ソウマ編 緑小鬼の大侵攻4 竜を狩る者達との邂逅
お待たせしてます。いつもの事で申し訳ないのですが、あとで誤字脱字や文章修正を行います。
天高く突き出た樹木は、さらさらと優しい風に葉が揺れて日の木漏れ日がグラディエーションのようにゆらゆらと道を照している。
雄大な木々を抜けながら、そこに広がる豊かな自然と緑を鑑賞すると心が打たれる。
ソウマは湖まで続く細く舗装された一本道をひたすら歩く。
途中、少し開けた場所に兵が休む小屋があった。
槍を構えた2名の兵が通せんぼするようように立ちはだかっており、許可証の有無の確認をされた。
懐から取り出して、実際に確認してもらうと、一礼のあと無言で道を譲ってくれた。
詰所から小屋までは歩いて15分程の道のりだった。ここから10分も歩けば目的地の湖と祠が見えてくるらしい。
特に苦もなくのんびり歩いていると、自然の風が緑の匂いを運んで過ぎ去っていく。
(まるで避暑地のようだ)
そう思いながら湖へと到着する。
透き通る美しい水面に映る広大な自然の色は、その場に立ち尽くしてしまうほどの感動があった。
見渡す限り広大な湖の端には、乳白色の色合いで作られた頑丈そうな祠が奉ってあった。
美しい自然をひとしきり眼福して楽しんだあと、祠の中の建物内へと入る。
中には左右に区画された簡素なベッドが1台ある寝室のような場所と、トイレ、簡単なダイニングキッチンが壁とドアとで区画されていた。
真ん中には祈りの場として厳かな雰囲気を漂わせる台の中に杖をもった人の形をした像が奉られてあった。これは亡くなった人達の為に奉納されたのだと思う。
この世界の礼の仕方など解らなかったが、両膝をつき神妙に祈った。
どのくらい祈ったかは解らない。
しかし、祈りの最中に像から人の気配を感じた。
いや、正確には像の台座の下からが正解かも知れない。
突如ゴゴゴ…と開閉音が鳴り響き、台座が左にずれていく。人が1人ほど入れる通路がそこにあった。
その奥から2人の武装した人間が出てきたのだ。
「!?ヤクモ様、お待ち下さい。この先に誰かいます」
緊迫した声は若い声だった。
「ん…そのようだな。しかし予定ではこの月は誰もトンプソン家の者は利用してない筈だったのだが」
「と、言うことは賊ですね!お任せあれ」
言うなり、狭い通路を苦もなく飛び出してきた影はソウマへと接近して襲いかかってきた。
制限された空間に対してかなりの身のこなしとスピードである。
(普通の人間してはかなり速い…が)
それすらも遅く感じてしまうほど、今のソウマは強くなっている。
進化する前の元々のステータス差でも、鍛えた冒険者が相手にならなかったり、boss級の魔物ですら単体で屠るほどの実力があったのだ。
攻撃してくる相手を観察する余裕すらあった。
どうやら襲ってきた相手は少年のようだ。まだ小柄ながらに鍛えられた身のこなしだ。
両手にはダガーらしき小剣を持って器用に斬り付けてくる。
何か魔物素材で作られたライトアーマーを着込み、可動域全体を使った素早い身のこなしは必見に値する。
また小剣とはいえ、両手で扱うには重さを支える筋肉やバランス感覚、重量に振り回されない思考等…どれをとっても、その年で相当鍛え上げられている。
最初は余裕で攻撃してきた少年も、ソウマが紙一重で自分の攻撃をかわし続けている事に気づき始めた。
「くそっ、くそっ、何で当たんないだよ!?」
もう口調に余裕などない。意地だけで攻撃してきている。
そろそろソウマが口を開こうとすると、タイミングよく奥で観察していた人物が声をかけた。
「やめるんだアオイ。どうやら彼は賊では無いようだよ。直ぐに剣を仕舞いなさい」
優しく、諭すような口調だったがそこには一切の反論を許さぬ威圧感が込められていた。
ピタッと瞬時に攻撃を止めたアオイと呼ばれた少年はそこに膝まづいた。
「やれやれ、うちの団員が粗相をして申し訳ない。
しかし君も敵意が無い事を分かってたなら止めてくれればいいのに」
苦笑しながら尋ねてくる声色は紛れもない男の声だ。
実際に姿を見るとオールバックに髪を綺麗に撫で付け、理知的な瞳にマスクをしていて解らないが、見掛けは20代後半くらいだろうと予想出来る男性だった。
