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「真人でも奪えないってどんな化物なんだよ」
「化物? 何を云ってんだか…… 武才でいうなら、あの男が断トツで化物だよ。でもな、アイツは甘い。特に身内に対しては反吐が出るほどにな」
「そうか? 確かに言い成りな所もあるが、最低限の一線は引いてるだろ」
間違った道を瑞穂が進むなら、真人はどんな手段を使っても止める。それが出来るなら甘いとするのはおかしいと思う。
「…… そうだな身内と云ったのは間違いだ。知り合いと云い直すよ」
「知り合い? すると、真人の方が強いが、知り合いだから奪えない相手か…… って!」
ベルの口調から真人だけの知人ではなく、良雄も共通して知っている者となる。すれば、対象は四人に搾られる。更にその中で最も相手として相応しいのは──
「そう、水竜の指環の所有者は獣姫藤村里美だ」
「よりにもよって藤さんかよ」
ベルが奪える要素がないと云い切った理由がよく分かる。ある意味、秀明が相手より真人にとっては奪い取る事が困難だと良雄も思える。
「頼るならあの男より、土の神官の方になるが…… 」
「なるが、どうなんだ? 」
「はっきり云って、こっちの世界じゃどうにもならないだろうな」
ベルは精霊術士ではないが、それでもこの世界と精霊の相性が悪いという事ぐらい分かる。
── 特に土は最悪だ。
街の発展とは裏腹に大地には活力がない。これでは土の精霊術士がその実力を存分に発揮する事は出来ない。
「残る可能性はセルディアで奪う事。ただそれまで姉ちゃんが無事でいる保証はない」
「四面楚歌だな。お前の想像内じゃ」
「何だ、まるでアンタは別の見解を持ってるようじゃないか」
「ん、ま、その通りだよ。お前さんが真人を甘いっていうのは理解したし、その通りなんだろうなと思う。けどな、瑞穂ちゃんが本当に危険な状態になったら、アイツは形振り構わない。それこそ、身内三人ぐらい天秤に掛けても瑞穂ちゃんの方が重くなる」
その身内三人には、良雄も含まれている。つまり、ベルが如何に真人が甘いと云ってもそれは瑞穂と美沙がありきの甘さなのだ。在るべき存在が危機に陥るのであれば、その甘さが身内に向く事はない。
「姉ちゃんに時間がなくなるのは、敵対する者の危機であって姉ちゃんの危機ではないって事か」
「ま、俺らの保証もなくなる訳だけどな」
「なるほど…… じゃ、アイツの目が届かない所での危機ならどうなるのかな」
「あ? 」
ベルが瑞穂とレイサッシュの向かった方向を見ながらそう呟くと、良雄の視線も釣られてそちらを見る。
何か変化があったのではない。しかし、何かいつもとは違う景色が良雄の両眼映るのだった。
…………………………………………………
「あ、貴女、あの時既に魔力を感じてたとでも云うの? 」
「これが魔力だと云うなら感じてたんだじゃないの」
レイサッシュが驚いている理由が分からず、瑞穂は何気なく答える。それがとんでもない才能の成せる事だと知らない強味だった。
「冗談じゃないわ。マサトといい、どれだけ才能の塊なのよ」
魔導はセルディアで精霊術と並ぶ最強の力だ。誰もが求める才能が別世界に住まう者が持ってる事にレイサッシュは理不尽さを感じる。
「なになに、私って才能があるの」
「嬉しそうに云わないでよ。断言するけど貴女には才能があるわ。けどね、その才能は皆が尊敬してくれるようなものじゃないわ。妬み嫉み、嫉妬を一身に受けるような大きなものよ」
分かる? レイサッシュの目はそう云っている。
分からいでか。
10年以上、瑞穂はその才能に嫉妬してきたのだ。嫉妬に関しては第一人者なのだ。
「嫉妬、上等じゃない。例え100%の嫉妬を受けても、その中の1%は嫉妬以上の感情がある。私自身がそれをしてきたんだから、有象無象の嫉妬なんてそよ風の如くよ。怖くも恐ろしくもないわ」
そう、大きな才能とはいえ間違いなく真人の才能の方が上なのだ。だからこそ、並び立てる可能性に嬉しさだけが先に立つ。
「全ての人から受ける嫉妬の重さを貴女は分かってない」
人が持つ負の感情は、個の資質に関係なく意識をしなくても感じる事が出来る。それくらい重いものなのだ。幾ら当人が気にしないようにしていても、勝手に深層意識に入り傷をつけていく。
