魔蟲の存在
密猟を行っていた彼等はこの森の奥地に拠点を作るつもりだった。
幻覚草が採れると知ったのも偶然で、目立たない場所であるこの地を気に入り始めた。
幻覚草が近くにあるのならばそれを主食にしている魔物の一角兎も狙い始める。
体内の小さな魔石はマナポーション作成材料の1部に、また頭部の角は粉にすると気付け薬の材料の1部になった。しかし彼らの目的はそこではなく、解体した際に稀に発見できる小さな石が目的だった。
幻覚草はそれ自体では何の役にも立たない。薬師が特殊な調合、抽出を繰り返すことで強力な幻覚作用のある薬に産まれ変わる。
主に医療用が殆どだが、裏取引に使われることもある。
一角兎の体内から稀に発見できる目的の石には、原理はわからないが薬師に頼らずともそれ自体で強力な幻覚作用を濃縮された石であった。
更にこの組織は森に生息する燐王蛾といわれる魔虫を大量に狩っていった。
体長1m30cm程でこの魔物はとある魔獣の餌であり、この魔物を食べさせることによってより強靭な魔獣を育てていた。
それは買い手が決まっており、高い売り物になる予定だ。
そうして着実に金と戦力を増やしていった彼等だが、思わぬ事態に遭遇した。
邪眼蛇と呼ばれる魔物の巣がこの森にはあったのだ。襲いくる魔物に組織は半壊仕掛けたが、金に糸目をつけず裏関係の冒険者を雇ったところ、何名か流れの腕利きが集まった。
その中には死霊魔術師と呼ばれる職業持ちが2人もいて、故意に殺人をしてアンデッドを手に入れていたとして指名手配されていた。
なので彼等は狩った邪眼蛇をアンデッド化させて配下に置いた。
獣人族からは珍しい魔法系職業のソーサラー(魔術士)で女性である。火と風の属性魔法を得意としている。彼女とペアで組んでいる頭領と呼ばれる壮年男性は、がっしりと鍛えあげられた肉体を持ち、肩に大剣を背負っていた。
魔導戦士という非常に強力な職業に就いていた。
彼等はこの依頼の説明をした際に、最初から嫌な顔をしていたが、多額の借金があるようで渋々ながら受けた感じがある。
他に禿頭のバトルアックスを担いだ人族で、元神官戦士と呼ばれる回復を扱える戦士がいた。自分の信じていた宗教が分からなくなり、旅に出たという。
こうして彼等冒険者5名と組織の最後の生き残り5名とで、即席の邪眼蛇の討伐隊が結成された。
それを1人の男が彼等を止める事になる。
夜を基調とする闇色の防具一式を纏いたたずんでいた。その手に持つ弓も尋常ではなく、たった2射で死霊魔術師の障壁ごど撃ち抜いた業物である。
はっきり言ってこれだけの戦闘能力を有する者は噂になってもいいはずだが…世の中広いものだ。
勝てはしない…早々に降伏したほうが良さそうだ。
敵対者からの降伏を受け、ソウマは若干胸を撫で下ろしていた。
最初にチカラを見せ付けておけば、自分だったら痛い目にあいたくないだろうと思ったからだ。先に攻撃した死霊魔術師の人達は倒さないといけなかったから仕方がなかったが、上手くいってよかった!
降伏した冒険者達3名は早々に武器を解除したが、残る5人の密猟者は武装解除を渋った。
渋ったものの、弓で軽く脅すと慌てて解除したけど。
密猟者の拠点を案内させると倉庫が見つかった。
そこに密猟した品が有るのだろう。中を確認しようとすると、いきなり密猟者達が揃って駆け出し、中へ入って行った。
まあ武装解除させただけだからな、チェックが甘かった。
続いて中へ入ると奥から絶叫が聞こえてきた!
濃厚な血の臭いが部屋に充満している。何か砕く咀嚼音がしている…予想するまでもなく非常にこの奥へ入りたくなくなってきた。恐らく彼等は生きてはいない。
気配察知では人の表示が完璧に消え、今は大きな表示が1つある。
きっとこの先の存在と戦わせたかったのだろう。弓から流星刀レプリカ持ち替えた。
冒険者の面々にこの先で戦闘になる可能性を伝え、解除していた武装を返した。逃げてもらうにしても、装備がないと生き残れないだろう。
一人で奥へ到着すると鋼鉄製らしき大きな檻があったが、入口は開いていた。
3mはある巨躯に魔虫系特有の甲鉄という鈍色の甲冑を着込んだ姿の蟻が存在していた!
