サザン地下墓地での修行
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今回暗めのお話となります。
グリッサは門番に声をかけ、何かあれば連絡して欲しいと言伝てから出発した。サザン地下墓地はアデルの町からすぐ東側にある共同墓地である。地下に墓地を造ったのは外敵からの侵入が難しく、荒らされにくいと考えたからである。墓地の入り口には墓守りの小屋が建っている。
入り口に到着したソウマ達は地下墓地に入る前にグリッサから説明を受ける。
「着いたわね、今から試練内容を説明します…って言っても町で説明した事と変わらないわ。ひたすらアンデッドを倒して」
「…ただ倒すだけでいいんですか?」
訝しげに思える内容だが、グリッサは変わらず答える。
「ええ、型を修得したから次は実戦。天音斬りの型を納めている今の状態なら、片手剣を使った攻撃にいずれ聖属性が混じるようになるわ。それが出来れば型と組み合わせて戦技【天音斬り】の習得完成になるわ。アンデッドを相手に選んだのは聖属性が発動しているか1番わかりやすいからよ」
納得した所で地下へ降りた。狭い通路を抜け、墓地へ到着する。地下墓地と言われるだけあって空洞は広く大きい。外からでは感じなかったが、中はヒンヤリと冷たく瘴気と濁った空気がその場を支配していた。
「…変わらないわね、ここは」
グリッサが呟く。降りて間も無いが生者の気配を感じたのか早速ゾンビ達が近寄ってきた。
「私は君が危ないと感じた時に動くから、後は頑張ってね」
と、笑顔で伝えられた。確かに自分の訓練だし…そりゃそうだ。
最初から腰に履いていた流星刀レプリカを鞘から抜く。暗い空間でも淡く無属性の魔力の輝きが見える。
「…見事な拵えの鞘だと思っていたけど、もしかしてその剣は魔力武器なの?」
「ええ、もしかして魔力武器を使用ては修行としてダメでしたか?」
慌てて聞くが、大丈夫だと答えられた。
「そんな若さで魔力武器なんて凄いわねって…思っただけなのよ。勘違いさせてごめんね」
「大切な友人からの貰い物なんですよ。大事に使っています」
「あら、気前の良い太っ腹な友人ね。今度是非私にも合わせて頂戴な」
と、お互い軽口を叩きながら戦闘を開始し刀を振る。一体目のゾンビの首がスパッとずれる。しかし、まだ動きは止まらない。
「アンデッド系の魔物はどんなに弱くても四肢をおとすか、核を壊さない限りは襲ってくるわよ?」
「それは面倒ですね…なら」
魔眼【魔力探知】を発動させゾンビを見ると心臓部に光る核が見えた。
ゾンビの振り下ろした攻撃を避け、前胸部から鋭く真横に斬る。スンっと綺麗な音を立ててゾンビは崩れ落ちた。次の相手も核を突いたり、斬り裂いたりと連続攻撃する。ゾンビ3体相手に倒す時間は数秒も時間はかかっていない。
奥から巨大な魔力反応があるが、全く動いていない。アレがリッチの封印場所かと検討づける。周辺から様々なアンデッド系魔物が寄ってくる反応がある。歩き回らなくてもいいのは楽だと思ったソウマは全身の力を一度抜き…リラックスさせた状態で挑もうとする。聖属性が発生する兆しは見えない。戦いはまだ始まったばかりだ。
グリッサはソウマのことを生意気な男の子だと思っている。
今日中に最終修行を頼んでくるなんて、いくら才能があっても無茶する子供だとも思っていた。実際にこの地下墓地で戦えば修得の難しさとアンデッド系の討伐の難しさに根を上げる…と感じていた。面白半分、若さゆえの傲慢さをへし折ってやろうと考えていたが…此方の認識を改めるしかなさそうだ。
戦い方もなかなか様になっている。誰について修行したかわからないが、剣閃も美しく、動きに無駄が無い。どの流派だろうか?
