ソウマのいない日常 1 赤熱鋼と資格者
眠る必要がなく昨夜から鍛治場でずっと作業を行っていたレガリアは、陽の光が窓から差し込む朝日を浴びて今が朝だと気がついた。
手を休め、ふと作業場の隅に立て掛けてある大盾を眺めた。
昨日別れた時に修理の為に、ダンテから中央に穴が空いた大盾を預かった。
しかし、ジュゼットから赤熱鋼の元となる赤熱石が鍛治場にはストックがないことを伝えられていた。
先立ってグリッサ用の装備を揃えるために殆ど消費しており、残った数少ない赤熱石では鋼まで鍛え上げる絶対数が足りなかった。
現在、迷宮洞窟へは立ち入り禁止となったため、発掘による赤熱石が入手出来ない。
防具屋と武器屋に声をかけてみるも、申し訳ないが売り渡すほど在庫はないと答えられた。
悩んだ挙句にその足で冒険者ギルドに向かい、馴染みとなった職員に相談していると、ギルドにはかなりの数の赤熱石を貯蔵してあることが分かった。
いち職員ではギルドの所有物であるモノをどうにか出来る事は不可能である。
全権限を持つギルドマスターであるアシュレイまで取り次ぎを行い、対応してくれた。
幸いギルドで貯蔵していた赤熱石を格安で譲って貰えることになった。
アシュレイは無料で渡すつもりだったらしいのだが、流石に辞退したのだ。
迷宮での獲得した必要のないレア級の武具と素材はギルドにて売り払う事で相当な金額になったし、襲ってきた賊の中には賞金首も多くいた。
その中でもトップクラスの賞金首であったリガインの賞金もある。
全員に分配金を配る。普通に庶民が過ごせば10年は遊んで暮らせるほどの額だ。
ちなみにレオン達はリガインの賞金だけを受け取り、全員にお礼を伝えて既に旅立っていった。
レオンはソウマが生きていると信じており、今逢えずに旅立つことが残念そうにしていた。
そして、また会おうと伝言を頼まれた。
レガリアはソウマの分の配当金を預かっており、レガリアの分配金として貰ったお金は、お世話になっているジュゼットに全額を渡して貰ってもらっていた。
全く受け取らないつもりのジュゼットであったが、レガリアに感謝とお礼を込めた対応をされ…最終的には納得してくれ、受け取りを了承した。
ジュゼットにはそれでなくとも装備の管理や開発、鍛治技術の指導…とても金額だけの問題では無いが、返せる恩は全て返したかったレガリアだった。
鍛治場へと戻ったレガリアはアイテムボックスに大量の赤熱石を取り出す。
ジュゼットは未知の金属である赤熱鋼に対して、非常に興味を示していた。
赤熱鋼を作る事は複雑な過程が必要となる。
門外不出ではないが、お世話になっているジュゼットならば教えても大丈夫だと判断したからだ。
その事により、大太刀と大盾の補修を手伝ってくれる事になった。
じっくり記憶を紐解きながら作業に入る。
まず大型炉に赤熱石を入れ、充分に熱する。
融解が始まり、溶け出した赤熱石が溶岩の様な光沢を帯びて混ざり合う。
そこから複雑な過程を繰り返す。
ジュゼットは目を見張りながらも脳裏に記憶していった。
この金属に至るまでに1番大切な事は、赤熱石に秘められた炎の特性を最大限に活かすことにある。
その為には、鍛治師が炎の存在に対する充分な理解と、それに合う魔力を織り込む事が必要だ。
槌を振り上げ、盛大な轟音を立てながら高速のスピードで叩いていく。
叩く毎に、注意しながら赤熱鋼になる金属に丁寧に濃密な魔力を流し込んでいった。
魔力も強く注ぎ込めすぎず、弱すぎず…絶妙な配合バランスを以て丁寧に精製していく。
赤熱鋼へと至る出来上がりの具合はこの工程で決まるとレガリアは感じていた。
その理由に、普段目に見えることのない精霊が関わってくると思われる。
レガリアの絶妙にブレンドされた魔力は赤熱石を媒介して、内に宿る炎の精霊へと注ぎ込まれた。
叩く毎に朱に煌めく火花が飛び散る。
この反応は精霊が喜んでいるとレガリアには何故か分かり、事実この炎の精霊の喜びようにより良質な赤熱鋼へと変化していった。