「いえ、そこの少年の見事な身のこなしに感心して眼を奪われちゃいまして…すみません」
そう言うと、ポカンとした表情から一転、大笑いする。
ひとしきり笑ったあと、アオイに向かって「だ、そうだから君も精進しなきゃね」と微笑ましく声がけていた。
その後、ソウマは自己紹介をし、トンプソン家の者から許可証を貰ったことや、緑小鬼の大群の討伐の為に、この場にいる事を簡単に説明した。
頷きながら聞いていた彼等は納得をしてくれたが、アオイ少年だけは胡散臭そうにまだ此方を警戒していた。
「では、我らも自己紹介をしようか。私はこの【竜狩人】の傭兵団を率いる団長ヤクモと言う」
「…オイラは準団員のアオイだ。あんちゃんには絶対リベンジすっからな!」
ピシッと指を指してくる。先程の事が余程屈辱だったらしく、からかい過ぎたとソウマは反省する。
「この地に滞在する許可を得た…と、言うことは何か関わりのある者かな…いや、詮索はよそう。
伝説も聞いたと思う。我らはこの地で亡くなった竜狩りの一族の末裔で構成された傭兵団なんだよ」
と、言っても現在は我らを含めて6名しかいないがね…と、自嘲的にヤクモはそう言うと、腰から鞘に入った一振りの長剣を見せてくれた。
柄の色は深い藍色。鞘も同じ色で統一されていた。
「これは代々一族の族長が受け継いできた剣でね。水竜でも齢500年を越える大物の素材から作り出された竜剣の一振り」
500年を越える竜から作り出された剣。それならばハイレア級でもおかしくない…筈なのだが?
剣を構えたヤクモより感じる威圧感は増すものの、そこまでの脅威が武器より感じられない。
寧ろ、武器より脅威を感じるのはヤクモ本人なくらいだ。
念のため、剣に集中して覗いてみた。
青竜剣 レア級
下位種である青竜を討伐した際の牙と下位竜玉を用いた逸品。
竜里にて失われし秘術で拵えられた竜剣の一種。水竜剣を模造して作られている。
団長であるヤクモが青竜へと単身で挑み、討ち取った。
任意発動武技【ブルースラッシュ】
余りに竜剣を凝視していたソウマを見やるヤクモ。
苦笑しながら、説明してくれた。
「の、模造品だよ。私が成人した時に里の依頼で狩った下位竜の素材で出来ているんだ。
族長就任の際に憧れだったんでね。真似てもらったんだ。
この剣のオリジナルは…【竜断】の称号を持つあの爺さま…ごほん、先々代が持っていね。あの御仁が死ぬなんて私には到底思えない。
…けど結局ここから帰ってこなかった。多分、共にこの地中深くに沈んでいった鉱山に眠っている」
「青竜を倒したのか…凄まじい実力者だなヤクモ殿は」
ソウマが素直に称賛すると、アオイ少年もうんうんと嬉しそうに頷いていた。
「あんちゃんわかってんじゃないかー!
うちの団長のヤクモ様は凄いんだぜ。かくいう俺も凄いぞ。何せ俺も竜を倒してっかんなー」
自慢気に両手を突き出し、小剣を突き出した。
これは…
小竜短剣 ハイノーマル級
小竜の爪を集めて、竜里の秘術にて融合させた竜剣の一種。軽い上に鉄剣並の強度がある。
「へへっ、倒すのに苦労したぜ」
「それはリガドラゴンの小剣か…アオイ少年の歳でよく頑張ったんだな」
ソウマは竜種とは、まだ戦ったことはない。しかし、ゲームの知識はあった。
ヤクモが倒した下位竜種【青竜】通称はブルードラゴン。
名の由来は体色が青一色の事からきている。
体長5m弱程で翼の持たない四脚型の竜種の一種である。
頭から尻尾まで細かい竜鱗でびっしりガードされており、それを破る術を持たない場合に限り他には弱点らしい弱点は眼や口内のみである。
それと唯一魔法による攻撃は鱗には魔力抵抗が僅かしかかかっていないタイプのドラゴンの為、物理よりは効くという点くらいか。
攻撃手段は、強靭な身体能力から繰り出される前爪、尻尾、牙による噛みつき。
有名なのは頭部に生えている短い角から魔力を体内に集めて吐き出される竜種では有名なブレスによる攻撃がある。個体差にもよるが青竜の場合は、口腔より高速で打ち出される水柱だと言う。
下位と上位の竜の違いは解りやすい。
しかし、下位とはいえ、やはり竜は竜。出会えば亜竜・龍とは違って生き残れる確率は殆どないと言ってもいいのだ。
では、アオイ少年の小竜とはどんな竜なのか?
