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「アイツの事、心配? 」

「心配かどうかで云えば、そりゃあ心配よ。けど今は…… 」


 右手を握り、拳を作り、そしてまた開いては閉じる。そんな事を数回繰返しながら瑞穂は答えた。


「自分の事で精一杯、それが本音かな」

「自分の事── あ、碧眼(ブルーアイ)の事ね。ま、このままじゃ時間の問題だからね。そりゃあ精一杯にもなるか」

「…… はぁ? 一体何の事? 」

「えっ、って、アンタまさか…… 」


 ぷるぷると瑞穂を指差しながら、


「保って後数年って気付いてないの? 」

「は、はぁっ! それって、私の命がって事? 」

「ん、そこまでじゃないと思うけど、廃人街道はまっしぐらよ」

「でぇぇぇ…… うっそーん…… まじ」


 軽い反応に見えるが、瑞穂の受けている衝撃はかなり重い。全く考えてなかった生命の危機だけに当然の事だった。しかし、先にも述べた通り反応が軽く見える為、レイサッシュには伝わらなかったようだ。


「ふざけてると本当に死ぬわよ」

「ふざけてなんかないわよっ! 全く、これっぽっちも、微塵も灰燼もっ! 」

「…… ったく、仕方ないわね。んっ」


 真人の影響かそう云い、レイサッシュはゆっくりと右腕を瑞穂の顔の前に突き出した。


「…… 何? 」

「本来、私の専門じゃないから、これでいいのか分からないけどね。魔力の扱い方を教えてあげるわ。私の手を握ってみて」

「どんな風の吹き回し? 」


 意外とばかりに瑞穂は両目を見開いて見せるが、冗談ではなくそうしなければならない状況であるのだと分かった。

 レイサッシュが行う事が正しいか間違っているかなど関係ない。何もしない訳にはいかないという決意の瞳がそこにあったのだ。


「ミズホ…… 」

「分かったわよ。だから、そんな目で見ないで。で、私は何をすればいいの? ただその手を取るだけじゃ足りないんでしょ? 」

「簡単だけど難しい注文をするわ。私が魔力を送り込むから、それを感じればいいのよ」

「…… なるほど、言うは易しね」


 一概に感じろと云われても、何をどう感じればいいものなのか見当もつかない。肌に何かが触れているような感覚があれば困る事などないが、実体を持たないものを感じるというのは超感覚であり、云われてほいほい出来るものではない。


「大丈夫、ミズホには下地があるし、違和感が正にそれだから。変な感じがしたらそれを追い掛けるようにするのよ」

「…… 曖昧な指示ありがと。取り敢えず、最善の努力はしてみるわ」


 最早、そう答えるしかない。

 この一年で嫌というぐらい違和感を感じ続けていた瑞穂にとって、何が違和感なのか感じる力は麻痺しているような気がしているのだ。

 それは腰痛持ちが腰が痛いのをおかしな事とは感じず、痛いのが当たり前と思い込んでいるのと同じだった。だが、光明が見えていない訳でもない。何を以てレイサッシュが下地があると云ったのか、それを考えれば光が見えてくる。

 違和感を違和感と思えないのであれば、それはこれまでの日常で感じたものと似て異なるものを感じれば良い。可能性はゼロではないはずだ。


「やれる事ってその程度なのよね」

「やれる事があるだけマシじゃなくて」

「藁を掴んで土左衛門になる人の気持ちが分かるような気がするわ」


 げんなりとしながら、瑞穂はレイサッシュの手を取った。


「それじゃあ、行くわよ」


 レイサッシュが瞼を閉じたのを確認し、瑞穂も同じ様に瞳から光を遮断した。その方が集中力が増すような気がしたからだ。

 そして、増した集中力の恩恵か驚くほど簡単に違和感を感じ取れたのだった。


「え、これって…… 」


 レイサッシュと繋がった手から、暖かい波のようなものを感じる。


「分かる? 」

「分かるも何もこんな異質な感覚は味わった事ないわ。魔力って人によってこんなに違うものなの? 」


 魔力と括ってしまえば、同じものだと考える。関係のない者でも同じ魔法を使えるのだから、そう考えても不思議ではない。だが、レイサッシュが瑞穂に流した力は瑞穂の知る力とは全く違う。