絶妙な魔力配合は、一部の天性の才能を持つ者やその道を突き進んだ者だけが稀に感覚として身に付けられると言われる、極意のようなものに当たると思われた。
この工程で少しでも崩れれば、唯の弱い魔力を持った金属になってしまう。
そもそも赤熱石自体はハイノーマル級。素材をレア級と呼ばれる金属に昇華する為には、鍛治師は奇跡的な腕前を求められるのだ。
何時にもなく集中力を研ぎ澄ませたレガリアは叩いていく内に、赤熱鋼となる金属に新たな力が宿るのを感じていた。
ジュゼットはその工程を眺めながら、溜息とともに感嘆していた。
従来の赤熱石の使い方は、単品だったら一度溶かしてドロドロになった状態で型にはめ込み、冷やした所で武具とする。
これでも鉄で出来た武具よりも重量も若干軽く、防御力も鋼鉄迄はいかないが比較とした鉄並だ。
この町で働く多くの冒険者達は愛用している品である。
それかジュゼットのように他のランクの高い金属と合わせて合金として、熱の特性を活かして併用するかである。
そんなモノとは比べ物にならない程、赤熱鋼の内に秘める炎の魔力の煌めきを眺めながら、ふと鍛治を始めた記憶が蘇り、初心を思い出していた。
レガリアも赤熱鋼を鍛えながら、元となった修羅鬼の記憶を脳内から読み取っていった。
残滓などではなく鮮明な記憶を読み取るなどは、本来ならば高等なスキルや魔法が必要である。
ただ擬態するだけではなく、全ての肉体と魂魄結晶などと限りなく本体に近くなる事によって限定的ではあるが、生前の記憶の読み取りが可能となっていた。
普通の擬態スキルではこんな事は不可能である。希少種であるレガリアにしか現在許されていないのだが、本人はその事に気付いてもいなかった。
何十年間も戦いに勝ち続け、経験値が想定外以上に貯まったBOSS個体である上位炎鬼が特殊個体に進化して、初めて修羅鬼 百夜となった。
その際に大きな力を身に宿すが、自身の持っていた大鉈ではもはや己の力を充分に発揮出来ない…と不満も感じ、物足りなくなっていた。
ある日、迷宮洞窟にて冒険者達を倒した戦利品の中に、鍛治の道具と2冊の本があった。
鍛治の本(初〜中級)と、東の島国での歴史本であった。それは冒険者の中に戦闘鍛治師と東の島国からきた旅人がいた為である。
本を読んでいくうちに興味を覚え、自作の装備品を作るために鍛治を学ぼうと思った。
その際に思うこともあり、愛用の装備品である鬼の大鉈を成長の著しい配下の炎鬼衆の1人へと譲渡した。
そして影柱と呼ばれている個体を親衛隊として暫く冒険者達の相手を任せた。
修羅鬼自身はその間、鍛治に関する修行の時間へと当てていた。
進化した事により人間形態に近付いた修羅鬼は、高い身体能力を活かして迷宮洞窟を抜け、秘密裏に近隣の小さな村を探して、字を習う為に出掛けていた。
ようやく見つけた村にその人物はいた。小さな村にも徴税や管理の為に、1人くらい必ず字の読み書きが出来る者がいる。
村人にとって見たことの無い鬼は警戒心を非常に煽られた。
強大な力を持つと思われた鬼は亜人種と名乗り、村や人に対して恫喝や狼藉、暴力を働く事は無く、文字を教えて欲しいとそれなりの金品と共に頼み込んできた。
最初は警戒心が高かった村人も、様子を見ながらと言う条件のもと、滞在の許しを得たのだ。
その人物に金品を渡して文字を教えて貰う。
金は腐るほどあったし、何より初めての経験に楽しみを覚えていた。
特にトラブルもなく、学習の日数もそれぼど掛からずに人間種の文字を解読出来るほどになった。
その時点で文字の学習は終わり、村で簡単な鍛治の作業道具を買い足して帰る事に決めた。
村の道具屋は気味悪がり、修羅鬼に物は売ってくれなかったが、行商に来ていた髪の長く恰幅の良い商人は物怖じもせずに馬車のモノを見せてくれ、欲しいものを売ってくれた。
ついでに鍛治に興味がある事を示すと、馬車の奥から1本の珍しい形状の小型の武器を取り出してきた。
これはとある島国の武器だと言う。
それは小太刀であった。
この地域の主流である幅広剣と比べたら脆そうに見えるが、斬れ味は抜群と太鼓判を押された。
