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「ふーん、そんなこんなで全員この様か。まだまだね。みんな」
「面目ない…… 」
無限回廊での戦闘を終えた四人を待っていたのは、美沙のキツい小言だった。だが、誰一人反論も言い訳も出来ない。
それもそのはず、これだけ雁首揃えてまともに動けるのは、レイサッシュ只一人であり、真人に至ってはあばら数本に腎臓損傷という重症を負い。瑞穂と良雄は、魔力の使い過ぎという体たらくぶり。また、実際の戦闘結果を検証すれば、0勝2敗2分け── 内訳は、
良雄対顔無し負け。
真人対里美負け。
真人対和奈分け。
レイサッシュ対里美分け。
となる。
そして、分けを見ても勝ちに等しいのはレイサッシュだけで、真人に関しては負けに等しいのだから、もうどうしょうもない。
「とりあえず全員無事なのが救いね」
真人を治療しながら云う美沙に、
「俺だけは無事とは言い難いんですがね」
「真人君は自業自得です」
「ぐぅ…… 」
「まあ、敗因は分かっているようだから、同じ轍は踏まないでしょうけど」
美沙が云いたい事は良く分かる。
どんな戦いに於ても相手を倒す事が勝つという事なのだ。だが、今回の真人はその原則を忘れ、説得をしようとばかりしていた。それは、自ら戦いを放棄しているのと同じなのだから、どう足掻いても勝てるはずがない。
「優しいのは良い所なんだけどね」
「でも、優しさが甘さになるなら、そんな優しさは持つべきじゃないと思いますけど」
美沙のフォローに対して、レイサッシュが憮然と反論する。
里美との戦いに於て、レイサッシュは持ち込んだ僅な砂を使い、その攻撃をキツい制限を持ちながら凌ぎきった。それが意味する事は、レイサッシュが里美の実力を大きく超えているという事なのだから、真人が負けたのがよほど気に触ったのだろう。
「だから面目ないって云ってるだろ。しつこいぞ、お前」
「何度云っても、その甘さが抜けないマサトが悪いんでしょ。今回だって結果は予定通りだったけど、そんなダメージを負う必要はなかった」
「そりゃあそうだが…… 」
「こんな事繰り返してたら、確実に死ぬわよ」
レイサッシュにしても、無駄な戦闘や無駄な犠牲を出したい訳じゃないし、和奈のように人を痛め付けて喜ぶような趣味は持ち合わせていない。しかし、周りの者を護る為に真人が傷付かなければならないのは、どうしても納得がいかなかったのだ。
「つまり、レイサッシュちゃんは真人君が心配という事ね」
「なっ! 」
「照れない照れない…… 。でも、これは強力な好敵手の出現ね。道理で瑞穂が剥れてる訳だわ」
レイサッシュと里美の戦闘を見てからというもの、瑞穂は一言も言葉を発さずに何かをじっと考えているようだった。
「何か良からぬ事を考えてないだろうな」
瑞穂は、基本猪突猛進タイプだ。それだけに思った事はすぐに口にする。
その場合、幾らでも理詰めで対抗する事が出来るのだが、深く考えれば考えるほど、感情が昂り絶対にその意思を曲げようとはしなくなる。今回の押し黙っている時間から、もし真人が望まない願望を口にするような事があれば、説得は絶対に出来ない。となれば、本意ではない方法を取るしかないのだが、
── 面倒はごめん被りたいものだな。
「よし終了」
ポンっと真人の傷口を叩き、美沙は立ち上がる。
「いてて…… 」
「それだけの傷を私の魔法じゃ、完治なんてするはずないじゃない。暫くは大人しくしてなさい」
戦闘中ならあまり感じない痛みも、落ち着いている中ではより痛みを感じる。治療前と比べてもその痛みは増えているようだった。
「了解です。俺も命は惜しいので」
自分の体が置かれた状況がはっきり分かり、少し青ざめた表情になる。
治療後より痛みが増しているという事は、その傷が生命を危ぶむ状態にあったという事だ。魔力を使い痛みを緩和させていた事で、傷の具合を見誤っていた。
