サザン地方の迷宮洞窟
食糧、装備の点検をすまし迷宮洞窟へと向かった。迷宮へはゴツゴツとした岩山を登り、途中にある岩穴から迷宮に入れる。そのまま上へ上がると平たい緑陽地帯があり、眷属である焔人達とフィールドBOSSである焔巨人が待ち構えている。
気候が暑く、汗で気持ち悪いが外套で直射日光を遮りながら岩穴へと向かう。自分の他には冒険者の姿はない。どうやら大半は焔人族と炎鬼族の対立に巻き込まれないように静観しているようだ。
岩道を登る際中に鹿を見付け狩った。レガリアと自分のご飯にしようと思ったのだが、血の匂いを嗅ぎつけ岩トカゲと呼ばれる体長1m20cm程の魔物が集まってきた。岩トカゲと言っても岩のように硬い訳では無く、岩に擬態し獲物を捕食する魔物である。
鹿をアイテムボックスに収納した後、冒険者の剣を岩トカゲの首に向かって振る。抵抗もなく岩トカゲの首が舞う。真っ正面から襲いかかる相手には最小限の動きで避ける。カウンター気味に突き殺す。足場が悪いため要注意が必要だ。
レガリアを召喚し、背後の岩トカゲを任せる。戦っているうちに嘴長鳥の大群も空から襲いかかってきた。矢をつがえ、一羽一羽撃ち落すが数が多く、体に突進を喰らう。少しよろめいたものの対したダメージもない。
だが数が多すぎるためレガリアを送還し武器を剣に持ち替えて岩穴へと駆け出す。向かってくる敵だけ切り、後は滑り込むように洞窟へ入った。
嘴長鳥も迷宮洞窟内には入って来なかった。ホッと一息つき、カラカラの口内に水筒を口付け一口で飲む。
洞窟内は少しヒンヤリとしているが、奥へ進めば進むほど暑くなってくるらしい。
少し休んでから気配察知を活用し、慎重に進んでいく。時々魔眼を使用するが範囲にはまだ反応はない。
サザン迷宮洞窟は地下へと進み、最下層は15階層になるらしい。
一階をゆっくり歩いて次の階段を目指す。これら迷宮と呼ばれる場所は誰が何の為に造られたのか分かっていない。基本迷宮内の魔物は外に出てくる事は滅多にないと言われている。迷宮に住む魔物達には迷宮の加護ともいう迷宮補正と呼ばれるステータスの向上がある。その補正もあり同種類の魔物でも迷宮の外で暮らしている魔物よりも強いことが多い。
食料も自給自足で賄えるため住むことにも適している。今回の迷宮洞窟に住む炎鬼族と呼ばれる魔物がコレらの特典を捨ててまで他種族と時折争うのは、余程種族単位で戦闘民族なのだろう。
また地図を記すも暫くすると、毎回迷宮内の構造や内装が代わるといった不可思議なことが起こる。原因はわかっていない。
神代より神が試練を課し全ての生物の進化を目指すためや迷宮内で最強の生命体を産み出すためだとも言われているが…諸説は様々だ。
最下層や決まった階には必ずBOSS部屋と呼ばれる大部屋が設置されている。
召喚魔法陣があり、一線を画するBOSS魔獣が待ち構えている。そのため命を落とす冒険者も数知れない。
迷宮を利用する者は力や名声、金、武具を手に入れる千載一遇の場所であり、夢破れた幾千幾万もの生命エネルギーが渦巻く場所でもある。
洞窟内一階に出てきた魔物は炎猫と呼ばれる小型魔物である。炎を思わせる毛並みと愛くるしい瞳は貴族に人気な魔物。魔物使いの人間にも人気が高いスポットでもあった。
しかし可愛い外見に騙されることなかれ。素早く動く姿は下手な動物や魔物より強く、獲物を骨ごと噛みちぎる牙、火を宿した爪の攻撃は油断することはできない。
他に目潰蝙蝠や昆虫型魔物で鋭い鎌で攻撃してくるレッドラダマンティスが住み着いていた。
襲ってくる魔物以外は気配察知を使用して戦闘を避ける。ドンドンと下の階層へ進んでいく。4階層を超えた辺りで一組のパーティが戦っているところを発見した。大盾を構えた戦士がレッドラダマンティスの鎌攻撃をガードしその間に棘鉄球を持った女僧侶が回り込んで頭ごと魔物を砕いた。豪快な攻撃の仕方に感心しながら邪魔をしないように側を通ろうとして声掛けされる。
