狂乱兎との戦闘
明るく照らされた洞窟内で、ダンテが雄々しくヘイトする。
無視しきれない圧力がNo.7とNo.6に降りかかった。
ヘイトに反応したNo.6がダンテへ向けて駆け出すも、レガリアが横合いから攻撃をしかけ、ダンテから引き離し、他の場所へと戦場を移した。
その場に残されたNo.7がダンテに向けて、攻撃を開始する。
既に詠唱待機させておいた土属性初級魔法【土杭】3本を全て放った。
高速で飛来する土杭に対してダンテはすかさず戦技を用いて対抗した。
大盾を掲げ、習得したばかりの戦技【耐魔法付与】と、綺麗に補修し新たな素材を加えた事で大幅に性能が上がった炎熱鋼製の大盾に宿りし【忍耐・改】を同時展開させた。
少なくないSPが消費される感覚を味わいながら、ダンテの大盾が半透明の膜が覆う。
盾士系統にしか使えない戦技【耐魔法付与】は、魔法を使えない者にも、その名の通り盾に魔法耐性を与えて魔法ダメージの軽減や打ち消しを図る戦技である。
土杭と激しくぶつかり合う。大盾に掛けられた膜は突破される事なく、忍耐スキルの相乗効果によって見事に対消滅して掻き消えた。
再度魔法を詠唱するNo.7に対して接近戦を仕掛ける為に駆け出していたコウラン。
ダンテは急激なSP消費に疲労感はあるものの、戦闘に問題はない。
大盾に搭載されている手斧を投げてNo.7の魔法の詠唱を邪魔すべく牽制する。
手斧を鬱陶しそうに躱している間にコウランが近付いてきた為、自身に支援強化魔法を掛け終えた後、魔杖に蓄えた魔力を攻撃へと変換した。
この魔杖はミハイルが実験体の性能テストと称し、現在のレガリア達のように攫ってこられた冒険者の魔法使いが所持していた品物である。
ソーサラーワンドと言われるレア級の1品であり、魔力鉄をコーティングして使っているため他のワンドよりも耐久性も高い。
発動する属性魔法に僅かな魔法威力上昇の他に、杖の先端部に取り付けられてある魔石を発動魔技として装備者の魔力を込めることで、普通に詠唱するより速く土属性魔法【土杭】を構成出来る事が可能になっていた。
珍しい魔導士タイプの強化型狂乱兎であるNo.7は優れた身体能力をもって普通の魔導士よりも接近戦に対応している。
ウォーメイスと魔杖がぶつかり合う。
硬質音が響くも両者の獲物はヒビ一つ入っていない。
コウランが戦闘を開始した間にダンテも槍を持って追い付いた。
重量のあるウォーメイスの攻撃と槍の鋭い攻撃は、長年に渡り2人で培ってきた連携攻撃がNo.7を襲う。
時折、魔杖に魔力を込めて土属性魔法初級【土杭】を放つ。
身体強化と簡易魔法による防御陣を駆使してダンテとコウランを相手に戦闘続行を可能としているものの、No.7は徐々に追い詰められていく。
「さっきのゴーレムよりはやり甲斐があるわね!」
コウランの攻撃を躱す隙を狙い、ダンテが先程から何度も槍による突きを直撃させていた。
肉体まで浅く食い込むのだが、強化魔法で強化された毛皮がそれ以上の侵入を阻み、ダメージを軽減させられている。
また即座に【土杭】で反撃してくるNo.7。
「やはり魔法とは厄介な代物ですね…」
魔法を使う強敵など一昔前の自分なら、お嬢様と共に立ち向かう事なく逃げる選択をしていただろう。
手強い相手には違いない。しかし、決着が着くまではそう時間はかからないだろう。
一方レガリアの方では、一対一の状況となった狂乱兎…No.6と斬り結ぶんでいた。
レガリアはここまでの戦いで闘鬼術も使い、体力的にもかなり消耗している。
普通に戦う分には問題のない戦闘能力は残していたが、それ以上の余力は少ない。
しかし焦ることもせず、これも効率よく相手を倒す良い機会だと捉えて戦闘に突入した。