道場や剣技と弓技の熟練度を尋ねに来たことから恐らくソウマは、近接も遠距離戦もこなす戦弓師だと検討をつけた。
そうならば弓がメイン武器のはずだが…これでこの剣捌きならぬ刀捌きなら、弓はもっと凄いことになるだろう。
あっ?今度は多数のスケルトン相手にすり抜けるような立ち回りを見せていた。必要最低限で躱す体術に彼は一体何者だろうと勘繰ってしまう。一体、また一体と綺麗に骨ごと切断されていくスケルトン達は攻撃すら当てられずに倒れていった。
着々と倒していくソウマに興味を抱いたのは当たり前の結果だった。
グリッサはこの場にいないある男を想った。もし彼に協力を得られるなら、レイフォンスの苦労は少しは減るだろうと…想いは過去へと遡っていく。
このサザン地下墓地で48年前にとある死霊魔術師が倒れた場所である。彼女の名はヘキサ。アデルの町にアンデッドの暴走という災厄をもたらしてしまった人物と言われているが、詳細が分かっていない。その辺の資料が全く残っていないのだ。
獣人族グリッサと人族レイフォンス…後の教官と師範となる彼等と仲が良く、パーティを組んで行動していた。
当時グリッサは獣人族の神教学校の同年代からは神童と呼ばれる程の才能があった。卒業後、神殿からスカウトされる。同じ名を授けられた剣と盾のセット、聖剣グリッサと聖盾グリッサを持つ史上最年少の聖騎士となった。
レイフォンスは必要以上に話さない…寡黙だが優しい男である。弓と対魔術と呼ばれる術を行使し数々の迷宮を踏破した。この大陸では珍しい職業 斬魔士に就いている腕利きである。
2人は巨地龍を討伐するチームに呼ばれていたが、両者とも遠くに出掛けていた為、彼等が町に到着する頃には巨地龍はアイラとユウトの手により、既に倒れてしまっていた。
数多くの腕利きの冒険者達が亡くなり、迷宮で栄えていた町は少しずつ廃れていた。
せめて間に合わなかった責任も感じて町のために何できないか?と思い、この町へ暫く逗留することを決めたのだ。
逗留の際にこのアデルの町の領主の娘であった死霊魔術師ヘキサ・アデルは彼等に恩義を感じ、行動を支援したり手伝ったりとしていく内に、次第に共に戦う仲になっていった。
ヘキサは生まれ育ったこの町と住人が大好きだった。領主の娘として職業を選ぶ際、適正があった職は死霊魔術師と聞いて実は落ち込んだこともあった。死霊魔法を用いて戦う暗いイメージが強いからだ。
しかし他の一面には聖職者と共に亡くなる人を安らかに見送る職でもあった…その事実が次第に自分に向いていると感じてきた。そのおかげか次第に頭角を現し、サザン地方一の死霊魔術師となった。
お祝いに領主である父親から、この町で亡くなった英雄である装備品の1つを譲り受けた。それは召喚霊具と呼ばれる。極めた死霊魔術師や召喚士と呼ばれる職に就く者なら、いずれ装備に込められた力を使い、英霊を呼びたすことも可能なハイレア級の逸品であった。
亡くなり見送った人の中にはヘキサを気に入り、助言や力を分けてくれる存在もいたし、現世で残した恨みや悔恨を供養したりと…人から見ればお節介とも思える愛情深き人物だった。グリッサやレイフォンスはそんな彼女に好意を抱き、冒険者不足で難題を抱えている町の役に立てるよう進んで問題を解決していった。実力のあるパーティの誕生に知名度は徐々に上がって行った。
更に彼等の存在を世間に知らしめたのは、ある邪教教団の壊滅の依頼を受けた時である。依頼した小王国の兵士と共に包囲作戦を展開。王国内に潜伏して順調に邪教教団を追い詰めたのは良いが、壊滅させきれなかった。残った教団全員は命を引き換えに、怨霊魔獣復活の儀式を行い、成功してしまった。
復活した怨霊魔獣カザトゥスの攻撃に王国の兵士は激減していく。噛み付かれ、爪で引き裂かれる。魂魄吸収で眠るかのように息を引き取っていった。
兵士の攻撃はカザトゥスには弾かれダメージを与えられない。生き残った兵士を下がらせ、ヘキサ達が前へ出て対峙した。
