ソウマ編 緑小鬼の大侵攻6 新たな黒幕
遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します!
真夜中にも関わらず、小高い丘からゴブリンの大群と、グラン率いる軍との戦いを遠くから眺めるモノがいた。
身長は180㎝ほどで細身で青いコートのような外套を羽織っている。
頭には厳かなデザインの冠をはめてどこぞの貴族にも見える外観の服装をしていた。特徴的なのは片眼鏡をつけて髭を長く伸ばしているため、素顔はハッキリとわからない。
病的なまでに青白い肌を持った上品な顔立ちの男である。
剣や杖などの武装は一切ない。
青色の片眼鏡をいじり、ぶつぶつと独語のように喋っている。
「ふぅむ?相手はゴブリンとは言え、王国の連中、多勢に無勢を覆しながら予想以上に粘るじゃないか」
片眼鏡越しに暫く戦場を眺めていると、ノーマルゴブリン共が然したるダメージを相手に加えられず、バタバタと倒れていく。
王国側の鍛えられた兵達が良く統率されているのが否応になく解る。
一時間ほどで100体以上倒された。まぁ、ゴブリン100体程度など1日あれば補充がきく。
総勢500体のゴブリンがあれば領主軍と言えども損害の方が大きい。それに、こちらは更に増員が可能だ。
苦戦たる苦戦もせずに終わる初戦の予定が……狂う。障害者たる敵にも優秀なモノがいるようだ。
使役するゴブリンの中でも特別な手駒をぶつけてみる事にした。
額の冠が輝く。
すると二種類のゴブリンが2体戦場に加わる。
レッドゴブリン亜種・ソードマンと風魔法の低位に適性のあった個体ゴブリン・マジカンドを投入したのだった。
レッドゴブリンの中でもでも筋力に優れたレッドゴブリン亜種は貴重でオーガに匹敵する力を秘めていた。
亜種ゆえに長腕であり、充分なリーチを活かして行われる攻撃は侮れない。
その個体に武器の切れ味を上昇させるレア級の長剣をくれてやった所、剣技補正と高いレッドゴブリン亜種として配下の中でも格段に急成長した。
鍛えられた兵士や騎士と言えども、一対一では勝つことは難しい。
ゴブリン・マジカンドは魔法に適正のあるゴブリンを総称として扱っていた。
初期魔法を使えるゴブリン・マジシャンと違うのは
、彼等はより魔法適正に優れ、魔法低位の魔法や中位の魔法を扱える事にある。
風魔法の低位である風矢は詠唱も短く命中補正も高い魔法だ。
魔法防御の無い人間には充分に脅威となるのは間違いない。
流石にこの2体相手では、兵士達からも犠牲が出た。
長剣で切り裂かれ、風矢で貫かれる兵士達が続出した頃、傷のある一人の男が指示を出した。
命令を受けた兵士達は弓を手に持ち、辺りを覆う程の矢玉を放つ。
その攻撃は苛烈の一言で、風魔法を操って矢を吹き飛ばしていたゴブリン・マジカンドも魔法が追い付かず、身体に無数の矢が突き刺さる。程なくして絶命した。
そしてレッドゴブリン亜種・ソードマンも先程命を下した男に命を断たれた。
両者の魔力的な繋がりが切れたことで、死んだことを悟るとさも面白そうに笑った。
「ンンッ、まさか倒しちゃうとは…100くらいなら強襲すれば余裕だと思ったけど流石は軍隊だ」