実は竜と名前はつくが亜竜種の一種で名前の通り、密林に多く生息する小型の恐竜のような存在である。
魔力を用いた攻撃などは行えないが、2足歩行で前脚の一爪が発達しており鎌のようになっている。
その素早い身のこなしと攻撃で獲物を狩る。
この魔物で取れる素材は少ないが、軽くて丈夫なため初心者から中級者にかけてこの素材の装備品が人気がある。少し経験をつんだ冒険者パーティーが狩りにいって逆に狩られてしまうのは良く聞く話でもある。
ソウマの知っている事を何となく話してみると、ヤクモはその情報に驚いた。
リガドラゴンは兎も角、青竜は下位竜である。出会えば大概生き残る事はないので例え冒険者ギルドのような場所でも情報量は少ないのである。
興味を持ったヤクモは然り気無くソウマに尋ねた。
「良くご存知だ。余り竜・龍の生態については情報は少ないはずなのに、良く勉強しているね。君は学者か何か?」
「いや、俺は遠くから来た身で様々な場所を旅してきたから、他の人より色々知ってるだけですよ。
旅先では竜の被害も聞きます…特にワイバーンとか亜竜の被害なんかも…」
すらすらと嘘をつくのは仕方ないと心に言い聞かせ、こんなことを聞かれたらこう返答しようとこれまで脳内シュミレーションしてきた自分に感謝した。
尚も黙ったままヤクモはソウマを直視してくる。
その目力には強者の放つプレッシャーが込められている。
その視線を真っ正面から受けても眼をそらさず自然体のままでいるソウマを見て、ヤクモはようやく視線を優しく緩めた。
ヤクモはソウマを警戒していた。
自分があえて放つプレッシャーにも耐え、尚且つそれを脅威にも感じていない。
確かに何か隠してあることは有りそうだが…やましさはないと感じられた。
害の有る相手ではなさそうだしかなりの実力者なのだと、認識を改めた。
「試すような事をしてすまなかった。一応これでも傭兵団を預かっている身なのでね」
「あ、そういうの解りますから…大丈夫です」
二人で交わされた会話の内容に今一ついてないアオイは
「わかんねぇ…何でヤクモ様は謝ったんだ?」
いきなり謝ったヤクモに訳がわからず、頭を傾げていた。
「ソウマ殿が怪しい人間ではないとわかった事だし、場所を移さないか?
そろそら腹も減った。後続が追い付く前に飯の準備をしてしまおう。
じゃないと後から来るサイ婆とアイリが飢えてしまうからな」
どうやら他にも仲間がいるようだ。
邪魔をしても悪いし…目的の釣りはしてないが、この景色を見られただけでも来たかいがあった。俺はここでおいとましよう。
そう思って立ち上がる。
「お邪魔になりそうだし、俺はこれで失礼します」
「…気を使わせてすまんなソウマ殿。君とはまた会いそうな気がする。
私達は暫くここにいるつもりだ。ゴブリンとの戦、武運を願っているぞ」
「またな、あんちゃん。今度は一撃いれてみせるよ」
ヤクモより詫びだと言われ、小袋を受け取った。
食べ物かな?
