表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/75

27

 爆炎が、里美の体を包み突き抜けた。


「ファッ! 」


 瑞穂の魔法を正面から受け、里美は一言も発する事が出来ない。そして、里美の体を焼いて尚、炎の勢いは留まらず結界を破壊する。


 手応えはあった。

 竜頭は三つになったとはいえ、伝説級の魔法の直撃。これで倒せなければ瑞穂に打つ手は最早ない。レイサッシュと自分の身を守る為に賭けた最後の魔法を信じるだけだ。


「竜炎よ、焼き尽くせ」


 ぼやける視界に活を入れ瑞穂は呟く。

 このまま何も語らなければ意識は闇に引き摺り込まれ、そのまま一週間は目覚めないと自覚があった。


 ── まだ眠れない、せめて結果を見届けるまでは。


 結果を見届けたい衝動は当然ある。しかし、そのまま気を失っている方が幸せな時もある。残念ながら今回は後者だった。


「あ、あああ…… 」

「そ、そんな…… 」


 瑞穂はもう何も云えない。

 レイサッシュは呆然とそう呟くだけだ。


「…… やってくれたわね。もう洒落じゃ済まないわよ」


 プスプスと音をたて、里美が煙の中からゆっくり焼かれ体を引き摺り出てきた。


「届かなかった…… 」


 里美には確かにダメージを与えた。レイサッシュが普通の状態であれば、勝てる状態まで瑞穂は追い詰める事は出来たのだ。しかし、既にレイサッシュは戦えず、瑞穂ももう魔法を放つ力はない。

 改めて瑞穂は、自分の選択が誤りである事を自覚した。


「ごめん、レイ。初めから私が魔法を使っていれば…… 」

「そんなの結果論よ。恨み言なんて云えるはずないじゃない。私が云えるのは、貴女は良くやったって事だけよ」

「別れの挨拶はそこまでよ。悪いけどこっちもあまり余裕がないんでね。早くアンタ等に止めを指して、碧眼の力で回復させて貰うわ」


 よろめきながらも、レイサッシュや瑞穂よりまだ力を残しているようだった。


「ならとっと止めを刺しなさいよ。けどこれだけは云っておくわ。アンタに碧眼は使いこなせない。ミズホの才能も見極められないような人に使いこなせるはずがない」

「そ、貴重な助言ありがとね。一応、頭の片隅に遺言として残しておいてあげるわ」


 そう云って髪を掬う仕草をするが、髪が焦げている所為で様になっていない。そして、その事が余計に里美をイラつかせた。


「ああっ、もうっ! こんな強制パーマ掛けさせられるなんて冗談じゃないわ」


 イラ立ちに任せ、レイサッシュと瑞穂に向けてその右手を上にあげ唱える。


熊獣擬態(メルトベアー)

「ミズホっ! 」


 無駄と知りつつ、レイサッシュは瑞穂の上に覆い被さる。すると、里美の背を視界に納める事が出来る者は一人も居なくなった。


「二人供、強かったわよ。それじゃ、バイバイ」


 振り降ろせは全てが終わる一撃になる。しかし、その手は一向に振り降ろされる様子ない。


「否、サヨナラするのはアンタだよ。藤さん」


 チャキりと音を鳴らし、里美の首筋に冷たい刃が添えられている

 もし、里美がもっと冷静であったのなら、何の工夫もなく背から近付く気配に気付いただろう。

 もし、レイサッシュが瑞穂を庇わずに里美を見据えていたら、その視線からやはり近付く気配に気付いていた。

 だが、まるでこうなる事が運命の様に誰も気付く事なく背を取られた。


「神城、何でアンタがここに居る? 」

「マサト?」

「お兄ちゃん? 」


 来ない攻撃と頼もしい仲間の名が聞こえ、レイサッシュと瑞穂も顔を上げた。


「仲間に危機が迫っているなら飛んでくる。それが英雄ってもんだろ? それにしても── やってくれたな」


 外見だけならボロボロなのは里美の方だが、内面で負っているダメージが大きいのは真人にとってより大事な二人なのだ。沸き上がる怒りを強制的に抑えつけて、冷静を装おっていたのだが、その怒りが外へ漏れだしていた。