シャァアアーと威嚇音を鳴きながら突き進んできた。
瞬時に避け、斬りかかる。
ガリィィと鈍い音と火花が走る。あれ以来の戦闘から切れなかったのは初めてだ。
幸いスピードはこちらの方が速い。
甲鉄蟻から繰り出す攻撃を見切り、難なく避ける。
後ろへ周り戦技【ソニックスラッシュ】を発動。叩きつけるかのように背部を斬る!
「硬い」
流星刀レプリカでも通らない刃筋に辟易する。背部は諦め、脚の関節部に標的を替えて同じ部分を一閃し続けた。
バキィ…蟻が片脚を失い、重心が崩れた。
よろめいた隙に頭部に攻撃しようと近付くとゾクっと悪寒がした。
蟻の顎から衝撃波が飛び出し、避けきれず後方へ吹っ飛ばされた。
鈍い痛みが前胸部を走る。肺から空気が無理矢理吐き出される感覚を追いやり、再度駆け出す。
また衝撃波が襲ってくるが前に進みながら躱し、反対側の脚関節を斬りつける。
火花が散りながらも、手が痺れながらも攻撃を休めない!
流星刀レプリカを手に一閃。蟻が噛みついてくるも攻撃を紙一重で避け二閃。直様返し三閃。堪らず顎から吐き出された衝撃波を身体強化2段ジャンプを併用して避ける。高さ4mから剣を振りかぶって…四閃目でもう片方の脚を斬り落とした。
戦技【流星刀・イルマ】を使い、頭部に攻撃すると派手な金属音がして蟻が仰向けに倒れた。動かない。
(おかしいな、何故か蟻の魔力が内側から膨れ上っていく)
魔眼で見ていると、ダメージを与えれば与えるほど内包されていく魔力が高まる感じを受ける。
ふと、後ろで気配を感じる。
「間に合ったか」
「律儀だな、戻ってきたのか」
そう答えると、武装を返還した冒険者達が戻ってきていた!
獣人族の魔術士の女性の名をカリエラ。獣人族の魔導戦士の男性の名はグスター。人族の神官戦士の男性はサルファーと名乗った。
この冒険者達はそのまま逃げることを潔しとせず、闘うことを選んだ。
「しかし障壁蟻が相手か」
「あの魔獣を知っているのか?」
「寧ろなんで知らないのよ」
呆れたようにカリエラが教えてくれた。
障壁蟻とは絶対数が少ない魔獣類魔虫種であり、甲鉄と呼ばれる黒鉄よりも堅い表皮で全体を覆っているため、障壁蟻と名付けられた。BOSS級の相手である。
報告例は少ないが稀に脱皮する個体もおり、何らかの条件が作用しているのではないかと諸説では考えられている。
「脱皮…なるほど、だから蟻は内部にエネルギーを溜め込んでいるのか」
余り人には見せたく無かったのだが、切り札を使うしかないか。
気絶から気が付いたのか、突然むくりと障壁蟻が頭を上げた。顎より衝撃波が乱射される。
カリエラが魔力障壁を前面に展開する。防ぎ損ねた衝撃波をグスターが獣人固有スキル【獣咆哮】(ビーストロア)を発動し相対拡散させ、弱った衝撃波を大剣で叩き潰す!
サルファーは戦技【魔精霊招来】で一時的に身体に堕ろし、増幅されたパワーで衝撃波を戦闘斧で振り潰した。
目に見えない衝撃波を斬る2人は相当な実力者だ。カリエラも瞬時に魔力障壁を展開出来る腕前は充分な腕利きである。
「時間はかけたくない。蟻を一気に仕留める」
「ちょっと!?私達の攻撃を集中したとしてもそれは厳しいわよ」
「我に秘策ありってね…出来たらコレから見る事は絶対内緒にして欲しい」
全員に承諾をしてもらうと、思念操作を使い【巨人の腕】を顕現させる。また全身強化魔法を自分に掛けて底上げする。
そのまま障壁蟻に肉迫し、体重を乗せて戦技【流星刀・イルマ】と【巨人の腕】を放つ!
