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 ── これだからアイツは怖いんだ。


 他に方法がないとはいえ、咄嗟の判断で剣を捨てる。先の戦いに於いても、良雄はあっさりとその行動を行った。良雄自身が云っていたように一流の剣士になれば、例え刀身が折れたとしても戦う術を無くす事はない。

 鞘や柄を使い戦う術を得る事が出来る。しかし、それは飽くまでも一時的に、或はその場を駕ぐだけの事だ。だから、自ら命ともいえる剣を手放す剣士など普通はいない。


「超がつく一流かそれとも馬鹿か、アイツはどっちなんだろう」


 ── 否、それは愚問だな。


 良雄が馬鹿なのは自ら公言して憚らない事であるし、ベルに至っては良雄の剣の才を認めているのだ。

 どの角度から答えを求めてみても、出てくる答えは数学と同じで違う答えなどなく「良雄は超がつく馬鹿で一流の剣士である」となる。

 だが、その才を以てしても確実に勝てる保証はない。あるのは、ベルの中で信じる願望だけなのだ。


「せめて、バラスの防衛壁の正体だけでも解れば突破口になるのに…… 」


 影を付与した後、ベルに出来る事は見守るだけだ。信じて待つ事も戦いとはいうが、力の無さがもどかしくなる。


「ん、ありゃあ気泡壁だな」

「はぁっ! 」

「こんな情報が役に立つのか? 」

「な、な、なんでお前がここに居る? 」


 つい口に出した返ってくるはずのない疑問の答え。それが有り得ない位置から聞こえてきた事にベルは、頼もしい援軍が来た事実に思考が追い付かない。


「あぁ、戻ったら良雄とお前がいないから、どーしたもんだと聞いてみたら、不純物の駆逐に向かったとの事。こりゃあ、面白そうだと見に来てみたら、お前の独り言が聞こえてきた。と、いうのが一連の流れだ。理解したか?」

「な、なるほど…… 」

「うむ、理解したのなら、俺の質問に答えてくれ。あの魔力壁の正体が何の役に立つっていうんだ? 」


 本気で意味が分からないと、不思議そうにしているのは真人だった。


「いや、取っ掛かりとしてだな」

「いやいや、それは不要だろ。あれをちゃんと見てれば不安なんて沸いてこないはずだぞ」


 ちょいちょいと、前方で戦っている良雄を指差して真人はベルの視線を誘導した。


「なっ! 嘘だろ…… 」


 目が曇っていたという他に言葉がない。勝てる保証はないなど、それはベルの思い込みでしかなかった。それほど迄に良雄は常識外れを事もなげにしてしまっている。


「ああなった良雄に勝ち切る実力がアレにあるとは思えんな」


 真人でさえ呆れ顔になる。


「く、クソっ、何なんだテメーは」

「…… 」


 苛烈を極めるバラスの鞭は、良雄の四方から様々な角度で襲いかかる。しかし、その攻撃の全てを良雄はその場から一歩も動く事なく、剣先だけで払い除けていた。

 集中力と動体視力、そして剣を自在に操る技量がなければ決して出来ない芸当である。

 もし、良雄が剣の中心で鞭を受ければ、その剣はバラスの鞭に巻き取られ、奪い取られる事だろう。そして、それを頭に描いていたバラスはどんなに攻撃を仕掛けても、そうはならない状況に苛立ち、また良雄に対して恐怖を感じ始めていた。