行商人も懐から1本取り出して、これは綺麗な植物の印が彫られてある。守刀と呼ばれるモノだと教えてくれた。
店で初めて買ってくれたお客さんだからと、お近付きにと小太刀を1本オマケしてくれたのだ。
修羅鬼が人間とは様々で面白いと始めて思った瞬間だった。多めの金品と礼を言って、村から立ち去った。
その後、鍛治の本を読んで知識を深めた。
更に読み進んでいく内に、片方の歴史の本にも興味を持った。
行商人から貰った武器と形状が似ている。特にそこに記されてあった太刀や刀の斬れ味に羨ましいと興味を抱いたのだ。
この武器と本を参考に早速武具を作りたくなった修羅鬼は、素材や材料として洞窟内の鉄鉱石や赤熱石を集めさせた。
最初は鍛治の真似事だったが、共感を覚えた一部の手先な器用な炎鬼と共に鍛治の練習し始めた。
最初に出来た武具はお世辞にも上手ではなく、不恰好なモノだった。
修羅鬼とて最初から上手く出来た訳ではない。
何千、何万と繰り返して行くうちに、作品に対する感覚と熟練した技術を独学で身に付けていった。
しかし、持っていた鍛治本では鍛治の技術も遂に行き詰まる。
良く出来た作品もハイノーマル級と思わしきモノが精々だと感じられた。
その頃、出来上がった武具の作品は全て配下に回され、従来の炎鬼族の装備の質を上げていった。
質の良い装備を使いこなし、経験値を稼いでいく。
その内彼らから益々強い個体が産まれたのは副産物である。
それでも諦めず…誰の教えもなく何十年間もの時をかけた試行錯誤の末に、新たな金属を産み出した。
魔力を纏わせた手に、普段とは違う違和感を突き止め、遂に赤熱鋼となる手前の金属を作成する。
この発見はふんだんに赤熱石を使用でき、炎に愛された種族だからこそ発見出来たのだと思われる。
この素材の発見し、更に研究と試行錯誤が始まった。
夢中になり、貪欲に槌を振るう毎日が楽しかった。
これは戦い以外で初めての感覚であり、純粋に戦闘に絡むモノだったのかも知れないが。
ある時鉄鉱石を鍛えていた時に振るう槌から、スキルの影響と思わしき輝きが時折起こるようになった。
当時修羅鬼にはわからなかったが、後天的にサブ職業として鍛治士を取得していた為、その鍛治レベルが最大値になったことで発現したスキルが原因である。
無意識の内に作成した武具にはレア級の装備と思わしき手応えを感じるモノが混ざるようになる。
特に上手くできたと感じたモノは鬼印を会得した炎鬼衆の面々に、頑張りによる褒美として渡すようになったのだ。
この最終的に赤熱鋼と名付けた金属は、炎の潜在能力を持つ炎鬼にとっては大変相性が良く、その素材で作った装備を使い熟す事によってサザン火山最強の鬼戦士たちが育っていった。
ふと記憶から意識が現在へと戻る。
無意識でも身体に染み付いた癖のように、赤熱鋼をしっかりと叩き続けていたようだ。
1つのインゴットにまで仕上げる為には、当時の修羅鬼でさえ丸2日かかるほど過酷な精錬だった。
この過程を新たな職業を得て闘鬼術を用いた緻密な操作と、全体的にパワーアップしたレガリアでは、休む暇もなく鍛え続けることで半日で作成することが可能になっていた。
朝早くから何時間打ち続け、鍛え続けてきただろうか…当然に赤熱鋼が最大に喜んだイメージが脳裏に浮かび、過去の修羅鬼が完成させた時のイメージと一致した。
充分に色付いた炎のような鮮やかな赤色の赤熱鋼を手渡す。
その内包された力は確かに強大な炎の魔力を帯びたレア級に相応しい金属に仕上がっていた。
満足な仕上がりに微笑むレガリアは出来たインゴットを、穴の空いた大盾に修理する事にした。
流石に限られた優秀な鍛治師であるジュゼットは、初めて扱う赤熱鋼の特性を理解して既に大盾に反映させていった。
新しい素材に対して嬉々として取り組むジュゼットを見ながら、大盾の修理と補修を一緒に相談しながら取り組む。
修繕していく過程は名匠であるジュゼットの方が早く丁寧である。
レガリアは的確なアドバイスを受けながら、鍛治における先達の技術をどんどん吸収していった。
