ソウマ編 馬車に乗ってガタンゴトンッ
一度目が覚めたものの、食欲もなく未だに酷い
倦怠感が身体を支配していたソウマは無理に起き上がらず、自分の身体調を戻すことに専念するため食事を摂らずに最低限の水分だけを摂取した。
チリチリと痛む両腕の具合を確認してから、再度ハイポーションをかけて眠りにはいった。
2回目の覚醒は疲労感から大分回復した状態で隠蔽のテントから出た俺は、まだ煌々と輝く光が灯る大広間を後にした。
静寂がこの場を支配しており、中を探すも生物の痕跡や息吹を全く感じなかった。
魔物がいないのは、ここに魔除けの封印か何かが在るのだろうと予想している。
長々と続く石垣の通路を記憶の限り進んでいく。途中の小部屋に立ち寄る。
そこには綺麗な水瓶の底に溢れるようにして涌き出て流れつづけていた。
小部屋に入ってまずは久し振りの食事を準備する。
こういう時に便利なアイテムボックスから、暖かいスープと以前料理して貰った牡丹鍋の柔らかく煮込んだ豬肉を一緒に食べた。
肉を口に入れた途端、その旨さが刺激となって空腹感を呼び起こす。
ソウマを支配してあっという間に1頭分はある豬肉を平らげてしまった。
となれば、お腹も膨れて落ち着く。旨い飯はどんなときでも元気を分けてくれる人生のスパイスだな。
そのまま黒死鳥の巣穴にある手付かずの宝箱を回収しながら、厳かな雰囲気を漂わせる霊山を降りた。
外の風はまだ冷たく、太陽も東側を指していることからまだ午前中だと判断する。
「まぁ、マップがある限り迷わないしね。のんびりいこう」
ソウマはゆっくりと歩き始めた。
そして現在、馬車に乗せてもらっている。
経緯として山を降りて森を抜け、道まで歩いて出てきたところでマップに複数の表示があった。そこへ駆けつければ森林狼達に襲われていた馬車と一人の行者を発見。助勢した事が始まりだ。
6匹の森林狼の内2体が地面に倒れ伏していた。森林狼は素早い動きが特徴で連携を得意とする魔物だ。
あの行者、なかなかの使い手のようだが、背中と腕に爪による切り傷を負っていた。長引けば血を流しすぎて出血多量で不利になるのは間違いない。
狼達は仲間を倒された事でうなり声を上げて威嚇している状態だ。
まず行者の人間に此方がまず敵では無いことを無いことを伝えるためと森林狼の気を引かせるために遠くから大声を上げる。
両者ともこちらの存在に気が付いたようだ。
「加勢します」
「すまねぇ、助かるぜ」
ソウマの左手は指先以外は僅かにしか動かない。痛覚が無いだけマシであったし、リハビリも少しずつ開始して改善はしてきている。
森林狼程度の相手ならば、例え右手に短剣を持って追い払うのは造作もない。
脚力と身体補正にモノを言わせ、恐ろしい速度であっという間に辿り着く。
森林狼は馬車を引く馬を重点的に狙っていたらしく、馬に跳びかかって攻撃しようとする前に背後から一撃を加えた。胴体からバッサリと切られた狼は声も出せずに死ぬ。
その他の狼も冷静に対処し、反撃を許さず一匹残らず叩きのめしたのだった。
魔物である森林狼の毛皮のみをテキパキと解体して、肉はそれほど不味くもないが今は必要としないため地中に埋めて処理した。
その間行者は手慣れた様子で自身の傷を観察し、包帯と傷薬を塗っていた。
襲われていた馬車の持ち主である行者はマコット(歳は40近い) と名乗り、栗色の髪の毛の人族だった。
俺もだが何より商売道具の大事な馬を助けて貰った恩もある。礼もしたいから良かったら俺の家に連れてってやるから来てくれ…と、誘いを受けた。
今は少しでも何らかの情報が欲しかったので誘われるがまま、都合良くお邪魔させて貰うことにした。
マコットさん自身はひょろ長いおじさんといった風貌だが、若い時から 冒険者に憧れて育ったらしい。
行商の仕事で鍛えられた肉体は職業戦士には及ばないが充分な肉体を兼ね備え、簡単な剣術などは嗜んでいるそうだ。体には鎧ではなく厚手の服を着込んでおり、腰には年期の入った片手剣がぶら下げられていた。
職業上、王都にも行ったこともあるそうで、ここの飯屋が旨いとか王都の武具屋は一味違うぞとか話題も豊富で気の良い人だ。
「そういや、あんちゃん名前は何てーだ?」
「ソウマと言います」
「ソウマだな。ここいらの人間は髪は栗毛が多くてな。銀髪の人間なんて始めて見てよぅ。珍しくてな、名前を聞きそびれちまったんだよ」
ガタゴトと揺れる馬車には、話が尽きない。
「そういやここいらに伝わる有名な伝説なんか知ってっかソウマ?」
「いや、余所者なんで聞いたことないです。どんな伝説ですか?」
