戦闘の始まり
ここはサザン火山付近の岩場に出来た縦穴式の洞窟内。
この中の大きな空洞に、レガリア達の後を付けてきていた冒険者達が放り込まれた場所があった。
彼らは防具屋にいた冒険者達が主なメンバーで、後は仲間を呼んで構成されていた。
各々の装備もバラバラで皮鎧を着込んでいる者や、片手剣に小盾を持った者などいるが全員がノーマル級の全身装備を揃えていた。
他の冒険者を襲うこと自体、実は初めてではなく、彼らに寄って命を奪われ、装備を強奪された者は多くいた。
冒険者ギルドに目をつけられないように立ち回りに注意して、あくまで駆け出しの冒険者や今のように高価な武具を買った者を見定めて徒党を組んで襲っていた。
今回レガリア達を襲おうと判断した理由に高額な装備もそうだが、女2人、数を集めれば勝てるだろうと踏んだ思惑もあった。
特に美しい女冒険者ならば他にお楽しみもあるからだ。
隙を見て襲い、殺害して奪い取ろうと計画を企てていたが…尾行しながら様子を伺っていた所を第3者によって捕まったのである。
そんな卑劣な彼らの行いに対して遂に終わりの時が来ようとしていた。
暗い空洞から目を覚ました彼等は、周りの様子を伺いながら誰ともなく無事か声を掛け合う。
全員が目を覚ましたあと、改めてここに連れてこられた過程を思い出していた。
確か俺達は何時ものように隠れながら連中を追っていて…そうだ、兵士みたいな武装した奴らに捕まったんだ。
抵抗した者は何処かしらの怪我を負っていたが、動作確認しても特に不都合な問題は無かった。
シーンと静まり返った空間で暫く待っていても、何も起きない。
「どいつか知らねぇが、縄もかけずに放っておくとは間抜けな奴らもいたもんだ」
「くくく、違いない。さて、全員起きてるな?脱出口を探すぞ」
途端笑い声も聞こえ出す。置かれた状況が整理出来たら今度は全員で出口を探し始めた。
全員分の装備も残されており、装着したままだ。
普通ならもっと怪しむものだが…1人ではなく大勢でいる事での安心感と集団心理が働き、此れだけの人数がいたら何とかなる…大丈夫だと、捕まった時の不安を忘れて楽観的になっていたのは事実だった。
明かりはないが、暗がりに手探りでゴツゴツとした岩肌を確認しながら、情報を集めていく。
現在閉じ込められている場所は、比較的広さのある場所だと分かった。
此れでも彼等は中級の冒険者達だ。
程なくして1人の男が壁に偽装した隠し扉を発見した。
直ぐに盗賊系職業の仲間を呼び、扉を開けようとする。
男が調べ、解錠しようとする前に突然扉が開かれた。
一瞬の出来事で冒険者達は身構えるも、暗がりで良くは見えない。
ようやく暗がりから現れた影は人間のように見えた。
フード付きの外套を被っていて顔はよく見えない。フードより溢れる髪と大きな胸のシルエットから捕まった冒険者達は女性だと判断した。
「なんだぁ?女か?」
「しかも、胸の大きい女だぜ。お前も捕まったのか?」
ニヤニヤと下卑た笑いをチラつかせながら、現れた女を取り囲もうとする。
顔がボンヤリと見える範囲で1人の中年の冒険者が呟く。
「ん、お前見覚えが…」
その答えがキッカケとなったのか、尋ねた冒険者へと女が軽く駆け寄ってきた。
口笛を鳴らしながら周りが更に下卑た笑いと揶揄を飛ばす。
男と女のシルエットが重なると思った瞬間…金属製の防具が突き破られる破裂音が響いた。
不審がった彼らの事を良く見てみると、尋ねた男は立っていられない程の激痛と驚愕に目を見開いていた。
「ガハッ…何しやがる。お、前…」
血を吐き出しながらしっかりと女の顔を把握した男は、自分の腹から背中にかけての激痛を感じていた。
しかし其れよりも気になったのは、その女が男にとって知っている顔だったからだ。
「おまえ…ええ…ハァハァ……じゃねぇか。何で、こんな…と」
苦しげな呼吸のためハッキリと聞き取れない。