更に額にある冠を撫でる。
冠の宝玉が鮮烈に輝くと、レッドゴブリンが50体が瞬く間に眼前へと出現した。
これで後続のゴブリンと合わせれば350体近くが集合する。
休むことを許さず連戦で王国の連中は戦わねばならん。どれだけ優秀な軍でも休みもなく果てしなく続く戦は消耗するだけ。
数の脅威としてゴブリン達を向かわすと同時に、念のために男は更に一体の禍々しい雰囲気を漂わせるゴブリンを出現させた。
ゴブリンなのに体躯はしっかりと鍛え上げられており、上半身は裸だ。
頭髪などはなく、つるりとしたゴブリンだ。
異様なのは、殆ど真っ黒になる程まで体表の隅々まで描かれた刺青は、魔術紋様としての役割を果たし生きているかのように拍動していた。
「念のために…私の新しく解明した魔法式の試作体のゴブ・イクスペリメンⅡ。出番だよ」
主人の命を受け、眼を開くこともなくゆっくりと歩き始めたゴブリンを満足そうに見やる。
そして、上品な仕草で声高々に高笑いするのであった。
ソウマはトンプソン将軍の依頼を受けた後、直ぐに詰所を抜けて説明の受けた戦場のポイントまで駆けていた。
夜中であったがソウマの眼にはしっかりと道が照らし出されており、闇による不自由は無かった。
戦場となる場所は馬で約一時間半。
既に伝令に騎士が詰所に報告に来るまでに2時間を要している。
戦場は報告通りなら多勢に無勢。
のんびりとはしていられない。今は到着する時間を一分一秒でも縮める事が大切だった。
幸いソウマはアイテムボックス持ちである。荷物は全て収納してあるため身一つで事足りる。
そして全力で駆けること30分。既にソウマのマップと気配察知によって、100以上の個数が多くいる場所を発見。戦場が特定出来た。
身体に疲労は然程もない。直ぐに攻撃は可能だった。戦場まで500mほど。
気配察知を併用して何となく解ることは味方はゴブリン達に左右に囲まれているが、積み荷台車やテント設営の木材などを左右に配置して即席の障害物として使用していた。
そうして辛うじて回り込まれないように戦線を維持している。
兵は120名から半数近く…動ける者達はざっと半数である60名ほどまで落ち込んでいた。
彼等は敵の波状攻撃に対して地形を上手く利用し最大限の効果で対応している。
ゴブリン自体頭の良い個体がいないのが、それとも人間をいたぶりたいのか…必死に戦う彼等を徐々に徐々に追い詰めていた。
良く鍛えられた兵士達の統率は崩れていない。
しかし後は気力だけで何とか持ちこたえているが…心身ともに崩れるのは時間の問題かも知れない。
戦場まで残る距離300m程。この距離からでも余裕で攻撃射程範囲だと本能が教えてくれる。
ソウマは気付いていないが、弓の性能は元より、類いまれな身体能力とステータス補正によって通常では考えられない距離での遠距離攻撃を可能としていた。
「さて、ぶっつけ本番だけどやるか【戦弓眼】」
新スキルである【戦弓眼】を初めて発動させると、使い方がスッと頭に入ってくる。
スキルの範囲内で観測している敵1体1体の選別が始まった。しかも、敵の魔力量の流れまで大きさで何となく解るようだ。
敵ゴブリンの魔法使いタイプなのかも?
