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良雄とベルの勝利条件を考えてみると、至ってシンプルにバラスを倒す事になる。一方、バラスの勝利条件は良雄を殺さずに秀明の元へ連れて行く必要がある。
ただ倒す事だけに集中すれば良い良雄達に比べて、これは大きなハンデとなる。
「お前が本当に大物で、双面に逆らう事など意図はないような奴だったら、正直ヤバかったかもしれないな。
有難うバラス、お前の小物ぶりに礼を云わせてくれ」
「黙れクソガキが、テメーを殺る事については何も云われてねぇんだよ。その命、今は俺が握っている事を忘れんな」
「お前が? だから笑わせんなって云ってるんだ。俺の命運を握っているのはヨシオだよ」
ベルは良雄を決意を籠めた目で見る。すると、良雄は何も云わずに首を縦に振って答えた。
「俺達がお前を倒すか、お前が俺を殺せるかの勝負だ」
「はっ? 何が俺達なんだ? この勝負は俺がお前を殺せるか、そいつが俺に勝てるかの戦いだろうが── 俺がそいつを殺せないとしても、お前というハンデがある以上、俺の優位は変わらない」
ハンデの差し引きがゼロなら確かにバラスの云う通りだろう。しかし、
「否、お前を倒すのは俺達だ。俺をただの足枷だと思うなら、そのまま思ってろ」
豪語しベルは印を組む。
「ヨシオ、アイツの魔法は付与だ。何をどうして防衛壁を創り出しているのかは、俺には分からないが対応策はある」
「だから、出し惜しみするなって、それが正解でも不正解でも、俺はそれに全てを賭けてやるから」
良雄がベルに掛けた「信じる」という言葉に偽りなどない。どんな結果になろうとも、良雄はベルの言葉を信じて剣を振るうだけだ。
「大丈夫、勝てるさ。付与は決して高位の魔法じゃない。今の俺だって使えるんだ。
── 輝きをも包む影よ我が名に於いて集え〈幻影剣〉」
悪魔喰いを失ったベルではあるが、魔力の全てを失った訳ではない。
今までのように遠隔操作や死体を影で操るような真似は出来なくても、味方の武器に影を付与する程度なら雑作もない事だ。
「クカカっ、なんだそりゃ、んな形のない物を付与してどうなるって云う気だ? 」
「どうなるもこうなるも、その身で味わってみろ。ヨシオっ! 」
「おうっ! 」
ベルの声に呼応し、良雄は剣気を丹田から足と腕へ送る。
良雄の木刀は自身の剣気と、ベルの影を纏い漆黒の輝きを放つ。
「お前の剣技と俺の影があれば、ヤツの防衛壁なんて薄板一枚みたいなものだ。
やってやれ、ヨシオっ! 」
どういう原理か分からなくても、バラスが魔法による防衛壁を展開しているのであれば、その干渉を無くしてやれば良い。
魔力が干渉しているというなら、打ち消すには魔力をぶつけてやれば良いのだ。後は純粋な武力次第に成りさえすれば、良雄がバラスに劣るなんて事にはならない。
「任せとけっ! 」
溜めた剣気を解き放ち、良雄がバラスに向かって跳ぶ。
「けっ、調子に乗るんじゃねぇっ!」
正面から向かい討つバラスは、ノーガードの態で良雄の剣を待つ。そして、黒い輝きを放つ良雄の剣が地面と水平ながら曲線を描いた。
「チッ! 」
地面と美しい水平で放たれた剣先が、バラスの体に近付くと同時に揺れる。先の剣戟の時のように明らかな手応えこそないが、良雄の剣を妨げる確かなものがそこにはあった。
「カカっ、どうした剣豪。そんなんじゃ、二度と俺の体には触れられないぜ」
更に弱まった剣戟を嘲笑うかのように、バラスは一本の鞭で巻き取り受け止める。
「にゃろ、めんどくせぇ武器を使いやがる」