「これはたまらんな。俺があの男の立場だったら、もう数戟かまして撤退する」

「アンタでも? 」

「鞭を使っての攻撃だけの話ならだけどな。幾ら変幻自在な攻撃が可能な鞭とはいえ、良雄は完全に見切ってる。ありゃ、互いにジリ貧なんだよ」

「は?」


 ベルには、どう見ても良雄が優勢としか見えない。


「は? じゃねーよ。良雄は防御に全てを注いでる。攻撃なんてお前のち○毛ほども考えてないぜ」

「んだよ、その例え…… けと、だからこそのジリ貧か」


 少しは生えているベルには心外な例えではあったが、妙に納得出来る事もあり頷いた。


「だな、攻撃しているからこそジリ貧になる者と、防御に徹しているからこそジリ貧になる者の違いしかねぇ」

「でも、その違いが大きいんだろ? 」

「ざっつ、らいと…… 良く分かったな」


 ベルが正しい認識をしていると確信した真人は、その頭をごしごし撫でた。


「や、やめろよ」

「まあ、そう云うな。んな事より、ここから先の展開をお前はどう予測する? 」

「そうだな…… 」


 飽きもせずに同じ展開を繰り返しているバラスであるが、流石に痺れを切らす頃合いである。

 真人は迷わず撤退を選ぶと云っていたが、バラスにその思考があるかと考えベルは否定した。


「アイツに撤退するって考えはないね。もし、撤退するなら圧倒的な実力差を見せつけられるとするか、限界寸前迄追い込まれてからだ」

「俺もそう思う」

「だが、もう同じ攻撃を繰り返す事もしない」


 攻めきれない苛立ちは徐々にだが、確実にダメージを与えるボディブローのようなものだ。

 何度も弾き返される攻撃に押しきる自信を無くしたら、後は突っ込むしか変化をつける方法が分からなくなる。今、バラスの心境は正にその通りになりつつある。


「そ、こうなったのなら、とっと見切りをつけなきゃダメだったんだ。追い込まれてポジティブな思考が出来る人間なんていやしないからな。そして、アイツが動いた時が良雄が考えていた唯一の攻撃をするタイミングだ」


 防御一辺倒では決して勝てないのが勝負である。しかし、勝てなくても負けない戦い方なのだ。

 実力にそれほど差がないと理解したのなら、深追いすべきではない。深追いをすれば攻撃のリズムは狂い、大きな隙を生んでしまう。まして、良雄がその隙を待っていたなら、下手な特攻は鴨がネギを加えてテクテクと歩いているのと同じ事だった。


「だったら、ヨシオは勝てるよな? 」

「そうだな…… あの気泡壁の破り方を本能で感じているなら勝てる」

「そっか…… 」


 ほっと一息つきベルは気付いた。

 確実と保証はないのは先程までと何も変わらない。それでも、心に溢れる安堵感は真人の一言が生み出したものだ。

 これまで真人の強さは認めていたもののベルには、何故、才有る者にこうまで認められるのか分からなかった。だが、何気ない一言でこうまで人に安心感を与えられる人間だからこそ、皆が信じ求める存在なのだ。そして、自分もまたその一人になってしまった。


「俺はアイツにアンタを信用しろって云われてる」

「そうなのか? ま、無理はしなくていいぞ」

「人を信用させといてそんな事云うな」

「むぅ…… 」

「俺を裏切るなとは云わない。けど、ヨシオが勝つと今回は云いきってくれ」


 真人がそう云えばそれが現実になる── そんな風に思えてしまう。


「あん? そんなん分かる訳ないだろ…… けどな、良雄は負けねぇよ」

「そっか」


 充分だった。

 超がつくお人好しの集団の長が、仲間が戦っているのに手伝おうともせず、負けないと言い切ったのだ。

 これ以上の言葉はない。


「さあ、追い込まれたヤツのする事は二つだぞ。どっちを選ぶか見物だな」


 楽しそうに真人は云い良雄を見る。それはどう良雄が対処するのか楽しみで仕方ないといった感じにベルは受け取れたのだった。


「いい加減にしろっ!」


 大方の予想通り、バラスは悲鳴に近い奇声を上げると、鞭の最大長所である自在性を捨て、最短距離で良雄に辿り着く直線的な攻撃を放ち、それに合わせて己も前に出る。


「それは一番ダメな選択だぜ」


 様々な角度からの攻撃を払っていた時は、極限の集中力を行使してるとばかりに無言だった良雄が口を開いた。そして、迫る鞭などないように己の剣を地面に突き刺し、剣を足場に上へ跳ねる。

 その際、体を前方へ回転させ足場にした剣を回収するという雑技団も真っ青な離れ業を披露した。


「猿以上の身のこなしだな」

「何であんな事出来るんだ…… 」


 真人とベルがそう呟いている間に、良雄はバラスの体一つ分高い位置に到達した。


「お前の最大のミスは、自らの拳で決着をつけようと前に出た事だ。そこは俺の剣が届く間合いだぞ」


 上空を跳びながら、良雄は後ろへ上半身を弓のように反らす。そして、


「今なら断言出来るぜベル。良雄が勝つ確率は100%だ」

「いや、流石に云われないでも分かるぞ」


 ── だって、アイツ笑ってやがる。


「鷹爪降下弾っ! 」


 全身をしならせた良雄は、その反動を全て剣に集めバラスに向かって投げつけた。



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