巨龍の間と炎鬼衆
サザン地方迷宮洞窟11階層。魔眼で隠し部屋に入り、隠蔽のテントを見付けた階層である。広大な階層だがマップを使っているため道に迷うことはなかった。
先頭は変わらずダンテが歩き、ソウマが気配察知を併用しながら洞窟内を進む。あれから炎鬼と戦う頻度は然程多くは無かったし、大盾の槍使い程の手強さを持った者も出てこなかった。
洞窟内の暑さも徐々に上がってきている。何処かにマグマ層や溶岩でと流れているのだろうか。用心しながら下の階層へと降りた。
12階層はこれまでの洞窟とは思えないくらい只々広大な部屋のような場所だった。溶岩の流れる川があり、時々間欠泉が噴き上がる異様な光景。
まるで何か巨大な生物が住む為だけにある階層のようだ。今の所動物の気配はあるが、気配察知にはそれ以外に何も反応はない。
「…ここがあの50年も前に倒された巨龍の間なのか」
ダンテが神妙に呟く。コウランも興奮気味だ。知らないので教えて貰うことになった。
この迷宮の12階層に突如一匹の翼無き地龍が現れた。どうやって入ったのかは未だわかっていない。この迷宮の温度と補正が気に入った地龍は当時複雑な迷路化した場所だった12階層を強力な龍息吹を吐いて壊し、地形を変えてしまった。余りの破壊にこの12階層だけはずっと空間固定されたまま広大な空間になった。以降迷宮の地図と伝承に残り続けている。
先に迷宮に住んでいた炎鬼とBOSS鬼が地龍に戦いを挑むも堅い巨大な鱗に攻撃を阻まれ、魔法も地龍相手では相性が悪く徐々に追い込まれていった。流石というかBOSS鬼の攻撃だけは龍の鱗を傷付け大分ダメージを与えられたが、圧倒的な力の前には決定打にならず、後退せざる終えない状況だった。
また地龍も炎鬼と戦うことで、敗れた者達を喰らい、ますます成長していく。ここの迷宮を利用していた腕利きの冒険者達も集まり戦うが、敵わず餌となり龍を成長させる糧となってしまった。遂に龍は地龍から進化し巨地龍となってしまった。誰にも手をつけられない程強くなり、全長20mに進化した巨地龍に勝てる者はおらず誰もが諦めかけていた。
そんな時王国からの指名依頼を受け、立ち向かった男女一組のパーティがいた。女性は当時から天賦の才と名の知れた最強の一角であるアイラ・テンペスト。もう1人の男性は無名だが美しく類稀な盾を持つ騎士だったという。彼等と巨龍の戦いは英雄譚に成る程の詩が吟遊詩人の手で語られた。
アイラ・テンペストの持つ大剣は聖なる炎と嵐の属性を併せ持つ稀有な武器である。巨龍の剛鱗すらやすやすと切り裂く。大剣の聖炎で傷口を焼かれ龍族の回復力が追いつく前に嵐属性の魔力が龍の体内で暴れ狂う。両者は譲らず、戦いはより激しく続いた。
無名の騎士は珍しい氷魔法の使い手だった。魔法で巨大な氷の檻を作り一時的にでも龍を拘束・足留めしたり、凍える吹雪を鎧に纏い、攻撃を受けた際はジワジワと巨龍の体力を奪っていった。時に自身の背負った黒色の大剣を盾と持ち替え、叩きつけるような重い攻撃を加えていた。
無名の騎士の特筆すべき点は攻撃では無く、彼はいついかなる時でもアイラ・テンペストに危害が及ぶと判断した攻撃を全て受け止め、防ぎきったところにある。
巨龍から尻尾を使った変則的な高速攻撃や炎息吹や大地息吹を立て続けに吐き出される。防御した際に何度も骨折したり、酷い火傷や裂傷など時に命に関わる重傷を負っても絶対に引かず、盾を構え耐え続けた。背後にいるアイラ・テンペストを自身の危険を顧みずに護りきったのだ。
そして決着の時が訪れる。無名の騎士が大剣で大樹のような巨龍の前脚を叩き折り、動かなくなったところにアイラ・テンペストの本来の愛剣の姿を解き放ち、固有魔法である魔刃六対を繰り出した。逆鱗ごと斬り裂かれた巨龍は再生能力が発動することなく息絶えた。戦いは3日間に及び、龍の生命力の高さと戦闘能力が伺える。