狂乱兎・No.6の放つ双撃は、一般的な冒険者の振るう剣速を超えていた。
因みにミランダが相手をした冒険者達は全員D級である。
その彼らがもし仮にこの狂乱兎・6式と相対したのならば、時間だけならばミランダよりも早く殲滅されていただろう。
高い殲滅を伴う双剣使いの職業は、実際の双剣使いは成り手が乏しい。
それは片手ずつに剣を持って、自在に操る筋力を有する事は、単純に並大抵ではない。
剣を持つ片手にかかる負担は膨大である。
また剣も最低2本は用意しないといけないため、メンテナンスや破損の場合は金銭的にも費用がかさむ。
それに加えて技術的にも2本の剣を扱うバランス感覚も必要となってくる。
片手と片手に別々の重量の剣を持ち、交互に違う動きを求められるの為、才能のある双剣の成り手は少ない。
その為、極め盾を双剣使いは攻撃役の要手として、何処からでも必要とされる花形の職業だった。
狂乱兎・6式の剣捌きは荒々しくもパワーに富んでいる。
しかし、変幻自在に操って攻撃してくる双剣を修羅鬼形態のレガリアは暫く観察に徹し、動体視力と必要最低限の動作によって巧みに躱す。
双剣を操る狂乱兎は、確かにスピードも筋力もレガリアの眼から見ても速いと思わされた。
だが、上位炎鬼や竜鳥といったこれまでの中でも恐ろしく強かった強敵と比べれば、自分が相手をするにはまだまだ物足りなさを感じているのも事実だった。
十分に身体能力のデータは集まったと判断して、次は狂乱兎No.6の攻撃力を探る。
これまでの収集した情報から、闘鬼術を併用すれば直撃にも耐えられると判断した為だった。
攻撃を喰らうなどといった恐怖などはレガリアには無く、自身の防御能力も把握するために実際に大爪双剣をその身に受けることにした。
放たれた双撃は、レガリアの首と胴体を見事に捉える。
しかし、切断までは行かず、浅く傷を付けただけに止まった。
普通の生物ならば首筋への攻撃は、少しの傷でも頸部動脈の大量出血や脊椎損傷など、致命的なダメージを負いかねない。
魔法生物であるレガリアには核を破壊されない限り、最終的に再生が可能なため、それ程驚異ではなかった。
しかし、闘鬼を纏わすことで鋼鉄並みの防御力を誇る修羅鬼の堅牢な皮膚は、通常武器では傷つけることすら困難を極める。
No.6の攻撃能力はかなりのモノだと判断せざるにおえない。
一方、自慢の攻撃を耐え、尚且つ僅かな傷だけしか傷付けられなかった事に驚愕しながらも、尚も連続攻撃を仕掛けてきた狂乱兎。
それらの攻撃を躱し、今度はレガリアが反撃する。
一呼吸の間に爆気を体内で練り上げ、その気を白木刀へと収縮させる。
白木刀は膨大な闘鬼を受け取め切り、見えない威圧感を増した。
因みに爆気は、レガリア擬態のベースとなった修羅鬼 百夜の唯一我流で開発した技である。
最初は未熟な技だと御主人様は感じていたようだけど…操気術に比べれば蓄えた膨大な気を弾き飛ばすだけのシンプルな技なのだが、何より攻撃範囲が広い。
そしてレガリアの手によって熟練度が軒並みに上がったことで、身体能力強化に流用出来るようにもなった。
闘気術併用による普通の身体能力強化よりも、短期間だが練り上げた塊の気によって爆発的に上げることが出来るこの技をとても気に入っていた。
まだ使い勝手は悪く荒いものの、成長価値のあるこの技を使い続ければさらなる飛躍を遂げられる筈だと確信もしていた。
危険信号を感じ取り、突如攻撃を止めて本能の囁くままに従った狂乱兎・6式はその場を離れ、距離を取ろうと後方へと跳躍した。
(攻撃に対する感性も上等ですね…この実験体と呼ばれる魔物達が今後量産されれば面倒臭い事になりそう)
逃さずに追撃を開始する為に闘鬼を自身の両脚に纏わせ、跳躍する。