ちなみにレガリア本人は気付いていなかったが、実は打ち終えたばかりのこの赤熱鋼は元の大盾に使われていた赤熱鋼よりも更に純度が高く、質も格段に良かった。
中央に穴が空いた部分は新たな赤熱鋼により強化され、【忍耐】スキルまでもが上がっていた。
修理していくうちに片手でもこの大盾を持てるダンテの力量ならば、改良を加えても大丈夫だろうと2人で判断し、大盾をこの際大幅にマイナーチェンジしてみようと考えた。
2人でアイディアを出し合い、勝手に改良を加える。
ソウマの試作型鎧で削って残ったハイメタル鋼の屑を掻き集め、一度炉に戻して多少劣化はしているがハイメタル鋼のインゴットが出来た。
使い勝手など細かな構造を改良し大盾の縁取りなどにも追加した。
それにより大盾の色合いも鮮やかで一回り大きな出来具合になっていた。
守備力を重視しつつ、軽量化に努めた造りとなったが、もはやこの重さでは常人では持てないだろう。
ある程度補修が終わると、細かな調整が残る。ジュゼットが大盾の点検なども始めた為、そのままお願いしたレガリアは、自身の大太刀について考えていた。
【蒼炎】スキルの影響と【炎熱付与(極)】のスキルの酷使に限界温度に耐えきれず、表面が僅かに融解してしまった愛刀。
炎に特化した性質だったため、僅かですんだが…この状態でも普通の魔物や相手なら、愛刀を傷めずに斬れないことは無い。
しかし、硬い敵やあの竜鳥のような強敵に出会えば…必ず愛刀に無理がかかるだろう。
(とは言いつつ、折れるなんて流石にないだろうけど)
他でもない純度100%を誇る奇跡の大太刀は、並みのレア級武具とは違い耐久性も桁違いである。
ソウマが鬼の大鉈が何本か駄目になってしまったのに対し、大太刀はスキルを併用しながらとはいえ竜鳥を切断して見せたのだから。
しかしこの先、無理をして使えば痛み具合が更に進行して、最悪折れてしまう危険性が常に考えられた。
新たな武器の作成。
仮にそうして赤熱鋼で新たに大太刀を打ってみるのも面白いが、純度100%を誇る愛刀に勝る武器にはならないと思うと…それは不義理のような感じがして、自身で精錬するのも何だか躊躇われた。
それに今は大事な御主人様であるソウマの流星刀レプリカの改良に取り掛かっている最中だ。
自身の武器に関わる暇などない。
もやもやと考えながら、じっと眺めていた愛刀をアイテムボックスに戻す。
此れを機会に大太刀以外の太刀や、折角なので弓補正があるので弓を装備してみようと思う。
弓は兎も角、この地方の主力の武器は、一般的に西洋剣と呼ばれる幅広の長剣などが挙げられる。
流石に鍛治長を務めるジュゼットや武器屋は太刀の存在を知っていたが、店にはこの地方では使う者がいなかった為、扱ってはいなかった。
考え込んでいると、鍛治場にグリッサが店に入ってきた。
「おーい、ジュゼットいるかしら?」
「ん、なんじゃグリッサか。もう少し待ってくれ」
中央の穴を大盾の表面を研磨と調整しながら答える。
「あら、確か貴女は…ソウマのとこの美人な子ね」
ニッコリしながら此方に気付き、笑顔で近づいてくる。
確か彼女は御主人様に新たな剣の戦技を教授した教官で…グリッサと言う個体だったはず。
会釈を交わし、接近戦のエキスパートである彼女にも相談してみた。
「ふぅん?なら、道場へいらっしゃいよ。こう言う時は悩むよりも実際に動きながら考えた方が良いわよ?ついでに貴女の戦技も見て上げるわ」
レガリアはジュゼットの方を向いた。
彼は始めた仕事はキッチリと目処がつくまで仕上げるタイプである。
最終点検が終われば合流すると言うので、修羅鬼を連れてグリッサは道場へと向かった。
道場には彼女達の他に、何人かの冒険者達がパーティを組んで連携の練度を上げるための訓練を行っていた。
美しい女性2人で何が始まるのか…興味の篭った視線をぶつける彼等の存在を全く気にせず、まずは刃を潰した模擬剣を用いて軽く打ち合う。
何合かの打ち合うと、お互い少し距離をとった。
「準備運動は大丈夫ね。じゃあ、もう少し本気でやってみましょうか」
