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「さて、真人君はどうするのかな? 」

「どうするって…… ねぇ」


 どうもこうもない。どう考えても、真人に逃げ道などないのだ。

 美沙が本気で反対しているのであれば、騙し空かしセルディアに逃げてしまう選択肢もあった。しかし、こうなっては、瑞穂が自ら力がない事を認め諦める事を待つしかない。


「何も教えないっていうのは卑怯なんですよね」

「当然っ! 」

「お前に聞いてねえよ。頼むから少し黙っててくれ」

「何よぉ…… 」


 何故か美沙を味方に引き込んだと思い込んでいる瑞穂は、完全に浮かれモードに突入している。


「あのなあ、美沙さんが出した条件は、お前を養護するような代物じゃないって理解しろよ」

「は? どういう事? 」

「今のままじゃ、お前はその魔力を操れないって事だ」

「え、だから知識を…… って、お兄ちゃん」


 反論しようとした矢先に、真人は頭を抑え盛大に溜め息を吐く。


「知識どうこうの問題じゃないんだよ。碧眼(ブルーアイ)を舐めんな」

「ぶるーあい? 」


 ── って、そこからかよ。


 自分が持たされた力の存在すら知らされてない。それでいて、その力を使いこなす事を条件にする。


「美沙さん…… ホントに性格悪いよ」

「うふふ」


 昔から変わらない笑みを浮かべて、美沙は肯定も否定もしなかった。


「何がどうなってるの? 」

「分からない? あの人は絶対に出来ない事を、貴女に押し付けてその様を楽しんでるのよ」

「あ、なるほど…… って、そうなの? 」


 何やらレイサッシュの物言いに納得のいかない顔をする。


「貴女、オツムも弱いのね」

「むっ…… ふん、無駄に大人ぶる童顔女よりは、可愛げがあるってもんでしょ。それに、お母さんの事を何も知らない奴が偉そうに語らないでくれないかしら、不愉快を遥かに越えて殺意を覚えるから」

「あらあら、嫌悪な雰囲気ね」


 瑞穂とレイサッシュが臨戦態勢となる中、困るどころが楽しそうにそうした原因が呟く。


 ── ったく、仕方ないな。


 美沙に止める気がないのであれば、真人が動くしかない。まるで制御出来るとは思えないが、真人は重い腰を上げた。


「互いに何が気に喰わないのか知らないが、そこまでにしておけよ」

「「でもっ! 」」


 息ピッタリにハモり、瑞穂とレイサッシュは顔を見合わせて押し黙る。あるいは、案外気が合う資質があるのかもしれない。


「あ〜すまんが、でもも、だがも、しかしも無しだ。分かりきった並行線を仏の心で聞いてやる気分じゃないからな」


 真人はそう釘を刺してから、


「はっきり云うが、レイが間違ってるぞ。少なくとも美沙さんはそんな悪趣味は持って── ないよね? 流石に」


 言い切って、途端に自信を無くしたのかトーンを落として確認する。


「さあ、どうかな」

「美沙さん…… 」


 真人が情けない声を洩らすと、美沙はクスクス笑っている。


「ま、まあ、兎に角そうなんだ。俺が性格が悪いって云ったのは、瑞穂に対する条件じゃない。俺の逃げ道を塞いで選択肢を与えないからなんだよ」

「どういう事? 」


 真人の説明では今一分かりにくかったようで、レイサッシュは聞き返してきた。

 そこで真人は、


「レイ、お前から見て瑞穂はどう思う? 」

「何も知らないお姫様── しかも、仕えるに値しないね」


 もっとオブラートに包んだ物言いをすれば、波風立たないのだが、レイサッシュは忌憚なき意見をぶちまける。


「私だって、アンタみたいな陰険メイドなんていらないわよっ! 」


 ああレイサッシュが云えば、こう瑞穂が云う。


「…… ったく、でもまあ、その通りだよ。瑞穂は何も知らない。だから、この勝負は俺がいなければ成り立たない。そんな中で、俺が教えずに見捨てれば瑞穂は、勝ち目のない勝負でもがく事になるだろ」

「ふーん、そんな様は見たくないって云うの」


 乙女心に嫉妬という火を点けて、レイサッシュは剥れている。


「まあ、それもあるんだが…… はぁ…… 」


 頭を掻きながらチラリ瑞穂を見て、溜め息を吐く真人。


「コイツは馬鹿だからな。無駄とも気付かずに諦めるような事はないんだよ」


「むぅ、馬鹿って何よぉ…… 私だって、納得したら諦めるわよ」


 そうは云いながらも、真人の言葉を否定しない瑞穂。全く諦める気はないのは明白だった。


「んでな問題はこの条件だ。美沙さんの条件に瑞穂が挑戦し続ける限り、この勝負は終わらない」

「あっ! そういう事…… 」


 ここでその意味に気付き、レイサッシュは美沙をジト目で睨む。


「ふふふ」

「案外策士ね、あの人」

「そうなんだよ。ったく、困ったもんだ」


 瑞穂の願いが真人達に着いて来る事であるなら、真人は謂わば景品となる。その景品が結果が出ない内に勝手に居なくなる訳にはいかない。それは景品が欲しくて、ゲームに時間と労力を費やしている者への冒涜になるからだ。

