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「クカカっ、よく分かったな」


 下品な笑いに尊大な態度。

 顔立ちは整っているといえるレベルにあるのに、バラスと呼ばれた者を一目見ただけで良雄は精神的な拒絶感に襲われた。


 ── よくいるタイプの人間だな。


 纏う雰囲気は決して弱者ではない。しかし、僅かに人よりも大きな力を持ったが故に勘違いをしてしまっている典型。

 良雄はそういうヤツを見ると、折れるかどうかなど関係なく、その鼻っ柱をへし折ってやりたいと思うのだった。


「ベル、今一度問うぞ。俺達なら勝てるんだな? 」

「ああ、さっきも云ったがアイツは俺よりも強い。けど、俺と比べて戦闘スタイルはアンタと噛み合うはず」


 ベルの影と戦い良雄が勝てなかった理由は、魔力を使いこなせなかったからだ。だが、バラスは生身で良雄の前に立っている。剣を振るえば物理攻撃で、致命傷を与える事も出来る。


「なる、そういうタイプの人間か」

「そういう事だ」

「おいおい、でかい声で随分舐めてくれるもんだな。元々最弱のガキが力を無くし、人数合わせで悪魔喰い(デモンイーター)を持っただけのカスコンビが、この俺に勝てるだと」


 フフンと上から目線。

 バラスは良雄達を敵として見ずに、獲物として見ていた。


「だからお前は馬鹿なんだよ。お前が知ってるのは双面の二人に俺と里美ぐらいのもんだ。そんな中で最弱と云われても嫌味にもならない。その程度の知能じゃガキ一人怒らす事もできねぇな」

「へっ、そう云いながら、テメーは新しく来た女にも負けたそうじゃないか。最弱の看板に偽りなしだろうが」

「最弱だからなんだって云うつもりだ? 仮に最弱でも俺は全然構わないぜ。

 お前の様に最も使えないヤツじゃなければそれで充分だ」


 ガキに言い負かされて、こめかみに血管を浮かばせている大人のなんと滑稽な事か。力というジャンルでは及ばないベルであったが、頭脳というジャンルではバラスの遥か高みに立っていた。


「カスが偉そうにしてんじゃねぇっ! 」


 力では上に居てもベルとの差がそれほどあったとは思えない。そして、頭脳では頭三つはベルが上回っている。と、なればベルの指摘は図星なのだろう。

 痛い所を突かれたバラスは、あっさりと大物の鍍金を剥がし恫喝に走り出した。


「不様だなぁ…… 何かお前を見ていると、自分を見てる様で居たたまれなくなる」


 何を云っても高い壁に弾き返されてきた経験が、良雄に哀愁を呼び込んでいた。だが──


「だからよ。四の五の云わずに掛かってこいや」


 左手に持った木刀を構えるまでもなく、視線と挑発するような右手の手招きだけで、良雄はピンと張り詰めた空気を創り出す。

 その圧倒的な存在感に、バラスは疎かベルさえも呼吸をする事を忘れて、良雄の顔を眺めている。


「どうした? お前は強いんだろ? 」

「こ、こ、こっ…… 」

「コケコッコーか、おい? 」

「こんクソがっ! 」


 それまで強さの欠片も感じなかった良雄の変貌に、バラスは自分を抑える事が出来なくなり飛び出した。

 そして、その動きは直線的な単調なもの、スピードが幾らあっても良雄にとって怖いものではない。


「強者が弱者相手にびびってんじゃねえよ」


 最短距離で良雄との間合いを詰め、力を込めたバラスの拳をいとも容易く交わし、良雄は左腕で木刀を薙いだ。


「つあっ! 」


 バラスの顔面に食い込む良雄の一戟。確かな手応えを感じていたが、良雄はそこで追撃をする事なく、バックステップを踏むとベルの元へ戻ってくる。


「なんで…… 」


 追撃を掛けないんだ?

