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「何で出ないのよ! 」
着信履歴を確認し、瑞穂の名前を見ると真人はそのまま発信。ワンコール鳴るか鳴らないかで出た瑞穂の第一声がこれだった。
「手元に携帯がなかったんだ」
「ふぅん、留守電設定してないから随分鳴ってたわよね。それに私が切ってからのレスポンスには作為的なものを感じるわね。どうせ、電話が鳴ったはいいが使いなれてないからと、多々良を踏んで出なかったんでしょ」
「千里眼かお前…… 」
「そんなもん持ってなくても分かるわよ。もう、通話代勿体無いじゃない」
瑞穂は掛け放題のプランを選んでいるが、ほぼ使わないと容易に想像がついた真人は基本使用料だけのプランを選んでいた。
この際、どのプランが一番オトクなのかは棚に上げておくとして、基本使用料だけのプランは兎に角、通話代が高くつく。しかし、掛かってくる事も、掛ける事も殆ど無かった真人にはそんな認識はあまりなかった。
「そう思うなら、さっさと用件を云って切れよ」
そうは云っても真人の口からは「なら、掛け直せよ」と云う台詞は出てこない。
「はぁ〜、相変わらず『もしもし』が苦手って、どんな弱点なのよ」
「うっさいっ! もしもしが苦手なんじゃない。何か電話にはもしもしって云わないとならない風習が嫌いなだけなんだ」
「へー、さいですな」
取るに足らない言葉に嫌悪感を抱くのはよくある事だ。大半の人間なら死を連想させる言葉や不幸を招きそうな言葉を口に出したいとは思わないだろう。真人にとって「もしもし」はそれに該当する。
自身なるべく使わないようにしていても、電話口の向こうと意思疏通がかなわなければ、どうしても使わざるを得ないのも、向こうが「もしもし」を連呼するのも鳥肌ものなのである。そうしている内に身に付いた習慣が、なるべく電話は使わないという事と、掛かってきた電話には出ないという事だった。
電話を使わなければ当然、聞く回数を減らせるし、一連の流れで最も「もしもし」が使われるのが、
「はい」
「あ、もしもし、俺俺…… 」
と、云う流れである。つまり、掛けた方が圧倒的に禁句を云う。電話に出ずに掛け直し、自分が云わないように注意した方が「もしもし」遭遇率は下がるという理論が成り立つのだった。
「通話代についてはお前が心配する必要はないだろ。それより── 」
「あの子の事ね。今は良雄君と二人だけど、これで良かったのよね」
「ああ、俺やお前じゃ何を云っても逆効果になるからな。多分、可能性があるのはアイツだけだ」
才能の有無ではない。持っている力を使う者と拒否する者の差が、ベルの心に届く可能性を秘めている。
「万が一、ダメだったら? 」
「その時は、ベルが路頭に迷う事になるだけだよ」
「そ、ならいいけど…… 」
真人の確信とは別に、瑞穂は一抹の不安を抱いている。だが、良雄と同様に自分にもやらなければならない事がある。
「俺はお前達を信じてる。何も云わないでも、自分のやるべき事を出来るヤツは出来る子だ」
「全く、いい加減なんだから」
「そりゃ、心外だな」
真人も口から出まかせなしているのではない。本気でそう云っているのだ。
「お前は平気か? 」
「私のミッションが一番楽だもの。後は、お兄ちゃんの暗証番号を聞けば万事OKだよ」
「0328」
「えっ!それって…… 」
真人が財布を渡した時、必ず一度はこうして連絡をしなければならないと思い、態と保留にしていた暗証番号だが、真人が選んでいた四桁の数字は、瑞穂の心に喜びと安堵と少しの優越感を与えた。
「大切な数字だ。安易に洩らすなよ」
「うん、ありがと、お兄ちゃん。それと、何をするのか分からないけど頑張ってね。多分、一番大変な役回りなんでしょ」
そう満足げに云って、瑞穂は電話を切った。
「あっちは上手く回りそう? 」
「美沙さんの娘と選んだ者なんでしょ。だったら聞くまでもないんじゃない」
携帯をそのままあった場所に戻し、真人は振り向き美沙と再び向き合う。
美沙の顔には最早、思案している色はない。完全にこの先の展開を纏めきったという表情だった。
── あらら、ホントに面倒だな。
美沙を相手にするのに後手に廻れば、取り返せないビハインドを背負う。それが分かっていても、グイグイと攻める事が出来なかったのだから、この過失は割り切る他ない。
「じゃあ始めようか、真人君」
「何を云ってるんですか…… 人を散々待たせておいて」
「待たせた? 私が? 」
自覚があるかないのか、美沙と話すといつも主導権を奪われる。
聞きたい事があるでしょ?