呼ばれた女は無言で、最後まで台詞を言わさせずに恐るべき力で腹部を突き破り、貫通させた手で男の背骨をへし折った。
そんな状態では勿論生きている事はなく…大量の出血と共にヒューと苦しげに息を吐き切り…そのまま白目を剥いて絶命した。
暗い大部屋の中で、激しい怒号と喧騒が鳴り響いた。
黄緑色のショーカットの髪型の女性は、両腕にはめた手甲の魔力を解放した。
ボンヤリと手を覆う魔力が黒色に輝く。バチバチと指先から雷が弾けている。
彼女が嵌めている手甲は甲の部分に小さな魔石が埋め込んであった。
全体が黒色の金属に覆われており、指先には雷属性付与がされている珍しい手甲である。
冒険者が女を取り囲むように殺到するが、最低限の動きで冒険者達の攻撃を卓越した技術によって手甲で弾いていく。
逆に弾かれた方の冒険者達が雷属性のダメージを受け、軽く仰け反る。
その隙に一撃を加え、地に這わせる悪循環を生む。正に攻防一体。
嵐の如く苛烈な攻撃に、一分の隙も見出せない。
殺戮人形のような冷静冷酷な対応に連携を取れていた冒険者達も徐々に崩され、確実に殺されていった。
「嫌だ、死にたくない死にたく…ない。助けて」
悲痛に響く声。
剣戟音が鳴り、怒号と悲鳴とが重なり…消える。
一方的な蹂躙劇のように次々と殺されていく。
現在生き残った者達は、9名いた冒険者は既に3名のみとなっていた。
この3人は攻撃に参加せず、距離をとって様子見していた者達だ。
静まった空間の奥から女が歩いてくる音が響く。
「ヤベェ…きた」
「オイオイ、話が違うぜ?今回も楽に稼げてイイ女を抱けるって言ってたから来たのによぉ」
どんどんと焦る冒険者に対して、今回の計画の発案者である男が口を開いた。
「お前ら、時間を稼げ。俺が魔法で仕留めっからよ」
「でもよぉ」
情けない声を出しながらも、其れしか生き残る手はないと悟ったのか…逡巡も束の間、2人は武器を構えて駆け出していった。
(ちぃ、何だってんだよ。いくら名の知れた奴でも魔法には勝てん)
男は魔法の才能があったが、金が無かった。その為魔法学校などは行けなかったが、以前パーティを組んだ同じ魔法を操る冒険者から教えてもらった簡単な攻撃魔法を使い続けていた。
男の魔法は、魔力制御も媒体も魔法を操る者からしたら荒だらけの構成術式に見える。
しかし、魔法には一発逆転の可能性を秘めた圧倒的なアドバンテージがある。
(落ち着け、心配いらない…この魔法で必ず仕留める)
そう信じ魔法詠唱を掛けながらも、不安からくる苛立ちが隠せなかった。
時間稼ぎに向かった男達が左右に分かれた。
重量のある鉄大剣と青銅の胸当てを装備した筋肉質な獣人族の中年男性と、素早さを念頭に置いた装備に身を包んだ短槍使い。
手甲で防御されても雷属性によるダメージを喰らう。その為、役割を分担する予定だった。
大剣を掲げた男が最初の一撃を担当する。大剣ならば両腕を使って対応せねばならないだろう。
そして、その時に出来るであろう隙に素早さを活かして短槍使いが攻撃を仕掛ける手筈になっている。
距離が大剣の間合いに入った所で攻撃に移ろうとしたのだが…目の前にいた女の姿が突如かき消えた。
眼前に迫る女に対して、咄嗟に対応が遅れた。
その隙は致命的であり、もう1人がフォローに入る間も無く…青銅の胸当てを難なく通過して心臓を1突きし、再生不可能なダメージを与えていた。
「クソがぁ」
大剣使いの胸から手を抜き出す僅かな時間の前に、短槍が奇跡的に女の背部を捉えた。
これで…と、顔中に喜色がはしった。しかし、ガツンと短槍が背部に少し突き刺さったあと、止まる。
確かに背後から突き刺した手応えはあるのだが…バカな…何故槍が進まない。生身の肉体が何故そんなに硬い?
彼がその不思議を解消する事なく死ぬことになった。
味方の魔法で女ごと焼かれ、巻き込まれた為である。
荒い息を吐きながら、魔法を撃った男は大喜びしていた。
最初からお前らを巻き込んででも撃つつもりだったんだよ。馬鹿どもが!