蹴った脚からは風のようなスピードの脚力を発揮して、瞬く間にNo.6へと追いていく。
完全に追いつく前に白木刀を真横に振り切った。
込められた爆気が不可視の気流となってNo.6を襲った。
予想だにしない攻撃だった為に回避すら出来ずに気流を喰らったNo.6は体勢を崩し、錐揉みしながら空中から地面へと叩きつけられた。
それでも勢いが止まらず、チェインメイル等の装備が甲高い音を奏でながら破損していく。
ようやく轟音と共に壁に激しく叩きつけられ、土煙が舞い上がった。
土煙が止むとNo.6が俯いて倒れ込んでいた。
大爪双剣は弾き飛ばされて周辺に転がり、着込んでいたチェインメイルは所々に穴が開き、ボロボロになっている。
レガリアは間髪おかずに接近し、喉元へと鋭い突きを放つが覚醒したNo.6に辛うじて察知され、回避された。
その際に茶褐色様の首輪に白木刀が掠る。パッキリと小気味良い音を立てて首輪が割れ落ちた。
レガリアを睨む赤眼が僅かな命の灯火を燃やすかのように眼は鮮やかな真紅を纏う。
溢れ出す威圧感に体毛が全て逆立っている。
No.6はそのまま無手の状態で跳ね起き、受けたダメージを感じさせないような動きで超至近距離での捨て身の攻撃を仕掛けてきた。
怒涛の勢いで迫る高速攻撃を紙一重の差で躱す。普通の者ならば、視認すら困難を極めただろう。
僅かなHPしか残されていない場合に限り、真紅の眼が合図で発動するこの現象を、オンラインゲーム時では狂乱モードとプレイヤーから言われていた。
普通の狂乱兎では攻撃力のみが20%も上がる能力だったが、このNo.6と呼ばれた個体は攻撃力に加えて身体能力が同じくらい上がっているようだと判断する。
(鬼の持つ【鬼印】スキルに近いものかしら?この能力で捨身で来られては厄介…)
ダンテ達の方でも変化は訪れていた。
身体中傷だらけとなりながらもNo.7は狂乱モードに入った仲間の窮地を感じ取ったのか自身も狂乱モードへと移行し、コウランとダンテの包囲を力尽くで突破した。
物凄いスピードで此方へと向かってきていた。
レガリアがNo.7をも同時に迎撃しようと【感覚鋭敏】を発動した。
すると、非常に鋭くなった感覚がこのサザン火山地下奥から濃厚で強大な生物の放つプレッシャーを感じ取った。
眼前に迫る狂乱兎など気にもならないほどに…。
しかし、一瞬のことで気配はすぐさま消え去った。
戦闘中であったが気を取られたレガリアは攻撃してくるNo.6を無意識的に闘鬼術を纏わせていない状態の白木刀で叩き伏せた。
呻き声を上げて這い蹲り、その場に倒れる。
一撃を加えられた事で狂乱モードというトランス状態から解除されたのか、体毛は元通りとなり、ぐったりと倒れ込んで動かない。
辛うじてまだ生きているようだ。
そんなNo.6を横目で観察しつつ、再度、闘鬼で感覚鋭敏を発動。
注意深く地下を探るが…やはり強大な気配は微塵も感じ取れなかった。
その間にNo.6は自身の首筋を撫でて感触を確かめている。
観察を通してみて、此方に襲い掛かる雰囲気はもう感じ取れない。
なぜか一喜一憂するその仕草等には敵意はもう感じなかった。
一方No.7は狂乱モードのまま、ダンテ達の追撃を振り切り物凄い速度で此方へと到着しようとしていた。
察知した狂乱兎No.6はこちらを見向きもせずに、落ちていた大爪双剣を手に取ってNo.7の元へと駆け出した。
傍目から見れば、No.6がレガリアの元を逃げ出して仲間と合流しようとしていると思われたのが…合流時にNo.6は突然No.7の首を斬りつけた。
後を追いかけていたコウランとダンテは突拍子のない狂乱兎の行動を不信に思ったが、レガリアへと合流する事を優先にした。