「おう、俺も爺さんから聞いた話なんだがよ…………」
大昔、この一帯の地域は人の手の入っていない魔物が蔓延る地域だったそうだ。王国の貴族の一人が此処に土地をもらい、統治を始めるために人を集める。マコットさんの祖先の世代を王都から集めてきて開拓を行うようになったのだとか。
この地域は魔物が蔓延るだけあって開拓には大層時間がかかったものの、目処が付くくらいには人間の住める土地の確保と、近隣の魔物を掃討しながら安全の確保が叶いそうだった。
しかし遥か昔より霊山と呼ばれる山に住まう飛行する魔物だけは討伐は不可能なくらい強力で、要請された王都からの軍隊すら討伐が叶わず死人だけが増える。遂にはその霊山を封鎖することが決定された。
その魔物の特徴は黒い体毛を持つ巨鳥。近隣の魔物とは格が違う強力な魔物。幸いにして数は少なく、守護する領域を侵さなければ襲っては来なかった。
更にその群を纏める固体に至っては、余りの強さに腕利きの傭兵、魔法使いとて相手にもならなかったと伝承にある。
100年以上も生き抜く固体とも言われており、倒すことが出来れば一生を遊んで暮らせる程の討伐金が王国より贈られる手筈となっている。
その後、当時魔法使いの最高峰であるSランク冒険者ブランドーが仲間と共に挑む。
彼等のパーティーはA級の迷宮以上でしか滅多にドロップしない封印球と呼ばれるユニーク級の使い捨てのマジックアイテムを用いて、何とか巨鳥を弱らせて封印する事に成功した。
当時の最高クラスの人間達がそこまでしても倒すことが出来なかった魔物は【不滅の巨鳥】として伝説が伝わっていた。
そして、Sランク冒険者には討伐こそ出来なかったが半永久的な封印の成功による功績が認められて、この国の筆頭貴族の嫁を貰い、貴族の仲間入りを果たした。家名はそのままブランドーと言うそうだ。
現在でもその貴族は残っているが度重なる散財と貴族主義によって大分落ち目の貴族らしい。
しかも、つい先月に当主が交代し、魔法で地位を築き上げた貴族の象徴として作り上げた魔法学校と別荘以外を残して、殆どの領地を売却して貴族の名前のみを残すこととなった。
封印を施された球は代々当主が受け継く決まりとなって、身に帯びる事が当主の証となっている。
「と、まぁこんな訳よ。こんな伝説を子供の頃に聞いて俺も冒険者になりてぇって思ったがな、親に連れてって貰った転職神殿で戦闘職に適性がなくて諦めたんだがよ」
今は後悔はしてねぇけどな。と、ガハハと笑っていた。
しかし、つい先日にその霊峰から山を引き裂くような振動と轟音が鳴り響き、目撃者から封印が破られたのではないかとこの周辺の住民はかなり心配しているようだ。
今のところ目立った変化が無いらしいのたが、近々調査のために軍の兵隊達が送られるのだと専ら噂になっていると聞いたそうだ。
あ、ははは。すみません、それは俺のせいですと心の中で謝っておく。
【不滅の巨鳥】それは間違いなくフィアラルの事だ。
しかし、ゆっくりしていたら霊峰の不法侵入としてその軍隊に捕まっていたかも知れないな。危ない所だった。
後ろには大きな荷物が幾つも積まれていた。どうやらこの先の村で転売して商売を始めるようだ。
「其にしてもよぉソウマ、お前さん随分と遠いとこから来たんだなぁ。あれよ、ユピテルっていやぁ一月も前から封鎖中だかんなぁ」
そうなのである。
この黒死鳥の巣穴はこの王国の霊山に存在している。どうやら俺はフィアラルにここまで長距離転移させられていたらしいのだ。
しかも現在王都から一定距離には関所が設けられており、一般人は通行制限と言う名の封鎖。行商人に至っては認可の無い者は通行禁止の措置がとられていた。
これは障壁蟻の一件の他に、どうやら帝国と戦争中の国の兵隊が王子を連れて逃げ延びているらしく…勝手に国境を越えて他国の軍隊が潜伏している。体面は非常に悪く現在封鎖命令の真っ最中なのであった。
マコットはソウマの事をどうやら流れの傭兵で、怪我をしたから故郷に帰りたがっているようだと曲解していたのだが説明も面倒なのでその通りにしていた。
見事な拵えの短剣や、それ以上の存在感を放つ外套から名のある傭兵なのだろうと検討違いもしていた。
「そうなんですよね。故郷に仲間もいるし…早く帰りたいのに本当に困ってます」
「まぁそれも俺の村でゆっくり養生していけや。小さな村だが温泉が沸いてて怪我に良いって評判だからよ」
俺がマコットさんに付いていくのは温泉があるからも理由の1つ。
だって温泉だよ!温・泉。
日本人なら入りたいじゃないか!