 勿論、この勝負は美沙が勝手に提案して、瑞穂が勝手に乗ったもので、真人は同意などしていない。逃げるも消えるも自由ではあるが、例え真人が消えても瑞穂はせっせと無駄な努力をする事だろう。

 そんな結果が見えているのに、真人が逃げるような真似をするはずがない── そこまで、美沙は計算しているのだ。

 真人が解放されるとしたら、全てを伝えその上で瑞穂自身が無理だと諦めなければならない。しかし、それであっても短期的解決はないといえた。


「どんなに頑張っても、一ヶ月以上の月日は取られるか」

「たまの帰京なんだから、少しぐらいはいいんじゃない。あ、そうそう── おかえりなさい真人君」

「あっ、くそぅ…… きたねぇよ」


 その言葉を聞くまで実感がなかった。だが、今は帰ってきたという事を強く実感してしまった。

 何回聞いたか分からない「おかえり」という一言にこれだけの力があるのだな── と、思い少し怖くなったが、真人はある欲求を抑える事が出来なくなっている。


「ただいま、美沙さん。あーあ、これで陥落か」


 帰ってきたと実感すれば気は軽くなり、自分の居場所に腰を下ろしてしまえば、もう立ち上がる気力が無くなる。少しぐらいゆっくりしてもいいかと思い始めてしまう。


「チョロいわね」

「勘弁して下さいよ」

「ふふっ、駄目よ。真人君は私の掌の上で踊り続ける運命なんだから。それに……」


 何かを云いかけて美沙は口を噤む。


「それに? 」

「う、う〜ん、何だったけ忘れちゃった」


 云いかけて忘れる事などよくあるが、本気で忘れたようには見えなかった。だが、不要な突っ込みは薮蛇になる。真人は「あ、そっ」と軽く受け流した。


「それじゃあ、真人君達の長期滞在も決まった事だし、瑞穂と良雄君はレイサッシュちゃんを連れて買い物に行ってきて頂戴」

「はあ? 何で私が」


 少しも嫌な顔を隠そうともせず瑞穂はそっぽを向いた。


「あら、真人君はまだ安静にしている必要があるし、だからと云ってレイサッシュちゃんをそのままの格好で居させる訳にはいかないでしょ」


 レイサッシュは白をベースにした、ラフィオンの神官衣を身に付けている。それはこちらでは巫女のようであり、セルディアならばない違和感がムンムンしている。

 少しの間ならコスプレで通用するかもしれないが、長期でそれ一着は無理がある。


「確かにこの格好で街中に行かせられないけど…… 」

「どうしても嫌なら真人君の服を貸すしかないわね。ま、それもアリか」

「な、無しよっ! あぁ、もうっ! 一寸貴女、一緒に来なさい」

「え、はっ? えっ…… 」


 その剣幕にレイサッシュは悪態をつく暇もなく、瑞穂に手を引かれ退出させられた。


「ふぅ、あの娘もチョロいけど、あの調子だとこの先不安が残るわね」

「美沙さん、何かありました? 」


 真人がよく知る美沙が、何やら違う人物に思えてきた。


「何でそんな事を聞くのかな」

「まあ、何となくなんですけど、吹っ切れたように見えるんですよ。悪い意味じゃなくね」

「吹っ切れたか、それは正しいかも。真人君が居なくなってから、凄く気が楽になってね」


 何となく自分が美沙にとって負担になっていた事は分かっていたが、こうも直球で来られるとやはりショックだった。



「なんてったって格好付けずに済むからね。自然体になると、良き母が理想の母でないと分かるのよ」

「格好付けてた? 」


 確かに以前の美沙は、もっと人の事ばかり考えていた。それは良い意味でも、悪い意味でも成立する。有り体にいえば、人の顔色を伺ってその時にベストな判断と言動をしていた。だが、その行動に不自然さはなく、無理をして格好付けていたとは言い難い。


「知らないの? 人間は好きな者には、良く見てもらいたいと思う存在なのよ。そして、その為なら多少の無理なら何とか出来るものなの」

「するってーと、美沙さんは俺が居たからあの美沙さんだった。で、俺が居なくなったから、本来の自分に戻ったって事でOK? 」

「OKよ。こんな私は幻滅かしら」

「いんや、少し性格がネジ曲がった感はあるけど、高め一杯ストライクゾーンかな。俺とっちゃ絶好球、涎ものだね」


 旅立つ前なら絶対に云わなかった台詞がポンと出てくる。自分では気付いていないが、美沙より真人の方が変わっていた。


「こんなオバさんを口説くなんて、チャラくなったもんね、真人君。10歳若かったら、オチてたわ」

「いやいや、美沙さんは充分若いです」

「なら、本気で口説いてみる? 」

「あー、ゴホン…… お二人さん、俺の存在を忘れてはいませんか? 」


 ずっと黙っていた良雄が、我慢の限界とばかりに割り込んでくる。その様子を見て、真人と美沙は声を上げて笑っていたのだった。




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