味方に斬られるとは思っていなかったNo.7は首筋を切られていたものの…狂乱モードは解除され、浅く傷を負っただけだった。
装備である茶褐色の首輪は魔石ごと両断されている。
近寄ったNo.6から何事か呟かれた後、ゆっくりと此方へと向かってきた。
警戒する一行に武器を地面へと置いて座り込む狂乱兎達。
茶褐色の首輪と武器を差し出し、
『ワレラ、カイホウシテクレタ。アリガトウ』
聞き取りにくかったが、確かにそう伝えてきた。
狂乱兎達は、レガリアの前で跪き頭を垂れたのだ。
「いえ、別に助けるつもりはなかったので…偶然が積み重なっただけです」
急な展開に少し困惑しながらレガリアが印象的だった。
「何がどうなってるの?」
「良くは存じませんが…この魔物達からはもう敵意のようなモノは感じませんね、お嬢様」
それでも警戒心を解かずに会話していた2人にレガリアも追従する。
「私にも分かりません。しかし、どうやらあの茶褐色の首輪を切った辺りから敵意は感じなくなりました…推察するに魔物を操るなどのアイテムだったのかと推測します」
(しかし、気になるのは地下からの凄まじいプレッシャー…何なんだろう)
そう考えながらレガリアが答えると、その直後に後方からかパチパチと拍手の音が聞こえた。
拍手の鳴る方を振り向くと、薄暗い中から総勢30人にもなる武装集団と白衣姿の男が2人現れた。
点灯の明るさと共に姿がより鮮明となる。
緑色に統一された武装集団は一糸乱れずに此方を油断する事なく伺っており、この集団からは練度の高さが伺える。
拍手はその集団の奥の方から鳴り止まない。彼らは10m程手前で一斉に止まり、左右に分かれて綺麗に整列した。
真ん中に見えるのは、まず黄緑色の髪を持つ胸の大きな亜人の女を先頭に、大斧を担いだ中肉中背の男性と、細いが頭のキレそうな青年が左右を固めている。
その中心には魔法使いと一目で解る装備をした美しい赤髪の少女と、同じく少女と顔立ちの似た赤髪の男が煌びやかな紅と黒色の縁取りの全身装備を身に纏いながら拍手をしていた。
「いやいや、御名答。まさか私の騎士団達を撃破してここまで辿り着く冒険者がいるとはね。このアデルには【拳嵐】以外にも優秀な者達が居たものだ」
一度拍手を止め、此方を品定めする視線を向けた。
「優秀な者達は良い。特に亜人は…最高だよ」
陶酔するかのように話す赤髪の男に、隣にいた少女は呆れたように答えた。
「…また始まったわ。お兄様のご病気が。我が家の血筋なのかしらね?ねぇ、ジーン?」
「いえナタリー様、若様はそのお優しくも寛大なる心で全ての人種を愛しておいでなのです」
ジーンと呼ばれた青年が恭しく答えた。隣では中肉中背の男が無言で頷いている。
「…貴方達は何者だ」
そう尋ねるダンテは緊張していた。明らかに腕利きと解る面々だ。
精々が盗賊団風情だと見積もっていたのだが…自分の見通しの悪さに苦笑しながら、退路を考えていた。
此方は連戦で消耗しており、流石に此れほどまで…とは思っていなかったのだ。
「おや、失敬失敬。私の名はグレファン・ザンマルカル。ここの最高責任者のような者だよ。
隣にいるのは我が妹のナタリー」
そう言って部隊の真ん中に佇む紅と黒の縁取りをしている鎧を着込んだ男が紹介する。
ナタリーと呼ばれた少女は軽く頭を下げ、上品な礼をした。
「此方は名乗ったよ。さて、君達は何故ここにいるのかな?教えてくれないか」
優しい口調で尋ねられたダンテ達は警戒を解かず自己紹介をし、何故ここに来たのかを伝えた。
話を聞いている内に白衣を着た初老の男がグレファンに頷いて説明の補足をしている。
「ふむ、大体の事情はわかった。
どうやら君達はゴートに報告を受けた通りの事情で此処へと辿り着いたみたいだね。
