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「一寸待て、もしかして二人供、俺の事に気付いてたのか? 」


 割り込んだ後の真人と美沙の反応から、良雄は担がれた事を知る。


「まあ、な。お前が珍しく何かを云いたそうにしているのに、そのタイミングが掴めないような素振りをしていたからな」

「そうね。そのままにして置いても、その内話すだろうとは思ったんだけど、それじゃあツマラナイって真人君がアイコンタクトを送ってきたのよ」

「ふぁっ! 」


 あっさりと切り売りされて、真人は妙な声を脳天から吐き出した。


「…… 真人」

「そんな目で俺を見るな」

「俺はどれだけ強くなればいい? 」

「はぁ? 」


 怒るかと思いきや良雄は真剣な顔をして、そう真人に問いただした。


「お前と供に行く条件だよ。瑞穂ちゃんは、魔力を操作出来るようになる事。なら、俺はどうすれば連れて行って貰えるんだ? 」

「なんだお前、悪魔喰い(デモンイーター)なら俺が引き取るって云っただろう。もう関わる必要なんてないだろうに」


 てっきり元の生活に戻るものだと思っていたのだが、良雄もまた瑞穂のように放り出すつもりはないらしい。


「引き取るって、コイツみたいに口に手を突っ込まれてか。そんなん嫌だぞ、俺は」


 死んではいなかった顔無し(ノーフェイス)を連れてきていた良雄が寝顔を見ながら云う。


「いやいや、素直に出せば苦しい思いをしなくていいって、和奈も云ってただろ」

「どう素直に出すんだ、コレ?」

「あっ…… 」


 引き取ると簡単に云ったものの、どう引き取ればよいものか皆目見当がつかない。


「だろ。当人だって、どう収まっているかも分からないんだ。素直に出せと云われても困る」

「そりぁそうだな」


 困った挙げ句、美沙に視線を向けるが、美沙は首を横に振る。


「それにな。やっぱやられっぱなしっていうのは性に合わん。返すにしても借りと一緒に秀明に叩き返したいと思う訳だ」

「なるほど、けどな── 」


 真人にしても、良雄の気持ちは分かる。どんなに小さいと分かっていても、譲れないプライドがあるのだ。だが、だからといって一緒に来いとは云えない。

 危険度は里美と和奈の二人を相手にするより数倍になる。そんな場所へあの二人より格下の顔無し(ノーフェイス)に手も足も出なかった者を連れて行く事を、誰より真人が不安になっている。


「レイのレベルでも危険な戦場に立つ意味を分かっているのか? 」

「護ってくれなんて云わないぜ」

「アホ、それじゃいいか── なんて、なる訳ねぇだろ。護れなきゃ、俺は絶対に悔やむし自分を貶める。そうなった時の事をお前は考えてるのか」

「いや、全然」


 だろうなと思いながら、真人は良雄を見てみると、その表情に悪びれる様子は全くない。何かをする時に、かもしれないとだけ考えていれば先に進めないという事を知っている者の目だった。


「ったく、だったら一ヶ月でレイを超えてみせろよ。それくらい出来れば連れてってやるよ」

「えっ…… そりゃあ、ハードル高くないか」


 自信無さげに情けない顔をする良雄。だが、真人はそんなに無理難題を押し付けたとは思っていない。

 良雄自身気付いてないのか、対人戦闘に関しては既にレイサッシュを上回っている。精霊術と魔導術が、その壁となっているだけなのだ。つまり、裏を返せば良雄が魔導術を使えるようになれば、越えられない壁ではないという事になる。


「その程度の事はやってもらわんとな」

「おい、何の助言も無しか? そりぁ、あんまりにも不人情じゃないか」

「まるで考えないで情けねぇな。てめぇのタイプを考えれば自と答えは出るだろ。

 お前は後方から魔法で支援するタイプか? 違うだろ。そうやって精査していくんだよ」


 勉強でも仕事でも同じ事だ。

 自分が何を出来るのか、それを知らない内は成長のしようがない。


「そんなん考えてたら、一ヶ月なんてあっという間に過ぎるだろ」

「もう知らん…… 」

「真人ぉ…… 」

「はぁ〜、馬鹿だと自覚してるだけマシなのか」


 自分で何も考えない者の中でも、劇的に成長する例外がある。その例外がまさに良雄のようなタイプだった。

 世間的に自分で考えない奴は駄目だという風潮がある。それはそれで間違いない事ではあるのだが、そういう己を知り、云われた事を愚直に繰り返すようなタイプには、逆に考えさせないようにする事で成長する時もあるのだ。だから、正確に前述の風潮を伝えるのであれば、よく考えずに行動する者が駄目なのであって、評価をする立場にいる者はその人間のタイプを見極める能力が必要という事になる。


「そうだな、だったら── 」


 良雄の成長にはただ闇雲に体を痛め付けるような修業は必要ない。今は魔力の使い方を学ばせる事が何よりも必要な事なのだ。そう考えて、真人が出した結論が、


「明日からの一週間、暇がある時は自分が戦っているイメージをしろ。勝つパターン、負けるパターン何でもいい、それ以外は普通に過ごせ、体を動かすような修業は一切不要だ」