それが脳内に頭上から視るように映像が映し出され、視線がズームやワイドに出来たりする。
何となくゲームで馴染んだ感覚があるからまだ平気だが、初めての経験だったらパニックになっていたと思う。
ゴブリン1体1体に赤い点が表記されており、自動標的ずみのようだ。
優先的にレッドゴブリンを間引く。
後は弓を引くだけの簡単なお仕事だ。
しかし、流石に慣れていない複雑な情報を多く含む脳処理のために頭痛が酷い。
だが、自動書換が済んでいたお陰でまだこの程度ですんでいることに感謝しなきゃ…な。
吐き気や精神汚染等が加わらない分…この肉体は非常に優秀なのだろう。
早速アイテムボックスから、【竜顎弓・弐式】ドラゴントゥース・セカンドの2弦をつまむ。
重量50㎏はあろう弓を片手で軽々と持ち、親指と人差し指、中指と薬指でそれぞれの弦を引く。
かかる負担は上半身岳の筋肉ではなく、肩や背中、腰などと、体全体でカバー。それと同時に瞬時に魔力矢を形成。
【戦弓眼】で脳裏に浮かぶゴブリン達に狙いを定め次々と射る。純粋な魔力で形成された矢は天よりゴブリン達を貫いていく。
突然の事に混乱するゴブリン達は統率を失う。逃げ惑うゴブリンに狙いを付けながら冷静に、冷徹に射ぬく。弧線を描いて鋭く発射し続ける。
使ってみて解ったが、赤い点はあくまで推測点であり実際に射抜くと若干のずれと逃げ惑う事でのズレが生じていた。
相手が動くことを更に想定しつつ、脳内で処理を最適化させていく。行動パターン、筋肉の動きを取り入れて徐々に無駄を無くす。照準と軌道…命中精度が僅かに上がる。
その過程に脳が焼ききれ、また再生するように再構築されていく。
常人では辿り着けない境地に足を踏み入れる必要があるこの【戦弓眼】は使う側にも負担を強いる。
それらを全て乗り越えたとき、ソウマは恐るべき戦闘技術を持つだろう。
因みに今は複数相手だが、単体にもこのスキルは作動する。
視認できない遠くから射抜く事を想定されて生まれ合わさったソウマにしかない唯一のスキル。
ハイヒューマン・エリヤと様々な加護を組み合わせ、ソウマでなければ実現しえなかった固有スキルは、最大限に活かせるようにゴブリンを糧に着々と成長していった。
天より降り注ぐ2対の輝矢がゴブリンのみを射ぬいてゆく。
輝矢は逃げ惑うゴブリン達を尻目に意図も簡単に貫通し、恐るべし威力を誇っていた。
戦場に30数年戦ってきたグランですら、このような光景は初めて見る。
しかも、射ぬかれた輝矢はレッドゴブリンを貫通して地面に小規模なクレーターを量産していく。
最初は新たな敵の攻撃かと思って身構えていたグラン達だったのだが…一切此方には光輝く矢が向かって来なかったためにとりあえず、臨戦体勢のまま待機していたのであった。
「助かったのか…俺達?」
声の方を向くと、半分から折れた剣を片手に傷付いた若い兵の1人が呆然としてそう呟く。
あの輝く矢は、魔法の類いだとグランは思っている。ただし、魔法系統に詳しくない自分としては如何なる魔法であのように攻撃を降らせているのかは判断と想像がつかなかった。
しかし、絶望的な雰囲気から状況は変わろうとしている事を感じ取っていたグランは、状況は解らないがこの機会を逃す手はないだろうと声を貼り上げた。
「皆、恐らくは将軍がいち早く送ってくださった援軍だろう。見よ、圧倒的な攻撃にゴブリン共は慌てふためいている…勝利は近いぞ!勝ち戦で死ぬなんて勿体無い。死んだ戦友の為にも我々は生きて報償を掴め!!」
その声に士気がうなぎ登りに上がった。
ボロボロだった身体には活力が宿り、兵の顔には精気がみなぎった。
恐らくは一時的だろうと思うが…ここを乗り切れば後はどうとでもなる。
この輝く矢が味方とは限らないが、例え敵であったとしても敵の敵であるゴブリンがダメージを受ける事には違いない。
重傷者を囲むようにして陣形を維持しつつ、後ろで指揮をとっていたグランも前へと参戦する。
手強かったレッドゴブリンが持っていた長剣を鹵獲し、切れ味が良いのでそのまま使っていた。
(なぜ、ゴブリン程度がこのような希少な武器を持っているのだ…作り上げた訳ではあるまいし、冒険者を殺して奪ったものか?)