私が留守の間、何度かミハイルについて報告は受けていたが…ここまで深刻だったとはな。
非常に優秀な錬金術士なだけに残念だ。
取り敢えず、矛を収めて貰えないか?私も先程帰ってきたばかりなのでね、お詫びともてなしも含めて研究所まで案内しようじゃないか」
そう突然提案してくるグレファンに対してニッコリと笑い、ダンテ達の反応を伺う。
「少し相談をさせてくれ」
「良いとも。良い返事を期待しているよ」
直属隊が退路を塞ぎながら両者は別れた。
その際グレファンに近づく影があった。眼鏡を掛けて白衣を着たもう一人の若い男である。
この男は先にゴート副所長と共に目配せし隠し通路を通って先にグレファン達を迎えに行っていたのだ。
彼は小声で忠告してくる。
「若様、招くのは宜しいですが彼等を甘く見ては行けません。
なかなかの使い手だと見受けられますし、戦闘になれば此方は非常に痛いダメージが部隊に響くでしょうからね」
「おや、若様などと他人行儀臭いじゃないか。グレファンと呼んでくれ」
「…はぁ、分かりましたよ。グレファン様。私は貴方のそういった面白い所が好きで、スカウトされた際に一緒について行こうと思ったんでした。
若さ…グレファン様にはまだ申し上げていませんでしたが、先日裏依頼から帰ってきたばかりの彼の報告書を読ませて頂くと、彼が関わった裏依頼に出てきた人物達に非常に特徴が似ています。
上位炎鬼シリーズの見事な防具に身を包んだ大盾使い。女性の司祭に鬼の亜人。大鉈使い兼弓使いと言う変わった男はいませんが…裏仕事でも腕利きの冒険者達を蹴散らし、未発見の推定B級魔獣をも倒した人物達の特徴に似ています。
この件でギルドも貴族に対して権限をもって虱潰しに捜査が進んでいる。もしかしたらここで彼等を返せばここも危ないかも知れません。
もしそうだとしたら彼等は充分に危険な存在ですよ」
グレファンはその言葉を受けて目を細めた。
最近その情報をもたらした男は、貴重な隷属契約の効果を含む隷属の魔石と呼ばれる新しい素材や技術を提供してくれる仲間であり、協力者であった。
グレファン達は焔巨人攻略のために攻撃手は幾らでもいたが、回復役が非常に少なかった。
貴重な回復役は教会や国に所属していることが多く、冒険者で活動している人材は稀だった。
また必要に応じて戦闘も熟す人材となれば、更に少なくなるだろう。
そのため、裏社会に顔の効く男に仲介してもらい、此方の希望にあったフリーな人材を紹介して貰ったのだ。
それはユピテルの街にある闇ギルド【逆巻く棘】のマスターである。
法外な金額を請求されたため最初は短期間での仮契約だったのだが、魔法医師と呼ばれるエキスパート職は的確な回復魔法や医療技術に加えて直属隊の戦死数を激減させた。
回復役のため、実際に表立って戦う事はないため戦闘能力は未知数だが、上位の無属性魔法を操るれる事からかなりの使い手である事は間違いない。
また魔法医師である彼の知識も半端な量ではなく、専門は違うものの錬金術を交えた理論や研究過程において、ミハイルやゴートの会話に加わり、彼なりの解釈を加えて会話出来るなど非常に博識だ。プライドの高いミハイルにしても一目置く存在だ。
新しい解釈は躓いていたミハイルの魔物におけるキメラ計画と、ゴートの人体構成進化論の実験において飛躍的な進歩を見せるキッカケとなった。
これらを踏まえて、正式に私達に協力して欲しい旨と要望を伝えた。
彼の裏にいる貴族達は、グレファン達を庇護してくれている貴族だった事もあり、条件はあるものの限定での参加となった。
そんな彼がついこの間、貴族から懇願されて参加した裏依頼で連れていったギルドメンバーは全滅。