グリッサからの提案を受け、頷くと新たに発言した闘鬼術を全身に纏わせた。
レガリアから圧迫感が増す。
表情が若干硬くなったグリッサは、己の持つ盾に力を入れた。
(あらら…まさか。ちょっと気とは違うけれど、この子はもう全身に纏わす事が出来るのね。
ついこの間見た時よりも確実に強くなってる)
グリッサも自身と装備に気を流した。気の流れはレガリアよりも流麗で滑らかな印象を受ける。
しかも、闘気術が主体のグリッサは装備品に気を流す操気術は苦手の筈なのだが難なくこなしている。
その事が闘気を通じて分かったレガリアは、彼女の事を強敵だと認識を改めた。
強い敵と戦い自らを高める事が、この身体の持ち主だった修羅鬼の使命だった。
この修羅鬼の闘争本能が更に高まって心地よく感じている。
先に動いたのはレガリアである。
闘鬼術で強化された足腰からは、疾風の如く脚力を得ていた。あっという間に距離を詰める。
眼前に迫ったレガリアに対してグリッサは慌てず、寧ろ冷静に落ち着いた動作で盾を構えた。
模擬刀と盾が激しくぶつかる音が響いていく。
2人とも周囲の存在を忘れて集中している。
まるで申し合わせたかのように武器と武器、また盾とが鳴り響く金属通しの悲鳴に似た打撃音。
聞いている者の心に恐怖を植え付ける。
訓練としては当たり前の光景なのだが、両者無駄の無い動きは舞のように美しい。
観戦していた冒険者達には最初怯えが混じっていたが、次第にまるで教科書のお手本のように思えていた。
そして何人かは自分達の訓練も忘れて見惚れていた。
その為、自分達以外に見ていた少数の者達がいたことに気付くことは無かった。
その人物達は立派な鋼鉄鎧を着込む騎士のような出で立ちだった。
1人のリーダー格の男が進み出て、手に持った水晶内を覗き込む。
水晶は淡く緑色に輝いている。
目当ての輝きを確認し、仲間内で呟く。
「ここにも資格者が…ようやく見付けた…あのお方に報告せよ」
その集団はレガリアとグリッサの方を一瞥すると、足早に去っていった。
道場では2人の攻防は続いている。
先程からレガリアの攻撃が通らない。
何度やっても巧みに盾を使って剣撃を上手くいなされると、全身にも巡らせた闘鬼術を更に局所にも重ね掛けする。
更なる術の酷使に身体にかかる負担が倍加する。息苦しいがある程度無茶な動作にも対応できる程、今の修羅鬼の身体は強靭だ。
より高まった身体能力を活かして、今度は死角を攻める方向に転じた。
グリッサ自身は幾多の経験より死角よりの攻撃に慣れていた。
背中に目があるかのように、迫り来る模擬刀を間髪入れずに盾で完璧に防御する。
逆に攻撃のパターンを把握してくると合間の隙に反撃を加える。
一進一退と、今迄にない程の防御力を誇る相手に本当に底が読めない。
剣術に関して思いっきり、心置きなくぶつかれる相手がいるので、爛々と闘志が湧いてくる。
グリッサにとってレガリアの攻撃は、とても危険だが素直に見えていた。
目線や微妙な筋肉の動きを読む事で、死角からの剣筋を予測し、対応する。
常人では軽く吹き飛ばされそうな攻撃がポンポンとくるため、盾で受け止める際は上手く相手の力を逸らして、インパクトの軸をずらして軽減している。
戦技も使わず、技術を持って防御をしっかりと行えているのは、グリッサが度重なる死闘を乗り越えてきた場数。あの戦争を生き抜く程の対人戦闘を基本に、今日まで鍛え続けてきたからだ。
訓練だけ見れば余裕そうに見えるグリッサだったが、徐々にグリッサは消耗させられてた。
先の記述に上げた対応策を踏まえても、蓄積されたダメージが腕を痺れさせる。一撃一撃を弾くのに苦労していた。
レガリアが途中から死角からの攻撃を交えてきた時は、咄嗟の判断で身体は無意識に反応したものの、確実に緊張感を掻き立て精神を削られながら対応していた。
(この子、以前と姿も少し変わったけど本当に強いわ。
使える戦技は確か…鍛治の戦技と合わせて2つだったわ…ね。
ソウマくんの従者?いえ…魔物だったかしら?