冒険者には、迷宮から希にドロップしたレア級の武具を持っていてもおかしくはない。
しかし、大半の冒険者は自分で使うよりも売って金に代える。
パーティー内で不満がないようにしたり、持っていても誰かに奪われたり、狙われたりするからだ。
強者には関係のない話かも知れないが、そこまでの実力がある人間が殺されたり、いなくなったりすれば噂くらいは立つ。
連隊長として冒険者ギルドにも顔が立つグランでも、最近レア級の武具を持つほどの冒険者が死んだとは報告に上がっていない。
例外は領地からは大分離れているが、アデルの町にてC級迷宮にて大規模な盗賊共が返り討ちにあったと聞いたくらいだ。
ただし、返り討ちにしたパーティーにも犠牲者でも出ており、その戦いでリーダーが帰らぬ人となったそうだと噂には聞いている。
そのパーティーには相当腕が立つ冒険者達が揃っていたようで、リーダーの不在によりパーティーは解散したようだが、その際にアデルの冒険者ギルドからbossドロップの武具が大量にオークションに流れた。
迷宮のbossを討伐しなければ入手出来ない希少な武具は各方面の貴族が大枚をはたいて買っていった。
ちなみにトンプソン将軍も招待されており、王都のオークションの場にグランも護衛で参加していた。
レア級の武具の1品1品が高額過ぎてグラン程の地位があっても、武具1つにそこまで(兵一人の年俸クラス)の金額を出してまでの購入は難しい。
武人としてレア級の武具を持つことは誰もが一度夢見る。
偶然だったがグランもこうして手に持ってみて如何に素晴らしいか良く解るのだ。
目の前の混乱して向かってきたゴブリンを一薙ぎして切り捨てた。
少しでも多くの兵と騎士を生かして将軍の元へと返せるのであれば、自身はこの戦いで死んでもいい…と感じたからだ。
人材こそが宝である。指揮官たる私を信じ、この絶望的な戦いで生き残った兵達は更に強くなると確信する。
(まぁ、私も生き残れば今後教官として教導していっても良いしな…生き残れれば、だが)
そんな事を考えながら、混乱の最中此方へと向かってくるゴブリン、レッドゴブリンのみを号令のもと切り捨てていくグランと兵達であった。
この時生き残った彼等は後のトンプソン将軍家の精鋭部隊として活躍し名を残すことになる。
光輝く矢に射ぬかれ、余りの威力に四肢爆散するゴブリン。その一撃で命を失っていく。
(これで128体目か)
流石に気だるさはあるものの、まだまだ動ける。
ソウマのスキル慣らしも兼ねての運用は、予想以上の満足度を与えていた。
連続で引いているのにも関わらず、全く軋みもない弓。そして片手各々の指に挟んで2弦を引く力は、全くズレもブレもなく安定した破壊力を生み出していた。
これは製作者のドゥルクすら予想を越えていた。
キ、リリ…と引き絞りの奏でる弦音に聞き惚れながらまた一射…いや、厳密には同時に二射を放つ。
手を離した時のダァン…と弦楽器のように響く衝撃音と共に残心。
若干の疲れはあるものの、驚くべき事に128体分×2倍の魔力を費やしても魔力量にはまだ余裕があった。
これも新スキルである【セフィラ】の能力が関係している。ゴブリン相手に過剰な迄の攻撃力の増加の他に消費魔力の軽減を果たしているがソウマは気付いていない。
(しかし、これで範囲攻撃の戦技など身に付けたら…チート過ぎるよな)
現在ソウマの使える弓系統戦技には範囲攻撃はなく、精々が攻撃力を少し上昇させた矢を3分散させて敵を射つ戦技【共鳴矢】ぐらいだ。
遠的を行っているような感覚でゴブリンを射った地面のあとには、積み重ねて出来た小規模なクレーターのような痕がまばらにつき、ドラゴントゥース・セカンドの弓の威力を物語っている。
