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ドォーンという轟音の後約1分ほど、瑞穂とレイサッシュはその場を動く事が出来なかった。たった1分といえ、二人には一時間にも及ぶ体感時間が流れている。
レイサッシュにしては終わったという安堵感から、全身に走り出す痛みとの戦いが始まり。瑞穂に至っては 、本当に終わったのかという疑念を払拭出来なかった。
正直、あっけなさ過ぎると瑞穂は思う。
勿論、レイサッシュの勝利を心から望し、熊獣擬態に的を絞り見事に里美の隙をついたレイサッシュの戦術にはケチの着けようもない。
しかし、それでも何かを忘れている。何かが足りないと思ってしまう。
── 何なのこれは……
そんな思いが瑞穂の足を止めていたのだが、グラリとよろめき膝をレイサッシュが着いたの見て弾かれたように駆け寄った。
「レイっ! 」
しっかりと肩を抱き、倒れないように支える。
「ミズホ、見てたでしょ」
青ざめた顔はそのままで、芝居する余裕などは全くなかった事が伺える。
「見てたわよ。正直、かっけーって思った」
「でしょ…… 」
返す笑みにも力がなく、戦える力はもうないと嫌でも分かる。だから、瑞穂は不安を口にする事が出来ない。
杞憂ならばそれでいい── そう祈り言葉を飲み込んだ。
「そういえば最後のアレ、何で精霊術が使えたの? 」
「精霊の力だけで精霊術を使う訳じゃないわ。普段だって精霊術を使えば微量だけど、精神力を消費するのよ。だから今回は自分の精神力をフルに使ったのよ。
お陰でこの様…… ホント、疲れたわ」
「御苦労様。少し休んだら、今日は帰りましょう」
「そうね。是非そうしたい所だけど、あの人はまだ死んでないから助けないと」
背中に悪寒が走った。そのショックで思わず「はぁ? 」と聞き返しそうになる。だが、それは当然な事なのだ。
常識的な観点からいえば、こちらの世界で死体を放置する事は出来ないし、例え放置する事が許されたとしても、レイサッシュはそうしない。里美が持つ水竜の指環を回収する為に掘り起こす事だろう。つまり、最低でも死体と対面しなければならないのだ。
瑞穂は死体愛好家でも殺人狂でもない。だから、自ら率先して死と対面したいとは思わないのが普通だ。それでも今回だけは死体であって欲しかったと思ってしまう。
レイサッシュ自ら生きていると云い切る以上、絶対に有り得ない事。疲れによる為かレイサッシュはその一言に込められた意味に気付いてはいない。
「ダメっ! 逃げないと── 」
直感に従い瑞穂は、レイサッシュを抱き抱え前へ走る。その直後、たった今居た場所が間欠泉のように吹き上がった。
「なっ! 」
その様を目の当たりにし、レイサッシュは二つの驚きを同時に味わう。
一つは、瑞穂が急に自分を抱き抱えた事。
一つは、その場に留まればその暴発に巻き込まれ命を落としていたかもしれないという事実。
何故、こんな事になり。何故、瑞穂には分かったのか、レイサッシュには分からず頭が混乱していく。
「み、ミズホ? 」
「少しは考えられる状態になった? 」
「う、うん」
ぼーっとしていた頭が、この刺激によって目覚めたようだった。混乱こそしているが、何も考えられない状態からは抜け出している。
「だったら簡単な答えよ。これまで二回手合わせして、手加減出来る相手じゃないのは分かってたわよね。でも、貴女は私の為に殺さないようにした。これって手加減よね── なら」
当然、戦闘不能な状態で気絶しているなんていうのは楽観し過ぎている。
「あっ…… 」
「万事休すよ。もう私達だけで出来る事はないわ」
瑞穂の目に絶望の色こそはないが、ある種の諦めの色が濃く出ていた。
「ま、仕方無いわよね。こんな力一つで命が助かるならめっけもんよ」