ここは返すのも野暮だ。折角なので有り難く頂いておいた。
2人に軽く別れの挨拶を済まし、ソウマは単身外へと出た。
来た道を戻り、暫く歩くと丁度大木が見えた。
暖かな日差しを遮る木陰の下で昼食を取り出し、頂いた。
しかし、面白い出会いもあったものだ。
この時期、この時でなければすれ違って会えなかっただろう竜・龍狩りの一族。
ゲーム中では名前でしか見たことがない存在だった。
確か神…そう狩神なる一柱が遥か昔に加護を与えたと言われている一族。
それこそ人族でありながら人の力を超えた一族で、確かプレイヤーでも彼等のマスターNPC(特別な人物)が試練という名の厳しい条件さえ満たせば、種族進化とその専門職が手に入った。
ヤクモ達が出て来た地中の何処かに繋がるこの台座の下に、何かがあるのだ。
興味がない訳じゃないけど、今回はゴブリン戦もあるし、準備のための時間に割く時間もない。
最も、あの台座下から、何者かの存在に覗かれているような…感覚を受けた。
不快感…ではなく、何か呼ばれているような不思議な感覚だった。気のせいじゃないのなら…ね。
いずれ、また来る機会はあるだろう。
考えながら黒パンとスープを飲み終えたソウマは、少し小腹が空いていた。
何かないかな?と周りを見渡すと、一際巨大な大木を発見する。
良く見ないと解らなかったが非常に細く、巻き付いている緑の蔓が這っている事に気付いた。
何だが気になって、蔓を視線をおっていくと、その大木の頂き近くに蔓に重なるようにして、いくつか赤い実を確認した。
マナグローブの実(原生)
外気中の魔力を取り込む不思議な植物マナグローブの原種。自然のマナエネルギーを含む豊かな土壌にしか生息出来ないため、非常に限定された場所でしか生息不可能である。
その実は食用にもなり、食べるとHPとspを回復させる効果を持つ。
また、細い緑の蔓が本体であり、葉は1枚しかない生態のために自己生命力が著しく弱い。
そのため生命力のある木に寄生し、エネルギーを分けてもらう事で生存を図ることが多い。1年に一度だけ、複数の赤い実をつける。
マナポーションにも使われている材料の1つであるマナグローブの実であった。
正確にはこの原種を長い時間品種改良を重ね、人の手にも栽培法が確立されたマナグローブの実がマナポーションの材料になっている。
実を多くつけたり、育てやすいように品種改良された分、劣化した実がなってしまい原種の実ほどの回復量などは見込めないのは仕方がないのだが。
劣化といえども…それでもマナポーションを作る分には問題のない魔力を含む実の性質を備えていた。
錬金術師などの生産職をとっていないソウマはその存在自体初めて目にした。
折角なので1つ食べてみた。シャクッとしたリンゴの食感のあとほんのりと甘味が口に広がる、
味は無花果の味に似ており、食感と想像していた味が違っていて驚いた。
ソウマはフルーツは好きな方で、驚いたものの嫌な感じはしない。
マナグローブの実(原生)を摘み、アイテムボックスの中へとしまった。
他にもないかと探しながらゆっくりと帰る。全てをとらず何個か残してアイテムボックスへと入れていく。
一般には非常に分かりにくい木の高所にあるため、普通は専門家と共に蔦を探して調べるとこから始まるのだが、ソウマの場合は何となく気になる木を調べると発見する事が出来た。
全ての木にマナグローブの蔦が生えているわけではないのだが、通り道かその近くに限定して実がなっているものだけを選ぶ。
急激な進化がもたらした影響なのだろうか?
