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「ちっ、オチやがったか…… 割と根性ねぇな」
ピクピクと小刻みに震え、そのまま動かなくなったバラス。
真人は足を退かすと、バラスの髪をむんずと掴み顔を持ち上げ顔を確認する。
「ったく、メッセンジャーとしての役割を与えると云っただろうが」
前以て宣言しているのだから殺すはずがない。バラスがそれでいても耐えられなかったのは、真人が醸す殺気が本物であったからだ。
殺されるはずがないと、頭では分かっていても明確にバラスの体を突き刺す真人の殺意に脳が混乱し、現実逃避をする事で全てを投げ出した。
「この根性無しが…… 殺すなら殺せぐらいの啖呵をきってみせろや」
もしそう啖呵をきっていたら、そこから真人がどうやってバラスを助けたのかネタバラをするつもりだった。
そうなれば、バラスは真人との力の差が埋まるものではないと悟り、労せずとも二度と真人に歯向かうような真似はしない。
「んな中途半端じゃ、こういう阿呆は懲りないんだよ…… な、そう思うだろ祐司」
別に視線を向けた訳ではない。しかし、遥か上空から見ていた祐司は、真人の視界に自分が映っている事を悟った。
「一応、気配は消していたつもりだったんだが」
存在がバレているなら、姿を隠す必要はない。祐司はゆっくりと降下しながらそう云う。
「いや、美沙さんがな。害虫は二匹いるって教えてくれてな。その内の一匹は、良雄じゃ太刀打ち出来ないだろうとも教えてくれた。それに無風空間であるはずのここで気配を遮るような風は不自然だろ」
風使い同士だから分かる程度の違和感だった。もし、美沙の助言がなければ気付かなかったかもしれない。
「なるほど、あの人の目はやっかいだ」
「そうだな、プライベートもへったくれもない。全てを見通す瞳千里眼に隠し事は出来ないぜ」
「プライベートがないのはお前だけだ」
「むぅ…… 」
美沙の目は無限回廊全域をカバーしているが、それ以外は見えていない。しかし、シリアがライズに付けた監視に依って真人の行動のみ感じる事が出来る。
それが、セルディアにいない美沙がセルディアの事を知っている理由だった。
「で、それはそうと、何でお前がここにいる? 次に会うのは一年後じゃなかったのか」
「それを伝えたのは秀明だ。俺じゃない」
「さいですか…… 」
本当の事を云うなど期待はしていなかったが、答え次第では得る情報があるかもと考えていた。だが、さくっと答えた祐司からは確信に至る答えは出てこなかった。
「理由は兎も角、今俺達は出合いこうして対峙している。と、なれば── 」
祐司が言葉を句切り、その目を真人に向けた瞬間殺気が弾けた。
「やる事は一つか── 」
真人もまた祐司な殺気を受け止め、本気の顔になる。
真人の思いにあるのは、戦闘に関する事に掛けて祐司と才能の差はないという事だ。否、寧ろ精霊術の才能だけでいうならば祐司の方に分があるのではないかとさえ思っている。しかし、
「一旦変わった力関係が三度入れ換わるには時間が足りないんじゃないか? 」
「一ヵ月前のお前が覆した力の差に比べれば大した事じゃない」
「そうか…… 」
── 嘘だな。
敢えて口にこそ出さないが、真人と祐司の差が埋っていない事は純然足る事実である。
祐司が今の自分を認められない内は、決して真人との差は埋まる事はない…… そういう類いの差なのだ。
「哀れんだように俺を見るな」
「誰がお前なんかを哀れむか。お前は被害者なんかじゃない」
一番の被害者は、祐司の契約精霊であるジンなのだ。
「S級の精霊が存分に力が振るえないのは見るに耐えない。原因はお前なんだ、加害者が被害妄想に浸ってんじゃねぇよ」
「俺が加害者ならお前は元凶だ。お前さえ居なければこんな未来は来なかった」
「それこそ知った事か。ライズでもクライムでも何でもいいが、記憶も碌にない前世が犯した罪を何で俺が背負わなきゃならん。