ある程度ゴブリンを倒し、パニックになっているために空白地帯が生まれた。
その隙にソウマはグラン達部隊の背後まで迫る。
敵意がないことを示すためにも敢えて大きな声を上げる。
「おーい、無事ですか?将軍に頼まれて早駆けで来た者だ。敵意はない」
見知らぬ男が近寄ってくる。
殺気だった目で睨むようにしていた兵達は、その声で緊張を少し解いた。
しかし、援軍がソウマだけ…その事実に気が付いたのか陰鬱な顔をしていたが、戦意はまだ残していた。
グランも此方へと気付き、駆け寄ってきた。
「ソウマ殿でしたか!皆、此の方への警戒を解け。敵でなく味方だ。
…まさかあの輝く矢の攻撃は貴方が?」
挨拶はそこそこに、自身の弓を見せて肯定の頷きを返した。
「グラン殿、兵の損耗を最低限に良く持ちこたえられました。将軍の依頼を受け一足早く参戦させて頂きます」
そして、へたり混んでいる兵や、欠損、重傷者にアイテムボックスからポーションを取り出して優先的に配っていく。
ポーションだけならば100本以上ほど在庫はある。亡くなってしまっては誰も治せないから。
特に酷い者は木精弓の力を使おうと思ったのだが…ポーションでも治らない程の重傷者は既に息絶えていた。傷痕から一歩も引かず、最期まで戦い抜いたのだと直ぐに解る。
その亡骸にそっと手を合わせ、冥福を祈った。
そこへグランが声をかける。
「助かりますソウマ殿…もう物資も使い果たしたころでした」
怪我の無い兵はいない。徳に前線で剣を振るっていたグランは一番酷い。
「さあ、将軍も兵をまとめて向かっています。ここは粘りましょう」
「皆、聞こえたか!将軍が来られるまで何としても生き抜き、1体でも多くゴブリンを殺せ」
オオー!!
再度士気を上昇させるグランは弓使いであるソウマに後方へ下がるように願い出るが、ソウマは横に首を振る。
そして、指輪からエルを召喚した。
いきなり現れた牛人型の魔物であるエルに、剣を構える兵を安心させるためにも言葉を続ける。
「私の本職では在りませんが、魔物を扱う職も心得ています。このまま前線で参戦します」
「なんと、第3職業者であるにも関わらず更に…流石あの御方の推薦を受けるだけの事はありますな」
感嘆の声を上げるグランに、他の兵達も驚きと畏怖の眼を向けてきた。
此の世界における第3職業者とは其だけでも凄腕の証。
ゲームだった時はようやく上位者の初期…といった扱いだ。
エルは両手に殻盾を形成させ、厚みを持たせた。
自身を構成する半獣半植物の体である牛皮殻をガチンッと叩くことで気合を注入しているようにも見えた。
「見ての通り、エルは防御力に秀でる魔物でもあります。そして、今はこの場所を死守し、救援が来るまで何より持ちこたえる事が優先されます」
「ゴブリンの強襲に耐え、圧倒的な戦力差に引かず、この場を守り続けた皆さんは英雄だ。
だからこそ、先に散った戦友の為にも生き残りましょう…必ず」
そう言ってソウマはトリニティ・ロッドを取り出して、出来る限りの支援を生き残った兵士達にかけ始めた。
生命力・敏捷・筋力が大幅に上昇する事で少しでも生き残れる確率を上げたかったからだ。
全ての兵士にかけ終えた時は流石に少しクラクラした。
マナポーションを飲みながら、自身にも身体強化魔法である全強化を振りかけ、万全の体勢を整える。
準備を整え、反撃の時を待つ。
恐れおおのいていたゴブリン達だったが、攻撃が暫く止んでいることを確認した。
此方へ再度武器を振り上げ向かってくる。
今は此方にゴブリンが向かってきてくれるのは、好都合だ。
グラン達よりも少しでも眼を此方に引き付ければ彼等の助かる確率が上がる。
「来い、ゴブリン」