たった3人パ ーティは苦戦を強いられ、危うい状況まで陥っていた。怨霊魔獣カザトゥスは召喚者の命を喰らい半実体化する特殊な魔獣である。6mもある巨大な獅子の身体に、3つの髑髏を頭部に被った魔獣だ。髑髏からは噛みつき攻撃や魂魄吸収の攻撃が続く。
半透明の身体は通常の攻撃では全くダメージは与えられない。魔力を持った属性攻撃しか有効しない厄介な相手である。
いくらグリッサが聖剣を用いてダメージを与え、レイフォンスが対魔の力を宿した戦技を凝らすも、カザトゥスは倒れる気配がない。BOSSでは無いが膨大な負生命力を誇るカザトゥス。
ヘキサは防御に専念し死霊魔法の負のオーラ、骸骨盾を使いパーティ全員を守っていたが、徐々に押され始める戦況に全滅が見え始めた。この場所に味方もおらず、王国兵士は満足に戦えない。
このまま全滅するのならば…と、命を捨てる覚悟をした3人は一つの賭けにでた。
まずグリッサが聖剣と聖盾の聖属性を媒介し、パーティ全員に強力な聖属性結界を張った。短い間だが闇属性であるカザトゥス相手ならば全ての攻撃を遮る。
続いてヘキサ自身の生命力の80%を代償にする。
そして召喚霊具を媒介し、死霊魔法の英霊召喚を行い、名のある英霊シルア・ランバドアを召喚した。その威圧感と清浄な雰囲気は圧巻の一言に尽きた。急激な生命力の減少に苦しそうな表情見せているヘキサだぅたが降臨した英霊に願いを伝えた。
英霊は頷き、清浄の加護を宿した斬撃を用いてカザトゥスに突貫し、頭部を薙ぎ払って吹き飛ばした。
大ダメージで弱ったカザトゥスの反撃する間も許さず、斬魔士としての固有スキル【対魔】を全開にした。直後レイフォンスの能力を絞り出した操気術を併用した戦技【斬魔氣弓】の一撃を放つ。鋭い風きり音を鳴らしながらカザトゥスの胴体に大きな風穴を開け、更に内部から魔力によるダメージを与えた。そのまま攻撃の手を休ませず、後のことなどは考えずに破魔矢の雨を降らせ続ける。
聖属性結界を維持し莫大な魔力を吸われたグリッサだが、ヘキサとレイフォンスの攻撃を見届けた後、自身も攻撃に専念した。
カザトゥスの身体のいたるところに傷跡が増えていく。グリッサも傷だからけだ。反撃を受ける際、重傷になると判断した攻撃は盾を使って防ぎ、それ以外は躱すか当たるがままにしていた。
粘りに粘り、堪らず逃げ出そうとしたカザトゥスの背に勝機を見出す。
渾身の力をこめ、聖剣グリッサの武技【聖炎十字斬】を発動させてカザトゥスの存在ごと聖炎で滅した。
この件でヘキサは過去の英霊をシルアの力が召喚霊具に宿った。次に召喚する際はもっと少ない代償ですむことになる。
英霊を召喚する力量は現代における最強の死霊魔術師の1人として知られるようになった。
生き残った兵士と共に小王国へ帰り手当と治療を受ける。
1番重傷だったのはヘキサであり、無理矢理生命力を召喚霊具に注ぎ込んだ為である。
英霊召喚は本来ならば周りに回復役がいて、厳重注意のもと行うべき儀式である。チカラ亡き者ならば生命力を召喚霊具に吸い尽くされ死んでしまうからである。
そういった経緯で彼女は目も覚まさず、3日間生死を彷徨った。
心配したレイフォンスも自身の傷をおして懸命な看病を行った結果、命を取り留めた。これがキッカケで2人はお互いの気持ちに好意よりも深い愛情を築いていくことになる。グリッサ自身もパーティの側で接していく内に、頼りになるレイフォンスに信頼と淡い恋心を抱き始めていたのだが…ヘキサとの恋を祝福し、気持ちを閉じ込めた。
ここからはアデルの町の歴史に途中隠されし黒歴史が始まる。
それから何事もなく1年の月日が経ち…変化は突然に起こった。これまで何とかアデルの町を支えてきた面々だったが、巨地龍討伐の話を聞き、この町の防衛力が弱っている噂を聞きつけた南西の国 ロースアンテリア王国から2万人規模の軍隊が進行中だという。
これまでとは比較的にならない規模の戦争が起こる…緊張に満ちた不安な予感が町を襲う。連日の会議に追われ最終的に町を捨てる判断を下した者と、最後まで徹底抗戦の構えを見せる者と別れる。
ユピテルの街からの支援や増員、かつての件より小国からの同盟を結んでいたグリッサ達は、相手に比べれば僅かながらの兵力だが士気は下がらない。