少なくてもここにいる俺は善良に生きてきた。親友の進言なら聞くが、敵の戯れ言なら聞く耳持たないね」
「── ! 良く云った。だったら俺も同じだ。敵の言葉は必要ない」
売り言葉に買い言葉以上に、二人の会話は平行線を辿っていた。
人が誤解やすれ違いを正す為に絶対に必要になる妥協や歩み寄りが全くない。少しでもあれば長い時間を掛ければ何時か交わる道なのに、その期待がないまっすぐな道を二人はゆっくりと進んでいるようだった。
「ったく、強情な奴だな。だったらここで戦線離脱しとけや」
「やれるもんならやってみろ」
風使いにとって身に纏う風は闘気と同じ、膨れ上がる量が多ければそれは戦闘力を測る一つの要因となる。
そして、そこでも二人には大きな差が生まれていた。
「最後通告だ、祐司。本当にいいんだな? 」
「…… くそっ! 何でだよ」
簡単な足し算だ。
テストで例えれば、祐司が英語が得意で90点を取ったとする。一方、真人は80点だったとしてもそれは祐司の勝ちとは云えない。
何故なら、他の教科に於いて全敗したのであれば、総合力で真人が勝っているという小学生であっても考える事なく理解出来る真実がそこにある。
そして今回に限れば得意教科でも祐司は、真人に負けているのだ。誰がどうみても明らかな勝敗を祐司は受け入れる事が出来ない。
「ここで引かない馬鹿なら死んだ方がマシな状況だ。挑むなら遠慮はしねぇ」
「お前に自ら背を向けるくらいなら…… 」
「そうか」
グッと右手と右足を後ろに引き、溜めを作るように真人は構えた。
ゆったりとした動作であったが、その威圧感に祐司は動く事もなく、ただただ呆然と真人の一撃を待っていた。
「じゃあな、元親友」
玄がギリギリまで引かれ、反発力が充分に乗った矢の如く真人の拳が放たれようとしている。
空手でいうところの只の中段突きではあるが、何の防御もなしにまともに受けてはいけない一撃。
その一撃を祐司は目を閉じ受け入れる。
「チッ、この阿呆が」
真人にしてもこの一撃は威嚇などではなく、祐司の心臓を目掛けて放つつもりである。
親友をその手に掛ける葛藤がない訳ではない。結果は定められたものだとしても、真人に残るあの時の記憶のように、互いが全力を尽くした結果であってほしかった。
確実に残るであろう後悔に、真人は舌打ちを一つし、玄をその手から放した。
「── ! ぐっ!」
が、その瞬間、真人は殺意と哀愁に満ちた視線を感じ、開放したはずの力を無理矢理抑え込んだ。
全身に走る烈痛に顔を歪める。一旦放した玄を矢が放たれる前にまた掴んで抑えるような真似をしたのだ、己が受けるダメージは小さいものではない。
「くそっ、痛てぇ…… 折角、瑞穂に治してもらったのにまたか…… ったく、いい加減にしろよ」
「それは済まないな」
「全然悪びれないのはアンタらしいんだが」
動かない祐司を無視するように、真人は後ろを振り返り、殺気を向けた相手を見る。
改めて確認するまでもなかった。
振り返った視線の先には藤村里美が立っている。
「少しぐらい気配りがあってもいいんじゃないか。一応は藤さんの大切な人間の恩人になるんだぜ」
「傷つけようとしていたのもお前だよ」
「ま、そうか…… で、どうする? 折角、祐司が命を張ってまで稼いだ時間を無駄にした訳だが? この状況で選べる選択肢は多くはないだろ」
「馬鹿がっ! 何で出てきたんだ…… 」
バラスがこの時期にここに来た理由。それは真人達を屠る事が目的ではない。そんな事をしたのなら、誰一人殺る事なく、あっさりと返り討ちに合う。
バラスが無駄駒である事は明白であっても、秀明ほどの戦術家が全く無意味な行動を命じるはずもない。ならば、バラスにやらせられる事といえば子供のお使いぐらいのものなのだ。つまり、賓客のお出迎えという事になる。
賓客は言うまでもなく藤村里美である。だが、バラスはそんな簡単な使いも出来ない程に未成熟であった。