あえて声に出して挑発する。
遠目に戦闘を走るゴブリンが「キキィ」と怒りの口調で言葉を返した。
そのゴブリンを戦闘に細長く蟻の行列のように真っ直ぐとソウマの元へと駆けてきた。
その数は100体以上。緑小鬼の名を示すように緑の雪崩となって迫ってきた。
ゴブリンとソウマの隔たりは目算で約100m弱。距離も短いため、流石にさっきのように一方的に攻撃は出来ない。
緑の雪崩が暴力として襲ってくる。ゴブリンだけだが迷宮での魔物祭以上の数だ。
数が劣る自軍が不利だと解っているのだが…不思議と心は落ち着いている。
ドラゴントゥース・セカンドの2弦に手指を添わせ、心のままに引く。
武技【ペネトレイター】
魔力が収束して弓全体が光る矢尻のような形となる。それは全体で大木ほどの大きさだった。
そして引き絞った次の瞬間、美しいまでの滅びの光を放ちながら飛び出した2対の大矢は、風を切り裂いて先陣を切るゴブリンを蹴散らす。
味方からは歓声が、敵からはどよめきと悲鳴が同時に起こる。
少なくとも先頭を走ってきたゴブリン達は大矢に貫かれて、肉片と化して姿形も見つからない。
シーンと静まり戦場。敵も味方もソウマを見つめている。
細く一直線に連なって走ってきたのはラッキーだった。初手でかなりの数を減らせた。
武技【ペネトレイター】は連続して撃てないため、暫くはクールタイムが必要。
あと残りどれくらいの規模の数がいるのか見当も付かないが…。今の間に減らせるだけ減らしてしまおう。
【戦弓眼】を介して射程範囲に入ってるゴブリンを片っ端から射る。
撃ち抜かれて死ぬゴブリンが増えるが、どのゴブリンも決して退こうとしない。
いくら数がいるとはいえ、強者には逃げる一手のゴブリン。考えればおかしな行動だが…気にする余裕はない。
そうしている間にも、まばらだが生き残ったゴブリン達が徐々に距離を詰めて迫ってくる。
不思議に感じなからも、そうして数を減らしていると緑でも赤でもないゴブリンを1体捉えた。
こっちに真っ直ぐに向かってくる。
黒いゴブリン…いや、良く見ると発光している…これは文字か?
ガッチリとした体格に禍々しく刻まれた文字は不気味なオーラを纏い、見る者に嫌悪感や圧迫感を与える。
精兵と知られる部隊の兵士達も、顔をしかめる者や威圧を感じる者も少なくない。
明らかに異なる個体。
ソウマは群がってくるゴブリンよりも優先的にその個体を叩くと決めた。
「グラン殿、私はあの黒いゴブリンを優先して叩きにいきます。エルをここに置いて守りを重視させますが、このままお任せしても宜しいですか?」
ソウマが黒ゴブリンに取り組むことで射続けることを止めれば、先程よりは少なくなったが纏まった数のゴブリンを相手にすることになる。
それでも大丈夫か?と暗に問いかける。
ソウマの考えを汲み取り、頷きをもって返すグラン。
「わかりました。確かにあの見慣れぬ黒ゴブリンは異常な気配を感じます。強力な支援魔法も頂きました。あとはお任せ下さい。ご武運を」
グランは4人1グループほとで密集体勢を組ませ、攻撃してくる備える。
ソウマはエルに指示を下すと頷きを返し、頼んだと伝えた。
雄叫びを上げて向かってくる21体のゴブリンは明らかに中央のソウマを避け、背後のエルとグラン率いる兵に襲いかかっていく。
小柄なエルがゴブリンの剣を殻盾を使って弾く。
体勢を崩させ、よろめいたところをそのまま殻盾でゴブリンの頭を叩いてノックダウンさせる。
2体のレッドゴブリンが雪崩れ込むようにして突撃を仕掛けてきたが、真っ正面から立ち向かう。
当たるがままに左右からレッドゴブリンの長剣を受けるも、ガキンっと硬いモノを叩いた音をさせて刃は牛皮殻を貫けずにいた。
