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「勘違いしないでよ、か。いいね、王道だ」
「王道って、何の事だよ」
「いいの、いいの、こっちの事だ。そんな事より、さっきの続きを教えろよ」
確信こそあったが、何故ベルが良雄から悪魔食いを奪えないのか理由が分からない。
和奈がベルから奪った事を目にしている以上、原則奪えない事はないはずなのだ。
「ん、続きって奪えない理由か? 分かってるもんだと思ってたぞ。
…… ったく、しょうがねぇな」
理由も分からずあれだけ確信に満ちた顔が出来る良雄の胆力に、ベルは呆れを通り越えた溜め息を吐く。
「悪魔食いは体内に入ると核を残して拡散する。その方が取り込んだ魔力を残さずに吸収出来るからだ」
「…… それ、難しく長い話になるか? 」
二の腕に走った痺れのような悪寒に、受験諸々で感じたトラウマを思い出す。
「ならねぇよ、話の腰を折るならもう止めるぞ」
「う、う〜む、果たして俺に理解出来るのだろうか…… 」
理解出来なければ、聞く意味がないのだ。それこそここで諦める方が建設的ではないだろうか。
「あのなぁ、これ理解出来ないならこの先、何の理解も出来ないぞ。人に散々努力しろと云っときながら、話を聞く前に諦めるのかよ」
「ぬぁ、正論を…… 分かった、頼む」
苦汁の決断とばかりに、がっくりと項垂れる。
「ったく、後は本当に簡単な事なんだ。いいか、拡散した悪魔食いをまた集める為には、核が必要なんだよ。滞在する核に命令を出す事に依って、核が受理し形作る。その状態になって始めて悪魔食いは取り出せるんだ」
「…… んと、つまり、お前が悪魔食いを持っていないから取り出せないって事か」
「まあ、そういう事だ。だから、俺はお前の核を奪いコントロールをする事で取り出せる可能性に賭けた。普通なら無理だが、俺も元所有者だから可能性はゼロじゃない」
「なるほど……って、うん、あれ? 」
ベルの宣言通り、良雄の頭でも理解出来る話だった。だが、話始めた時の拒否感は一体何なのだろう。
「まさか、理解不能なのか? 」
別の次元で理解出来ない事が出てきただけなのだが、ベルはゴミでも見るような目を良雄に向けていた。
「いやいや、流石にそりぁ、ないない」
「本当か? 相手がアンタだと、今一信用がおけないな」
「うむ、それに関しては否定しない」
「否定しろよ。そして、もっと自分を恥じろ」
何気に酷い事なのだが、全く良雄には伝わらない。
「俺に恥じる事など一つもないわ」
「単なる馬鹿か大物なのか…… 兎も角、理解したならいいか。とすると、後は姉ちゃんが理解出来るかどうかだな」
「そりゃ、幾らなんでも俺が理解出来た事だぞ」
「違ぇよ、馬鹿。姉ちゃんが理解しないといけないのは、持ってる力の大きさだ。俺達には扱えない程に大きな力を持ってる。これは危険な事なんだぞ」
瑞穂の潜在能力が高いのは分かっていた良雄だったが、ベルが云う程のものとは思えない。従って、その力が如何に危険なのかも想像出来なかった。
「何だ、その顔…… 俺にその事を気付かせない為に二人だけにしたんじゃないのか? 」
「いや、あっちは別の思惑があってだと思う。それより、瑞穂ちゃんの力が危険って本当なのか? 」
「当たり前だ。姉ちゃんが持つ碧眼は悪魔食いとは格が違う。使えば大き過ぎる力を出すし、所有者の寿命すら食い兼ねない」
「ちょ、聞いてねぇぞ、そんな事…… 」
碧眼は、美沙が瑞穂に与えたと聞く。ベルの話が本当なら、母が娘に与える玩具としては重過ぎる。
── 美沙さん、何考えてんだよ。
そう考えて、先程と同じ悪寒が良雄の中を走り抜けていった。
…………………………………………………
「命惜しさに、娘に穢れを渡したか? 流石だな」
「……… 」
語彙は圧倒的に美沙が上だった。しかし、ルゼルのその一言であれだけ出ていた罵詈雑言がぴたりと止んだ。
「お、おい…… ルゼル。お前、何云ってんだよ。美沙さんもそこで黙るなよ。洒落にならねぇぞ」
沈黙は肯定とほぼ同義だ。他に意味があったとしても、美沙の中にルゼルの言葉を肯定せざるを得ないものがあったという事になる。
「それの何が悪い…… 」
「えっ」
「いいや、悪いなんて云ってないぞ。流石だと誉めてるんだよ。青の魔女様。ただ── 日和ったものだな。以前の貴様なら少なく共、こんな不充分な状態で人に譲る事はなかったはずだ」
「黙れ、この駄犬っ! アンタに私の何が分かる」
美沙が感情剥き出しにする場面など、これまで想像する事すらした事はない。それほど美沙と怒りは無縁だったのだ。
目の当たりにしている今ですら、真人が描いてきた人物像の違いを受け入れ難い。