グリッサもこの町が好きな1人である。共に苦労し命をかけた友人達を放ってはおけず、戦争に参加することにした。彼女の仕える団体からは戦争を放棄し帰還するように命令が出されていた。
幼い頃から聖騎士に憧れ、夢叶ったのだ。逡巡し、アデルの町の仲間も帰った方が良いと説得してくれたが…覚悟を決めた彼女は1度神殿へ帰り、聖剣と聖盾、聖騎士の鎧を返納した。神殿から再三戻るように説得を受け、拘留されようとした所で振り切って町へと戻ってきた。後悔はない。
聖剣と聖盾の変わりに、彼等と迷宮を冒険した際にBOSSを討伐して入手したレア級の剣と同じくレア級の円形盾を装備する。鎧は町の皆から好意で集められた寄付金で、当時1番腕の良い鍛治匠(現在鍛治長)だったドワーフの手から贈られた。沢山の魔力鉄と赤熱石を混ぜた合金に、極少量だが精霊銀を混ぜた真紅の鎧一式は今でも大切に愛用している。
そんな中、町の防衛のために少しでも戦力を欲していたヘキサは図書館を訪れ、何か手助けになるモノは無いかと、次から次へと読み漁っていた。そんな時、図書館を利用していた黒のローブの人物がいた。思わず目を惹かれる麗人である。
その人は人知れず席を立ち、出口へ行き、そのまま立ち去っていった。
座っていたテーブルには一冊の本が置いてあった。普段なら絶対にそんな事はしないのだが、どうにもその本のことが気になり、手に取って読み始めた。難解な内容であり、博学なヘキサでも困難を極めた。
しかし、何度も諦めず…誘われるように夢中に読んだ。全ては理解出来なかったが、古代に活躍した死霊魔術師の生涯を書いた手記であった。長年図書館に通った事もあるヘキサだったが、こんな本を見たのは初めてだった。金髪の黒いローブを着た男性の持ち物だったのだろうか…。
その死霊魔術師の手記から死霊魔法の古文を発見していた。
死体より幾千の骸骨や腐乱死体を召喚し永続的に軍隊として自動召喚する魔法が記されてあった。
しかしこういった魔法には勿論代償が存在し、使い手の生命と100人の生命を代償とする事と記してあり…召喚者とその者は召喚陣に囚われ、永劫に苦しみを味わうだろうと記載があった。
…一晩中悩んだのち、ヘキサは古代の死霊魔術師の手記を見付けたこと、記されていた内容を皆に説明し、実行する旨を伝える。
住人達からは大反対を受け、グリッサとレイフォンスもその場で聞いた事が正気なのか?と、理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべていた。
皆を助けたいと熱弁を奮う姿は何かに操られているような…後から考えればそんな違和感もあった。
だが、その時はそんな疑いは湧かず…おかしなことに全員が次第にその本の内容に魅了され、感心し始めた…最後にはグリッサもレイフォンスまでもがその死霊魔法を実行するに至る決断を下した。
召喚する際の場所はサザン地下墓地とし、身内のいない志願者100名で行うことが決定した。本人達も納得済みであり、後は本番を迎えるまでとなった。最後の夜、父親であるアデルの町の領主から許しを得て、レイフォンスとヘキサ・アデルは結ばれ、気持ちを通じ合った。
偵察により、ロースアンテリア王国の軍がアデルの町まであと2日の距離まで近付いた。その日の夜までには進撃が可能な位置まで移動してくるだろう。
儀式を始める準備が整った夜、家族や身寄りが無い者を条件に志願した住人100人と一緒に地下墓地で儀式が始まった。レイフォンスは古文に記されていた人数よりも多い方が良いと訴え…直前でそれが叶えられた。
ヘキサとレイフォンス2人は手を繋ぎ、召喚を模した魔法陣から死霊とスケルトンが産み出される。
絶え間無く苦痛が2人を襲い、生命力が無くなっていく。次々と志願した住人は倒れ、弱い人から干からびていく。ドンドン産み出されるアンデッド系の魔物は勢揃いしていた。順々に地下墓地から出て行く。アンデッドゆえに移動スピードは遅いがスタミナ切れなどなく、遠回りに包囲が完了した。