力を振り絞った攻撃だった為に自信があったゴブリンは驚愕と硬いモノを強打した時特有の手の痺れに苦悩の声を上げる。
その隙にエルは素早くハンマーのような質量を秘めた尻尾を武器に回転して叩き付けた。
直撃を受けたゴブリン2体の腹部や胸部は軽く凹んで吹っ飛んでいく。
グラン達も自身に沸き上がる力に驚愕と喜びを持って敵へと対応していた。何せ先程と違い、いつもよりも素早く、連戦しても疲れ果てる事もなく体力も尽きない。
いつもよりも力が増した攻撃はゴブリンを難なく切り裂く。手強いレッドゴブリンと言えどもそれは変わらず、これならばイケるかも知れない!と、希望を抱かさせるには充分な効果があった。
「力が沸き上がってくる…魔法の恩恵によるなんと言う心地よさだ」
戦闘中にも関わらず思わず呟くグランに、兵士達が同意の頷きを返した。
ソウマ本人は支援魔法が宿った武器のお陰だと言っていたが、一度に3つも支援魔法がかけられる武器など聞いたこともないし、その効果の高さにも驚く他ない。
そんな貴重な武器を惜しみ無く使ってくれたソウマに改めて感謝の念を抱いた兵達だった。
後方での力強い戦闘を確信したソウマは、ゆっくりと向かってくる黒ゴブリンに弓弦を引き絞り、狙いを付けた。
向かってくる速度は普通のゴブリンと変わらない。
眼を閉じていても、真っ直ぐに此方へと向かってくる存在感と不気味さだけは一線を画してる。
【戦弓眼】で視ると、あの体表は黒く刻まれている文字だと解った。
キリキリと溜め…解放する。
直線上に輝矢が高速に唸り、黒ゴブリンを襲う。
迫りくる輝矢に対して僅かに反応があったが、避ける行動もなく、此方の狙い通りに頭部と心臓とを外れる事なく射抜き、貫通した。
頭部と心臓部をくり貫れて倒れた黒ゴブリン。
生物として普通ならばこれで死んでいる。
歓声に沸く味方の声を聞きつつ、こんなアッサリと片付く筈もないと予想するソウマは、まだ警戒を怠らない。
倒れてから間も無く体表にビッシリと書かれた文字が輝き出す。
黄金の魔力に光輝いたまま、立ち上がったゴブリン。頭部は顔半分がちぎれ、体の心臓部は拳大以上の穴が空いていた。
体に刻まれている魔術紋様らしき文字が非常に激しく鳴動し始めた。続け様に矢を射るが、他の箇所を損傷させても輝きは一向に収まらない。輝きは増すばかり。
黄金に鳴動したゴブリンに変化が現れた。穴の空いた心臓部に光が集中しそこから黒ゴブリンの身体中に刻まれていた文字が集まり出す。
瞬く間に魔力が全身を取り囲み、貪るように、喜ぶように空中にも文字が踊り出した。
一瞬だけ大きく眩い発光が終わると、そこには黒く硬質な全身鎧を纏ったヤツがいた。
頭部は触角のような物があり、全身を纏う鎧も戦士や騎士と言うよりかは…バッタやムカデなどの虫を彷彿とさせる姿。ほぼゴブリンの面影は見当たらない。
閉眼していた片眼が開かれた。どこまでも寒い色を伺わさせる白眼だった。
ほらね、マトモな相手じゃない。
黒ゴブリンならぬ、虫ゴブリン。不気味な未知な敵の登場に気合を入れ直すソウマだった。
【魔蟲人間種】
書物には知性を宿した魔蟲が稀に進化した亜人とされている。
インセクトノイドの外見は殆どが人間よりで、進化元となった魔蟲により外観は多種多様な種類が存在するため、個体差が生じる事もあるので一概とは言えない。
インセクトノイドの人口数は少ないとあるものの、詳細な生体は不明。
どの書物にも記されていることは、総じて強力な力と知能を宿した存在と記されている。
其処まで読み終えらパタン…と読んでいた本を閉じた。
自分の外見を部屋の鏡でじっくりと眺める。