「何が分かるかだと? お前は私の一部を受け入れていたくせに、今更私が何も分かってないとでも思っているのかっ! 」
「くっ! 」
「おいおい…… ったく、めんどくせぇから、暫くほっとこうと思ったんだけどな。何二人で盛り上ってんだ。主役を放置プレイする脇役が何処に居る。全くふざけんなよ」
真人の言い分の方が、遥かにふざけている。しかし、ヒートアップしつつあった二人をクールダウンさせるには良い間を作った。
「なあ、結局のとこ、ルゼルは不充分な状態で碧眼を譲渡した美沙さんに思う所があり、美沙さんはそんな状態にしてしまった事に負い目を感じている── としか、俺の目には映らないんだけど違うか? 」
『…… 』
「ったく、だったら話は簡単。まずは美沙さんから、碧眼が瑞穂に渡った経緯を聞く。そうしたら、ルゼルが三宝珠について云う。これで平等だ」
勿論、話はそんな簡単な事ではない。だが、何故か真人にはこの二つを聞きさえすれば、上手く歯車が噛み合う予感があった。
「二人共、異論は? 」
普段、素っ気なく物事をたんたんと進めていく真人が、そう聞いた時だけは真剣そのものだっただけに、美沙とルゼルは黙って首を横に振る。
こうして流れが決まれば、定められた者以外が口を開かない方が良い。国会や討論番組など見ていれば分かるが、聞き手が口を開けばそれはヤジとなり収拾がつかなくなる。
決められた者が決められた手順を守って討論する事が、拗れたものを正常に戻す最上で最速の手段となる。
そもそも、相手の意見をしっかり聞こうと心掛けていれば、話している中で口を挟もうとはしない。尊重する気や始めから聞く気がない愚か者が場を乱し混乱を作り上げるのだ。
その点、この場にいる三人はそんな愚行を行う事はない。どんな精神状態でも正常な思考を持っている証拠だった。
「まず断っておくけど、瑞穂に碧眼を渡したのは私の意図した事ではないわ。より正確に云えば奪われたと云うべきかしら」
「奪われた? 瑞穂に美沙さんが? 」
んんっ、となる発言だった。
瑞穂が碧眼を持っているのは充分に理解出来る。しかし、奪われたとなると話が違ってくる。
何故なら、奪うには奪う者が奪われる者より実力がなければまず有り得ない事だからだ。勿論、知略を使い実力差を埋める場合もある。だが、瑞穂がそうしてまで碧眼を美沙より奪う理由がない。それならば、美沙が意図して渡したと云う方が余程説得力がある。
「そ、あの娘がこの世に生を受けた瞬間にね。それでも、これが運命と受け入れたのは私だから、日和ったと云われれば云い返す言葉はないわ」
瑞穂が自分の中から生まれ落ちた日、美沙は半身が分離したような感じを受けた。その時は子供を産むとはこのようなものなのかと、思い然したる疑問もなかったのだが、朦朧とする意識がはっきりしてくると自分の中にあるべき力が無くなっている事に気付いた。
「原因は追求するまでもなく分かったわ。何も知らずにスヤスヤ眠るあの娘から、はっきりと碧眼の気配を感じられたからね」
当初は、瑞穂の中に存在を移した碧眼を何とか自分に戻す様、色々試行錯誤を繰り返していた美沙であったが、どうしても戻す事が叶わず次第に、碧眼が自らの意思で瑞穂に身を宿したのではないかと考え始める。
そうでなければ、成人でも大き過ぎる力が自意識のない赤子の中で暴走せずに静寂を保っている理由に説明がつかないのだ。そして当時、美沙の手元にあった三宝珠の一つ『水竜の指環』の存在が、無理に取り返す必要はないと云う結論を導いた。
「けど、その指環は無くなったんだよね。何時、無くしたのかは分からないけど、無くした後に取り返そうとは考えなかったの? 」
「そうね、その頃にはもう真人君が側に居たからね。そんな考えは全くなかったわ」
「俺が居たからってどうなるもんじゃ…… 」
真人の言葉に、深い溜め息を吐く美沙に呆れ感を全面に押し出すルゼル。
「何だ、この雰囲気…… 」
「まあ、仕方ない事なのだが、お前がそれを云うかと思うぞ、正直」
仕方ないと前置いているが、ルゼルの言葉は建前でしかない。
「肝心な事はすっかり抜けてるのね」
「いやいや、何も分かってないと云うのが本音。俺がアイツの生まれ変わりって事すら、自分じゃ良く分からんしね。もし、実際ライズに会ってなきゃ、全力で否定出来るレベルだよ」
自分と瓜二つのライズの姿を思い出して、真人は少し身震いした。
事情を何も知らないで出会っていたら、ドッペルゲンガーだとも、生き別れた双子だと云われても信じられるほどなのだから、正直気持ち悪さを感じてしまった。だからこそ、余計に生まれ変わりを否定したいのだ。
「そう…… なら、少しだけ説明するわね」
ほんの一瞬の間が少し気になったが、真人は黙って美沙の話に耳を傾けたのだった。