準備が終わったあと突撃音が鳴り響く。次々と暗闇の中、ロースアンテリア軍に襲いかかった。
スケルトンの武器が兵士を串刺しにし、グールが噛みつき喰らいつく。怨霊が情報系統を崩し、士気をくじいていく。突然の襲撃に戦場は混乱し次々と兵士が討ち取られていった。
時間はかかったが部隊によってはパニックの状態から次第に統制を取り戻し、反撃を開始した。アンデッド達は討ち取られる個体も多かったが数は無限に湧いてくる。ゆっくりと時間をかけて軍の包囲を完了したアンデッド達は、今度は数を武器に徐々に輪を狭めてきた。軍の中には聖僧兵や聖職者もおり一点突破を計る部隊もいたが、其方には俊敏性に優れ攻撃力の高いグールリッパーや亡霊騎士、骸骨騎士と言われる強力な個体が波状攻撃をしかけ徐々に打ち取っていく。それに呼応してアデルの町の戦力の面々も参戦し戦果を上げていった。今回グリッサは此方の方に参戦し、友人達の仇と言わんばかりに力を発揮し、ロースアンテリア軍を蹂躙した。
倒した相手も死霊召喚陣の影響からかゾンビや亡霊として蘇り、悪循環の阿鼻叫喚の渦が完成した。かつての同胞を倒す兵士は次第に士気も落ちていく。誰だって知り合いや友人を殺すのは嫌なのだ。
明け方近くには2万もいた軍は一兵士も残らず一晩で消えてしまった。
後にこのロースアンテリア王国は非常に恐れ、アデルの町に高い慰謝料と賠償金を払う。また兵力を失った代償に数年後、今度は自分達の国が狙われ、別の国に滅ぼされることになる。この一晩で起こった事実は…協議の末、関係者から揉み消された歴史である。
その後のアデルの町にはアンデッドの召喚の暴走として処理されたが、この話にはまだ裏があった。
召喚したアンデッド系魔物は召喚を止めずドンドンと産み出される。この膨大な数のアンデッドの目指す先は何処にあるのか?
アデルの町の住人はこのままでは自分達も危ないとようやく気付いた。目的の無くなったアンデッドは生者の気配に敏感だった。この戦で生き残ったアデルの町の戦力をゆっくりと取り囲んでいった…
その頃地下墓地では、瘴気に満ちた空間で死霊魔法の自動召喚が発動が続いていた。幸いヘキサとレイフォンスの2人は辛うじてだがまだ生きていた。もしかしたら直前で参加したレイフォンスの命が2人を生き延びさせたのかも知れない。
生命力を殆ど奪われた青白い顔のヘキサとレイフォンスは、互いの無事に安堵した表情を一瞬浮かべた。だが、正気を取り戻した2人は自分達がおかしてしまった事の大きさに気付く。いくら緊急時とはいえ、何故こんな選択を選んだのだろうかと…。
夫となった人物に力なく笑顔を向けた後、生命力が尽きかけたヘキサは残った生命を振り絞って再度英霊を招いた。そして自らの身体を媒介し、不死生物の力を吸収して封じる作用がある死光結晶を作って欲しいと頼み込んだ。意思を受けた英霊は悲しそうに頷き、彼女の身体を軸に召喚霊具ごと浄化し死光結晶に変えた。
彼女の身体や生命力も吸い尽くされそこで尽きたが…魂の一欠片だけは残った。彼女の魂は過ちをおかし、歪められて濁ってしまったていたが…最期に清く気高い清浄な輝きを取り戻した。
レイフォンスはヘキサの最期を滂沱の涙を流しながらも、見届けた。
その後やっと動いた指先から愛弓を握りしめ…震える手で血を吐きながらも対魔スキルを発動して召喚陣を射った。
撃ち抜かれた召喚陣は自動召喚は止めた。地下に残ったアンデッドは生者の気配が希薄な場所となった地下墓地から、誘われるように死光結晶へと飛び込み、吸収されていった。
それを見届けレイフォンスは足元から崩れ落ちていった。
外では微かな陽の光と共に消滅していくアンデッドが多い。強いアンデッド達も弱った所をグリッサ達に各個撃破された。倒したり、消滅したりして抜け落ちた魔魂は全てヘキサの死光結晶へと吸収された。総勢約2万以上のアンデッドが封印された。
ヘキサの一欠片の魂は最後に自らを死光結晶内に封印した。彼女は2度と悲劇を繰り返さない戒めとして永劫の苦しみを結晶内で味わっている。時折、アンデッド達が地下墓地へ這い出るのは、儀式の際に一度溢れてしまった瘴気がこの辺りを侵し、死光結晶内のアンデッドを外へ導いているものだと思われている。
