迷宮洞窟内の戦い
ソウマ達が何度目かの上位炎鬼の討伐を無事成功させた頃、ソウマは異変を感じ取っていた。
最下層の奥の間へと帰ってきたソウマは、偶然であったが上部へと続く階段方向を見ると、マップ機能に反応があった。
それも敵対の印である赤い反応が複数点滅していた。
…数えてざっと13人くらいか?しかし、魔物にしてはおかしい…直ぐにパーティメンバーへ報告した。
敵対する者が近付いてくるという報告に1番早く反応を示したのはマックスだった。
直ぐに階段の出入り口を氷魔法である縛氷にて封印する。
「ハッ、貴族派の連中め。随分仕事が早いじゃないか。やっぱり俺が付いてきて良かったぜ」
その一言でソウマにも納得がいった。状況を掴めていないダンテとコウランに急いで説明し、準備体勢を整える。
その頃、カザル達はチーム編成をしていた。
迷宮洞窟内には大人数で攻めるには狭いため、3組のパーティ分けが決まっていた。
1つ目は各個人でバラバラに参戦したリガイン、レオン、イルナ、カザルの4人チーム。
ただ、人数が半端なのでここに司会役の仮面の男性が、依頼主に報告する見届け人として加わる。
2つ目は闇ギルドのメンバーで、魔術師風の男とカザルが交戦したと思われる黒尽くめの姿の私兵の5人。
最後はパーティで参戦した槍を構えた革製防具を纏った男と、盾と金属製の防具を纏った男とが前衛。
弓師が1人とパーティリーダーの女魔術師が後方に控えているチームだ。
最後に紹介したパーティは全員殺してやるぜ!と最初から殺る気満々だったので最初に襲撃することになった。
次に闇ギルドの面々が様子を見ながら襲撃する予定である。
折を見て最後にカザルのパーティと順番が決まった。
さて、ソウマはどう出てくるだろうか??
奥の間に続く階段を氷魔法で封印し、閉じこもったソウマ達は全員に強化魔法と属性、支援魔法をかけ終わる。
「皆、巻き込んですまない」
襲撃される前に分かって良かったが、この戦闘に関して相手方はかなり前以て準備してきたと思われる。
苦戦は必須だろう。最悪、このメンバーの中から死傷者が出るかも知れない。
そう考えると恐ろしい予感に襲われ、自然と冷や汗と焦りが湧いてくる。
そんなソウマの様子を読み取ったマックスが声掛けた。
「気にするな。俺にも襲撃された経験がある…しかも味方にだ。事前に状況が分かっただけでも、まだ最悪の状況じゃない」
ニカッと笑う姿は長年の経験が物語るほど頼もしかった。
ダンテも気にしていない風に笑っており、そんなに気にするなら貸し1だ…と冗談風に言う。
コウランに至ってはこのメンバー相手に喧嘩売るなんて…と、気持ちを切り替えていた。
フレイを召喚し、身の回りに添わせる。
彼等も長く探索者をしている。苦い経験もあり、こんな事態などは稀だがあり得る展開なのだと教えてくれた。
気にしていないポーズをとる仲間達に改めて感謝し、誰も殺させないと己に誓った。
そしてマップ機能より、いよいよ敵対者が大きく3つに分かれて最下層に降りてくるのが分かった。
早速、氷漬けにされた出入り口に対して攻撃を加えていた。
強固な守りとはいえ、突破してくるのは時間の問題である。
ソウマはレガリアに関して念話で事情を話し、彼女も戦闘準備を整えて貰う。
参戦時には指輪に送還してから、再召喚する予定だ。
これは対象がどんなに離れていても使える機能である。
普通の魔物使い系職業の者も使えるが、自分と離れた場所にいる魔物は下手をすると冒険者に倒されたり、自分を護衛する為に魔物を使役する者が多いため、その機能を殆ど使う者はいなかった。
ただ、皆からは遊撃手として効果的な場面で投入すべきと意見があったので…判断はソウマに一任された。切り札として戦線に投入する予定なので、見極めないと…緊張するがやるしかない。
