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「どいつもこいつも勝手な…… 」
美沙は嫌だけど喚べと云い、ルゼルは嫌だから行かないと云う。確かにその辺の事は自由だが、間に挟まれる真人にとってはたまったものじゃない。
── いいから、出てこいや。
(嫌だ、何故にあの胸くそ悪い女と昔話をしなければならん)
「何、あのゲテモノ渋ってるの? 」
(── !)
── あぁ…… ちょーめんどくせぇ。
最早、意地の張り合いの様相を呈している。どちらかが退けばあっさりと纏まりそうな話なのに、どちらも折れる様子はない。
── ったく、こうなりゃ趣味じゃないが無理矢理、契約権限を行使してやる。悪く思うなよ、ルゼル。
(ちょ、ちょっと待てクラインっ! )
── 待たんっ! こういう時、折れるのは男の仕事だ。
(私に性別などないっ! )
知るか、とばかりにルゼルの叫びを無視して真人は、
「顕現しろ、ルゼル」
命を呪として言葉を発した。こうなれば契約下に置かれているルゼルには、真人の言霊に逆らう術はない。
(ちっ、覚えておけよクライン)
正直、真人には美沙を説得するという選択肢もあった。それを面倒と感じ強制力のある楽な道を選んだ。そうなれば、ルゼルにとって裏切り行為に等しく、発した恨み節は本気で怒っているという事になる。そして、姿を現したルゼルは散歩を中断された犬のように不機嫌そのものだった。
「えらく久しぶりね。没落魔王、元気してた? 」
「気分以外は良好だ。この性悪女。出来れば二度と会いたくなかったぞ」
「あら、奇遇。私も同じ気持ちよ。流石に百年単位で会わないと、駄犬だとしても少しは気が合う部分が出来るものなのね」
── いやいや、油が水の中に百年有ったって混じり合わないだろ。
こうして会わせてみて、やっと働く真人の直感。
「ふぁははは、殺すぞ小娘」
バクリと口を開けて威嚇する様は、犬そのものだけに、人語を話すと大きな違和感があった。
「はっ、殺れるもんならやってみな。ちょっと外見が雑種から血統書付っぽく変わったからって、アンタの中身は何も変わってない。犬らしく尻尾振ってれば良かったって心より思わせてあげるわ」
── おいおい、マジで何だこれ。
美沙もルゼルも普段話している時は、一般レベルでいえば落ち着いている者の部類に入り、無条件で人を罵るようなタイプではない。にも関わらず、この二人が対峙した瞬間に罵り合いを始めたのだ。
── 瑞穂とレイの比じゃねぇな。近親憎悪か?
『違うっ! 』
口に出した訳でもないのに、口を揃えて否定をする二人。流石に面を喰らって顔を背けた真人は苦々しく「やっぱ合ってるじゃねぇか」と思うのだった。
……………………………………………………………
「うふっ、ふふふ…… 」
「何をしてたの? 気持ち悪いぐらい顔が緩んでるけど」
電話を切った直後、瑞穂の緩んだ表情を見て、レイサッシュが興味津々と話し掛けてきた。
「えっ、緩んでる…… そっか、んふふふ」
「ちょっと、本気で気持ち悪いわよ。何をどうしたら、そんなアホ面を人前に晒せるのよ」
さっきまでなら、言葉の売り買い合戦が勃発してもおかしくないレイサッシュの言い様だったが、今の瑞穂には何の効果もない。
「んふっ、アンタと私の歴史の差を認識したって事よ」
「??? 」
「分からなかったらそれでいいわ。今の電話で兎に角、私は上機嫌なのよ」
「…… でん、わ? 」
と、レイサッシュは、ぽかーんとしている。
「え、電話知らないの? 」
「だから、何をしてたのって、聞いたじゃない」
「…… あ、そーゆー事」
やっとの事で、レイサッシュの質問に対して認識の違いを理解した。
瑞穂は、レイサッシュの質問に対して何を話していたのか? という認識を持っていたが、レイサッシュは瑞穂の行為そのものが不理解だったのである。
何をやっていたのかという質問に対して、分からないならいいと云う返答は、不親切であり相手が納得するはずもない。
「電話は離れた相手と話す事が出来るのよ。今は、お兄ちゃんに現状報告をしていただけよ」
「マサトと会話って…… 嘘でしょ」
セルディアにも電話と同じ機能を持つ魔術具はある。だが、それは特定の場所で優れた魔術士が二人、それぞれの場所で待機している必要がある。
確かに便利な道具だが、その分制約が厳しいのだ。先程の瑞穂のように「ちょっとゴメン」と気楽に抜け出し、殆ど移動もしないまま会話を成立させるなど、あり得ない事だった。
「うーん、嘘って云われても…… こっちじゃ特別な事でもないし」
「は? それって誰でも出来るって事なの」
「異常に食い付くわね。ま、これを持つ者同士なら、基本、何時でも何処でも誰でも話す事が可能よ」
一旦はバックにしまったスマホを取り出し、レイサッシュの目の前でプラプラ振ってみせる。
「そんな黒箱で…… 」
