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「なめんなよっ! 」


 良雄が放った攻撃は剣士がする事ではない。だが、バラスの戦っているのは良雄だ。

 簡単に剣を手放せる剣士。

 先に良雄がそれを見せていた事で、バラスの頭の中には剣を投げるという事も想定の範囲内だった。自ら前に飛び出した事で、確かに色々な攻撃を避けづらくなってはいる。が、バラスには魔法障壁がある。良雄の行動が、予想していたものであるなら焦る必要などない。


「馬鹿がっ! 横薙ぎでダメージを与えられたから、一点集中なら影響がないとでも思ったか」


 横薙ぎの剣は接地面が多い為力が分散する。

 それ故、突きに近い今回は力の分散がなく、バラスの魔法障壁の影響を受けにくい。

 だが、接地面はゼロではない。言い換えれば、多少成り影響を与えられるという事なのだ。


 ── 配置の組み換え。向こうが点で攻めてくるなら、こちらも点で受ける。


 バラスは剣の着地点が自分の眉間にあると確認し、イメージを以て魔法障壁の配置を変える。

 そのイメージはしゃぼん玉である。

 空中を舞う無数のしゃぼん玉が、理路整然と一列に並ぶ様を頭に思い浮かべ、それが命令となり魔力に依ってコーティングされた空気の塊が誰の目にも映らずに移動した。


 ── この力は双面(ダブルフェイス)から譲り受けた俺だけの力だ。簡単に破れるとおもうなよ。


 絶対防御には程遠いその脆弱な壁だが、秀明より与えられたものというだけで、バラスに絶対的な自信を持たせている。

 どんなに鋭く速い攻撃であっても、鈍れば自分に致命傷は与えられないと本気で考えているのだ。


「思い込みはプラスαの力の一つだが、過信に繋がる諸刃の剣なんだよ。ま、尤もお前の場合はその魔法障壁を疑うのではなく、自分の力を疑ってみるべきだったけどな」


 良雄の剣戟が鈍ると信じて疑わないバラスは、剣を投げた後の良雄の行動を見逃していた。一方、外から見ている優位点はあれど真人はしっかりと良雄の行動を見ていた。

 だからこそ見えた結末は、真人に予知能力があるのではないか── そう思える程、見事な迄に真人の想像通りになった。


「はがっ!」


 奇声を上げて白眼を剥き、バラスは前のめりに顔面から地面に崩れ落ちた。

 バラスの回りには砕けた木刀の破片が散らばっていて、何が起こったのか雄弁に語っている。

 恐らくバラスは自分の眉間が良雄の木刀に依って穿たれたという事は理解しても、どうやってとなれば全く分からないまま倒された事だろう。


「し、信じらんねぇ…… 何て事しやがるんだアイツ…… 」


 一部始終をしっかり見ていたベルですら、こう呟くのだから見てなかったバラスには想像すら出来るはずがないのだ。

 良雄の放った剣はバラスの魔法障壁の影響を受けなかった訳ではない。寧ろ、その逆で諸に影響を受けた。その為に威力は勿論、その速度もぐっと抑えられバラスの力があれば、軽々と回避出来たはずなのである。

 だが、結果は避けられたはずの剣を食らいバラスは地面を舐めている。


「お前のサポートが別の意味で上手く機能した結果だな」

「はぁ? 何だそりゃ」

「お前も分かってんだろ? 人間の身体能力だけで出来るこっちゃねぇぞ、アレは」


 地に突き刺した剣を足場に跳び、回転しながら剣を引き抜く。

 ここまでも充分驚くべき身体能力だが、その後の空中で制止し投げる為の溜めを作った所辺りから、身体能力だけでは説明がつかなくなってくる。

 挙げ句良雄が勝利した決め手は、剣が減速する事を見越して、投げたと同時にもう一回転し柄の部分を蹴り押したのだ。

 故に剣は再加速をし、魔法障壁の影響を物ともせずバラスの額に届いた。

 真人達のように風の精霊使いであるなら「浮遊」は初歩の精霊術であり、魔術士達に於いても高速で移動する「飛翔」に比べ、比較的に易しい術なだけにセルディアの戦いで考えれば、珍しくもない戦法ではあるが……