この巨地龍はとある神の加護を授かっていた為、アイラ・テンペストと無名の騎士はある事件に巻き込まれることとなるが、それはまた違うお話となる。
と、興奮気味にコウランから教えて貰った。なーる…高い確率で無名の騎士はユウトであろう。彼の卓越した盾防御は見事に役に立っている。
しかしそんな英雄譚が残るくらいの戦いだったのか…あの時から努力し続け、どれだけ強くなっているんだろう。
他にも子供達が劇をする際は、無名の騎士役を演技したがる男の子が多いそうだ。知らないユウトの頑張りに自分も勇気を分けて貰えた気がした。
以前、蒼銀騎士団の団長アイラとお互いのステータスと装備を見せ合った事を思い出す。
アイラの装備
武器 嵐煌凰
頭 翠星の髪飾り
体 巨地龍の軽鎧
両腕 白翼龍の手甲
足 テンペストブーツ
アクセサリー 鳳凰の首飾り 隠蔽の腕輪
あの美しく実用性の高そうな軽鎧はその時の戦いで得た素材で出来ていたのかも知れない。今度会えた時にでも聞いてみよう。
そんな12階層を下り、13階層へと到着する。此方はいつも通りの洞窟の構造だ。危なくなったら一度12階層に戻るのも有りだな!
細かい道が入り組んだ場所へ入り、探索を続けていると左右に別れている場所があった。そこの左側から炎鬼数名の反応を発見した。此方の位置が分かっているのか、2組に別れて挟み撃ちしようと包囲してきている。敵の動向をダンテとコウランに伝え、此方は相手の先頭集団を先に潰すことにした。
弓を使用したいが、通り道が入り組んでおり障害物が多すぎる。ソウマはボロボロになった冒険者の剣では無く流星刀レプリカを手に取る。
詠唱を開始し、全身強化魔法を掛ける。最後尾をダンテに任せ、自分は炎鬼の先頭集団に突進する。
コウランから戦司祭の神官魔法によりパーティ全員に魔法【高揚せし戦人歌】が響き渡る。この魔法は戦う者の戦気高揚と勇気、身体能力向上(小)が付与される。戦司祭の中でも高位の使い手しか使えない魔法である。
援護を受けて更に移動スピードが跳ね上がる。勢いを殺さず、そのまま炎鬼と接近し斬りかかる。最初に剣と盾を持った炎鬼を装備ごと斬り伏せる。
斬り伏せられた炎鬼の後ろから突き出された槍をスッと躱し、お返しに距離を詰めて股下から上へと刀を斬りあげた。ブワッと鮮血が舞い散るのも構わず前へと進む。
堪らず少し慄いた表情で斧を構えている炎鬼の後ろには、矢をつがえた炎鬼の姿もある。最後尾のダンテは相手の攻撃を上手く捌いており、背後からの攻撃の心配はまだ必要なさそうだ。
考え事をしながら炎鬼の振り下ろした斧の一撃を避けた。避けたところに矢がビュッと襲ってくる。後ろにはコウランがいる。流星刀レプリカで切り落とすと続けて2射目がくるが、落ち着いて叩き落とす。斧使いと弓使いの連携が厄介だ…斧使いが攻撃動作に移る前に接近し、斧を切断する。驚愕と恐怖の表情を浮かべた炎鬼の首を左手で掴みながら弓使いに向けて駆け出した。途中で矢が射られるも掴んだ炎鬼を盾として全て防ぐ。斧使いも暴れるがそれ以上に握力を込めて黙らす。弓使いが焦っている間に肉薄し、掴んだ炎鬼を押し付ける。そのまま流星刀レプリカの武技【流星刀・イルマ】を発動して2体纏めて心臓部を串刺した。素早く抜いて2体分の首を斬ってトドメを刺した。
振り返ると、大盾を構えたダンテが奮戦している。あちらにも弓使いがいたのか周りには折れた矢が散らばっていた。コウランがダンテの隙間からフレイルを伸ばし攻撃する。攻めあぐねていた炎鬼は咄嗟のことに反応しきれず、棘鉄球が頭部に直撃し叩き割られた。
ソウマはレガリアを召喚し自分の後ろの警戒とレガリア内のアイテムボックスを使い、装備の回収も念じた。了解の意思を示し、美味しそうにレガリアが倒した炎鬼達を飲み込んで行く。
「ダンテ飛び越えるぞ」
「…!分かった。頼む」