「そりゃあ、そうでしょ。人によって姿形、声に至るまでまるで同じなんて有り得ないでしょうが」

「そりゃあ分かるけど…… 」

「けど? 」


 云い渋る瑞穂に、レイサッシュは怪訝な表情を浮かべる。


「藤村先生の魔力はもっと私に近かったのは何故? 」




 ……………………………………………………




「瑞穂ちゃんが危険っていうのは、実際の所どの位なんだ? 」


 崖っぷちと崖中ではその危険度に大きな差がある。今、良雄が知るべき事は瑞穂の立ち位置であった。


「そんな事は分かるもんか。けど、あの碧眼は個人の器量を無視して魔力を供給する。魔法を使わなければ放出先を無くしパンクするし、使えば個人の精神力を疲労困憊させる程、大量の魔力を放出するからその身を削っているのと同義なんだよ。姉ちゃんに才能があろうかなかろうが、日に日に追い詰められているのは間違いないな」

「嘘だろ…… 何でそんなもんを美沙さんは、瑞穂ちゃんに譲ったんだよ」

「さあ? 我が身可愛さじゃないか」

「そんな訳あるかっ! 」


 突然、良雄から発せられた怒号に、ベルはブルりと体を震わせた。


「あ、わりぃ…… けど、美沙さんに限って有り得ねぇよ」

「ふ、ふ〜ん、じゃあ制御する力を無くしたんじゃないか」


 実の所、ベルの本命はこちらの答えだった。

 ベルにしてみれば、いつもの軽口程度のつもりだったのに対して、良雄の過剰な反応に面食らったのだ。

 もし、良雄がベルの想像のままの反応をしていれば、場の緊張感は高まる事なくスムーズに会話は進んでいったのだろうが、空気が固まったままの重苦しさが二人を包んでいた。


「あ、えっと…… 制御する力って? 」


 重苦しい空気を作り出してしまったのを自覚してしまい、質問も申し訳ないという態で良雄は聞いた。


「三宝珠って聞いた事あるか? 」


 軌道修正も儘ならないままのベルの答えはぶっきら棒に感じられる。


「いや、知らないな」

「だよな、普通は知らない。セルディアに於いても、碧眼を知る者が居ても三宝珠を知らないのが大半だからな」

「そんなマニアックな物を引き合いに出すなよ」

「ん、疑問すら浮かばないのか。じゃあ、何で俺がその珍品の存在を知っているのか。ってな」


 和やかな空気の中ならそうは感じないのかもしれないが、ベルの言葉一つ一つが良雄には辛辣に思えて仕方がなかった。


「馬鹿な上、鈍感じゃどうしょうもないな」

「すまん、もう一度謝るからもっと優しい言葉を選んでくれ」

「充分、優しいだろう。アンタが気付いていない答えをこうして伝えようとしてるんだから。

 いいか、普通知らない事を知っているって事は、俺が三宝珠を見た事がある可能性が高いという事だ。そして、突き詰めて行けば三宝珠の在りかを知っている可能性もあるって事になる」

「あっ…… もし仮の話だがな。その三宝珠があれば、瑞穂ちゃんは助かるって事か? 」


 返事を待つまでもなく、ベルはそう云っていると良雄は確信を持つ。しかし、


「三宝珠全て揃えれば、まあ確実に助かるだろうな」

「全てって…… 今はその三宝珠はバラバラにあるって事だよな。それを集めなければ駄目って事か」

「否、それは姉ちゃんの器量次第かな。姉ちゃんの潜在力が初代青の魔女並なら、一番強い力を持つ水竜の指環だけでも何とかなる。そして、俺は水竜の指環の所有者を知っている」

「じゃあ可能性は」

「ゼロじゃない。ただそれだけだ。俺にはアンタらがアイツから指環を奪えるとは思えない」


 真人の強さを知るベルがそう云い切る相手。それが誰でどんな姿なのか良雄には想像する事すら出来なかった。




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