とんでもない子達よね)
内心苦笑しながら、この戦いが終わる迄にレガリアの戦技を調べて見る事にした。
次第に打ち合う剣戟音が少し変わってきた。闘気と闘鬼で補強されたお互いの模擬剣と模擬刀が耐えきれずにヒビが入り始める。
両者の武器が遂に限界を超えて、大きな破砕音をたてながら砕けた。
「はい、お疲れ様。ちょっと一息入れましょう」
薄っすら汗をかきながらグリッサが提案してきた。
少し物足りなさを感じていたレガリアだが、その言葉に逆らわず頷く。
「レガリアちゃんは剣筋も素直だけれども凄いわね。久しぶりに防戦一方だったわ」
「いえ、御主人様に比べたら私などまだまだです」
「そう、ソウマくんと比べたらかぁ…目標は高いわね。
心配してると思うけど彼なら大丈夫、直ぐ見つかるわよ」
口調は軽いが、グリッサの気遣いに心が温かくなった。
そこから戦技についての話になる。
グリッサの見立てでは、太刀使いの主体の太刀技であるということ。
ただ、戦技にしても習熟度が足りていなかった。
それはレガリア自体が戦技を授かっていることを知らなかった為であるが。
此れからレガリアは昼は鍛治の勉強、夜はソウマからの魔力補給が無いこともあり、魔力補給も兼ねて魔物討伐と食事を兼ねることになる。
本体が魔法生物である彼女には睡眠など必要としない。
普通の冒険者からしたらハードではあるが、レガリアには何の問題も無かった。
そうすると今度は武器の問題となった。
太刀などの刀剣に関しては、流石にこの町では扱っていない。
模擬刀はあるが、先程を見る限り耐久性に問題がある。
どうしようかとレガリアが悩んでいると、グリッサが検討がついていたのか、一振りの木刀を放ってきた。
白の木刀など珍しい。
輝く光沢が美しく、手に持ち振ってみると以外に重たい。
「レガリアちゃんは何に悩んでいるか分かりやすいわね。
確かにこの町じゃ太刀なんて扱ってないわ。
それに模擬刀だったらレガリアちゃんの力に耐えられない。
私も本物の太刀は持ってないけど、その木刀ならあげられるわよ?しかも、その木刀は師範が作った特別製よ」
少し力を木刀に込めてみたが、ビクともしない。
試しに闘鬼を加えてみると、驚くほど手に吸い付き、滑らかに木刀に闘鬼が流れた。
目を丸くしていると、グリッサがニコニコな表情を見せて説明してくれる。
「あらら〜表情がコロコロ変わって可愛いわね、レガリアちゃんは。
その木刀に使われている木材は師範の故郷にしか植えられていない木材を使用していてね。
特別な霊水を用いて苗の状態から育てた霊樹。
その地域では何年かに一本を間引くのよ。
数少ない霊樹から削り出して作った木刀は、何故か闘気を通しやすい性質を持っているのよ」
現在、精魂接続がソウマを通して使えず、鑑定眼などの補助スキルを持たないレガリアには説明文などは見えないが、この木刀が特別なものだとは分かる。
白木刀 ハイノーマル級
島国の中でも1年が冬場という厳しい環境でしか育たない珍しい霊樹から作り出された霊木刀。
霊樹の特性として闘気に敏感に反応する。
作り手により魔を払う力を持ったため、邪悪な者には害をもたらす性質を併せ持つ。
闘鬼に特化している霊木刀にすっかり気に入ってしまったレガリアは、身体に馴染ませるためにグリッサから教えて貰った何度か型を試しに振ってみた。
一頻り動いたあと、グリッサに確認のため再度訊ね返した。
「…こんな特別なモノ、頂いても宜しいんですか?」