「はぁ、乗り気じゃないけど…暫く留守にします」
そう言って渋々参加した彼が戻ってきたのは最近である。
依頼に参加したギルドメンバーも全滅し、彼自身は何とか逃げてきたと告げたのだ。
暫く匿うことにし、奥の研究所にて働いてもらうことになった。
結果だけ見れば、この地域の闇ギルドの精鋭数十名とあの悪名高き狂人のリガインすら討ち取られた事件は、関係者達に大いに脅威と興味を抱かせた。
現在この事件は冒険者ギルドを巻き込み、持ち出された証拠とともに関係者となった人物宅にも捜査が行われているはずだ。
そんな状況で彼らを無傷で返せば、情報が漏れてここに足が付くかも知れない。出来れば関わらない方が良い。ミハイル所長は最悪のことを仕出かした…と、この報告を受けた時に頭を抱えたものだ。
出来るならば、犠牲は出るがここで全員殺してしまった良いのでは?と、この男は考えた上で提言したのだ。
じっくりと考えたあと、グレファンは口を開いた。
「…提言感謝するよ。それを踏まえた上で、私は彼等も此方の味方ないし協力者にならないか?と考えている。
非常に優秀な人材なのだ。出来れば此方へと迎えたいではないか。
ミハイルのように優秀だがクセの強すぎる人材もいる。
しかし、人は使いこなしてこその人。裏切りなどを恐れていては最終的には何も出来ないさ。
それに彼等には他に何か秘密がある。きっとそれは私達にとっても有効であるはずだ」
「しかしグレファン様…」
「私の直感でしかしないがね…被害はあったが彼らとは決別するほどのものでもないはず」
「…若様がそうお考えであれば強くは」
と、若い男が答えたが、異論があるミランダが遮るように言葉を被せた。
「若様、御命令を下して下されば、アタシが命に代えてもアイツらを捕らえてみせますよ。
まずは対話などよりも捕らえてしまえば、アイツらに隷属の首輪などで支配すれば面倒な件も起こらない。それが一番良いような気がします」
最後まで聞き終えたグレファンは優しく、穏やかに答えた。
「ミランダ…我々を大事に考えてくれている気持ちは嬉しいよ。有難う」
「ならば、今すぐでもご命令下さい」
やる気を漲らせ、意気揚々と愛用している漆黒の手甲をバンと叩いた。
「だが、待って欲しい。
出来ればそれは取りたくない手段だ。例えとるとしても最終手段としたいんだ」
「………そう言われるのならば」
(それにレガリアと言ったか…彼女ほど美しく、強い亜人を消すには非常に惜しい。是非此方の味方となって欲しいものだ)
その小さなグレファンの呟きが、聴力に優れたミランダの耳に入った。
ピクッと耳を僅かに動かせたが…気付かない振りを装った。
(グレファン様はこう仰ったが、もし害になると判断すれば、例え命令違反しても秘密裏に殺してしまおう…此方に関わっただけのアイツらには悪いがね。
あの時、私達を助けて頂いた命を返す為にも)
心も身体も捧げたい方の為に…そう心に誓い、ダンテ達の方をジッと見つめていた。
集まったダンテ達もここまで想定外続きである。全員で話し合った結果、自身の身の安全を守る為にアデルの町から可及的速やかに出る必要があるとの考えに達した。
「ここから無事に逃げ出してアデルの町の冒険者ギルドのギルド長に助けを求める」
「と、なればもう一戦は辞さないわね」
どうやらこのまますんなりと帰してくれなさそうだとは、全員が感じているようだ。
『ソノホウガ、ヨイダロ』
『ウム』
追従の声に聞き取れない発音によく見ると、ダンテ達の元にはボロボロになった強化型狂乱兎が混じっていた。
そこに気付いたレガリアが最初に声を掛けた。
「あら、アナタ達もくるかしら?」
「って、レガリア」
思わず静止される。
「コウランさんは嫌ですか?