採取の専門家でも非常に解りにくい蔦だけに、この事を知れば是非ともソウマをスカウトしたに違いない成果がそこにはあった。
再度通り道に番をする兵達に許可証を見せ、無事詰め所へと戻ると、どうやら後続部隊が到着していたらしく、ガヤガヤと賑わしくなっていた。
詰所入口門から、補給物資をせかせかと運び出している。
その中にはゾラもおり、補給部隊の兵士にアレコレ指示を出していた。
こっちに気付いたゾラが指示を兵士に言付けて向かってきた。
「おっ、早かったな。もう戻ってきたのか?ソウマ」
「ああ、向こうに先客がいてな。邪魔しても悪いし戻ってきた」
「先客?ああ、そうか。あの方達が来られる時期だったのか…悪いなソウマ」
「気にしなくても良いさ。それにいい人だったしな。とても落ち着ける場所だった。
そうだ、その場所の事で相談したい事があるんだが」
「あー、そりゃ構わないが今立て込んでてな。この運搬が終わるまで待っててくれないか」
門には荷台車に積まれた大量の物資を兵士が2人が抱え込んで運んでいた。
物資の中身は食糧と水、そして予備の武具と矢、消耗品とちょっとした小山になっている。
これを建物の中にある食糧庫と倉庫に荷分けしていく作業のようだ。
兵の中には冒険者も混じっていて臨時のアルバイトとして雇っているようだ。
かなり重量があるらしく、汗だくで運んでいた。
「なら、俺も手伝わせて貰うよ。人手は一人でも多い方がいいだろう?」
「そりゃあ、安い報酬だが冒険者を臨時で雇うくらい忙しい。助かるがいいのか?」
ファンタジーのライトノベル何かじゃアイテムボックスを駆使して活躍するようだが、俺はあんまり悪目立ちしたくない。
それに、手伝ってる冒険者の仕事を奪いたくないし。
「助かるぜ、その荷物を食糧庫まで運んでくれ」
目の前の林檎箱のような木箱が梱包されて小山のように2列に並んでいた。
大人一人で両手で抱え込ん込めるほどの大きさだ。これを先程から二人がかりで食糧庫へと運んでいる姿を見ている。
試しに両手で抱え込んで持ち上げてみると、案外軽い。これならもう1つ木箱を上に載ってけても余裕だ。
ソウマの相方用に誰か兵士を一人呼ぼうとしているゾラを呼び止めた。
怪訝そうな表現を浮かべたゾラに実際に一人で持ち上げ、更にもう一箱載せて見せると、かなり呆けたような顔をして驚いていた。
側にいる兵士も同様で、木箱を持ち上げるソウマを穴があくほど凝視している。
だが、ゾラはすぐに笑い初めた。
「こりゃあ…規格外すぎるぜソウマ。なら頼む。
ほら、お前らも呆けてないでさっさと運べ。ソウマに仕事を奪われるぞ」
それを聞いた兵士や冒険者も、慌てて自分達の作業に戻る。
それから程なくして荷物の運搬は片付いた。
悪目立ちしたくないと考えていたソウマだったのだが、逆に目立っていたことに気が付かなかった。
後で【荷運び男】と呼ばれ、後悔するハメになるのは後の事だ。
そうしてゾラにヤクモ達と出会ったことを伝え、台座の秘密について相談を持ちかけた。
ヤクモ達の事は知っていたゾラだったが、台座の下の秘密については初耳だったようで少し頭を抱えていたのだが、結局親父に聞いてみるさ…と請け負ってくれた。
後で酒でも奢ることにして、一旦部屋へと帰ったソウマは、ヤクモから去り際に手渡された小袋を思いだし、中身を開いてみることにした。
「これは…粉末か?」
小袋の中には三角状に何層も折り込まれた紙がある。開けば黄色の粉が少量包まれていた。
黄色い粉末
特別な材料を用いて竜狩りの里でしか製法出来ない薬。微量でも疲労回復効果を持つ。副作用はない。
これは…貴重なモノなんだろうな。竜狩りの里でしか製法出来ないとあるし…少量でも疲労回復効果は有難い。
しかし、何故出会ったばかりの俺にこんな貴重な物を分けてくれたんだろうか??
