襲撃前
「やれやれ、さっきの黒い連中は何だったんだ?」
と言いながら、巨地龍の間へ着くまでに何人もの同じ黒尽くめの人間達と絡まれ、戦いを繰り返しながら辿り着いた。
12階層の巨地龍の間では、普段の様子と違い、何やらザワザワと人種の話し声が聞こえる。
「おや、新顔か?ここに1人で来れたってことは並みの腕前じゃないね。君も討伐隊の一員かい?」
そう言ってきたのはまだ30代の男性で大きな両手剣を背負った戦士風の男だった。
「討伐隊?…ああ、ソレね」
(討伐隊ってなんだ?取り敢えず話を合わせておくか…)
「??まぁいいさ、人数は多くとも1人頭の貰える金額は変わらないから安心して良いぞ」
ニコッと気さくに話しかけてきた男だが、見た目はスラッとした体型と綺麗な髭を撫でつけたオシャレな壮年男性だ。
装備品は紫の金属板で複数で出来た鎧で、金属板の一枚一枚に魔力紋を刻んである特注品だと分かるラメラアーマーと、武器に鎧と同じ魔力紋を刻んである両手剣を持っていた。
愛想も良く話し好きな爽やかな印象を受けるが、隠していてもわかる血の匂いをプンプンとさせており、とても普通の冒険者とは思えない。
「おかしいな、私のギルドの私兵達の人数が足りない…ここに来るまでの冒険者達の排除の依頼も頼まれていたのに…」
あちらでは学者のような魔術師風の男が首を傾げていた。
彼の側に控えるのは此処まで来る間に倒した黒尽くめ達がいる。
他にどうやら招待された者の中にも、来ていない人間も多数いるようだ。
「おいおい、集合時間はとっくに超えてるぜ。そんな奴らはほっとこうぜ」
「そうよ!じゃなきゃ折角の高額賞金首が逃げちゃうわ」
1組のパーティが騒ぎ始めた。
周りの話に耳を傾けていると懸賞金が掛かっているのは、どうやら例の男のようだ。
ズラッと周りを見ただけで多種多様な職業の男女がひしめき合っている。それだけでも13人近くはいるだろう。
司会役の仮面の男が、周囲のざわつく声を遮るかのように、声を張り上げた。
「では皆様、お待たせ致しました。今回、当ギルドの開催する催し物へようこそ!今日はこの時間から迷宮洞窟は貸し切りとなります。
裏の世界から表の世界まで、名だたる彼方達様を集めさせて頂きました。さて、こうして集まって頂いたのは、さる男を永久にこの世界から消して欲しいからであります」
と、仮面男性の説明が続く。
「かの者の名はソウマ。この人物は………」
長々と説明が入る。
1人の男を殺すのにこの人数…
(へぇ、あの男も随分と恨まれたもんだなコレは)
話は続き、1人当たりの金額に移る。
参加しただけでも最低限の報酬金が出る。
そしてソウマを殺害した者は1番多くの報酬と金。
次に見せしめにパーティの一員を殺害した者は1人につき、順次ボーナス報酬が入る。
この法外な金額と報酬に集まった人間は更にやる気が漲った。
カザルはざっと周りを見渡す。
どれも先程の黒尽くめの男達と似た力量かそれより少し上くらいか…。
だだ、ここにいる人間と一線を画する存在が視えた。それも2人だ。
女戦士と共に奥で座り込んでいる眼鏡をかけたクロークを着込んだ人物。
それと先程声を掛けてきた男から、ハッキリとしたオーラを感じている。
カザルとて詳しい力量は分からないが、予測では冒険者ランクBないしAだろうと判定する。
(俺の獣神様の加護じゃ、詳しい判定はまだ出来ないけど…人間種にしては結構な修羅場をくぐってきているな)
目ぼしい人材を定め、彼等相手にソウマがどう立ち回るのかワクワクした気持ちで観戦するカザル。
カザルもソウマも予測していなかったが、この集められたこの人物達はユピテルの町の貴族がなりふり構わず、威信をかけて集めさせたメンバーである。
それは今回、貴族派の中でも特に上位メンバーがこの男を抹殺出来ない場合は、役立たずのレッテルを貼られ、2度と社交界などの公の舞台に呼ばないと突き付けられたからだ。