水色のボブカットにスレンダーな体型。目は獲物を捉えて離さない攻撃な目付き。
頭からちょこんと生えた触角と所々に身体に縞模様がカラーリングされた尻尾がチャームポイントである。装備や装飾である程度隠してしまえば人間種のように見えないこともないのだ。
私は両側が大きく湾曲し、肥大化した大鎌のような切れ味のある腕を持つカマキリと蛇が融合した魔蟲魔獣種マンティス・ナーガから進化した魔蟲人。
正直、種族特性として他の魔蟲人と比べて物理攻撃力に優れている。
魔蟲人にも格があり、最上位が支配階級である皇種級。
中層は騎士級と特異級、最下層は兵士級と呼ばれるランクが存在している。
皇種系統は生まれながらにして決まっているため、大概魔蟲から進化して魔蟲人となるのは兵士級だ。
私の現在の階級は最下層の兵士級…の中でも上位者である兵長級。
そして私達は生まれながらに、攻防一体となる【生体武具】と呼ばれるスキルを宿している。
レベルを上げてスキルを習熟すれば自分の手足のように馴染みながら成長していく。
魔蟲人として進化した先で得た魔力は身体強化に特化していて、器官を通して強化が可能だ。
また各部分でしか纏えなかった生体武具がレベルアップを果たして、ようやく薄く軽装ながらも全身に黒色の生体武具を纏わす事が可能となった。
両腕には黒光りする鋭利な両鎌が装着される。
生体武具を纏った私は、腕に自信を持つベテランの冒険者を同時に相手してでも容易に勝てる強さを得る事が出来ていた。
自分の事ながら、将来は騎士階級となるのも夢ではないと思う。
騎士級や特異級は、限られた者にしか至れない狭き門。
個体で軍隊並の実力を持つ化け物なのだ。
そんな私は現在、統治されている女皇様や蟲人が暮らす皇国から遠く離れた国に潜入している。
数の少ない同胞を保護したり、この地方を担当して協力してくれる人間種に渡りをつけることも任務の1つだ。
インセクトノイドは希少故に強欲な人間から狙われる事も多々ある。
それは亜人好色家と呼ばれる人間種が高額で奴隷として買い取るからだ。
個々が強くとも数で劣る私達は、あがないきれずに捕らわれる事も少なくない。
組織はそうした情報を集め、救出可能であれば作戦を実行する事ある。
現在組織には私の上司で騎士級が1名、次に階級の同じ兵長級が3名、兵士級が4名が属している。
最近の大きな仕事は、この地方の協力者たる人間種から報告を受けた事から始まる。
それは王国のある貴族により同胞が捕らえられた救出作戦だ。
しかも、捕らえられている同胞は女皇候補の資格を持つ皇種の奪還だった。
魔蟲の皇種でも未覚醒たる障壁蟻。
その身を包む甲殻は皇種で最も堅固と聞く。私が生体武具で全力で攻撃した程度では傷1つも付かない。
恐らくは上司の騎士級でも…。
救出作戦では入念な準備を行い即座に実行された。 強襲した結果、御身1人は無事助け出して保護されたが…実はその尊き御方から嘆願があり、もう1人双子の姉君がおられるとのこと。しかも既に何処かへ移送されたあとだったのだ。
取り敢えず情報を集める為に奔走した結果、なんと捕らえられた姉君が単独で脱出され、此方に接触を計りに来られた。
しかも姉君は皇種としての特別な覚醒を果たされておられ、銀髪に稀有な属性を宿されていた。
そのため次期女皇候補ではなく、女皇資格たる皇位継承権を持つ魔蟲皇人だ。
この御方はきっと歴史上最も美しく強い女皇となるに違いない。
そう自然に感じさせられる雰囲気を漂わせていた。
最優先に皇国へとお連れする事が私達の役割だ…と、意気込んでいたのが。
「私は女皇の資格を放棄を本国に伝えて頂くために伺いました」
そんなトンデモ発言が飛び出す迄は……。