無限回廊は門を通れる者なら拒みはしない。従って、回廊荒らしのような真似さえしなければ美沙の目に映ったとしても、良雄を出向かせる事などせずに、バラスは初めてのお使いを完遂する事が出来たはずなのだ。
ただ、こうなる事は秀明にしても想定の範囲内だったのだろう。だから、祐司を配し無事に済むなら良し、済まないのなら里美を逃がす時間を稼がせるという二段構えの策を取っていた。
しかし、唯一の誤算は里美が祐司を思う心。恋慕なのか親愛なのか、それは真人には分からないが、逃げるべき時に里美は逃げる事が出来なかった。
「そうね。今更、その子を連れて逃げるなんて…… 」
言葉を止め真人を見ると、真人は肩を竦め首を横に振る。
「よね。そうなると、祐司と二人掛かりで貴方と戦うか、全面降伏かとなる訳だけど」
「どっちにしてもアンタの戦いはここで終わる。前者なら祐司と二人で戦線離脱…… 否、二人掛かりで来るなら」
手加減出来ないだけに、二人の命を奪わねばならない。
その一方で降伏を選ぶのならば、交渉の余地が生まれ、里美も祐司も生き残る可能性が出てくる。
聡明な人間でなくとも、どちらが正しい選択なのか分かりきった選択肢であるが、真人には里美が正しい選択をしないかもしれないという疑念がある。
「アンタが何か目的を持っているから、力を手放さないのは分かってる。だがな、もう終わりなんだよ。今のまま力を持ち続けても、この先目指す結果に届く事はない」
「…… だから、今は正しい選択しろと」
「正しいのがどっちなのか分かってるのに、選らばないのはどうなんだって云ってんだよ」
多分、藤村里美の目的は自分自身で掛けた命題なのだ。
命題とは命を賭して叶えるもの。だからこそ、どんなに正しい選択があろうとも簡単に切り捨てる事が出来ない。目的を諦める事は死と同義となるのだから……
「神城は本当にそう思うの? 本当の正しさなんて、人の価値観一つで形を変える曖昧なものじゃないか」
「だな、でもよ。裏を返せば統一された答えは正になるって事だろ。つまり、アンタの目的を俺が引き継げばいいって事じゃないか。藤さんの望みは俺が叶える。アンタが意地を張るより可能性は大きいと思うんだかな」
「確かに私じゃなくても望みは叶えられる。けど…… 神城じゃダメなのよ。貴方だけには絶対に叶えられない」
実力が足りないからではない。里美の言葉には別の問題が真人にはあるのだ。
「そ、そうだ…… この女の望みは、お前には叶えられない」
「あ? 」
動かず戦闘の意思を放棄していたはずの祐司が声を上げた。
息遣いが荒く、その声は間違いなく祐司が発したものだが、まるで別人のような印象を受ける。その異様さに思わず真人は振り返る。
「お前がライズである以上、それは絶対になんだよ」
「てめぇ、何者だ? 」
「くっ、くくく…… 察しが随分悪いな。どうした顔に焦りの色が見えるぞ」
祐司が言う様に真人は珍しく動揺していた。
人の精神を乗っ取る事は簡単ではないが、決して不可能ではない。しかし、祐司レベルの精神を乗っ取る事など出来る存在を真人は知らない。例え、秀明であってもそれは無理な事なのだ。
だからこそ、今の祐司は何者なのだという真人の疑問は当然の事であり、分からない事に対する動揺も生まれる。
「ざけんなよ。俺は何者だと聞いてんだ。てめぇは素直に答えればいいんだよ」
「思考の停止だな。みっともねえ」
「チッ! 」
痛い返しだった。
動揺から考える事を止め、安易に正解を求めている事を見抜かれている。これでは騙してくれと云っている様なものだ。
「だが、出血大サービスだ。答えてやるよ、真人」
「ま、まさか…… いや、そんなん有り得ない」
向こうにいる者で真人の名を呼ぶ者は限られている。
「有り得るんだよ、真人」
「…… 祐司に何しやがった、秀明っ! 」
有り得ない現実を突き付けられ、止まった思考が再び動く前に真人の感情は暴発したのだった。
忙しく全く更新が出来ない日々が続いています。次の更新も時間が掛かると思いますので、次話で完結とさせて頂くつもりです。