レイサッシュの視線がスマホを追い掛けて右往左往し、その手にとってみたくなったのか、ひょいと手を伸ばした。しかし、レイサッシュの手がスマホに届く寸前に、瑞穂はひょいとその手を交わす。
「あっ…… 」
触れられると思った寸前での「待て」で、レイサッシュの目に淋しさがありありと出た。
「何すんのよ」
「見せてくれても、いいじゃない」
ちょいちょいと手を伸ばすレイサッシュに、その手を悉く避ける瑞穂。
── こりは…… ヤバいわ。
レイサッシュの挙動がジャレついてくる猫のように見えて楽しくなってくる。しかも、小柄な美少女がなのだから、SでなくてもS心を擽られてしまう。
「意地悪しなくてもいいじゃない」
レイサッシュの懇願にも、瑞穂はホクホクと表情を緩め、
「嫌よ、壊されたくないもの」
「壊さないから、ちょっとだけ」
「んふっ、い、や」
本気で嫌がっているなら、つく諦めもこうもニヤけ顔でいられたら、ますます奪い取りたくなってしまう。だが、壊れるというキーワードを云われてしまっては、戦闘と同じ感覚で動く事も出来ない。
「こんな事して楽しいの? 」
「うん、めっちゃ楽しい」
「…… 」
── 駄目だ。
瑞穂の目は完全に楽しんでいる。このまま、自分の欲求に応じ続ければ瑞穂の思うがままに精神的蹂躙をされる。
「じゃ、じゃあ…… もう、いいわよ」
苦渋の決断であったが、先が見えている未来より、精神の安寧をチョイスするレイサッシュ。しかし、心から望む欲求はそう簡単に消えるものでも、隠せるものでもない。
「もう、いい」としながらも、その顔には無念の色がありありと出ている。
「むふっ、あらいいの? そっか残念ね」
含みを持たせながら、ゆっくりとバックにスマホをしまう様子を瑞穂が見せるだけで、レイサッシュの顔は「ああっ!」という表情になるのだ。
最早、交渉など出来る状況にはほど遠く、レイサッシュは一方的にサンドバッグとして殴られ続けるしかない。どう足掻いても安寧など得られるはずがなかった。
「うっ…… 」
そして、その結果を受け入れざるを得ないと理解した時、レイサッシュの瞳には大粒の涙が溜まりだす。
「なっ、それは…… 」
泣く子には鬼でも敵わない。それが美少女の涙なら、男でなくても心を揺さぶられる。
うるうるとした顔で見上げられ、その上「ほんとにダメ? 」と甘えた声を出された日には、
「ダメじゃないっ! 好きなだけ見なさいな」
と、折れざるを得ない。
「ありがとう、ミズホ── 」
手渡されたスマホを繁々と眺めて、あっちこっち弄り捲る。だが、
「何も起きない…… 」
「ま、当然よね」
携帯電話など知らない外国人に渡した所で、使い方など分かるはずもない。それでもレイサッシュが一心不乱にスマホを弄るものだから、気付くまで待っていた。
「まず横にあるボタンを押すのよ」
「ボタン? って…… これ? 」
「そ、すると── 」
「わっ、何これ」
画面に現れた画像を見て、レイサッシュは驚きの声を上げる。
「そうしたら、その画面に指を当てて下に滑らせてみて」
「う、うん、こうかな? 」
正に恐る恐るを体現した態で、教わったようにスライドさせた。
「わ、わ、わっ! ミズホ、コレ凄いっ! 」
レイサッシュが見たのは、待ち受け画面である。
そこに映るのは幼い真人と瑞穂。そして、その二人を見ながら微笑んでいる美沙と信司だった。
それは、単なる写真である。しかし、写真を知らないレイサッシュからすれば、繊細という言葉では足りない精密な絵画に感動を覚える。
「写真一枚に何感動してるのよ」
「写真? それが何か分からないけど、私にはこんな絵は描けないわ。それが出来る事に感動するのは変な事? 」
「へっ…… あ、あれ? 」
写真など瑞穂が生まれる遥か前からあるものだ。昔の写真に懐かしさを感じる事はあっても、感動を覚える事などほぼ無い。だが実際、ボタン一つで誰にでも素晴らしい絵画以上の映像を残す事が出来る。
あまりにも当たり前に存在しているから忘れてしまっているが、これは人が作り出した叡智の結晶なのだ。寧ろ、感動しない方がどうかしている。
「はぁ、レイにこの世界の全てが忌避するものじゃないって教えるつもりが、まさか私が科学の素晴らしさを教えてもらう事になるなんて…… 」
「ね、何でミズホはこの絵に感動しないの? 見慣れてるから? それとも感性が鈍いの? 」
「あんまりずけずけと物申さないでよ」
その質問が、核心を得ているだけにショックが残る。
「多分、感性が鈍いが正解よ。この写真ってヤツは有り触れ過ぎてるから、レイが今感じているような感動は一度も感じた事がないのよ」
「有り触れて…… る? 」
「そ、これと同じものは撮れないけど、これと同じ位のクオリティーの写真なら、レイだって簡単に撮れる事が出来るわ。なんなら試してみる? 」
正面に広がる菜の花畑を指し示し、瑞穂がそう促すと、レイサッシュはただただ無言で何度も頷いたのだった。