「へっ? それって、イメージトレーニングだけをしてろって事か? 」

「ああ、その通りだよ」

「ふぅーん、そういう方法を選んだか」


 真人の選択の意味を完璧に理解し、美沙は小刻みに頷く。


「間違っちゃないでしょ? 」

「それは分からないわよ。でも、対象が良雄君だけに面白いと思うわね」

「俺だけにって…… 」


 分からぬのは本人だけという状況で、流石に少しは考えようとする姿勢を見せるものの、


「だあぁぁー! めんどくせぇっ! 兎に角、やればいいんだな」


 すぐに諦めて、云われた事を実行すると決める。これで「やれ」と云われた事をやらない男であれば、三下り半を下しても良いが、そうはならないと、真人と美沙は確信している。


「そ、複雑な事は考えないでやればいい」

「おう、やったるわい。けど、何で明日からなんだ? 別に今日からだっていいだろ」

「あら、良雄君には買い物を頼んだでしょ。まさか、私のお願いなんて聞けないって云うのかしら」


 ニコニコしながら、既に恐喝の域に達しているお願いをする美沙。そして、そのお願いを決して断る事が出来ないほど調教されている良雄は、パブロフの犬のようにコクリと二回頷いた後、頭をそのまま下げたまま項垂れている。だが、その姿勢は長くは続かなかった。


「もうっ! いい加減にしてよ」

「アンタこそ、いつまでそうしているつもりよ」


 ドアの向こうから云い争っている声がする。


「いつまでもよ。こんな格好で人前に出られる訳ないじゃない」

「こっちじゃ、それが普通だって何度説明させるのよ。あんなコスプレ衣装より恥ずかしくないわよ」

「なっ、アンタはまた神聖な神官衣を── 」

「馬鹿になんかしてないわよ。その土地にあった民俗衣装は、その場にいなければ違和感があるって云ってるだけ、郷に入ったら郷に従えって言葉知らないの」


 こんな会話に良雄は、ネコ耳立てて反応する。

 言葉から推測するに、レイサッシュの格好はこちらでは至って普通の格好なのだろうが、良雄の脳内ではレイサッシュの恥ずかしい姿が描かれている。

 まさに「男って馬鹿ね」の典型だった。


「女々しいわね」

「私は女だから当然でしょ! 」

「ええぃ、女は度胸よ。それっ! 」

「ちょっ、ミズホ…… 」


 ドアをこじあけ、瑞穂がレイサッシュを引き摺り込む。


「へぇ〜」

「ほぉ〜」


 レイサッシュは、ショートパンツにタンクトップ、薄手のカーディガンを羽織るという普通の格好をしていたが、美沙と良雄が感嘆の吐息を洩らしたように実に絵になっていた。


「似合ってるじゃないか」


 そして、真人もまた美沙達と同じ感想を持ち、思った事をそのまま口にしただけなのだが、それを聞いたレイサッシュは顔を真っ赤にして急にもじもじし始める。レイサッシュと出会って三ヶ月、真人が初めて見る表情だった。


「でも、やっぱりこれは…… 」


 ホットパンツに比べれば格段に露出は少ないのだが、それでも着なれない衣服で普段は全く露出のない姿でいるレイサッシュは恥ずかしくて仕方がないといった様子。隠せるはずもない両手で、必死になって露になっている肌を隠そうとしている。


「…… これは、そそるでゲスな」

「う……む…… 」


 恥ずかしがるレイサッシュを見て、真人も同じ感想を持ったのだが、瑞穂の視線が鋭く突き刺さり素直に同意する事は出来なかった。


「何、云ってんのよ。大体、アンタに合うサイズがない中で最善のチョイスなんだからね。それに街中に出れば目立つ格好じゃないわ── 飽くまでも格好は、だけどね」


 最後の一言は、レイサッシュに聞こえないように呟く。

 瑞穂にしても、レイサッシュの初々しさはとてつもなく可愛く見える。このまま外に出れば格好は普通でも、目立つ事は受け合いなのだ。


「外って、別にこの服があるなら出なくてもいいじゃない」

「アンタねぇ、一着を何日着続ける気なのよ。インナーだって用意しないといけないし、足りない物が一杯あるの」

「い、いんな? 」

「下着よ、下着っ! 」


 確かにこれは人に借りるのも、貸すのも憚れる。だが、瑞穂の機嫌が悪くなったのには違う理由があった。


「ったく、その顔と体のサイズでなんだって、私より胸があるのよ…… ロリ巨乳なんてマニアを怒らせるだけじゃない。ロリならペタでいろって云うのよ」

「??? 」


 着替えさせる時に気付いた事実だった。レイサッシュは、その豊満な胸をサラシでキツく縛り目立たないようにしていたのだ。それ故、仮として新品の下着を一応用意したものの出す事が出来なくなってしまった。

 デカければいいってものじゃないと、常々思っている瑞穂だったが、今回ばかりは負けたと感じてしまった。


「ミズホの云ってる意味が分からないわ」

「うっさい、分からなくても謝れ! 」


 八つ当たりでしかないが、何となく雰囲気を感じ、突っ込む者はいない。こ憎らしさ余って可愛さ10倍といった瑞穂の心境を皆が悟っていたのだった。




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