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「何をした? 何を云ってるんだお前」


 祐司の意識を乗っ取った秀明が、不思議そうな顔をして聞き返した。


 ── 見たままだよ。


 まるでそう云わんばかりの態度が鼻に付くが、云わんばかりのままで終わらせるような人間ではなかった。


「ちょこっと祐司の体を借りてるだけだよ真人。改めて言わせるなよ」

「なっ! 」


 ピキっと擬音が聞こえるかのように、真人のこめかみ辺りに血液が集まり留まった。

 分かりきった事を改めて聞かされる事を喜ぶ人間はそうはいない。そして、それが自分を挑発する為にわざと行われた行為だと分かっているのであれば、当然腹が立つというものだ。


「その不愉快な態度は完全に舐めてるって事だよな」

「だから分かりきった事を聞くなよ、カス」

「はは…… 」


 意もしない笑いが込み上げてくる。それは、酷く歯切れの悪い笑いだ。

 秀明に馬鹿にされているからだけではない。この状況に於て何の答えも出せない自分に対してもが合わさり、感情の暴走を止められる自信がなくなった事から湧き出た笑いだった。


「テメーは祐司の体から出ていけっ! 」


 笑いが止まった直後、真人の体が弾けるように跳ね上がり、脇目も触れずに祐司に向かう。

 怒りに任せた思考の欠片もない一撃、愚かと分かりながらも真人の理性は全く働かない。


「フッ…… 」


 スピードは充分、何か一つでも変化をつければ脅威となる。しかし、何の策もないこの短調な攻撃は猪の突撃と変わらない。

 秀明は鼻で笑うと、右に一歩だけ身を動かした。


「チッ! 」


 たった一歩……。

 それだけで攻撃を仕掛けた真人の拳は、終着点を無くしその体は宙を泳ぐ。


「馬鹿が」

「ぐっ! 」


 当然の結果だった。

 何も考えていないという事は、避けられた時の事も考えていないという事だ。つまり、バランスの崩れた真人の体は隙だらけで、秀明はまっすぐ掌底を放てば無条件でその攻撃を入れられる。


「て、テメー…… 」


 鳩尾に食い込んだ秀明の腕を見た後、顔に視線を向ける。


「おいおい、体調不良か真人ぉ…… 顔色が悪いぜ」


 その言葉通り、真人の顔に酸素欠乏症(チアノーゼ)の症状が見て取れる。ただの掌底ならば一撃でこうなるはずもなく、魔力という異物が真人の体内でとぐろを巻いて、活動する為の酸素を体外へ追い立てているのだ。


「ごほっ、ごほっ… 」


 渇いた咳が静かな空間に響き、真人が苦痛に顔を歪ませると、秀明の顔が恍惚に醜く歪む。

 強者と弱者の対極な歪みがそこにあった。そして、弱者に対して強者が行える権利は蹂躙… 戦場にあってそれは非人道的な常識である。


「如何に強い力を持っていても、所詮は人だな。だから、こんな簡単に地に這いずる」

「げほっ… ざけ、んな… 」


 体を動かそうと力を込めるが、秀明の魔力が真人の動きを阻害しているようだった。


「動けないだろ? 魔力操作(コントロール)の天才であっても、人の魔力までは思い通りにはならない。まして、敵対する者のものなら尚更だ」

「くっ… 」


 如何に体つき鍛えていても、風邪をひけば不調になりすぐには回復しない。そのようなものなのだろう。

 真人の脳から発せられる信号が、体のどの部分も拒否しているかのように感じられた。


 ── 落ち着け。


 体を蝕む魔力に対抗する術が無い訳ではない。

 英明と真人の魔力の差は不明だが、この魔力は裕司の体が生み出したものなのだ。故に、多少の強化はされているにしても、区分分けすれば弱い魔力に他ならない。従って、真人の魔力をぶつけてやりさえすれば簡単に駆逐する事が出来る。

 問題は自分の魔力を体内操作し、ピンポイントでぶつける事が難易度S級の離れ技だという事だが、真人はそのスペシャリストである。平常心を持って挑めば雑作もない事だ、という事を英明が理解している事だった。


「クックック、そうだよ…お前は動かない」


 今、魔力操作に意識を持っていけば、間違いなく英明は止めを刺しにやってくる。そうすれば、真人は無抵抗なまま殺られる事になるだろう。だが、英明が先に止めを刺しにきてくれさえすれば、真人はその攻撃をかわし、若干の時間を得る事が出来るのだ。