足留めしている間に魔法が間に合って良かった。
火魔法低位【発火】
魔法学校などで開発された練習様魔法である。初心者でも魔法を認識しやすいように魔法の構築を変えて開発された。
以前組んだ冒険者が教えてくれた魔法であった。
威力は同じ低位の【火矢】に比べて誘導性や魔力変換率の効率が悪いが、比較的早く習得出来る魔法だ。
本来なら味方ごと巻き込む魔法では無いのだが、魔法制御も未熟で過剰に注ぎ込む魔力が暴発した為に起こった現象だった。
ゴッソリと魔力が吸われたが…男の中では最強の魔法だったのだ。
生身の人間では生きているはずがない高威力である。
しかし、そう安心しきっていた男が絶望に歪むまでそう時間は掛からなかった。
轟々と燃える炎の中から飛び出す姿が見えるその時までは。
両手には焦げた物体が見える。どうやら鉄大剣の男を盾にして凌いだようである。その男を捨て投げ、魔法を撃った男へと向き直った。
フード付きのローブが燃え尽き、隠れていた姿が露わになった。
身体には鍛え上げられた筋肉が覗き見える。少し火傷の痕が残るものの、動きに支障はないようだ。
驚愕に歪む表情で
「お前…ミランダじゃねえか」
それが男の最期の言葉となった。
それは依頼の最中に何者かに襲撃されて現在行方不明とされていた【拳嵐】リーダーのミランダであった。
洞窟の外は真っ暗である。山小屋にてレガリア達が突撃準備を整えていた。
ミハイルは此方をまだ寝ていると侮っている。
そのアドバンテージを活かし、一気に強襲をしかける予定だ。
感覚鋭敏をフルに使い、物音を立てずに扉まで来た。
優先事項はミハイルの確保だが、それが難しければ殺害も仕方ない。
また、時間をかければダンテを人質に取られる危険性があった。
安全且つ迅速に行う必要がある。
コウランと目配せを行い、レガリアは扉を開けたと同時にミハイルへ向かって飛び出した。
闘鬼術を脚に纏うことで爆発的な瞬発力を得たレガリアは、一気に距離を詰めることに成功した。
「何だ!?」
夜間であり事態をよく分かっていないミハイルは、護身用の短剣を手に完全に狼狽えている。
夜目が利くレガリアは、短剣を持つ手の方を白木刀にて打ち据える。
手加減をしたが骨が砕けた音が聞こえた。
痛みに転げ回るミハイルを踏みつけ、そのまま尋問する。
「此れから言う質問に答えなさい」
腕を抑えながら必死に頷く姿を確認して、ダンテの方に視線を一瞬見る。
コウランはすでにダンテに駆け寄り、呼び掛けながら状態を緩和する治療魔法を掛けていた。
強敵だと判断されたダンテには念入りに特別睡眠薬が多かったのか、普通の声掛けや呼びかけにも反応が僅かしかなく昏睡状態が強い。
体内残留している薬物が強いようで慎重に除去すべく、コウランは治療へと掛かりきりになっていた。
この一瞬のチラ見が油断となった。
ミハイルは私有地の貴族から窮地の際に使うように渡された魔獣紋のネックレスを手に取った。
ネックレスに向かいキーワードを叫ぶ。
すると直後に身につけているネックレスが光輝く。
レガリアが異変を感じてミハイルから咄嗟に距離を取ると、直ぐ側に体長2mほどの魔物が出現した。
脂汗と冷や汗をかきながら現れた大きな魔獣に命令を下し、ミハイルは洞窟へ向かって逃げていく。
レガリアやコウランすらも知らなかったが、この魔獣の名前はポイズンリザード。この近辺にはいない魔物である。
強靭な生命力と体力を誇る蜥蜴種のなかでも毒も持つ厄介な一種だ。
頭部には立派な顎、牙がずらっと並んでいる。身体には突起がありゴツゴツとした肌に、地面につけた四肢と尻尾には筋肉が詰まっていて太い。
動作自体は他の蜥蜴種と比べれば鈍重であるがポイズンの名前の通り、体内には毒線が走り、爪と牙に注入されている。
それにより牙や爪が掠っただけでも獲物は毒で動きを鈍らせ、獲物を捕食するのだ。
奥へと続く道を塞ぐこの魔物を倒さねば先には進めない。
早く倒してすぐに追うべく、魔物との戦闘に突入する。
振り下ろされた前脚を余裕を持ってギリギリで躱し、闘鬼を纏わせた白木刀を打ち付けた。
前爪ごと叩き折ることに成功するが、ポイズンリザードは怯まずにその図体を活かして尻尾による攻撃を加えてきた。
轟っと風切り音が鳴り、巨大な尻尾が唸る。
ジャンプする事で躱す。そのまま振り切った尻尾に飛び移り、背中に付いていた突起物を斬りつけた。
浅く傷が付いて真っ赤な鮮血が吹き出して返り血を浴びる。
ポイズンリザードの血にも毒が含まれている。普通の冒険者だったらそこで毒状態となっていただろうが、この程度の毒が効かないレガリアにとっては関係ない。