 それでも、沸き上がる怒りをグッと堪え、真人は云う。


「取り敢えず、水竜の指環を置いてここは退いてくれると助かるんだが」

「そんな都合の良い結果があると思ってんの? 」

「否、流石にそれはないと思ってんよ。けどコイツ等にここまでの事をして、溜飲を下げるにはこの位してもらわんとな」

「だからさ。何で溜飲を下げる必要がある? 我慢出来ないくらいなら殺ればいい。才能を無駄にするもんじゃないよ、神城」


 何も知らなければ、即座にそうしたかもしれない。だが、


「こんなんだから、俺を信じられない。任せられないってか…… ったく、それでアンタはこの十年で何が出来た?

 水竜の指環の力を無駄に使って、何にも得てないじゃないか。テメーの物指しで測って狂ってたら世話ねぇだろ」

「神城、アンタ…… 」

「全部は聞いてねぇよ。それどころか、殆ど俺の想像だ。けど、何か間違っている気がしねぇ…… 何でだろうな」


 里美は誰も信じていない。それは真人達だけでなく、仲間のはずの秀明達も含まれている。


 ── ま、アイツ等に信頼関係があるのかは疑問なんだがな。


 秀明達には無いのが普通でも、藤村里美という真人が知る人間はそうではない。仲間という括りがあるのであれば、里美は信じる事が出来る者だと思っている。だからだろう無限回廊(メビウスロード)で、和奈に見せていた態度に真人は違和感を感じたのだ。


「敵の敵は味方って訳じゃないが、敢えて敵対する理由はねえ。アンタが助けてといえば仲間にだってなれるはずなんだ」

「馬鹿ね。そう云われてすぐ頷く、安い女だとでも思ってるの? 」

「んにゃ、だから考える時間をやるよ。溜飲は飲み込めず喉辺りで留まっているだろうがな。緑風回帰(ウインドハーヘア)

「何のつもり? 」


 真人が使ったのは風の精霊術で唯一の回復系の術である。その回復力は回復(リカバリー)よりも低く、外傷を瘡蓋にする程度の気休めでしかない。

 敵に塩を贈るほどの効果もないが、それでも里美がこの場からフラつかずに去れるようにはなる。


「取り敢えず逃げろって事だ。俺は二人を守る為にアンタを追えなかった── そういう事だよ」

「私の体裁を整えるっていうの」

「そうだよ。情けを掛けられた状態でどうするのが最も正しい選択か、今一度考えてみるんだな。ただ── 」


 真人の視線が里美の心臓を貫いた。


「どんな答えを出しても、藤さんの手に水竜の指環は残らない。この先逃げても地の底まで追って奪い返す」


 その目には怒りも憐れみもない。只々、現実を見据えている。だから、里美には真人が真剣なのだと実感する事が出来た。


「── ふんっ、別に逃げるなんてしないわよ。私は私の為に最良の選択をする。だから、アンタが望む答えが返ってくるなんて思わない事ね」


 瑞穂に向けて云った事が、見事なまでに弧を描き自分に返ってきた。


 ── もう私に出来る事はないのかもしれない。でも……


 瑞穂はその言葉を覆してみせた。

 これが同じ事象であるのなら、まだやれる事はあるのかもしれない。見えていないものを見る為に、里美は真人の剣を払った。そして、一度も真人と顔を合わせる事なく、その場を去って行ったのだった。


「否、先生なら何度も間違いは繰り返さないだろ」


 そう呟く真人の目には、未来が見えているのかもしれない── 共鳴(シンクロ)なのか、真実だからなのかは分からないが、顛末を見ていたレイサッシュと瑞穂は、同時に同じ事を考えていた。無論、二人がそれに気付く事はないのだが……


「さて、そこのぼろ雑巾共、取り敢えず無事っぽいんで帰るとするか」


 少し離れた場所から、こちらに走り寄ってくる良雄とベルの姿を見ながら、真人はニカッと清々しい笑顔でそう笑って云ったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