遂に縛氷が破壊音と共に破られ、奥の間への通路が開かれた。
最初に入ってきたのは盾を構え、金属鎧で身を固めた戦士だった。
マックスが衝撃とスピードに優れた氷魔法定位 氷弾と火の範囲魔法の中位 火舞をお見舞いする。
甲高い音を奏で盾と氷魔法が衝突した。結構な衝撃が盾男を襲うが持ち堪え、氷魔法が被弾しても体制を崩さない。
次に来た火魔法の範囲魔法を絶叫を上げながらも耐え切った。
鎧や皮膚に焼け焦げた跡が見えるものの、無事である。
薄っすらと彼の盾から火の魔力の輝きが見えた。属性魔法が掛かっていたのだろう。
確かに味方の魔法使いから属性魔法を掛けられており、盾使いはどんな攻撃を受けても準備対策は万全という表情をしていた。
魔法の衝突の影響で辺りに水蒸気に似た霧が立ち込める。
そんな盾男相手に、ソウマは前以て詠唱しておいた巨人魔法である【巨人の腕】を発動する。
最初からこの魔法を隠し、相手の防御の一角を崩すのが目的だったのだ。
視界は良好ではない。ソウマの身体能力を用いてそっと近づき…巨人の腕を振るう。
激しい激突音が鳴り、巨人の腕をモロに喰らった盾男は自慢の盾を粉砕され、尚且つ身体をめり込ませながら後方に盛大に吹っ飛ぶ。
後から来た槍使いを巻き込んで倒れた。
出血が夥しい。金属鎧も腹部に大きな穴が開いていて…盾男は回復魔法や上位のポーションがない限り、もはや助からないだろう。
階段の上から憎しみの大声と共に、矢が降ってくるが、狙いは適当で一向に当たらない。
一応ダンテがこちらで防御体勢を整え、大盾を構えて備えている。
ソウマは逆に矢の弾道とマップの機能を使い、所定位置を【鷹の目】を発動させ正確に割り出す。
ハイノーマル製和弓【優】を取り出し、ランダムで次々と射っていく。
水蒸気が矢のスピードに負けて切り裂かれる。速射で20本程打っていく内に反応が消えた。
「おい…なんだよコレは!ふざけるな。化物相手なんざ聞いてないぞ」
と、恐怖に満ちた大声が響く。
残る反応は2つだったが、後方に控えていた5人程のメンバー達が合流し一気に駆け下りてきた。
霧は晴れたが、視界確保をさせない為に意図的な霧を魔法で発生させて貰っていた。
此方も見にくい代わりにあちらも見えにくい。
合計7人が纏まって下へ降りてきている。その間全力で矢の雨を降らせる。
属性魔法防御を張り巡らせた相手側から、苦痛の悲鳴と共に何人かの防御を突破して脱落させたようだが…。
上位系統である障壁系統の魔法はハイノーマル級では貫通不可能だと魔物祭で証明された。
しかし、属性防御の低位ならダメージは軽減させられるものの、貫通することは先の戦いで証明された。
中位も使える者もいるようだが全員に魔法を掛ける場合は、SP消費のコストを考えて抑えたのだろう。おかけで此方は助かったのだが。
マックスが大判振る舞いで上位の殲滅魔法を直撃させた。
大きな揺れと爆発音が洞窟内に響く。マックスは立て続けの魔法に息を切らしており、魔力回復ポーションを一気に口に含んで煽った。
そのお陰もあって下の階層へ現れた者は4人。女性の魔法使いと付き添う先程の槍使い。
男性の魔法使いとそれを守る黒尽くめの男1人の計4人だ。
特に魔法使いであろう2人は厄介だ。1人の魔法使いが風魔法で霧を吹き飛ばし、既に他の魔法の詠唱に入っている。
彼等は途中で仲間の死体を盾にしてきたようで、死体は針鼠のように原型を留めてなかった。
「仲間の仇だ…ぶち殺してやる」
槍使いが憤怒の表情を持って近づいてきた。彼の身体を支援魔法と属性魔法の魔力の輝きが覆った。
「やれやれ、私の私兵ももう残り僅か…赤字ですねぇ」
