朱髪の修羅鬼
50年もの昔、この迷宮の地に龍が降り立った。当時から炎鬼族を纏めておった妾は戦力を結集し、地龍と幾度となく迎撃戦を繰り返した。
戦う度に仲間は減っていき、その都度仲間を喰ろうて地龍は育っていった。普通の龍族ではそのような育ち方はせん。成長速度も異常だ。何か作為的なモノを感じておったが打つ手立てがなく時だけが過ぎて行った。妾の攻撃も口惜しいが龍を殺すまでには至らぬ。
…次第に地龍は大きくなり、より高次の存在である至高の巨地龍へと進化した。
他種族からBOSSと言われる個体である妾は洞窟内で有れば死んでも召喚陣から存在をリセットされ、また蘇ることが出来る。それを蘇りと感じるかはまた別の問題じゃが、死んでしもうた時の事を考えても仕方がなかろ。それゆえ、妾も喰われ下手に成長さすまいと堪えておったし、配下の炎鬼に諌められておったが、この上は単身でもって抗戦し、死に花咲かせてくれようと思うた所で彼奴等に出会ったのじゃ。
巨龍と男女2人の死闘は妾の想像を絶したナニカ…がそこにあった。種族の差、個体の差と言われたらそれまでなのじゃが妾にはそうは思わなんだ。個体としての個を磨き上げ、更に研鑽し、己を鍛錬する様は他と隔絶した輝きがあった。
その時からじゃろうか…妾は自分の力を見つめ直すキッカケを得た。
長として誰よりも強くあろうと炎鬼の中で誰よりも貪欲に強さを欲した。あの時の彼奴等の死闘で感じた想い、技、力に憧れたとも言っても良い。
血反吐を吐きながら鍛錬し、戦いを欲する姿に他の炎鬼の1部も共感し、次第に個体のレベルを極めていった。
その際に極めた鬼だけが獲得するレアなスキル鬼印という種族特有の身体能力の強化が発見された。
妾の他にも才能ある者は鍛錬の果てに、鬼印へと至る者が稀に現れる。
それ等の者たちを集め、炎鬼衆と名付けた。それに伴い洞窟内の鉱石を集めさせた。人間種が発掘している鉱石を赤熱石。鍛治を得意とする我々でも研究を重ね、鉱石を熱し、極限まで叩き、冷まし…その繰り返しの果て、炎鬼オリジナル金属まで昇華させた。赤熱石の不純物を除き99.9%の純度に達したモノを赤熱鋼と名付けた。かいあって上手く出来た品の中には、レア級の判定がてる逸品が混じるようになる。
ただ強さを追い求め、妾は気付けば50年…際どい戦いもあったが只の1度として負けることなく生き残った。切磋琢磨し続けた結果、炎鬼としての種族が変質し特殊個体【修羅鬼】と言われる個体に進化していた。更なる強者と戦いたい。戦いだけが人生、強さだけを愛している。いつか、彼奴等と命を懸けて殺り愛たいものよ…。
15階層へ案内された先を見つめる。
広いエリアに大きな宮殿のような建物があり、真ん中に重厚で大きな扉があった。
その周りをマグマがとり囲むように流れている。グツグツと煮えたぎる光景は暑さを倍増させた。
宮殿の中に案内されると、空気が薄くなったような息苦しさを感じた。
コウランとダンテに目合わせすると彼等も頷いていた。影柱は兜に隠れて表情がわからなかったが神楽はやれやれと呆れた表情をしていた。
「お館様、そのくらいに」
『すまんかったな、つい…のぅ』
笑い声が響く。奥から身長180cmくらいの美女が出て来た。腰元に大太刀を差し、純白の戦闘衣を着込んている。それはドレスのような煌びやかさがある。普通の炎鬼族は髪が焦げ茶色なのだが彼女は朱色の綺麗な髪をしていた。おでこに3本の角がちょこんと突き出ており、何だがギャップがあって可愛らしい。
『銀髪もおったか。なら早速始めるか』
身体中から発散される殺気を隠さず、目つきが細められる。
いやいや、BOSS級相手に普通タイマンなんて勘弁して欲しい。皆で戦いますよ!