どうせ封鎖されてて動けないなら、少しくらいの寄り道しても良いじゃないと感じていた俺は、温泉に釣られてこの依頼を引き受けた。
反省はするけど後悔はしていません。
それに、何故かマップは反応しているがステータス欄のスキル、魔法が全て反応しなくなっていた。理由は定かじゃないが考えられるに、きっと召喚器を使用したからだと思う。
恐らくは…だけど。
限界まで使った反動でリスクが生じ、現在クールタイムなのだと思っている。いずれ使えるようになればいいが…使えないと解った瞬間は絶望的だった心境が、今は温泉に浸かれると思うと、何とかなるさって思えてきたから我ながら現金なもんだ!
そんなこんなで話をしながら行商予定の農村へと到着。
積み荷などを卸すくらいは手伝う。左手は三角巾で吊って使えないが、右手だけでマコットが両手で持っている荷物をヒョイと掴んで丁寧に降ろす。
「ガハハ、ソウマは片手で力持ちだなぁ。俺の目に狂いはないってことだな」
最初の内は驚愕していたマコットも次第に慣れて、この荷物はそこ、アレをここまで運んでくれと指示を出し始めた。
どこの村でも封鎖などの影響で流通が滞り、非常に歓迎された。積み荷の中身は売れて、俺も手伝いのチップとしては少し大きめの金額を頂いた。
ホクホク顔が止まらないマコットは、このまま生まれ故郷である温泉村のココット村へと急ぐ。
積み荷を降ろした馬車は快調に村へ向けて駆け抜けていく。
マコットが急ぐ理由としては、積み荷が無いときを狙って襲う盗賊団の存在を先程の村から聞いたからであった。
本来盗賊は積み荷を狙い襲ってくるモノだが、襲撃するリスクと持ち運びを考えて最近は売上金を狙って襲ってくる盗賊団が増えたようなのだ。
…これは俗に言うフラグって奴かも知れない。
そんな事を思っていると、この先の森林に左右に別れて敵対反応が複数確認することが出来た。
数は…左側が5人、少し進んだ右には倍の10人。これは待ち伏せ…?か。
馬この車の速度だと間もなくその待ち伏せエリアを通りそうだ。
「マコットさん、この先で怪しい気配が複数あります」
「マジかよソウマ。参ったなぁ。こなまま馬車の速度を上げたら逃げ切れるか?」
なんの疑い無く俺の言葉を信じるマコットさんに嬉しさを感じながら、首を横に振った。
「左側に5人、少し後方に右側に10人いますから、先に右のやつらが足留めしてから背後から左の奴等が襲ってくる可能性があります」
その言葉にマコットは唸りながら
「…ソウマよぉ、何か策はあんのかい?」
「俺は本来弓士何ですが、怪我をして今は弓を引けません。馬車をゆっくりと走らせて…俺が前に出て潰してくしか無いでしょう」
「ほぉー、あれだけ短剣を上手く使えるのに専門じゃないってか。頼もしいねぇ。お前さんに頼る他ないから危険な役目を押し付けてわりぃが宜しく頼む。俺は馬車と馬を守る方に重点をおくからよ」
「じゃあ、行きます。俺が行ってから馬車はゆっくりに…………」
「いや、其れには及ばないよ」
突然背後から第3者からの声が聞こえた。しかも若い女性のような美しさを含む声だった。
馬車を急停止させて停まらせると、ソウマは慌てて振り向く。
其処には翡翠色の輝く長い髪を後で束ねた姿が良く似合う美女がにっこりと笑いながら立っていた。
額には髪と同じ色の宝石をあしらった白銀色のサークレットを被り、白銀色のライトメイルを難なく着込んでいる。
そして背中には木製の弓、腰には一振りのショートソードが納められていた。ユウトのような騎士のような出で立ちに見えた。
顔を良く見れば尖った耳と褐色の肌は彼女がエルフと呼ばれる種族を連想させる。
ソウマはハイエルフであるニルヴージュしか知らなかったが、人の気を引く高貴なオーラを感じ美しさの中にある強大な魔力を感知して間違いないと確信する。
(いつの間に…何も感じなかったぞ?)