 だからこそ、真人は先に動く事が出来ず、また英明も簡単に動けない。つまり、二人は駆引きを行っている状態である… と、真人は思っていた。しかし、


「それでいいんだよ、真人ぉ〜…お前はそこで大人しくしてろ」


 いつだってそうだ分の悪い賭けは、負ける確率が高いから分が悪いというのだ…そんな当たり前の事を痛感させられる目を英明はした。


「やめろっ!」


 真人は叫んだ。

 英明の悪意は真人に向けられていない。向けられているのは…


「約束だ…返して貰うよ、姉さん」


 英明が真人の脇をすり抜け、そのまま里美に向かう。そのスピードは決して早くない、真人の体内の魔力を祓うのに充分な時間がある。だが、真人は動けなかった…


「あ、あぁ… 」


 里美もまた蛇に睨まれた蛙のように、逃げる事も出来ずに佇んでいる。まるで止まった時間の中を一人、英明だけが自在に動いているのだった。


「やっぱり、アンタには不要な力だったな」


 気付けば英明の手が、里美の左胸に充てられていた。そして、


「我が身に戻れ悪魔喰い(デモンイータ)っ! 」


 英明の声と同時に、糸の切れたパペットのように里美が崩れ落ちた。

 何もかも手遅れ… 真人はそう直感した。


「真人、今回はお前の負けだ。借りは返したぜ」

「英明、てめぇは何をしやがった」

「あん? 知りたけりゃ、そこにいる女に聞けや…早く自由になって話掛けりゃ、遺言ぐらいは聞けるんじゃねぇか」


 ククっと、笑い英明は何の感慨も残さずにそのまま姿を消したのだった。




「藤さん、ひでー顔だな… 」


 英明が去って5秒だった。たった5秒の時間が取れなかった為に、消え行く命を見せられる事になる。


「女性に向かって… その台詞… 」

「ま、一応、敵だからな… 同情はしねぇぞ」

「フフっ… 嘘が下手だな君は」


 弱々しい瞳の里美だが、その目は普段真人を見る里美だった。


「藤さん、アンタはもう… 」

「ダメだねぇ… ま、破損した心臓の代わりを無くしたからね… 魔力が尽きるまでかな」

「なるほど… だから、英明に着いてたのか」

「それもあるかな… でも…」


 虫の息であるにも関わらず、里美は腕を上げてチョイチョイと真人を呼ぶ。


「何だよ… 」


 倒れたままの里美を見ているのが辛く、真人は寄り添う様な真似はしなかった。しかし、呼ばれたからには無視する訳にもいかない。

 里美寄り添い、その手を取った。


「自分の命なら要らないよ… だからお願い。あの子、裕司を救ってあげて… 」

「救う? 勝手に敵対視してんのはアイツだぜ」

「そだね、あの子は前世に縛られてる… だから、あの悪魔につけこまれた… 私という人質を取られて、体を支配される事も受け入れた」

「なっ! それって… 」


 聞きたい事は山ほどあった。しかし、息も絶え絶えの里美に真人は聞くことが出来ない。


「はは、何か息苦しくなってきた… 」

「藤さん… 」

「お願い聞いてくれる… かな? 」


 最後の力を振り絞り、里美はキュッと真人の手を握る。


「ほんとに我儘だよ…アンタは…」


 この世に出来る約束なんかない。

 例えそれが末期の言葉であっても…そこにあるのは、約束を守ろうとする意志だけだ。

 素直に頷けば、真人は嘘つきになるかもしれない。それでも、


「必ず助けてやるさ」


 そう言って、里美の手を強く握り返した。


「……… 」

「藤さん? 」


 真人の手には、もう里美から伝わる力も意思も感じられない。

 里美の時は止まったのだ…真人の答えが聞こえたのかは分からないが、その死に顔は苦しみに満ちたものでない…


「だから、どうだって訳じゃねぇよな…ここであんたの顔ぶん殴ったって、その綺麗な顔のままなんだよな」


 真人は里美を抱えたまま、その場を離れようとはしない。いつまでもいつまでも、里美を抱きしめ顔を伏せるのだった。




 ………………………………………………………………………………………




「いってらっしゃっい」


 手を振り微笑む美沙。その視線の先には4人の男女がいた。


「いってくるね、お母さん」


 と、瑞穂が返す。


「お世話になりました」

「レイちゃん、瑞穂を宜しくね。真人君の事で争っちゃダメよ」

「なっ! 美沙さん」

「冗談よ」


 やれやれと、瑞穂は肩を上げた。


「レイ… お母さんに付き合っちゃダメでしょ」

「瑞穂ぉ… 」


 たった数日で姉妹のようになった二人だ。何も心配する事はない… 美沙はクスクスと笑いだした。

 そして、残る二人だが、


「良夫… 」


 ベルは良夫の袖を摘まみ、放そうとはしない。


「何だ、お前、甘えてんのか? 」

「ちっ、ちげーよ… 弱っちいお前が足を引っ張らないか心配なだけだ…」

「弱っちいって、何気に酷いぞ…」


 袖を掴まれた腕を上げベルの手を振り払うと、そのままベルの頭に手を乗せた。


「まぁ、お前のフォローも無くなる訳だし、俺の戦力はまた下がるのは否めないからなぁ… けどよ、あれから少しは強くなってからよ、お前は安心して美沙さんを助けてやってくれ」

「んな事は分かってる」

「なら、一度納得した事で迷うなよ。俺は必ず帰ってくる」

「良夫、それ死亡フラグってヤツじゃ… 」


 えっ、という顔をした良夫だが、すぐにガハハと笑い。ベルの頭をごしごし撫でた。


「フラグはへし折ってナンボじゃ! 」

「ったく… 死ぬんじゃねぇぞ」

「当たり前だ… さて、それじゃそろそろって、真人はどうした? 」


 良夫のその一声で、皆の視線が美沙の後ろにある扉に向けられる。


「いるよ… 挨拶は終ったのか? 」


 扉からのそりと出てきて、自分に集まる視線を一瞥すると、


「んじゃ、行くか」


 里美の願いを叶え、必ず皆でここへ帰ってくると決意をしていても、そんな素振りを見せはしない。

 今この瞬間がリスタートなのだ、気負って躓くのは恥ずかしい。そんな事を考えて真人は、再びメビウスロードに踏み込んでいったのだった。


すいません。時間掛かるは中途半端で完結です。

その内、仕事が楽になったらまた、戻って来たいですね。

読んで頂いた方、その時はまた宜しくお願いします。

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