カザルVSリガイン
カザルは死炎剣を手に取り、余裕の表情を浮かべている。
お気に入りの観察対象であったソウマが突然消え、代わりに出現した存在に対して面白くない感情を抱いていた。
リガインはというと、先ほどの問いに対して何も答えず、走り出した。
子供の身体ながら、既に全身に気を纏っている。
出来損ないとフィアラルは言っていたが、それでも亜神の眷属となった種族は伊達ではない。
闘気のスムーズな流れや量は元の肉体の比ではなく、以前よりも確実に強くなっていた。
気の流れを均等に流すのではなく、最低限の気の防御を身にまとわせていた。
突然現れたカザルを相手に様子見などせず、他の気は攻撃に回し対応する。リガインは手数を多くして勝負をかけるが、先程から攻撃は空を切っている。
カザルという男の存在はよく知らないが、その手にある死の炎の塊。
並みの相手では無かった。
一撃でも喰らえば死ぬ。其れが本能的にわかるため、カザルからの死炎を纏わせた攻撃を必死に躱していく。1秒1秒に生への渇望が高まる。
死ぬかも知れん。
生まれ変わり、パワーアップされたリガインにしても死を直感させる存在がいた。
普通の者なら絶望する所だが、彼は違った。
より戦闘意欲を高め、自分を死地へと追いやる。
友の死から戦うことが生き甲斐となった彼には、死の予感と抱き合わせることは何より幸せを感じていた。
リガインは妖精郷に生まれた数少ない人間である。
幼少を同じ歳の友と共に過ごした。
妖精郷の子供は一定の水準になるまで、全員が等しく郷の訓練所で最低限の訓練をさせられる。
これは秘境にあるため人間の総数自体が少ない事も挙げられた。
男も女も関係なく有事の際には全員で立ち向かう。
稀に結界を超えてくる魔物の襲撃や、郷の収入源でもある貴重な素材を採取する為に、縄張りを守る魔物達と戦う必要があるからだ。
ゼファーという幼馴染は才能に溢れ、既に剣も魔法も大人顔負けで一流の素質があった。一緒に訓練してきたので分かるが、1度も勝てた試しが無かった。
将来を期待させられる友は本当の天才なんだと思わざるを得ない。
リガインには剣の才能を認められたが、常にゼファーと比較され続けてきた。
俺には拙くとも剣の才能しかない…だから、友には負けたくない。
ライバル心から諦めきれずに、最強の2文字を目指して戦い抜いてきた男だ。
そうして20年が経った。
2人は大人になり、パーティを結成する。
リガインは郷を守る剣術士に、ゼファーは若者達のリーダー的存在に昇格していた。
また良質な武具を作る鍛治師となっていた。
そんな時、妖精郷の近くの森に幼竜が住み着いたと噂を聞いた。
幼い竜は食欲が旺盛で、森の動物はおろか魔物ですら喰らい尽くし、遂に薬草を採取しにきていた村人まで襲ってしまった。
郷からの緊急依頼を受け、彼等は他の冒険者と組んで犠牲を出しながらも討伐を成功させた。
その実績は高く評価され、リガインは国から騎士団への士官の誘いが来ていた。
その誘いを断って凶行に走ったキッカケの一つは、友の命が病魔の進行の為にもう既に残り少ないと…知った所為でもある。
もう壁を越えられないと知った時の絶望感は、彼を狂わし、後悔の道へと誘った。
その後、狂ったようにリガインは人生の殆どを戦いと修行に費やし…そして最後に敗れた。
身に潜む狂気を飼い慣らして、再びあの死闘のような相手と巡り会えた事に歓喜していた。
その為、カザルが相手だろうと誰が相手だろうと問題はない。
強い相手と戦い、勝ち残る事が何よりリガインにとって大事なことだったからだ。
力及ばず死ぬことは怖くないが、生きている以上は高みを目指し、最強の2文字をとってから死にたい。
血竜剣からのフィアラルの干渉を抜け出したリガインは、死に場所を探す唯の狂った男では無くなっていた。