犯罪者集団を統率する闇ギルドの1つである〈逆巻く棘〉のマスターはそう呟いた。
近年頭角を現し、巨大な闇組織に成長したギルドの長てある彼は一種の天才であった。
メイン職業に魔法医師。
サブに回復魔法の使い手を持つ稀人である。
彼は幼い時から人体に対して異常なまでに疑問を持つ事が多かった。
彼の疑問には大人でも答えられない質問もあったり、理解されていない物も含まれていた。
両親は我が子を天才なのだと信じ、中流の家庭であったが私立の学校へと幼き時から進ませた。
その甲斐あって学校では貪欲に知識を吸収する。それでも飽き足らずにやがて魔法知識に精通し、研究を重ねていく。
しかし、学校で習う知識では限界がある事を悟った彼は遂に闇ギルドに接触した。
学校を首席で卒業後、王都の宮廷医師団の推薦を断って進んだ道は、闇ギルドでの研究開発であった。
膨大な予算と人体実験などの研究データを元に、独自に魔法道具【隷属の首輪】と呼ばれる奴隷様に使う道具を、偶像の合成実験で簡略化した道具を開発する事に成功する。
その名は【隷属の魔石】という。
それは彼の魔力にのみ反応する隷属の効果をもつ魔石。
実験のため、犯罪者や奴隷を買い込んで家の地下室にて人体実験を繰り返す。資金調達などは借り入れをして、かなり大量の金額を積み込んだ。
その甲斐あってか魔石の完成度は高く、意識を薄弱にさせ、命令に逆らえなく程の効果を得た。
外に装飾として仕込むのも有りだが、それだと破壊された時に厄介な事になる。
考え抜いた末に被験者の体内に仕込むことが必須と結論に至った。
魔石を砕いて呑ませたり、臓器にそのまま仕込んだりと…彼にとってその条件をクリア出来るのはそう難しい訳ではなかった。何度も実験を繰り返す。
完成した成果は運動性能はそのままに、簡単な命令に応じる事が出来る人間道具になった。
その最初の実験体となったのは、彼の研究を支持した闇ギルドの面々であった。
無駄に被験者を壊さず殺さず使い切る…人体解剖に精通した回復役である彼には造作もないことだった。
どこにどれだけの負荷や回復魔法でどれだけ回復するのか…道を間違えなければ有名な魔法医師として名を残したであろう逸材だった。
倫理観などあったら出来ない諸行であり、常人からすれば唾棄すべき研究であったが、完成した魔石を前にして群がる依頼者は後を絶たない。人間の業であるとも言えた。
隷属の魔石の製作コストや耐久性、簡単な命令しか応じれない。しかし、暗殺依頼や死を恐れぬ人海戦術で依頼や迷宮を踏破したりなど活躍の場が増えた。
膨大な借金を返し、遂に充分な富と権力を手に入れた。
ただ、老若男女に研究成果を試し、暗殺から服従する奴隷までと幅広いジャンルの人材を確保していた彼は自分が矢面に立つことはない為、部下に全て任せている。
その為、魔法医師のレベルや回復役の職業のレベルは、今回他の参加者から見て特別凄い訳ではない。
それでも上位の無属性魔法と、低位だが回復魔法とある程度の状態異常を無効化する魔法を使いこなす。
表舞台に立たない彼が今回この討伐隊に参加した理由は、かなり懇意にしてくれスポンサーになってくれた貴族からの依頼で断りきれなかったのと、ソウマなる人物を知る上で面白そうだと興味を持ったからだ。
興味こそが好奇心と向上心の糧であるが、その代償を自身で払う結果となった。
連れてきた精鋭の部下は全員死亡し、相手は未だ無傷である。しかし、今回の戦いで次の課題が見えた。
まぁ損失したギルド員などまた質の良い奴隷を買って作れば良い。
逃走の2文字が脳裏に浮かぶ…が、取り敢えず状況を見てから判断すればよい。
無属性魔法の才能に特化している彼は上位魔法である魔力障壁を自身かけ、見物を決め込んだ。