しかも、先程までマップを展開しても反応すら無かったのに、今は中立のマーカーでここに記されている。
どういう理由かは推測しか出来ないが、恐らくは上位の隠密系統を持っていると思っている。
エルダーゲート・オンラインではPVPによるPKも存在している。
ソウマはあえて対人戦闘のみを追求して楽しみたい訳では無かったので余り興味は無かったのだが、その存在は知っていた。
彼等のスキルにはマップに察知されにくい、もしくは何らの条件(レベル差やステータス値)を満たさなければマーカー表示されないと言った限られた職業ないし種族しか持てないスキルがあるとされる。
今回彼女が突然表れたように感じているのは、それらが原因なのではないかと考えている。
エルフの女性は見惚れているマコットより、突然の事で少し警戒しているソウマの姿勢におやっと意外そうに思っていた。
自分で言うのも可笑しいが、彼女の美貌に見惚れない人間種など殆どいなかった。だからこそ、ソウマに少し興味を持った彼女は言葉を続けた。
「失礼、たまたま声が聞こえてね。途中で割り込ませて貰ったよ。私の名前はカタリナって言うんだ」
「…始めまして。良く聞こえる耳をお持ちなんですね。私はソウマ、隣にいるのがマコットさんです。それで其れには及ばない…とはどういう事ですか?」
「別に盗耳した訳じゃないんだけど、それについては謝罪させて貰うね」
そう言って流麗な礼の後、笑いながら質問に答えてくれた。
「うん、だってもう終わっているから」
ソウマは驚いてマップを確認すると敵対マーカーが全て消えていた。
そして驚愕のもと、森に入ると其処には血塗れで倒れ付していた盗賊団の姿があった。15人全員分だ。
全て胸から何か抉られた後があるも、矢などは見えなかった。普通に考えれば…カタリナと名乗った女性が何かしたのは間違いない。
例え背中の弓を使ったとしても、いつ使ったのかはわからない恐るべき手練れの騎士だった。あの射程距離ならばソウマにも同じことが出来るが、ここまで察知出来ない腕前を誇る相手に戦慄が止まらなかった。
自分より強い者はいるのは知っていた。決して驕っていた訳では無いつもりだったが、どうやら自分はかなり慢心していたのだろう。
気を引き締めるには丁度良いできごとだった。
マコットはソウマよりも驚きが強く、寧ろその圧倒的な実力に恐怖さえ浮かべていたが、恐怖よりも助けられた恩義が勝る人間だった。
「凄まじい腕前をお持ちですね…カタリナ殿、我らを助けて頂いて有り難うございます」
普段の口調とは違い、客人に対する丁寧な口調でお礼を伝えた。
ソウマもそれに習う。
助けて貰ったお礼に金品を渡そうとするも両手で辞退し、
「いやいや、王国の人民たる君達を守るのは騎士の務め。ましてや怪我人もいるようだし気にしなくていいよ」
軽い口調で済ませ、私は用事があるからと俺達と反対側へと向かい、歩いて行った。
ふぅーむ、何だか格好良い女性だったな。
見送りながら此方も温泉のあるココット村へと馬車を走らせた
ソウマもマコットもお互い無言でいると、途中思い出したかのようにマコットが口を開いた。
「あぁ、思い出した。さっきの美人エルフの姉ちゃんは間違いねぇ」
興奮しながら突然大声を上げるマコットは、余りの興奮度に少し引き気味のソウマに目もくれず喋る。
「何で思い出さなかったんだありゃあよぉ、カタリナ様だ。カタリナ・ブラッドレイ様だよ。一人騎士団なんて異名持ちのよぉ」
思いがけない有名人に会えた人の喜びってこんな感じだよな~と思いながら、そんな風にマコットを眺めていたソウマ。
彼女は王国を護るために王家からエルフの里から契約された精鋭なのだと言う。