鞭は使い手の技量に依って、変幻自在の攻撃を可能とする。純粋な攻撃力では剣や槍に及ばないと思われがちだが、確かな技量があるのなら最強に充分なれる潜在能力を秘めた武器なのだ。
「いやいや、これの本当の面倒臭さはこれからだ。燃え盛れ焔よ〈炎の鞭〉」
「おいおい、複数魔法を使うのは反則だろ」
鞭が真っ赤な炎を纏い、誰が見てもパワーアップをしているのは一目瞭然だった。
「カカっ、俺の炎はお前の影のような攻撃力があるのかないのか分からない代物と違うぜ。ホレ、このままじゃ、テメーの棒っきれが消し炭になるぞ」
「あ、それはマズいな」
剣に巻き付いた鞭を辿り、バラスの炎が良雄の剣を焼く。ベルの影がガードしているとしてもこのままでは一分と保たない事だろう。
「んじゃ、えい」
そう云って良雄は剣を引くでもなく、気合すら抜いて剣を手放した。
「なんだと…… 」
普通なら慌てて剣を引くなり、我武者羅に剣を振り回し鞭を引き離そうとする。そうなれば剣に集う力が分散し、バラスは余計な力を使う事なく、良雄から剣を奪えるはずだった。
剣士から剣を奪う事はその戦いの勝ちを拾う事に等しい。だから、奪われないように必死に抵抗するのは当然なのだ。
バラスが今まで戦ってきた相手は皆一様にそう動いた。だからこそ、バラスの思考はそのまま鞭を引けば剣が奪えるという事まで届かなかった。
「お前の弱点みーっけた」
良雄の支えを無くした剣は重力に従い下に落ちる。すると、ピンと張り摘めていた鞭が弛み、巻き付く力を無くす。
「考えるより感じろだ、この阿呆。俺達のようなどたまが足りないヤツは思い通りに行く方が少ないんだよっ! 」
縛りが弛んだと見るや否や、良雄は瞬時に剣を抜き取りバラスに向かって振り上げた。
「ぬっ! 」
正面からの一戟には顔色一つ変えなかったバラスが表情を曇らせた。
良雄の剣が全く鈍らず鋭く半円を描き、バラスの顎に向かう。そして、
「残念、外れたか…… でもまあ、これも弱点みたいだな」
「チッ! 」
寸での所でバラスはスェーバックし、良雄の剣を交わした。結果として剣先が僅かに顎に触れた程度で留まったが、下からの攻撃にはバラスの防衛壁は効果がないという事が分かった。
「お前の防衛壁は顔回り30cm程度の正面しか防げない。勿論、任意で守る箇所は変更出来るんだろうが、それくらいなら何とかなる」
「何とかなるだと── 」
良雄の言葉は裏を返せば、いつ如何なる時でもバラスの裏をかけるという事になる。これは完全に相手を舐めた発言ではあるが、その分バラスには丁度良い挑発になった。
「んだ。お前は馬鹿なくせに、何かがあった時自然に体を動かすという事が染み付いてない。ならば、裏をかきさえすれば攻撃は必ず当たるって事だ」
ちょんちょんと自分の顎を指差し、バラスの顎から滲む血を指摘する。
良雄に触発され顎に触れると、バラスの指にヌルリと血が絡み付いた。
「くっ! 」
「秀明や真人みたいなヤツの裏をかくのは中々困難だけどお前ならな。元々、ウチの流派のスタイルは人が思い付かない攻撃をする事にある」
にやりと不敵な笑みを浮かべ、良雄は剣を構える。
「お前のイメージと俺の閃き、どちらが上かはっきりさせてやるよ。負けるのが怖くないなら正々堂々、正面からかかって来い」
ベルの影はまだまだその効果を持続させている。もし一戟でもバラスがまともに喰らえば、それは必殺の一戟となる。
バラスが圧倒的強者であった時間は終わったのだ。
今対峙している二人は、僅かな風でも勝敗を分ける追い風になる。
だから、良雄ははったりをかます。
自分を鼓舞する為、バラスを牽制する為、何よりベルを守る為にありったけの頭を使い、駆け引きをしているのだった。