巨人の腕と流星刀レプリカが何重もの甲鉄の甲冑を貫き、勢い余って弾き飛ばした。
「…やれやれ、お主と敵対しなくて本当に良かった」
パラパラと煙が上がり、茫然自失の状態からようやくサルファーが答えた。
念のため皆で障壁蟻を確認しに行く。煙が収まると甲鉄の体皮がバラバラになって山積みになっていた。
ソウマが気配察知や魔眼を発動させても生物の気配はしなかった。
安心していると背後から何者かに抱きつかれた。
驚いて振り返ると、身長150cmくらいの美少女に抱きつかれていた。
鈍色のロングヘアーに蒼い瞳、鼻梁が整った可愛いよりも美人という形容が似合う娘だ。しかも何故か全裸であり、頭に銀色の触覚のようなモノをちょこんとのせている。
彼女は顔を真っ赤にして
『私を解放してくれてありがとう』
と、お礼を言う。
密猟者に監禁されていたのかとグスター達を見るも、彼女のことを見たことがないのか驚きの表情を見せていた。
『あんな素敵な一撃、癖になりそうでしたよ』
……………………君は障壁蟻か!
アイテムボックスから服を着させて情報を聴く。
『改めて解放していただきありがとうございましたソウマ様』
ぺこりとお辞儀をする。
『私達は正確には魔蟲人間種としてこの世に産まれました。遥か遠くに魔蟲人間種の治める皇国が有ります』
この状態になった私は障壁蟻・女皇種となる。
彼女は魔蟲の皇国から小さい時に女皇候補として修行へ出された。
彼女達の殻は甲鉄殻といい、特別に力のある者しか魔蟲状態を壊せない仕組みになっている。
壊した人間のダメージと情報、武器の属性を取り込み、成長して殻を破り…始めて生まれ変わることが可能となるのだ。
彼女はこの2年程、魔蟲の段階で罠にかかり、特殊な檻に捉えられていた。燐王蛾と呼ばれる魔物は魔蟲人間皇国にとっては珍しい存在でなく、ポピュラーな食材として食べられていた為に体内に宿すエネルギーは相当なものとなった。
買い手が決まっていたということは、障壁蟻がこのように変身する種族だと知っている存在がいるということだ。
神妙に聴いていたが、これからどうするのかを聞くと、この大陸にある魔蟲人間種の組織に向かうと言う。
名前を決めて欲しいとせがまれたので、マユラと名付けてみた。大層喜んでくれて此方も嬉しかった。
マユラが去り際に小声で耳に寄せて
『絶対に責任取ってもらいますからね!ご主人様』
と、顔を紅くして頬ににキスをして去って行った。
……責任ってやっぱりアレのことか。
どうやら自分も顔が紅くなっている見たいだ。
冒険者達はこのまま他へ旅を続けるらしい。カリエラとグスターには借金があるらしい。傭兵も兼用しているらしく、西の方で戦争が起こりそうだと情報があり、返済のため西に移動し戦争に参加する予定なんだそうだ。
サルファーは前教団からの追手ないし再勧誘がしつこいため、一つの場所に留まれないらしい。獣人族の2人とも気が合った見たいなので、一緒に西へ向かう事が決定した。
彼等とはまた違う所でも逢える予感がした。簡単な挨拶を交わし別れる。
バラバラになったていた甲鉄の素材(マユラがソウマに貰って欲しいと強く主張した)と魔甲結晶と呼ばれる素材をアイテムボックス内に収納した。
自分もまた報告しにザール村へと足を進めた。
バリアアント「障壁蟻」→受けたダメージを内部に蓄積し、自分でも割ることの出来ない甲鉄の鎧を脱皮する。
基本蟻は女王蟻がいる。魔虫も同じ原理だ。しかしバリアアントは特殊個体であり、数を増やさない変わりに個を究極的に高めた個体である。
障壁蟻・女皇種→障壁蟻の時に倒された時の種族となる。
設定少し載せて見ました。