充分に闘鬼を纏わせた白木刀を頸部に叩き込み、切断までとはいかないが首の3分の1程度の斬り込みを入った。
厚い脂肪と筋肉が抵抗してくるが、レガリアだからこそ技量も伴い、ここまでのダメージが入ったのだ。
もし只の鉄製の武器だったならば、硬い皮膚に阻まれ大したダメージにはならないだろう。
繰り返し攻撃を加え続け、ポイズンリザードの全身はボロボロで出血が止まらない。
生命力が強い蜥蜴種であってもこれは堪らない。
しかし、そんな状態でも命令によって逃げ出さず…立ち向かおうと牙を剥いて咬みつこうとした。
「…ごめんなさい」
そう断りを入れて、レガリアは先程傷つけた頸部の箇所に狙いを定めてる。
その一撃は瞬く間に首を切断し、ポイズンリザードの命を絶った。
ポイズンリザードの死骸をアイテムボックスを回収して、コウラン達の元へと向かった。
白木刀はハイノーマル級ながらも闘鬼を纏わさせても壊れない例外の武器である。
愛用の大太刀に比べれば斬れ味は悪いが気術の補正が高く、現段階において不満はそこしか見当たらない。
良い武器を無償で託してくれたグリッサに改めて感謝する。
ダンテは起き上がっており、コウランから事情を聞いていた。
「すまない、油断した」
「いえ、まさか依頼人が裏切るなんて…想定外の事でした。
それに私もミハイルを取り逃がしてしまいました」
お互いに謝罪の後、ダンテも今回の件について相当根深いものが裏に潜んでいると感じていた。
それと今わかる情報を統合すれば、ここに魔族の遺跡がある。
ミハイルの話を信用すればだが。
このまま進むのか引くのか…相手は未知の実力を持った敵である。
只の盗賊団ならばここまで躊躇しなかっただろう。
ミハイルの確保が悔やまれるが、迷っている内に増援がくると思われる。
ここは貴族の私有地である。
ミハイルと貴族が口裏を合わせれば、私達は捕まってしまうだろう。
町まで逃げて証言したとしよう。
仮に私達の言い分が信用されたとしても、今町へと引いてしまえば再調査の際には証拠すらなくなる可能性が高い。
リスクは高いが、証拠を消される前にこのまま洞窟に突入するして証拠を見つけるしかない。
まぁ、いざとなったら逃げれば良い。お嬢様達が逃げる時間くらいは稼いで見せる。
そう決断したが、戦力的にせめてもう1人いればやりようが有るのだが…。無い物ねだりをせず、今ある戦力で望むしか無いだろう。
コウランはそんなダンテの顔色を読み取り、少しでも戦力を増強させる為、自身の魔獣紋のネックレスに命令する。
「フレイ、助けて頂戴」
召喚の光と共に炎猫のフレイ…のはずなのだが、少し大きい魔獣が召喚された。
「あら?フレイ、大きくなったのね〜可愛さと逞しさが堪らないわ」
コウランはフレイの成長を無邪気に喜んでいる。
フレイも喉を鳴らしながら嬉しそうにコウランへと頬ずりして戯れる。
成長よりも進化と言ったべきか?
炎猫のフレイは竜鳥戦の後に魔獣紋のネックレスへと送還されたが、その中で得た経験値で人知れず進化していたようだ。
炎猫は魔法が使えるものの、迷宮洞窟内では炎鬼やレッドラマンティス、硬殻蜘蛛との生存競争をすれば下位の部類に入る。
その為か経験値が入り進化するまで生き残る個体などは殆どいない。
実際に迷宮洞窟内でも現在のフレイのような炎猫種は見た事がない。
フレイは身体は細身ながらも一層素早く動けるように四肢が発達している。
愛くるしい瞳は少し切れ長の眼になり、炎を思わせる毛皮には光沢と硬毛が増している。
鞭のようにしなる長い尻尾。成長した炎猫はとても珍しい例であった。
人間種でもそうだが、魔物にも成長していく過程でタイプがある。
身体能力タイプ、魔法タイプ、バランスタイプ、特化型タイプなど、細かく分類すればもっと別れるだろう。
フレイはどうやら身体能力タイプであろうと思われる。また進化出来る程の素質を持っていた個体とも言えた。
魔獣類炎猫種の中でも更に少ない上位種へと進化し、素早さと共に筋力も大幅に成長したようだ。
フレイの進化と成長に、レガリアも何だか自分のことのように嬉しく感じていた。
主人こそ違うが、フレイもソウマがテイムした魔獣である。
其処から身内のような感覚もあるのかも知れない。
普通の猫の嗅覚は犬に比べれば低いが、其れでも人間に比べれば数十万倍と言われている。
魔獣種ならば更に強力な五感を持つ。そんなフレイを先頭に任せ、パーティは急ぎながら洞窟奥深くへと向かっていった。