「魔法のまの字しか知らない良雄が『浮遊』を使えると思うか? ま、無理だよな。だったらアレを行えるはずがねぇんだ」

「けど…… 」

「そう、結果はこうなっている。で、可能性を考えてみると一つ有力な説が出る」

「…… 精霊術? 」


 ── いや、違う。


 契約の儀無しに精霊術を使える人間はいない。唯一の例外とされている真人でさえ、ライズが契約の儀を受けている。

 真人と同じである可能性はあるが、絞って出した答えとしては弱い。


「だったら魔導か」


 魔導は肉体強化だけの力ではない。魔力を様々な事象に変換する事全てを指しているのだ。


「そうだ。良雄は魔力を使い魔力そのものを物質化した── そう考えれば、空中でのバランス感覚も剣に追い付くだけの反動を得られた事も説明がつく」

「ただそうなると…… んっ、俺のサポート…… そ、そうかっ! 」


 良雄の剣に掛けたベルの魔法。

 威力は大したものでないとしても、良雄の手にはベルの魔力が感じられたはずなのだ。

 自分の魔力を感じられず、次のステップに進めていなかった良雄にとって初めてと云っても過言ではない魔力の感触。これが起点となり自分の魔力を感じる事が出来れば、その才能が一気に花開く可能性はある。


「アイツにとって最大のネックだったのは魔力そのもののイメージだ。魔力がどういう物なのか感じられた事に依って、こんな事出来んじゃね程度のイメージは出来る様になった」

「それが魔力の足場か」

「ああ、元々あやふやなイメージで不完全ながら魔力操作(コントロール)するような奴だ、才能がない訳じゃない」


 そして、魔導術なら空中で推進力を得る為の足場を創る事など雑作もない事なのだ。

 難しいのは魔力とは何かを感じる事── ベルはそこまで考えてサポートした訳ではないが、結果として良雄に魔力の存在を教える事になったという訳だ。


「でもなベル。普段使わない力を使った反動ってあると思わないか? 」

「は?…… って、おい」


 真人の言葉とほぼ同時だった。

 バラスに決定打を浴びせ、着地を決めていた良雄がバラスと同じ様に前のめりに倒れた。


「緊張の糸が切れて意識が飛んだな。悪いがアイツを運んでやってくれないか」

「あ、ああ、それはいいけど…… 」


 ベルが真人の顔を見上げて、何やら云いにくそうにもじもじしている。


「良雄は大丈夫だ。体はピンピンしてるよ」

「いや、そーじゃなくて…… 」

「俺か? 」


 コクンと頷くベル。


「んー、そうだな。今は野望用とだけ云っておくか。ま、それこそ心配いらねえよ。良雄が目を醒ますまでには帰るからな」

「…… だったらいいけど」


 真人が引き離そうとしているのがベルにも分かる。


「そっ、今のお前は俺に気を回す必要はないんだ。良雄をどう連れて帰るのかだけ考えてればいい」


 無理なく気負いなく、真人は自然体のままそう言う。

 安心という程気持ちが凪いだ訳ではないが、ベルはここで粘る意味はないと笑顔を返した。


「そっちは問題ないよ。ヨシオ一人ぐらいなら── 光に依って産み出されし影よ、我が命に従い形を成せ『影人形(シャドウドール)』」


 ベルの呪に応じ、影が丸みを帯びて立ち上がる。


「小僧でも二人いれば余裕だ」


 ベルと産み出された影人形が良雄に駆け寄り、二人で肩を貸す。そのままゆっくりと良雄の両足を引き摺ったまま、無限回廊(メビウスロード)を去って行く。


「便利なもんだな。さて、と…… 」


 ベルの姿が完全に消える前に真人は前へ歩き出す。そして、


「寝たふりはそこまででいいだろ」


 バラスの前で立ち止まり、そのまま右足でバラスの頭を踏みつけた。


「ふがっ! て、テメー、足をどけやがれ」

「どけて下さいだろ、三下。お前がそうして意識を保っていられるのは誰のお陰だと思っていやがる」

「何だとっ! 」

「たはっ、めでてぇ頭だな。あの攻撃を喰らって一瞬意識が飛んだだけで済む訳ねぇだろ。少なくても一回は死んでたぞ」


 バラスの頭に掛かる重圧が強くなる。

 それほど真人は力を込めているようには見えない。それでもバラスは立ち上がる事はおろか動く事さえ出来なくなった。


「命の恩人の親友を後ろから不意打ちしようなんて大概だな、おい」

「何だそりゃ…… 」

「負け犬は大人しく寝てるふりだけしてやり過ごせは良かったんだよ。そうすれば、痛い思いをせずにメッセンジャーとしての役割を与えてやったんだ。それを殺気駄々漏れで、どうやらお前は本当に死を意識させないと分からない馬鹿みたいだな」

「へっ、あ、あががが…… 」


 ── な、何でこんな細い体で……


 桁違いの重圧が頭に掛かる。

 もうバラスは言葉を発する事も出来なくなっていた。


「一遍、死んでみろ」


 心臓を突き刺すような冷たい真人の言葉が耳に残り、恐怖のあまりバラスの意識は再び現実から逃げ出して行ったのだった。


 



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