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「それで二つ目の訂正だけど…… 」
美沙にしては珍しく、云うべき言葉はあるのに云い難いとばかりに渋った顔をした。
「云い難い事なんですか? 」
「そうね、云い難いわ…… ズルい云い方かもしれないけど、私は瑞穂の味方なんだなって実感しゃうもの」
このタイミングで云うという事は、レイサッシュが瑞穂と争った場合、美沙がどちらに付くのかを意味している。
しかし、レイサッシュは思う。そんなのは当たり前の事だと…… 家族なら味方になるのは当然な事で、レイサッシュにも必ず味方になってくれる姉がいる。そう考えれば、美沙が云い澱む理由にはならない。
「ミサさんは、私の敵なんですか? 」
「さあ? けど、これから伝える事は貴女にとって朗報にはならないわ」
「それじゃあ覚悟して聞きますね。多分、今聞かなくてもいつかは知る事になる…… どっかの阿呆が云ってましたけど知るべき事は必ず知る事になる。それが早いか遅いかだけの違いなら、私は早く知りたい人間になるみたいです」
凛としてそう答えるレイサッシュに、美沙は空いている左手をレイサッシュの頭に添えた。
「貴女のそう云う所、私は大好きよ」
「何でですかね。私もです」
頭を撫でながら微笑みながら云う美沙に、レイサッシュは素直な気持ちを吐露し笑顔を返す。
「ふぅ、願わくば絶望しないで頂戴ね。貴女が強くあれば、あの頃の関係をまた見る事が出来るから」
ふと懐かしむような表情を浮かべた美沙。だが、次の瞬間にはその思いを払い、厳格な表情に変わる。そして、
「訂正その二はね。歴史の修正よ」
「歴史? 」
「そ、貴女達が知らない本当の歴史。それがこれから話す事」
美沙が知る歴史は、ライズが健在だった頃のシリアの記憶である。第三者が残した文献では知り得ない真実がそこにはある。
「本当の歴史…… 」
ゴクリと唾を飲みレイサッシュが姿勢を正す。
「そう、私の記憶が確かなら、シリア・L・ブラウニーは七聖竜の咆哮を使えない」
「えっ? 」
「それどころか、高位魔法すら碌に使う事が出来ない。凡百の魔術士と同じ、それが歴史上最強と吟われた魔女の正体よ」
「は、はは…… 流石にそれは」
歴史に名を残すというのは、おいそれと出来る事ではない。運と才能があって初めて成り立つ事なのだ。
「嘘だと思う? 」
胸に手を当てて、真剣に聞く美沙に嘘はない。それでも、レイサッシュはその質問には首を縦に振った。
「だって、私は貴女がしてきたと云われている様々な物語を知ってる。それが全部嘘だなんて信じられる訳ありません」
レイサッシュが聞いてきた事は、伝承に近い物語だ。当然、誇張されたものも数多くあるだろう。だが、フィクションだけで残るものとも思えない。
「全部嘘なんて云ってないわよ。どんな話が残っているかなんて私には分からないけど、伝わるかなと思えるエピソードはあるもの」
「えっ…… と、貴女の云っている意味が分かりません」
美沙の話には矛盾がある。
自分は凡人だが、伝説に名を残すエピソードを残した記憶があるというのだ。
「シリア・L・ブラウニーに唯一あった才能は碧眼を扱える事だけって事よ。本当に魔法に長けた大魔術士は別にいた。
皮肉でしょ。魔術も潜在能力も遥か高み居る者が使えないのに、何の特色もない普通の魔術士が扱えて、英雄の右腕と云われるまでになる」
世間では英雄譚であっても、当人にとっては喜劇でしかない。美沙の表情から、レイサッシュはそんなインスピレーションを受けた。
だが、それ以上に悲劇の主役となった者がいるという事にレイサッシュは動揺を隠せない。
「才能も実力も思いさえも、全て上に居る者がそんな結果を見てどんな気持ちになったか、喜劇のヒロインが語るべきじゃないけど分かるのよ」
凡そ喜劇のヒロインらしくなく美沙は、下卑た笑みを浮かべた。
「分かりました。ミサさんは喜劇のヒロインにはなれない三流の役者なんですね」
一流の役者なら笑って貰う為の喜劇で、そんな下卑た目はしない。そんな顔で笑えと云われても、返ってくるのは愛想笑いがいい所だ。
「余計な理解はしなくていいんだけどね。そんな事より、貴女が本当に理解しなければならない事があるんじゃないの? 」
「…… 理解はしてるつもりです」
その通りだった。
美沙の話の肝は、お粗末な演技をした女優を唾棄し嘲笑えという事ではない。
尤も重要な事はシリア・L・ブラウニーが天才魔術士ではないという事なのだ。
レイサッシュが認めた瑞穂の才能。
それがシリアから受け継いだ才能でないとすると、考えられる事は瑞穂の才能は元々備わっていたものという事になる。そして、瑞穂が美沙のいう天才魔術士の生まれ変わりであるなら、今の瑞穂は唯一足りなかった才能を補った存在という事になるのだ。
凡人には決して届かない存在。それが瑞穂であるなら、レイサッシュに勝ち目がある道理は全くない。
「貴女が絶望するなと云った意味も含めて全部」
「勝ち目がない争いをしたとして、それでも私は瑞穂の味方にならざるを得ない」
そんな事は当たり前だと思っていたはずのレイサッシュが、今はズルいと思ってしまう。圧倒的強者を味方しなくてもと思ってしまう。レイサッシュの心は折れ始めていた。
そして、ボキリと音が鳴るかと思われた瞬間、入り口から二人の人間の気配がした。
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美沙に言われた通り、良雄とベルは二人で無限回廊を歩いていた。
「ヨシオ、なあ」
「あっ? どうした? 」
執拗に声を掛け続けるベルに、良雄はぶっきら棒に答える。
二人供気付いているのだ。
無限回廊に蔓延る異質さが違う。
「あの人が云ってたのは魔香の事だよな。だったら何で、変なものなんて言い方したんだ? 」
「そりぁ、単なる魔香じゃないからだろ。魔香一匹程度なら異質に異質を重ねたような気配はねえよ」
ベルが来た時── と、いっても数時間前の事だが、それでもここまでの異質さはなかった。
「お前以上の魔香って存在するのか? 」
「魔香っていうのは低級魔族の魂だぞ。悪魔喰いを所有してた者を超える魔香なんている訳ないだろっ! 」
「だったら、居るのは魔香なんかじゃねえって事だな。
── ったく、美沙さんが魔香って明言しなかったのはこういう訳か。相変わらず質が悪い」
働いていないから働けの意味がようやく分かり、良雄は舌を打つ。
ただ問題が一つある。
何が居るのか不明だが、良雄とベルの二人で勝つ事が出来るのかという事だ。
「俺以上の存在か」
そんなのは星の数ほどいる。だが、ベルには今居る存在に心当たりがあった。そして、二人なら負ける気はしなかった。
「大丈夫だよ。俺とアンタなら多分、勝てる相手だ」
「相手が誰なのか心当りがありそうだな」
「ああ、俺より強いが、俺より馬鹿なヤツがいる。そいつなら、この空間で秩序を乱すような真似をしても少しもおかしくない」
この場は門番によって管理されている。そこで自己主張をすれば、あっという間に存在がバレて自由を奪われる。だから裕司も里美も、大きな自己主張はしなかった。
管理者の力を侮り、自己主張する者は馬鹿だ。そして、大きな力を持ちながらこんな馬鹿は一人しかいない。
「出て来いよ、バラス・リッチー。お前なんだろ」
確信を以て、ベルはその名を呼んだのだった。