彼等はどの道ここで実験体として最期を迎えるか…それに私達と共にくる選択をして生き残ったとしても、より強い魔物や冒険者にいずれ拘束されたり、殺されたりする可能性が高いでしょう」
「それならまだ生き残れる可能性がある選択肢を選ばせたいってことね…はぁ、レガリアの考えは分かったわよ。で、アナタ達はどうする?」
狂乱兎達を見て一息置いて、No.7が答えた。
『ワレラハ、シバラレズ、ジユウトナッタ。トモニツイテイク』
「…もう何も言うまい。お嬢様、取り敢えずはここからの脱出を優先させましょう」
回復魔法を使い、傷を癒したコウラン達は皆の意見を纏め、大まかな方針を決めた。
先程から軽い地鳴りと振動が地面をつたい、徐々に収まることを繰り返していた。
「そろそろ返答を聞きたい。
此方はあくまで有効的に君達と話がしたいと思っているよ」
朗らかな声でグレファンから返答を求める声が届く。
此方が返答をする前に今度は地響きとと長く大きな縦揺れが起こる。
「頻回に揺れが起こるわね…何かの予兆なのかしら」
戦司祭のコウランが言うと、真実味が増して予言のように誰もが感じ取れた。
実際、既に異変は研究所で起こっていた。
研究所へと続く通路の奥から慌ただしく怒声が聞こえる。
何事かと一気に場の緊張感が高まる。
不審に感じたグレファンが命令を下し直属隊が先行すると、暫くして傷だらけ兵士が2名を担いで戻ってきた。
ここに来る途中で彼等に事情を聞いてきたのだろう。
傷付いた彼等を衛生兵に渡したのち、保護しに向かった年配の責任者がすぐさまグレファンへと報告に来た。
「若様…大変でございます。
彼等からの情報では突如研究所の壁から割れ目が発生し、そこより魔物の大群が現れたとの報告がありました。
現在ガリウ隊長と残留した兵士、警備ゴーレムが設備と研究員を守る為に交戦中とのことです」
その言葉にその場にいた全員が驚く。
「お兄様、どうなされるの?」
ナタリーが聞いてくる。
余り考えている時間はない。
状況は不透明だが切迫した雰囲気に引き締まったグレファンの表情は、すぐに援軍を向かわせる事を決定させた。
突如魔物の群れの襲来…自分の知らない所で何か始まろうとしていた。
「こうなっては仕方がない。君達をおもてなししたかったのだが…こんな状況だ。出来ず申し訳ないが巻き込まれない内に帰った方がよいね。
皆、徹夜明けですまないが、此れからもう一働きしてもらうよ。では、お先に失礼するよ」
ダンテ達にそう声がけて研究所に向かおうとすると、突如この場にそぐわない緊張感のない声が聞こえてきた。
「いやいや、そんなことはサセネーし?」
そこには灰色のローブに黒光りする大きな杖を持つ、奇妙な仮面を被った背の低い人物が立ちはだかっていた。
いつも遅くなって申し訳ありません。




