。



「此れは…」


「気を付けなさい。邪気の臭いがしている…恐らくは殺されて相手を乗っ取る魔物。

タチの悪い相手よ。

皆、下がりなさい。聖魔法で浄化すれば乗っ取られる事はないはずよ」


苦々しく言いながら、自らの可変槍に聖属性を一時的に宿す付与魔法、身体には抵抗力を高めるレジストの効果のある魔法をかけた。


「ホーリーサークルの効果と相乗して殺しても相手に乗っ取られることはないわ」


こうして準備を整えて、戦闘を繰り広げる。


直接戦闘をするなら魔法での補助を加えて、無いなら弓などの飛び道具や遠距離魔法での攻撃が望ましい相手だ。

痛覚のない敵と思われるため、下手に攻撃しても怯むことも無ければ引くこともない。


アーシュは剣の縦切りを交わしながら、カウンターで元兵士の左手を凪ぎ払った。

ジュッと煙と共に肉の焼けた臭いがする。それでも構わずに折れた剣を振り回す元兵士。


(無駄ね…なら首か心臓かを)


顔をしかめながら、正確に放たれた一撃は心臓を穿ち、元兵士は貫かれた箇所から煙を放ちながら肉体が崩壊していった。


少し安心したが、厄介な事にまだこの場には100体近いブラッドクレイゴーレムと名付けたアンデットがホーリーサークルの外で蠢いている。

アーシュの魔力量とて無尽蔵ではない。

ホーリーサークルを使い、唯一の回復魔法の使い手たる私は、この場にいる全員に付与魔法を使うわけにはいかなかったのだ。


となればとれる方法は2つ。


退却か殲滅か。どちらも難しい選択だ。


アーシュは無意識的にレイナードを見ていた。

そのどれでもない第3の選択肢がここにはある。

兵士長も兵士たちも、何かを感じ取ったのかここにいる誰もがレイナードを見つめていた。


沈黙に負けたように兵士達が話し出す。


「…このままじゃじり貧で勝てない。

短期決戦にかけて討って」


「……それで勝てるのか俺達は」


中隊長が絶望的な表情を浮かべる兵達に渇を入れる。


「精兵たる貴様らが不安になってどうする!

ここは防戦し本軍からの増援を…いや、一点突破を図り、この事を領主様に伝えるのだ」


敵の方が数は多く、このホーリーサークルとていつまで持つかわからない。

中隊長とて自らが言った、生きて本軍へたどり着けるのは限りなく低い可能性であると分かっていた。

寧ろ、途中で全滅する可能性が高いのだった。

しかし、ゴブリンよりも新たなこの脅威を捨て置くわけに行かない。

決死の覚悟を胸に兵全員に号礼をかけようとしたその時、


「…恐らく間に合いません。だからここは」



そう言ったレイナードは手前に剣を掲げ、祈るように『勇者(・・)』の固有スキルを発動させる。



すると、突如天より降りる青白い光が戦場(いくさば)全体を照らした。

その時誰もが血で満たされた生臭い戦場が一瞬で浄化されたのを感じた。


バタバタとブラッドクレイゴーレムが倒れ、邪悪な気配が白煙となって浄化される。



『ほほう…お前のその気配、覚えがある。今代の勇者か』


クックックと嗤いながら4対の翼から舞い降りた大角のゴブリン。

ホーリーサークルや浄化の光をものともせず、レイナードに向かいゆっくりと歩いていく。


『よかろう、貴様を高貴なる我がメインディッシュとして美味しく頂いてやろう。光栄に思え』


そう言い放つ厚顔不遜なゴブリンは歯を剥き出しにして迫ってくるのであった。

〈エルダーゲート〉



【勇者】とは、古来より神から選定された特別な加護を持つ者とされる存在であるとされている。

そして神より苛烈な試練と神託を承り、その最中に死ぬ者も少なくない。

それ故、困難を成就させた者こそ、真の勇者である。


勇者固有のskillや魔法は何れも強力であり、どの神に与えられた加護を持つ者によって違う。


そのため、神の加護を持つ者達はある意味【勇者候補生】のような役割を持っているのではないか?と、一部の研究者達は考えている。

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