「あの…少しお時間宜しいでしょうか。良かったら私達とパーティ組みません?」
女僧侶に呼び止められパーティに誘われる。パーティの男女は恋人…ではなく、各地の迷宮を専門に渡り歩く迷宮探索者を主に活動しているそうだ。
無口で大盾を持つ金属鎧の職業大盾士の男性はダンテと名乗り、声をかけてきた女性は武器に棘鉄球のついたフレイルを持ち、青と白の司祭服を纏った職業戦司祭のコウランと名乗った。
サザン地方に着いた時点で路銀が付き、困っていたという。パーティを組みたくても現在は危険地帯と化している迷宮には殆ど誰も組んでくれなかったそうで参っていたそうだだ。
自分は本来弓士である事を伝えるとダンテもコウランも大変驚いた表情をされた。そりゃあ弓士のソロだけで迷宮にいたら変か。剣もある程度使える事を話した。
彼等はそれでも是非にとお願いされたので此方も有難くパーティを組ませて貰った。
とりあえず、レッドラダマンティスの解体を手伝う。彼等とパーティを組んでからはサクサクと進んだ。
目的の硬殻蜘蛛も発見し何体か狩る。体重を支える脚を全て斬り離し頭部を蹴り潰すことで素材を丸々手に入れていた。盾士系がパーティにいると自分が全て攻撃に専念出来るためやりやすかった。
迷宮洞窟内でも開けた広い場所で休憩と食事を摂ることになった。気配察知を使用出来ることを伝えると喜ばれ重宝がられた。気配察知は隠れている敵にも有効だ。
例えスキルが無くとも長年の経験や気配から何となく探れる人もいるのだが精度は低い。ここまで喜ばれているのは大概2次職業で覚えるスキルなのでこの世界では習得者が少ないことが上げられるんだと思う。実際あると便利な技能スキルである。
本日の食事は岩トカゲの肉を強火でじっくり焼く。外はこんがり焼いて中身はミディアムレア。食パンにザール村で貰った野菜と一緒に焼き肉を挟む。サンドイッチの完成だ。
この世界には固形スープなどの概念がないのか温かい汁物を野宿などの際に料理することが少ない。すぐ出来るし固形食材を携帯食として試しに作ってみるのもいいかも知れない。
そんなことを考えながら2人にサンドイッチを渡す。岩トカゲはサッパリとした肉の味わいだった。自分も食べながら話をする。少し一緒にいて分かったがこの2人は特殊な関係のようだ。姫と騎士というか…ダンテは命をかけて必ずコウランを守るという姿勢があるし、コウランの意思を最優先に動いている節があるのだ。不思議に思いそれとなく聞いてみると、渋々…といった感じでダンテが認めた。
お嬢様と騎士か…まるでファンタジーだな。感慨に耽っているとコウランから面倒臭いと言わんばかりに教えてくれる。
「ダンテはお父様の時代から家に仕えてくれていたのよ。権力争いに負けてもう潰れちゃった家だけど」
「…お嬢様」
「もう、またお嬢様扱いして…」
その態度が微笑ましく笑ってしまった。可愛くパワフルなお嬢様とクールな執事…日本では見られない光景だ。
ノンビリしていると気配察知に少し入り組んだ場所にレッドラダマンティスの反応があった。
一匹だけなら問題無いと思い、召喚の指輪からレガリアを召喚して戦闘を頼んだ。了解の意思のもと向かっていった。程なくして宝箱をレッドラダマンティスの体液で染めたレガリアが帰ってきた。感謝を伝え指輪に送還する。少しずつ経験値と捕食することでステータスが底上げされていた。
「…弓士ではなかったのか」
嘘をついたのかと言わんばかりな口調で警戒されている。コウランも驚愕した表情で此方を見つめていた。
ありゃ〜、しまった。これは隠しておくつもりだったのに…ソロの癖でついレガリアに頼ってしまった。
ばれてしまった以上隠せない。申し訳ない気持ちを含ませ2人に謝る。
「隠していてごめん、だけど弓士で有ることは本当。他に…実は魔物使いの職業も持っているんだ」
「まさか…信じられん」
とダンテが唸る。
「ソウマって稀人だったの!!」
とキラキラした瞳でコウランが答えた。
「…稀人って何?」