吸収し封印したアンデッドがいなくなれば死光結晶の苦しみからヘキサを救えるのではないか?と考え、定期的に結晶から這い出たアンデッドを討伐している。しかし、2万以上の数の多さでは余り根本的な解決には至らなかった。
生き残った住人やグリッサはそれでも諦めない。自分達が間違ったことをしたのだと認める。だからこそ、いつの日か結晶内のアンデッドを全て倒し尽くし、ヘキサの魂を解放して救いたい気持ちがある。彼女が全て痛みを引き受けてくれているから、我々があるのだと…。
血反吐を吐いて倒れていたレイフォンスは直ぐに町からの救護班に救助されたおかげか奇跡的に助かった。たが代償は重く、定期的に襲う体の激痛は引かず、斬魔士としての活動は誰からも諦めかけていた。
しかし本人は身体を動かすだけでも絶叫しそうな激痛状態を戒めとして受け入れ、より活動的に動くようになる。絶え間ない激痛によってレイフォンスの髪は白髪になった。
何故こうなったのか…何を間違ったのか…それを調べる為にも休んでいる訳にはいかなかった。
ことの始まりは亡き愛する妻が図書館で置いていった書物を読むことから始まった。…良く良く考えたら、黒いローブの金髪の麗人とやらが1番怪しかったと感じ、調査を開始する。それは傍目から見たら執念…いや狂気に近い行動を開始する。
脂汗をかきながらも身体も厭わない調査の結果、少しずつ集まってくる情報からは…途轍もない相手が浮かび上がった。
その事実に自分達は嵌められたのだと直感した。レイフォンスはグリッサに集めてきた情報を話し、動こうにもまずは激痛が何とかならないだろうか…と、相談を持ちかけた。
彼女ら激痛対策として以前神殿から贈与されていた品【祝福の解呪】を渡した。身に付けると殆どの呪いを打ち消すことができる魔法品だ。
これにより、激痛がかなり軽減した。聖騎士であったグリッサは代償による魔法に詳しい。やはり呪いのような効果があったのだと再認識した。
レイフォンスからは言葉よりも深い感謝をその鋭い眼差しで受けた。惜しいアイテムだったが、元々パーティメンバーに何かあった際に使おうと残しておいた品だ。深い感謝の眼差しを受けたグリッサにはそれで充分だった。
グリッサ自身も煮えたぎる思いが湧き上がり止まらない。しかし、復讐の念だけではどうしようも出来ないことも知っている。確実に情報を収集し機会を待つのだ。
冒険者として引退した彼等は、領主の強い要望により道場で更なる冒険者を育てて欲しいと懇願された。
領主もまた娘のヘキサを愛していた1人であり、独自のルートにて情報を集めていた。義理の息子となったレイフォンスと復讐を果たす誓いを立てた。そこから現在に至るまで48年間、彼は年老いたが修業と冒険者の育成、情報収集などと多忙を極めた。
この近年、悲しみを乗り越えた町に復讐の鬼と化したレイフォンスは有力な手掛かりを得た。過去と現在にかけて他の街でも同じような事例が発見報告がわかったのだ。
アデルの町ほど被害は酷くは無かったが、繋がるキーワードがあった。死霊魔術師と死光結晶。
そしてその事柄には必ず黒いローブを着た麗人の存在が見えた。
実はソウマが倒した死霊魔術師も精神を瘴気と魔力で侵され、彼等の国元で事件を起こした者だったのだ。
何日か前に事情や詳しい情報を聞くため、レイフォンスはザール村へ出発した。当事者であるソウマと入れ違いになってしまっていた。
ふと、グリッサは意識を現実に戻した。ソウマの周り中にバラバラになったアンデッドの山が積み立っていた。腐った臭いが酷い。切り口は全て一刀の刃筋。暗がりの中、凄いスピードで淡く光る斬閃が走っていく。
…化け物じみた力とスタミナだわ。
しかし彼女は更に驚愕する事になる。それはソウマの一言から発せられた。
「教官、足場も無くなって来ましたし…自分のテイムしている魔物を召喚して喰べさせても宜しいですか?」
「えっ?」
サザン地下墓地での修行はまだ続く。