そう聞きてきたのは美沙だ。しかし、その後考え込んで沈黙をしてきたのも美沙だ。
「ま、確かに話すとは云ってなかったですけどね。ったく、やりにくいったらありゃしない。
で、今は話す行程に決まりがついたと思っていいんですよね? 」
「何に剥れているのかよく分からないけど、そういう事でいいわよ」
「なら、単刀直入に── 宝珠は何処にありますか? 」
青の三宝珠── 今はリングとネックレス。そしてワンドとして存在しているであろう魔力蓄積石である。
碧眼は悪魔喰いと同じ魔力増幅器だと思われているが、その実全く別物であり、更に云えば悪魔喰いですら増幅器などではない。
碧眼は魔力精製器、悪魔喰いは魔力蓄積器。つまり、青の三宝珠と悪魔喰いは同等の位置付けとなるものなのだ。
ただし、その貯蓄方法が違う。
悪魔喰いは、外部から魔香を所有者が食らう事によって魔力を蓄積していくが、三宝珠は碧眼が作り出したものを蓄積して、所有者に碧眼の魔力を分配提供する。
この中間作業があるから、強大な魔力を人間が使いこなす事が出来るのだ。
「三宝珠ねぇ…… 」
「本来、対になるべき三宝珠を瑞穂は持ってない。これじゃあ、魔力を使いこなせないのは当然の結果です。何で碧眼を渡しておきながら、三宝珠を与えないんですか? 」
本来の所有者であり、シリアの生まれ変わりである美沙がこの事を知らぬはずがない。そこに何かしらの意図があるのは分かるが、その意図の全容が真人には分からなかった。
「無い袖は振れないからかな」
「は? 」
── 無いってどういう事だ?
美沙が返した答えの意味が、脳の溝に溶け込まないような錯覚を覚える。
繰り返しになるが、碧眼と三宝珠は対であってこそその力を存分に振るえる物なのだ。どちらか一方しかないというのは、宝の持ち腐れになる。
「無いなんてありえないでしょ。冗談はやめて下さいよ」
「冗談でも嘘でもなく本当の事よ。私は三宝珠の一つも所有していないわ」
「ちょっ、一つもってまさか…… 」
最悪の想像が真人に浮かび、それが真実である可能性がその一言で最も高いものになる。
「うん、おそらくだけど三宝珠はバラバラに存在して、今何処にあるかなんて全く分からないわ」
「…… 嘘だろ」
「だから、嘘じゃないわよ。何でこんな事になっているのか、私の記憶にもないわ。多分、知っているのは── 」
そう云い、美沙の視線が真人の胸の辺りに突き刺さる。
「俺の中に居る存在…… 」
「そういう事。じゃ、喚び出してくれるわよね。ジンを」
如何にも本意ではないという顔で、美沙は真人の契約精霊を所望した。
「ジンなんていないよ」
「あら、あのクソ犬、真人君を見放したの? 」
「い、いや、そういう意味じゃなく、俺の契約精霊はジンなんて名前じゃ── 」
「ごめん、私にとっちゃあんな存在の名前なんてどうでもいいのよ。不本意にも供に過ごした時間、アイツはジンだったっていうだけなの」
出さないと噛み殺されそうな勢いがあった。
「何だ、一体…… 」
美沙が初めて見せた負の感情に、真人は美沙も人間なんだなと場違いな感想を持ちながらも、その望みに応えるべく精神を集中させる。
── ルゼル。
(しらん、俺に構うな)
そして、召喚に応えない精霊がそこにいたのだった。