先程からリガインの動きを見極めたカザルは今回の収穫について考えをまとめていた。
まず本来の目的であるソウマの調査だが、彼に関しては使徒である自分程では無いが驚異的な能力を持つ存在だと判断する。
またソウマの取り巻き達も面白い存在で構成させれていたが、彼等は常識の範囲内の存在だ。
亜神の眷属である祝福を受けた個体を、重傷者を出しながらも死傷者はなく撃破するなど、並大抵の運と実力ではない。
更にソウマ個人にしてもユニーク級の魔法を隠し玉にしていた。
こちらの味方に取り込めば、今後間違いなく戦力になる男だと思われた。
そして目の前にいるこの規格外。
俗物のように殺してしまうのは容易いが…珍しい存在である。
今殺してしまうかどうか…珍しくカザルは迷う。
考え抜いた果てに、それに値するかテストをすることにした。
一旦攻撃を止めたカザルは、獣将としての抑えていた実力を剥き出しにした。
全身から死の気配と毒炎と呼ばれる緑黒色の炎が巻き荒れる。
毒素は空気を汚染させ、リガインの中へと吸収されていく。
「がぁ…ぐぅ」
まともに息が出来ない。
自然と口から少量の泡が吹く。
また息苦しさに身体が自然と耐え切れないのだ。
身動きが取れないリガインにカザルは攻撃を加える。
「避けろよ?」
それは唯の蹴り。
早すぎず丁寧な蹴りは避けきれずに、身体が吹っ飛んでいった。
ふぅん?
しかし、カザルは感じた。
奴の身体が少し反応してギリギリで致命傷を避けるために動いていた事を。
毒炎に包まれた身体は焼け焦げた臭いが漂っていたが、表面しか焼けなかったようだ。
何故なら炎が収まり、次第に少しずつ崩れ落ちてつるんとした新しい肌が下から見える。
驚異的な再生能力。
空気にも含まれる毒に対して、リガインは全身に気を循環させて細胞を活性化させた。
汚染される前に古くなった細胞をボロボロと削り落としていく。
しかし、効率的な手でもある。
本来のカザルの毒炎は汚染された部分から腐り落とす魔性の炎である。
1度喰らえば切り落とすくらいしか対抗手段がない。
すぐに汚染しないのはこの迅速な処置と種族的にも耐性系のスキルも高いのだろう。
更に細胞が悲鳴を上げながら進化していく様子が見える。
これは諦めない意思と、超回復、稀な体質であるこれらを組み合わせ、強制的に少しずつ進化を起こさせる。
それはソウマの時にも起こった出来事でもあるが、こんな危機を乗り越えたモノだけが到達する段階がある。
「ふぅん?元の素質もありか…このまま死ぬか化けるかどうか、俺に確かめさせてみろ俗物」
リガインにとって一方的に護る戦いが始まった。
カザルとリガインが戦い続けて10分程が経過した。
度重なる攻撃をリガインは何とか凌いで来たが、そろそろ限界が訪れようとしていた。
それに伴い、リガインの身体に変化がおとずれていた。
竜鳥のような著名な変化ではないが、与え続けていた細胞が再生と破壊を繰り返され進化していく。
(ここまででエネルギーは大分消費してしまった…このままではジリ貧だ。
そう言えば、あの鬼娘は面白い気の使い方をしていたな)
竜鳥の時にも意識は残っていた。両翼を切断された記憶を朧げながら思い出す。
「破れた相手の技を使うか…それもまた一興だ」
超回復に徹し、優先的に回していたエネルギーを遮断して、細胞から両腕にエネルギーを集中させて貯めていく。
直ぐに毒炎の影響が少しずつ体内に溜まり、不具合を及ぼしてきた。
眼を閉じて体内で暴れまわる気のイメージを元に、循環を最も速く巡らせた。
一時的に超活性化した身体は新陳代謝が激しくなり、毒炎の影響を弾き飛ばす。
しかし、超回復が無いため、自身の超活性化した動きに回復が追いつかず崩壊し始めた。