 ベルはそう糾そうとするが、良雄がベルの体を掴み更に下がった事によりそれは阻まれる。


「確かにアイツ、強いな。ベル出し惜しみをするなよ」


 右手でベルを抱えたまま、良雄はバラスから視線を外さない。


「ぺっ、やってくれたな。三下」


 吐き出した唾には血が混じり、打たれた箇所を指でなぞる様から、確かにバラスはダメージを受けている。しかし、大局に影響するかでいえば、ノーダメージといって差し支えない。そして何より良雄の一撃でバラスは冷静さを取り戻していた。


「ヨシオ…… 」

「んだ? 今更目算を誤ったなんて云うなよ。もう喧嘩売っちまったんだ。後には退けねぇぞ」


 今の一撃で良雄ははっきりと理解した。一対一の肉弾戦なら、遅れをとるような相手ではない。だが、肉弾戦にプラスαが加われば勝てる確率は10パーセントにも満たない。

 そして、そのプラスαの存在が左手に残っている。


「アイツに食らわしたのは一撃だけだ。だがな、俺の左手は確かに二度手応えを感じた。こりゃあ、一体どういう訳だ? そこんとこ詳しく頼む」

「詳しくって簡単に云うなよ。幾ら元身内だからって知らない事もあるだろうが」

「違うだろ。今回、俺とお前しかいないんだ。だったら俺が矢面に立って、お前が軍師にならなきゃならんだろ。

 軍師なら、前線立つ者から得られる僅な情報を正確に分析して戦術を組み立てるのが仕事だ。知らんから分からんじゃねぇんだよ」


 脳細胞まで筋肉で出来ていると八割本気で考えている良雄には、軍師としての才能はない。だから、この役割分担に間違いはないのだ。


「俺はな。お前がそれを出来ると信じてる。だから出し惜しみするなと云ったんだ」

「チッ、無茶ぶりをする」


 良雄が信じると云うのは悪い気分ではない。出来ればその期待に応えてやりたいとも思う。

 しかし、良雄が要求している事はベルの能力を大きく超えている。

 戦術を組み立てる為に必要な実証が欠けているのにも関わらず、知識で補って正解を導けと云っているのだ。

 経験豊富な才ある者なら蓄積されたもので補う事も出来るだろう。だが、ベルには蓄積する経験がない。想像だけで仮定した戦術が間違いなく勝ちを引き寄せる事が出来るのか未知数だった。


「いいか、俺が分かるのは、バラスが防御系の魔法を使っているだろうって事ぐらいなもんだ。その程度の情報で神がかった戦術を組み立てるなんて、双面(ダブルフェイス)と同じぐらいの能力がなけりゃ出来っこないだろ」


 どんなに人間が出来てないにしても、秀明の才能は認めざるを得ない。絶対的な能力とはそういうものだ。

 持つ者と持たざる者がいるのであれば、秀明は前者でありベルは後者なのだから、良雄の期待に応える事は出来ない。


「クカカっ、ようやく格の違いってやつを理解したか? だがな、ここまでの事をしてくれたんだ死ぬほど後悔させてやる」


 口元から流れる血を拭いバラスは嘯く。しかし、それを見ていたベルは何故か笑う。


「死ぬほど? くっくくく、やっぱお前は馬鹿だって改めて思うな」

「ああっ! 自分の無力さにトチ狂ったのか」

「違うな、俺は至って正常だよ。お前が態々出張ってきた理由が見えるほど、頭の中はクリアだ」

「…… ほぅ、何に気づいたと云う気だ? 」


 ベルの言葉にバラスは鋭く反応する。


「お前はヨシオを殺せないって事だ。多分、双面(ダブルフェイス)からの命はヨシオを連れて来る事…… つまり、俺が受けていたものと同じって事だよな」

「は、はぁ? 何を馬鹿な事を…… 」


 必死に冷静さを保とうとしている姿が、逆にベルの言葉の正当性を浮き彫りにした。


「お前、隠し事出来ないタイプだな。そりゃあ、多分俺以上に…… 」


 鏡がない場所でないと己の姿は見る事は出来ないが、それでも良雄はここまで大根な隠し方をするとは思えなかった。


「ほっとけっ! だが、それが分かった所で状況は変わらないんだよ」

「さて、それはどうかな? 」


 ベルは、余裕の笑みを浮かべる。

 人という者は完全に自分の力をコントロールする事は出来ない。体に負担が掛かる力は防衛本能が抑制するし、その逆になれは己の潜在能力を発揮する以上に困難となる。

 この程度なら死なないと考える時、必要以上の手加減をしてしまうものなのだ。

 ベルと良雄がこの事実を知らなければ、警戒心を持って戦いを進めなければならなかったのだが、その心配がなくなった今では二人に与えられた自由度は格段に跳ね上がる。


「こりゃあ、やり放題し放題のフィーバータイムに突入だな」


 実際の所、そんなお祭り状態には成りようがないが、良雄は敢えてその可能性を口にした。

 実力は上でも立場は下になる。

 その事実をバラスは実感せざるを得なくなったのだった。



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