過去に敵国に攻め込まれ、最終防衛ラインを突破された掛かったときに颯爽と現れて援軍がくるまで並みいる兵士を倒し門を守り続けた。
そして、援軍が来るまで持ち堪えさせ、何百の敵兵を倒していたのは有名なお話。
その美貌と強さから一人で騎士団以上の力を持つ一騎当千の者として異名が付くほどの武名を得る。
一般市民から貴族に至るまでアイドルのような存在なのだと教えてくれた。
カタリナ・ブラッドレイ。王都で催される最大の武闘大会でも優勝したことのある王国のトップクラスの最強の秘魔騎士。
あれぐらいではまだ全然本気ではないのだろう。しかし、圧倒的な武を見せ付けられた。あの人はアイラさんと良く似た匂いを感じる。
最近、強い美人ばかり出会うなぁと変な感想を抱くソウマなのであった。
その後、道中は何もなく無事にココット村へと到着した。
自警団の村人に村の中へと通してもらう。小さな村だと言っていたが…温泉に人が入りにくるのか村には人が多く、活気に溢れていた。
馬車を走らせ、ある木製のしっかりとした造りの家で停まる。この村の中ではなかなか大きな家でマコットがなかなかの商売人であることが知れた。
横に馬車を停め直していると家から小柄で清楚な女性が家から出てきた。童顔で20代後半にしか見えない可愛らしい女性だった。
「お帰りなさい、貴方」
「ああ、ただいま。留守中何か変わったことはあったか?」
「いいえ、でもマルコフがまた冒険者になるんだって言い初めて…あの子ったら森に入ったり動物を追いかけ回したりなんて生傷が絶えなかったわ」
「そうか、まぁ息子も俺の血を継ぐ男だからな。仕方ないが、まぁだまぁだ子供だ、危ないことは危ないと言い聞かせるよ」
「頼みますね。あら貴方、そちらの方はどなた?お客様かしら?」
マコットは妻に簡単な紹介と共にソウマに助けられた事を伝える。そしてお礼に家に泊めさせて欲しい旨を伝えた。
それを聞いた奥さんに大層感謝され、マコットの帰還お祝いも兼ねてご馳走を作るのだと張り切って厨房へ向かっていった。
時間がかかるのでその間、村の共同風呂で温泉を満喫する為にマコットは息子のマルコフを連れてソウマを温泉に案内した。
木で囲むように作られた温泉場は簡単な敷居で脱衣場を通じて露天風呂となる作りだった。
男女別々に別れている通路を抜け、脱衣場で裸になって独特の臭いのする温泉へと肩まで浸かる。
左手は紫色に膨れ上がっているので、片腕だけは温泉につかないように注意しながら入った。
「ふぅー…これは…気持ちいい。疲れがとれる」
何とも言えない解放感と湯の心地よさに蕩けていると、温泉場を元気に走り回るマルコフがマコットに苦笑されて掴まれながら隣に腰を下ろしてきた。
「なぁなぁ、ソウマって冒険者なんだろ?迷宮に入ったことあるか?俺はいつか冒険者になって踏破するのが夢なんだ」
凄く興奮しながら聞いてくるマルコフに、似た者親子だなぁと感心する。
「ああ、入ったことはあるよ。だが、迷宮は何が起こるかわからない場所だからな。魔物以外にも罠もあるし…宝箱を探したり魔物をやっつけたりばかりじゃなく危険な場所だ」
「なんだ?弱気だな~ソウマって弱いのか!」
それは揶揄する言い方じゃなく、子供らしく純粋な疑問が浮かんで素直な気持で聞いてくる。
単純で分かりやすい質問だった。
「どんな実力者でも油断をすれば簡単に死ぬって事だよ」
そう言うものの、マルコフにはなかなか理解出来ない話のようだ。
話題を代える為に、森であったカタリナ・ブラッドレイの話をすると直ぐに食い付いてテンションを上げて話をせがんでくるマルコフだった。