詳しく聞いて見ると、職業を2つ持っている人口は世界中の人間種を含めても数は非常に少ない。稀少性と才能のある人間を讃えて稀人と呼ばれるようになったらしい。
自分はプレイヤーだったから当たり前だったんだけどな。
…やはりバレると面倒な事になるのだと改めて再認識した。これからは魔物使いを名乗るか…
半ば本気で検討しているとコウランから炎猫をテイムしてくれない?とお願いされた。愛くるしい外見にすっかり魅了されたようだ。ダンテからも小型だか強い魔物である炎猫を戦力として…と、お嬢様の癒しのために頼むと頭を下げられた。
モンスターテイムはした事はないし、必ず出来るかわからない。
それでもいいのかと確認したところ構わないと承諾を得たので帰り道に挑戦してみることにした。
休憩が終わり再び下の階層へ向かい歩き出す。10階層を超えた辺りで出てくる魔物が武装した炎鬼達だけとなった。
槍や剣、弓で武装し胸当てや鎧、盾で身を守る彼等は強い。
稀に赤熱石を精製したと思われる武装を持つ者がいて、装備している炎鬼はなお強い。
こうなるとダンテは勿論前衛、私は中衛、コウランは支援と魔法援護に役割を変えた。
敵を見つけ次第、弓で先制攻撃を加える。弓技補正も加わり、大抵の炎鬼は命中すれば吹き飛びながら絶命するか矢が貫通して倒れる。
中には矢が当たっても一撃で殺せない相手も極稀におり、矢が刺さったまま立ち向かってくるモノがいる。その際は先程の役割で迎撃する。
先程も弓使いと槍持ち大盾使いの炎鬼のパーティがいて弓使いを先制攻撃で仕留めた。槍使いが此方に気付いて大盾を構えながら直ぐに接近してきた。矢を何回も射る。矢が直撃すると今までの炎鬼なら盾ごと矢が刺さり吹き飛ぶか盾を貫通して倒れるかなのだが…特別な大盾と炎鬼なのか速いスピードと威力の高い矢を上手く大盾で受け流してきた。それでも速射して炎鬼の体勢を崩していく。肩や大腿部に何本もの矢が刺さりながらもジリジリと接近してきた。もっと強く弓を引くことも出来るのだが、これ以上の力を込めるとハイノーマル級の和弓【優】の耐久度では全損してしまう可能性があるため、弓をしまい冒険者の剣に持ち替える。
接近された際、炎鬼の突き出された槍をダンテが大盾で弾く。ドコォォン、ドコォォンと防御しているダンテの方が少しよろめく。
この炎鬼は只者ではない。よく見ると胸当てと大盾に鬼の紋章が刻んであった。特別な地位にいると見て間違いないだろう。
炎鬼の眼が赤く充血し突如咆哮を上げた。何らかのスキルなのか炎鬼の肌が瞬時に赤銅色に染まる。至近距離での咆哮にビリビリと鼓膜が破けそうな振動に体が震える。
ダンテが僅かに防御体勢を崩された。そこ隙を逃さず炎鬼が繰り出す槍突きに盾を構える守りが崩されていき、ついに大盾を持つ手が痺れて腕が下がる。炎鬼の槍が炎纏いダンテの脇に突き刺さった。焼け焦げた匂いと共にダンテが片膝をつく。
ソウマは守勢に入ると負けると感じ、瞬時に2段ジャンプでダンテを乗り越える。そのままの勢いで炎鬼の背後に回り込み、素早く剣を振るう。バターを斬るようにスッと剣が肩に食い込み炎鬼の大盾を持つ腕ごと斬り飛ばした。
絶叫を上げるが炎鬼の戦意は衰えず、槍を持つ腕の筋肉が膨張する。
痛みを感じていないかのような、直後今までとは比較にならない一撃がきた。見切りを発動していたが僅かに避けきれないと判断する。咄嗟に冒険者の剣を軸にして槍の勢いを逸らしていく。
辺り一体にガリガリガリと火花と焦げた匂い、嫌な音が鳴り響く。剣腹が磨耗し磨り減っていくのも構わず前へ出る。そのまま剣を滑らせて炎鬼の首に突き刺した。眼を見開き、突き出した剣ごと腕を喰いちぎろうとした為、片手で炎鬼の頭を掴みながら放り投げた。
壁に叩きつけられ派手な音が鳴る。ようやく命を落とした炎鬼がゆっくり倒れた。手強い相手だった…身体は炎熱耐性を発動していたから無事だったが剣はボロボロだ。
ダンテの様子を見るとコウランが回復魔法を使い治療していた。声掛けると若干顔をしかめながら心配いらないと言われる。どうやら命に別条はなさそうだ。