里美の目的が碧眼であるなら、それを渡せばいい。敵として脅威に成りうるレイサッシュを見逃すかは不明だが、そこは交渉する余地はあるはずだ。
「ちょ、ちょっとそれって…… 」
瑞穂が碧眼を捨てるという事は、流動的に真人と供に歩む道を諦めるという事だ。それは瑞穂にとって死ぬ以上に耐えがたい事だと、同じ気持ちを持つレイサッシュは充分理解している。
「安心なさい。アンタは私の為に最善を尽くしてくれた。だから、今度は私の番」
「そんなのダメっ! 私はまだ── 」
「戦えないでしょ。これ以上何をしても結果は変わらない。だったら、同じ結果の中でも最善を尽くさなきゃね」
静かに、そして決意ある言葉だった。
最早、レイサッシュが何を云っても揺るがない。
「さ、藤村先生、話は聞いてたんでしょ。答えてくれるわよね」
「ちょっと決断が遅いんじゃないの、結城」
ボコりと地面が盛り上がり、そこから里美が這い出てくる。
「まるでゾンビみたい」
「ったく、酷い目にあったわ」
何食わない顔をして、体に着いた土をパッパと手で払う。
「云う程、ダメージはなさそうね」
「ダメージ? 精神的に受けてるわよ。あんな小技の連続にしてやられるとはね。
落とし穴、反重力、重力…… 土の精霊術の基本。それでいて威力も充分とは云えない。それなのに一瞬だけは死ぬかと思わされた」
屈辱よ── そう言葉を締めて、里美の表情が優しげなものへ変化する。
「あー、もう面倒臭い事は終わらせてお風呂に入りたいわ」
「心配しなくても、返事如何でもう終われるわよ」
イエスと首を縦に振れば良い。それで瑞穂にとっての全てが終わる。
「んっ? 碧眼を渡すから、その女を見逃せって事だっけ? そんなの── ダメに決まってるじゃない」
慈しみを帯びた優しい表情が歪む。
今まで見せていた表情は、死に逝く者への哀悼であったのだ。
そして、哀悼は終わった…… そういう事なのだろう。
「そうでしょうね…… 」
足下が定まらないまま、レイサッシュは何とか体を起こし立ち上がった。
「この環境に於いて、私に死を意識させた実力を放置する事は出来ないって事もあるけど…… 一番の問題は結城、アンタよ」
「私ですか」
「そ、非道なんて云わないでよ。私の提案を先に受け付けなかったのはアンタでしょ」
金銭を伴う契約であるなら、何度も交渉し妥協し契約に結びつく。だが、命のやり取りとなればそうはいかない。
そもそも里美の妥協から始まった交渉なのだ。もう一度と云うのは、明らかに都合が良過ぎる。
「結城、アンタは判断を誤ったんだよ。神城とその娘に期待し過ぎたんだ」
「…… 」
「そして、まだ期待してるんだろう。けど、無駄だよ。アンタ達の状況は神城には伝わってない」
「えっ? 」
否、流石にそれはない── 瑞穂はそう判断する。
電話に出なくても、長いコールの後だ。かけ直して電話に出なければおかしいと思うのは必然であり、真人ならそこからこちらの状況を予測する。さすれば、既に動いていると考える方が自然なのだ。
「さっき聞こえたご都合結界── 上手い喩えだよね。残念な事にこの結界は解ければ全てが元通りなんて事はない。でもね、内外からの出入りを全て封じているのよ。その中で電波だけは特別という事はないわ」
「そ、そんな…… じゃあ…… 」
「友達の少ない携帯は鳴らずに放置されているでしょうね」
瑞穂が仕掛けていた小細工など、初めから見抜かれていた。
真人の携帯に正妻宜しくとばかりに10分起きに電話をするような性格だったら、異変に気付くかもしれないが、そんな事は一度もした事はない。チェスでいうところのチェック状態に、瑞穂の瞳は絶望の色に染まる。そして、
「チェックメイトよ、結城」
非情な宣言が里美の口から発せられたのだった。