「いいのよ〜あっても誰も使わないし、作った師範も見込みがありそうな人材にくれてやれって言ってたしね。あの人の故郷ではこの木刀を使って闘気術や操気術を練習するそうよ。
レガリアちゃんならそこらの魔物にも負けないだろうし、しっかり太刀の訓練頑張ってね」
グリッサが手をヒラヒラと振りながら、説明する。
その間にジュゼットが大盾の最終整備を終わらせて、合流していた。
「レガリア、盾は出来上がったからダンテくんと合流するなら鍛治場から持って行って良いぞ」
そう伝えられたレガリアは再度お礼をグリッサに伝えあと、ジュゼットに目礼して道場を後にした。
外に出ると転職神殿を目指して歩く。
今日は午後から買い物の後、彼等が受けたクエストを一緒に受けることを約束していた為だ。
ダンテは新たな職業を獲得するために転職神殿へと向かい、コウランも付き添いで行っている。
ちなみにコウラン自身の転職は修羅鬼形態のレガリアのような特別な職業となる為、王獣と呼ばれる加護をもたらした存在の立ち会いのもとで行なわねばならず…自国レグラントで行う予定である。
両親の所在がわからないので冒険者ギルドにて代金を支払い、ある程度の目星の場所への探索と伝言を複数のパーティに頼み行って貰っている。
その為、今回アデルの町での転職はダンテ1人となっていた。
今頃新たな職業を獲得したであろうダンテに、アレンジを加え改良した大盾を渡すことが楽しみなレガリアだった。
レガリアが立ち去ったあと、グリッサ達は道場の小部屋へと移った。
「さて、どうしんだグリッサ」
「ジュゼット、最近こんな噂話を聞いたことはないかしら?」
グリッサから伝えられた話では、最近このアデル近辺で立派な装備や格好をした者達が大勢確認されていると言う。
どうやら帝国で争っている小国の王子らしいと噂話が立っていた。
ソウマの世界では火のないところに煙は立たないと言われる諺がある。
実際に彼等から食料の調達や道案内の為に声をかけられた者達もいたと言う。
グリッサはこの情報を其れなりに信憑性が高い情報だと思っている。
現在、西方で帝国と小国との戦争がまだ続いていた。
各国より傭兵部隊として、冒険者達の募集などがギルドでも上がっていた。
帝国はこの王国と比べ2倍以上の面積を誇り、帝国軍は近隣の中において精強の一言に尽きる。
また魔術師も数多く揃えており、各国の中では抜きん出て、鍛え上げられた軍隊を所持している。
責められている側の国は獣人を主体とする小国である。国土も帝国と比べ3分の1しかない。
しかし、圧倒的な不利な状況の中で王自らが前線に立ち、兵士を鼓舞しながら帝国軍相手に地の利を活かして何とか持ち堪えている状況だ。
しかし、いかんせん帝国の方が兵士の数も多く優勢なのは間違いない。
1週間ほど前に第3王子率いる少数の精鋭部隊が混戦の中、前線を突破したと情報がアデルの町へと入る。
執拗な追撃をかける帝国軍と混戦になり、王子の安否は生死不明で行方はようとして分かっていない。
もう討ち取られたと話す者や、親書を携え王都へと同盟を持ちかけているのだなどと、様々な憶測や噂が飛び交っている。
今回の情報は下手をすれば、町全体が帝国と小国の争いごとに巻き込まれる危険性があった。
それにこの町自体は帝国よりも小国とも友誼を結び、商業を通して親しく付き合いをさせて貰っている。
貴族の中には帝国よりも小国と縁戚を持つ者も少なくない。
「どの道、厄介な事になりそうね…」
「むぅ…何も起こらねば良いが」
2人の懸念が心配事に発展しなければ良い…と思いつつ、嫌な予感を感じていた。