2段ジャンプでダンテの前に躍り出た。炎鬼と打ち合い、胴を凪ぐ。綺麗に胴体が切断された。最後の一体となった炎鬼が立ちはだかる。
「マサカ、コンナバケモノダッタトハ…」
喋ったことに驚きつつ、言い返す。
「お互いさまだ」
抵抗らしい抵抗も出来ず、最後の炎鬼は一刀のもと袈裟斬りにされ倒れた。
ようやく戦闘が終わり皆、粗めの息をついている。
「ソウマの気配察知無しだったら危なかったわね…」
「同感です。お嬢様」
「BOSSまであと2階層。もうやめておくか?」
そう尋ねる。
「ここでやめても充分な稼ぎはとれたわ。だけど此処まで来たらBOSSまで行きたくなってきたわよ」
勝気な発言につい、微笑んでしまう。ダンテも頷き肯定した。
「しかしソウマ、敵に化け物って言われるくらいアナタって強いわよね」
「そうか?これでも自分より強い者を何人も知っているんだが」
「げっ…アナタより強いなんてそんなにいたら困るわよ」
「…お嬢様、言葉遣いが汚いですよ」
「あはは、失礼。しかし世の中って広いのね〜私やダンテは其れなりに出来る方だと思っていたのに…自信が崩れたわ」
「…それはよろしゅう御座いました。身の程をわきまえない自信など成長の妨げにしかなりません」
「ダンテは厳しいわね〜でもそうね、もっと強くならなきゃ」
何処までも前向きなコウランが決意を新たにした所で、アイテム回収が終わり出発した。
14階層へと降りるまでに何度か戦闘になったが、全員怪我をする事がなく階段まで着けた。この階層を抜ければ遂にBOSS部屋となる。慎重に14階層へ降りた。
14階層は迷宮内の所々にキラキラと光る物が見える。試しに触って見るとゴツゴツした感触ではなく、ツルッとしてほんのりと温かい赤い鉱石だと感じた。もしかしてこの鉱石が赤熱石なのかも知れない。こんな深い場所でしか採掘出来ないのなら貴重でなかなか出回らないのも分かる。ジワジワと遂に此処まできたという実感が湧いてきた。
14階層へ降りてきたばかりでノンビリと見学していたら、気配察知より急激に接近してくる反応が2つあった。遠くから視認してみると赤熱鋼製と思しき全身鎧を着込んだ炎鬼?らしき存在と、黄色の精霊石がはめ込んである杖を持ち、鬼の紋章が刻まれたローブを着た女性らしき顔立ちの髪の長い炎鬼が駆け寄ってくる。
自分達の10m手前で立ち止まり、全身鎧から声を掛けられた。
「我らは敵ではない、話は出来るか?」
くぐもった声だが不思議と不快を感じない声だ。頷き、先をうながす。
「感謝する。我は炎鬼衆筆頭の影柱と言う」
「私は炎鬼衆の神楽と申します」
ふむふむ全身鎧が影柱。ローブが神楽か。炎鬼衆…特別な地位に有るのだろう。
「君達が我ら炎鬼衆の大盾の鎧羅を討った者だろう?あの戦いを見たお館様がいたく気に入られてな」
「とくに銀髪のアナタと闘いをしたいと言って聞かぬのです。ご足労だけど案内するから着いてきてもらってよろしいかしら?」
丁寧かつ素敵なお誘いだ。しかし大盾の鎧羅ってあの手強かった炎鬼のことかな。もしそうなるとこの2体は正直あの炎鬼よりも実力が上なはずだ。
お館様はきっとBOSS鬼のことだ。下手に逃げる選択肢を選ぶよりは楽に最下層へ降りれるに違いない。
何かあった場合の被害も少ないと思う。あとは何より私が日本人だからなのか、礼を尽くしてくれた相手を無下にしたくない…そんな気持ちが勝った。
「丁寧なお誘いありがとう。少し仲間と相談してもよいかな?」
「そうか、構わぬ」
3人で輪になり、会議する。ダンテとコウランの意見も聞き、自分の考えを伝える。結論としてお招きに預かりることになった。罠を気にしても仕方ない。その時は…その時だ。
かくして炎鬼一行に案内され、BOSSの待つ15階層へと向かうことになった。
誤字脱字が多くごめなさい。見つけ次第修正していきます。