首を傾げるしかない。
また彼等とは会うだろう。その時にでも何か手土産でも持っていこう、
ヤクモ達が出て来た台座の下…あの奇妙な場所には俺を呼ぶ何かがいる。
そこへ入るためには、きっとトンプソン将軍が関わってくる。
ゾラに頼んだけれども、交渉を有利にするためにも、この緑小鬼戦で手柄を上げる必要が増えた気がする。
緑小鬼との激突までに、弓の完成する仕上がりを楽しみに待つソウマだった。
ソウマから新しく弓の依頼を受けたドゥルクは、仲間であるレイナードとアーシュに断りを入れて、臨時の鍛冶場に持ち込みの材料を並べ、炉に火を入れて、早速作業準備に入る。
落ち込んでいたが何かスッキリとした表情のレイナードのことは、付き合いが長いアーシュに任せておけば安心だ。
改めて預かった弓の材料を眺める。
何せ、依頼された弓は竜素材を元に作られる弓だ。竜の牙を研磨、錬成し【竜顎弓】ドラコントゥースと呼ばれるレア級相当の業物を作らねばならいのだ。
扱うのは、未知の素材であり親父殿が残した鍛治マスタリーレシピにしか載ってないような代物である。
1人の職人として血が騒がない筈がなかった。
(しかももう1つの依頼は親父殿の作った事がない弓の依頼ときた。…ソウマはいつも俺を驚きと楽しみに連れていってくれるよ)
その類いまれなる幸運に眼を瞑り、感謝する。
(しかし、親父殿のレシピ通りに只作るのも些かな…俺に任せてくれると言うし、素材が放つインスピレーションに身を任せて見るのも一興かも知れない)
うきうきと心踊る。こんな感覚はいついらいだろうかな。
充分に熱した炉の温度を確認してから、竜素材に立ち向かう。
こちらの技量がなければ反発して思い通りに行かないのがレア級の証。生半可な腕では前に立つのも憚られる素材なのだ。
これが俺にしか出来ない鍛冶だ。
新たなインスピレーションのもと自身の腕に誇りを持ち、強敵に立ち向かうドゥルクだった。
天気の良い空の下、美しい自然の中でパチパチと炙られている巨大な蟹。
石で周りを囲んで作った即席の焼き場の網の上では、蟹の他に香ばしく焼けていく大きな貝と魚の姿がある。
どれもこの目の前に拡がる湖の恩恵であった。
オールバックにして綺麗に撫で付けられた髪が印象的な男性が、周りにいる男女に声を掛ける。
「もうすぐ焼き上がる。皆、食べるぞ」
「おっ、待ってたっす」
「若様、申し訳ございません…」
「頂きます」
中性的な顔立ちの少年と十代後半だと思わしき黒髪の長い可愛い女性、品の有る年配の女性とで合計四人の男女の姿があった。
各人相当お腹が空いていたのであろう。
瞬く間に香ばしい香りを放つ食材が消えていく。
「気にするなサイ婆。料理は私の数少ない趣味だからな…アイリ、蟹ばかり食べてないで魚もちゃんと食べなさい。
アオイ、お前はもう少し落ち着いて食べなさい。食材はまだあるから…」
男は自らも食べながら、食材を焼き、合間に他の料理を作っていく。特に食べ盛りの十代は遠慮なく飯を食べ腹に消えていく。
暫くして満腹になり、全員が満足そうな笑顔を浮かべていた。
「やはり若様の料理は美味しいです。ただ塩で焼いているだけなのに不思議」
「素材との相性と絶妙な調味料具合…そこが料理の奥深さだアイリ。やってみると楽しいぞ?」
少し考える素振りを見せるも、首を横に振る。
「…やめておきます。私は食べる専門」
キッパリと断り、言い放った。無表情ながらに固い決意が込められている事は、長い付き合いであるヤクモには解る。
その堂々とした態度に苦笑しつつ、片付けをきちんと行っていく。
料理も掃除も出来る出来る男…それがヤクモだった。
片付け始めたヤクモを見て流石に手伝い始めたアイリ。
「ところで若様」
「ん、なんだアイリ。まだ食べたり無かったのか?」
「違っ」
「それと、二人きりの時はヤクモで言いといった筈だ」
「…なら、ヤクモ…さん」
そのぶっきらぼうな口調には若干の照れが混じっていた。
「何だい?」
「…何故見知らぬ者に竜里の秘薬をお分けになったのです?」
アオイから聞いたときは心底驚いたものだ。
竜里にしか生えていない特別な素材を限られた者しか知ることが許されていない製法で作られた貴重な薬だ。
少量でも効果があり、疲労回復が高い。何度もチャレンジしてきたこの場の攻略の手助けとなる切り札の1つだ。
そんな特別な薬を分けたことに対してかなり疑問があったのだ。
「うーん、そうだな。強いて言えば感かな?」
「勘?」
「そう、感」
微妙に噛み合ってない二人の会話の内容。
しかし、アイリにはその説明だけで良かった。
時々団長は不思議な事をしたり、言うのだ。
余人に理解出来ないだけかも知れないが。
しかし、その行動が今まで不利益に終わった事など1度も無いし、寧ろ後から考えれば有益な事が多かったからだ。
妙に納得したアイリの姿に不思議に思いながらも、ヤクモは丁寧に後片付けを行うのだった