放っておけば何秒も保たないだろう。だが、それだけあれば充分。
その場から風の弾丸のように飛び出してカザルと距離を詰めた。
明らかに先程までと違う身体能力に獣将としての本気を出したカザルも眼を見張る。
咄嗟に詠唱して放たれた毒炎を、薄く気を纏った両手を突き出して切り裂いたリガイン。
最短距離にて突破したが代償も大きい。両手が緑黒に染まるが勢いは止まらない。その間に肉迫し、接近戦に持ち込んだ。
そこまでの時間は僅か1秒に満たない。
完全に腐り落ちる前の片手をギロチンのように振りかぶり、手刀が首に当たる直前に…カザルの姿が掻き消えた。
「いや、惜しい。残念だったな…俗物」
カザルも更にスピードを上げ、リガインの背後を取っていた。
獣将モードのカザルも驚くスピードである。
超反応に超回復、超スピード…まぁこんなもんか。しかし…これだけじゃあな。
と、トドメを刺そうとしたカザルが一瞬油断をした。
本能的なレベルでこれまでの経験則により、相手が油断したことがわかったリガインは薄く嗤うと自らの歯を砕き、背後のカザルへと口から高速で吐き出した。
それはほんの少しの抵抗だったが、カザルの戦闘衣へと当たった。
傷も何も付けられないが、この戦いを通して初めての口撃に満足した表情を浮かべていた。
テストの最後の最後まで驚かせてくれた。
最後まで諦めない抵抗は大いにカザルを喜ばせ、気に入りさせた。
既に倒れたリガインの両腕は腐り落ちてはいたが、毒炎の影響は無いように応急処置と最低限の生命維持のため回復を行っていた。
禍々しく光る極小サイズの蟲を慎重に試験管のような瓶から取り出した。
これは記憶喪失と服従を課す強力な呪いの魔法生体アイテム【傀儡蟲】
難易度の高い迷宮から稀に見つかるだけで希少価値が非常に高い。
このアイテムを真似をして傀儡系の魔法や劣化品が作られ、現在に至る。
しかし、この傀儡蟲を超えるアイテムは作られていない。
古代の人間達はこのような物をなぜ生み出したのか…やはり俗物ということなんだろう。
他に仲間の獣将が使用して、味方についた人物もいる。
その際、このアイテムを使用した例を見ると、記憶喪失といっても言葉が話せなくなったり、赤ちゃんのように戻る訳ではなかった。
人格も話す分にも影響はないし、裏切る心配もない。
極小サイズのために証拠も残らず、便利すぎるアイテムだがそれ故、市場に出れば国一つは買えると言われる逸話を持つ魔法と生体とを融合させたユニーク級のアイテムである。
獣将クラスの人間には1つだけ支給されていた。
使えると判断した時にソウマを勧誘にて仲間にならないなら、強制的に使えと言われていたが…。
実はカザルも獣将となる前の記憶がない。もしかしたら、俺もこの傀儡蟲の被験者なのかもしれない。
などと色々と考え、結果的に仲間に見つかったら面倒そうなので内緒で使ってしまえと思った。
気を失っているリガインの腕はない。そこから魔法の生体アイテムである極小サイズの傀儡蟲を寄生させた。
この蟲はまず相手の記憶を奪うために、体内で巣を作る。
そこから脳に不必要な記憶を破壊する魔法を血管に流し送み、徐々に人格を破壊していく。
いずれリガインという元の人格を破壊し、もう少ししたら新たに疑似人格を形成させることになるだろう。
目覚めたら色々と面倒を見なければな…。
以外と世話好きな自分を発見した。
この事により、また違う運命へと歩き出した2人。
これより後に両者は思わぬ形で邂逅を果たすが、現在は関係のない話である。
お陰様にて、次でようやく50話になります。
いつも読んで頂く皆様に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。