そうなれば、貴族としての栄達やプライドはもう無い。
また何処から仕入れた情報かは分からないが、ソウマが持つ複数の希少な素材も入手しろと命も下っている。此方の方がむしろ本命だろう。
後がなくなった彼等は、かなり表沙汰に出来ない仕事を受け持つ闇ギルドの存在にも依頼し、金と権力を駆使して厳選させたメンバーであった。
特にカザルが見抜いた両手剣のオシャレな壮年男性は、名をリガイン・マルークス。
別名、死の風と恐怖を込めて呼ぶ者もいる。
リガインは過去に幼竜である風竜を討伐したメンバーの一員で強者である。
しかし、強さを求める戦闘狂が祟り、とある町でトラブルになった際に大量殺人を犯した。
実際今もカナリの賞金首だが、討伐に挑戦した者は誰も未だに討伐達成出来ず、逆に返り討ちにあっていた。
彼の装備品にも討伐した風竜素材が使われている。
紫紺に輝く魔法金属のランバード鋼で出来た小型の金属板を鎖で繋ぎあわせ、竜血に漬け込み、魔力紋の魔力で元々の金属の硬さと魔法耐性を引き上げている。
また衝撃に強いハイメタル鋼と、幼竜だが風竜の鱗を急所を覆う部分に使われた特注品の逸品である。
請け負った闇鍛治士により、反逆する金属板鎧と名付けられる。
武器の両手剣の巨大な刃には、幼竜の牙と風竜の背骨を全て使われた剣身である。
その骨と牙をより凶悪に研磨し無駄なく加工された剣身に魔力紋を刻み、竜血を吸収させて強度と耐久性を上げている。
その為、完成された剣身は脈動する血管のように赤黒く染まっていた。
両手剣の鞘は丈夫な竜皮を使い、普段はその姿を隠している。
この両手剣は斬る…よりは叩き潰すといった意味合いで使われるようだが、軽々と振るうところから、細身の身体には似合わない筋肉を鍛え上げているのだろう。
実は鎧と同じ鍛治士によって打たれた両手剣はまだ未完成である。
完成前に剣身を見たリガインはこの出来栄えに惚れ込み…試し斬りをどうしても直ぐにしたくなった。
そこに居たと言う理由だけでその闇鍛治士に襲いかかり…斬り殺してしまったのだ。
未完成ながらも余りの攻撃力に惚れ込む。
この騒動が発端となり、彼を高額賞金首の快楽殺人者へと駆り立た。
その町で襲いかかる者を斬り捨て、大量の屍を積ませることになった。
その事件後からこの両手剣は血竜剣と呼ばれる。
その名称を気に入ったリガインから殺した鍛治士の名前を入れて、血竜剣ゼトゥーと名付けられた。
一方、女戦士とパーティを組んでいる眼鏡の人物は、美しくも妖しいといった相反する魔性の美貌を誇っていた。
「何だか面倒だなぁ…イルナ、代わりに頑張ってきて」
「はぁ?!レオン、何言ってんのよ。こういう時は男が頑張んなさいよ」
「はいはい…でも気が進まないなぁ…面倒になってきた」
話の中から、彼の名はレオンだと分かった。
女戦士は嘆息をついている。いつものことなんだろう。
女戦士の方はイルナと呼ばれていたが…。
紺色の長い髪を後ろで一括りにしていた。結構顔立ちの可愛いタイプだが、背中に担ぐ無骨なクロスボウらしきものが可愛らしさを邪魔していた。
「郷にいる時から怠け癖は変わらないんだから…」
「分かってるなら…って。ん?レヴィどうした」
よく見ると人の親指程の大きさで小さな物体がレオンの周りを飛んでいた。
妖精族と呼ばれる種族で、よく見ると透明な羽の生えた人型である。
妖精族はエルフやドワーフ、樹人ととても仲が良い。
その中でもピクシーと呼ばれる妖精はイラズラ好きで人懐こい性格をしている。
レオンと妖精レヴィが話をしているが、何を言っているのか分からない。
此方をチラリと見たような気がしたが…気の所為か。
其々の思惑を胸に、ソウマ討伐隊のメンバー達は下の階層へと降りていった。