「全ての人ってレイが大袈裟に云うからでしょ。少なくても四人は私を認めてくれる人を知ってる。だから平気よ」
「たった四人の信頼なんて砂の城のような物じゃない」
「量より質だと思うけど。それに私なんかより、よほど大きな嫉妬を受けている人がいて泣き言云う訳にはいかないでしょ」
そう云って瑞穂はニッコリ笑う。
「頑固者…… 知らないわよ」
「そう云いながら信じてくれるレイであった。と── 」
「もうっ !」
真人と美沙。そして、良雄とレイサッシュは瑞穂を信じ迫害なとしない。それは瑞穂にとって万の信頼に値する。億の負の感情をぶつけられても揺るがない巨城だ。
「女同士の友情を確かめあっている所悪いんだけどね。
── その心配の種を取り除いてあげるわ」
瑞穂とレイサッシュの気が弛んだ一瞬、その悪意ある声が二人の脳内に響いた。
『── なっ! 』
瑞穂は純粋にその声に狼狽え、レイサッシュは声の主を探し気配を探る。そして、見付けた。
「随分、早い再戦になったわね」
「あれじゃ、不完全燃焼でしょ。お互いに」
無限回廊の時と同じように突然現れる。藤村里美が笑みを浮かべながら、二人を見据えていた。
── 最悪のタイミングで現れてくれたわね。
そう遠くない未来で、再戦する事になると覚悟していたレイサッシュであったが、よもやこれほど早く相対するとは想像してもいなかった。
現段階で瑞穂は戦力にならず、良雄やベルも戦力として数えるには厳しい。何よりも自分の力の弱体化が著しい今、出来る事には限りがある。
「ミズホ…… アンタは逃げなさい」
「ちょ、レイ」
「ここに居ても出来る事なんてないわ。ならば── 」
その手に持ち続けていた携帯電話をすっと瑞穂に還し、レイサッシュは藤村里美を睨む。その行動で瑞穂は自分のすべき行動を悟った。
「待ってなさいよ、レイ」
「誰に向かって云ってるのよ」
その返事を聞いて、瑞穂は小さく「ふうっ」と息を吐くと一目散で来た方向へ走り出した。だが、
「私の狙いが結城なのは分かってるんでしょ? だったら逃がすと思っているのかしら」
「きゃっ!」
里美がそう云い切る直前に、瑞穂が己の進路を阻む見えない壁に弾かれて尻餅をついた。
「いたたた── もうっ、一体何なのよ」
「結界…… いつの間に」
「隠形系の使い手にいつ結界を張ったのかなんて質問はナンセンスよね。だって、隠す為の術だから知られたら意味ないじゃない」
したり顔で宣う里美に、レイサッシュは隠しきれない実力差を感じざるを得ない。
そもそもが里美の云う通りなのだ。隠形系の使い手は、術だけでなく自分をも隠して戦う。それがこうまでしっかりと姿を晒しているのだから、里美の自信が垣間見れる。
「ご都合結界張るなんてベタな真似止めてよね」
逃げ道を完全に封じられた事を悟った瑞穂は、その場に座ったまま憎まれ口を叩いた。
ただ、その行為は負け惜しみなどではない。憎まれ口はただのカモフラージュだった。
使い慣れた携帯だからこそ出来る事。
瑞穂は画面を見る事なく、リダイヤル操作を里美の死角でこっそりと行った。
── お願い、今度ばかりは出てよ。お兄ちゃん。
真人が電話に出るかどうかは賭けだ。しかし、繋がりさえすればこちらの様子は真人に伝わる。僅かな情報であれ、真人が知りさえすれば局面の打破に希望が持てる。だが、病気が出てしまえば掛け直す為のタイムラグと、電話に出られない状況から耐え凌ぐ時間は大幅に増える事は間違いない。
一分、一秒を争う状況ではそのタイムラグは命取りになりかねないのだった。
「じゃあ、ここで少しだけ授業をしましょうか。結城は既に卒業してるけど、貴女は丁度いい年齢でしょ」
「云ってる意味が分からないわね」
一秒でも多く時間が欲しい瑞穂にとって、里美の提案はこれ以上ない好機であったが、レイサッシュにはそれは分からない。従って、意味不明な里美の提案は不快でしかなかった。
「レイ、ちょっとだけ付き合いましょう。どんな気紛れかは知らないけど、情報を落としてくれるって云うなら決してマイナスにはならないわ」
このままではレイサッシュが短気を起こし兼ねない。そう感じた瑞穂が重ねて賭けに打って出る。里美は当然、レイサッシュにも真意を見せずに二人が納得する言葉を選んだ。
「そっ、短気は損気よ。損する話じゃないから聞きなさい」
保険医とは思えぬ姿勢で里美が云う。その様は教壇に立つ講師と遜色ない。正に藤村先生がそこに居たのだった。