折角倒したので、まず弓使いの弓と防具、装備品を回収し次に槍使いの槍、大盾、胸当てを魔法袋と称してアイテムボックスに回収した。
死体はレガリアが満足そうに綺麗に喰らい血も残さない。宝箱を構成する金属と魔法筋肉が若干向上した。
比較的安全な場所を求め、ダンテに肩を貸しながら彷徨う。暫く進むとマップから魔眼の魔力感知に反応あった。11階層に隠し部屋を発見し、そこへなだれ込む。この部屋には宝箱が一つポツンと置いてあった。他にモンスターの気配も無いのでここで少し休憩を提案した。
魔法袋から先程の敵の戦利品を取り出した。
弓と槍には赤熱石を加工したものが使われていた。ランクはハイノーマル級で他にも戦った炎鬼達と同じような回収した戦利品だった。
胸当てにはレア級では無いがしっかりとした作りで赤熱石がふんだんに使われていた。防御力はハイノーマル級ながらかなり高いだろう。大盾に集中すると説明文が浮かんできた。
赤熱鋼の大盾 レア級
炎鬼の中でも指折りの上位戦士にのみ与えられる大盾。赤熱石を錬成し赤熱鋼として鋳造した大盾。素材自体に火の耐性を持っている。
発動スキル 【忍耐】攻撃に耐えれば耐える程守備能力アップ。スキルは装備者にに依存する。
やはりレア級だったのか。攻撃すればするほど守備が堅くなる…あの炎鬼は相当な使い手だったのだろう。
戦利品の説明をするとダンテに大盾を渡す。コウランが驚き、ダンテも受け取らないと拒否するも使える人が使った方がいいと説得し無理矢理受け取らせた。胸当てもコウランに司祭服の上から着込むように言って渡す。回復役の防御力を上げておくことは生存率を上げることになるからな。
初めてのレア級の大盾に感激しているダンテを横目に、羨ましそうな嬉しそうな表情を見せるコウラン。
本当に仲が良いんだな。2人にこの後引き返すか進むのか…どうするか聞く。個人的には回復役もいるから進みたいのだが、無理は出来ない。暫く考えたあとコウランは引き返す事を選択した。追従してダンテもそうだろうと思ったが、珍しくコウランに反対した。最初は自分が大盾を譲ってくれた事を気にしているのかと思ったが…違うらしい。
自分という戦力を最大限利用してBOSS攻略を目指したいとハッキリと考えを示した。自分としてはここまで明け透けだと逆に気持ち良い。コウランを見ると怖いくらいダンテを睨んでいたが、ダンテが眼を逸らさず見続けていると諦めたのかフゥ…とため息をついた。
「ダンテの考えは変わらないのね…ソウマはどう思うの?」
最初に比べて砕けた口調で尋ねられた。
「盾役のダンテ、回復役のコウランも居るし、最低限行けるとこまで行きたい」
「引き時を間違えると皆死ぬことになるわよ」
「だな…だけど駄目なら逃げればいい。どの道いつかはこんな選択を迫られる。それが今であっても不思議じゃない」
「…お嬢様。ソウマの言うとおりです。ご再考下さい」
「何よアナタ達…わかったわよ。2人して好きにしなさい」
皆、死なない程度に頑張りましょう!方針は決まったし早速宝箱を開けよう。
全員罠解除の技能は無いので万が一に備えてコウランだけは少し離れて待機してもらう。
ガチャ…と音を立てて宝箱が開いた。
………
……
…
。
ん、何も起こらないな。罠では無かったようだ。中身を確認すると明らかな魔力を伴うテントが置いてあった。
隠蔽のテント
テント生地に特殊な魔法を用いて生成された魔獣の丈夫な革を使用している。
生地には隠蔽の魔法がかけられており、この中にいる間は魔物、人種のスキルなどに隠蔽対応可能である。温度は一定に保たれる。
現在の魔法では隠蔽の魔法は未だ実現化されていない。迷宮でしかお目にかかれないレア級のアイテムである。隠蔽と呼ばれる魔法の種類は基本的に1人しか対応出来ないようだ。2人に聞くと彼等は要らないと答えたため有難く貰っておく。
充分な休憩が終わり、再度迷宮探索へと開始した。