奥の扉に参られよと、影柱に言われ扉を開けると魔法陣があった。先に行っておるぞと鬼達が先に飛び込んだ。意を決して続く。
異空間固定された場所には鬼の紋様が描かれた闘技場があった。明らかにBOSS用とわかる程大きなが召喚陣がある。ここで冒険者達と戦うのだろう。
『ほうほう、逃げなんだか』
上機嫌に鎮座していた朱色の鬼が声がける。後ろには影柱と神楽が控えていた。
此方は準備を終えた。ソウマの頭装備は深淵の仮面を装備し全身強化魔法を掛ける。召喚の指輪よりレガリアも召喚する。HP20%以下で自動送還出来るように設定しておく。強敵の予感に…背筋が震えた。
『此奴らには手出しさないゆえ、全員全力でこい』
朱髪鬼の身体から荒々しく闘気が溢れ出す。美しい朱色の髪を束ね、そう吠えた。
『百夜、参る』
朱色の流星のようなスピードで一瞬の間に距離を詰められた。
振り抜かれた大太刀はギィンと鈍い音を放ち、ダンテの大盾とぶつかる。朱髪鬼の百夜から恐るべき力で二度三度と大太刀を振るわれるも、防御体勢は崩されることは無かった。
『折角呼んだのじゃ、そうこなくては面白くない』
ダンテが攻撃されている間に、コウランとレガリアが左右から仕掛ける。
勢いづけたコウランのフレイルが空振り、その間にレガリアが足に噛み付くが牙が肌を浅く傷つけただけだった。
『悪くはないけど…まだまだ弱い』
「くっ、当たんないわ」
コウランもレガリアも悔しそうにしている。自力の差がありすぎて余り相手にされてないのが分かったからだ。それでも果敢に攻め立てる。
朱髪の鬼の身に纏う闘気が大太刀に集約される。短く呟き太刀が走る。
『爆気』
重なりあった太刀と大盾からカァァンと甲高い音が鳴り、大盾ごとダンテが吹き飛ばされた。余波でレガリアとコウランも吹き飛んで行く。
ソウマは1人距離をとり、皆が離れた段階で充分に力を溜めて引き絞った矢を放つ。バァァンと弦が響き弓返りした。
一発目は太刀に阻まれるが間髪入れず、矢をつがえて射り続ける。
『ほっ』
避け切れなくなった矢が遂に腕に刺さる。流れた血を舐め、獰猛に嗤う。
『闘気で強化した妾の防御力を超えるか。傷を負ったのはいつ振りか…楽しくなってきたぞ』
「ここまで避けられたり、撃ち落とされたのは此方も始めてだ。正直余り戦いたくない相手だよ」
そう答えながら、頭部、上腕部、脚部に追撃効果のある戦技【共鳴矢】を発動。
この戦技は射る矢の威力は落ちるが一斉射撃の効果を得る。
ダンテは先程の攻撃から立ち直り、防御体勢を維持したまま此方へ向かって来ている。コウランとレガリアも手傷を負っているが問題の無い程度だ。
狙いを定め、解き放つ。
戦技【共鳴矢】の効果で3矢に分離した矢が凄まじい速さで佇む朱髪鬼に吸い込まれていった。
『やれやれ小賢しい技よの。武技【紅華一刀】』
それは朱髪鬼の眼前から刹那に紅蓮が巻き起こる。金属製でしかない矢は瞬時に蒸発した。余りの事に唖然となる…。
百夜が直接鍛え上げ、偶然の確率で純度100%という稀にない赤熱鋼製の大太刀。
斬れ味もそうだが、何より百夜が求める攻撃力を追求した逸品は武技に著名に現れた。武技【紅華一刀】は赤熱鋼純度100%の熱伝導を操り、大太刀表面に3000度近い障壁を持続発生させる。またその状態から極炎の刃を形成し4m級の大太刀へと変貌させる。まず炎熱に耐性が無い者がこの武技を使うと消し炭になる可能性が高確率だ。力を求めし者が出逢いし、必然からの偶然が実現した武器がここにはあった。
そこまでの情報はソウマには無かったが、アレは喰らえば防ぐことすら不可能だと本能が警鐘を鳴らす!
朱髪鬼が此方へ駆けてくる。防御を構えようとするダンテに警告を発して下がらせた。仲間の及ぼす影響を考え、こちらも弓をしまいながら駆け出す。超怖いがあの攻撃を接近戦で全て除けて対応するしかない。
豪っと音が鳴り、炎の塊が脇横寸前を通過する。てか、熱い熱い熱い!!
後ろからコウランが魔法耐性を掛けてくれるが余り熱さは軽減してくれない。【精魂接続】で炎熱耐性(中)も発動している。しかし、だからまだこの程度で済んでいるのか?
朱髪鬼百夜が斬り上げて振りおろす。炎熱で視界が鈍り、見切りと体術を併用して避けるソウマは吹き出す汗と心臓の鼓動が止まらない。炎の塊である極炎刀を避ける度に火傷が増えるので動きが徐々に阻害されていくし、厄介な攻撃だ。
『良う避ける、これならどうかの?』
不敵に笑うと更に大太刀を操るスピードが上がった。
極限状態まで集中力を上げたソウマは無意識に懐の漆黒の短剣を左手にそっと隠し持った。機を待ち、極炎刀を避けるに徹する。暫くしてそのチャンスは訪れた。上段からの大振りな攻撃を前に旋回しながら避けつつ、戦技【音速斬り(ソニックスラッシュ)】を込め、斬りつけることに成功する。切断まではいかなかった。直ぐに反撃がきて、全身に力を込め後方へ大きく跳び去る。警戒していたが追撃はこなかった。
『銀髪…これはお主変わった武器のせいよな』
よく見ると大太刀からは極炎刀と化した炎が消え去っており、朱髪鬼は苦しそうに答えた。
何のバットステータスが付いたのかは分からないが、極炎刀の効果が切れてよかった。漆黒の短剣は傷を付けた者に様々なバットステータスを一つランダムで付けることが出来る。対焰巨人戦で手に入れた貴重な武器だ。
「さて…ね」
「ソウマ!酷い火傷。直ぐに治療するわ」
コウランが急いで回復と治療の魔法を詠唱してくれる。ダンテは無言でソウマの肩に手を置き、私達の前に大盾を構えて防御体勢をとってくれている。
状況は苦しいがまだBOSS戦は始まったばかりだ。