「そうね、素直が一番。んじゃ、次にいきましょうか。── 瑞穂」
「えっ、な、何? 」
「何じゃなくて、貴女が思ってる事を云いなさい。もう決めたんでしょ」
「あ、う…… うん、私はお兄ちゃんと一緒に行くわ」
── やっぱ、そうなるか……
瑞穂と顔を合わせれば、こうなる事は予想出来た。確かにこの帰郷の目的は瑞穂が持っている。一緒に来るのであれば、それに越した事はない。しかし、
「駄目だな」
「お兄ちゃんっ! 」
「お前が本気で望む事なら、俺は大概肯定してきた。けどな、お前じゃ俺らの足を引っ張るだけだ。
それが分かっていて連れていく程、自殺願望はないんだよ」
「足を引っ張らなければいいんでしょ」
強気に言い切る瑞穂に頭を抱える真人。
その宣言には説得力は皆無なのだが、瑞穂はお構い無しに胸を張る。ここで実力不足を指摘しても、ほぼ間違いなく「だったら強くなる」と、また根拠のない宣言をするだろう。また、強くなってからならと妥協案を出しても、供に歩み成長していくと云って聞かない。
そこに理があるかないかではないのだ。
瑞穂は、自分がしたい事をする。黙っていた時間は、本当にそれが自分のしたい事なのか何度も自分に説いている。何度も説いて違う結論が出なかった場合、絶対に折れない鋼と化すのだった。
「まあ、いいんじゃない。真人君に瑞穂を護る自信があるのならね」
「美沙さん、何を云ってんだよ」
初めて無限回廊に来た日、美沙は瑞穂をなるべく関わらせたくないように思っていると感じた。また、真人だってそれは同じ事なのだから、瑞穂に会わずに一人で旅立ったのだ。
それが今になって、意見を変えられてはどう動いて良いものか、判断に迷ってしまう。
「勿論、それだって条件があるわ」
「条件? それってお兄ちゃんが私を護る自信があるかないかじゃないの? 」
一度は賛同した美沙が出す条件が分からずに、瑞穂は首を傾げる。
「そんな他力本願な条件を出すと思ってるの?自分に一切負担がないなら条件にならないでしょ」
「じゃあ何すればいいのよ。こうなったら何でもやってやるわよ」
「そうね、取り敢えずは魔力を操作出来るようになる事かな。今の貴女じゃ、戦力は疎か居れば邪魔にしかならないもの。
いい、護られる者にもそれなりの力は絶対に必要なのよ。それが持てない者は、力ある者と一緒居る事は許されない」
── なるほど、ね。
美沙は瑞穂が一緒に来る事を認めていない。その出された条件で、真人は真意が見えた。
そもそも、瑞穂が魔力を意のままに操る事は不可能なのだ。何故なら、瑞穂が持つ『碧眼』は魔王の遺物であり、人の器ではその身に魔力を留めておく事は出来ない。
ならば、これまでの所有者達はどう制御してきたのか?
その答えを知らぬままではどんなに頑張っても、現状の改善は有り得ないのだった。
「それって、魔力を制御出来れば私は一緒に居られる強さを身に付けられるって事? 」
「んふふ、そんなん無理よ」
「えっ…… 」
「でも、それが出来なければ一歩目も踏み出せない。分かるでしょ」
── その一歩は普通なら百歩分に相当するんじゃないか。ったく、美沙さんは……
こっちの世界で生きてきた者にとっての一歩目は、魔法という存在を知る事にある。この存在を知る事によって、初めてセルディアの民と同じ位置に立てる。そして、自分の中にある魔力を知り、様々な術を知る。
そうしてその過程を歩む事によって自分の力の限界を知る。限界を知った者がその限界を超える為に行き着く先が、己の魔力を増幅してくれる魔石なのだ。つまり、魔石を手に入れる殆ど者は、限界を知るほど魔法に精通し、その力の使い方を熟知している者という事になる。
こうして、力を手に入れた者なら然して起きない問題も、いきなり力を与えられた者には様々な問題が起きる。
今の瑞穂が抱える問題はその典型だった。
「それじゃあ聞くけど、その一歩目を踏み出す為の知識も自分で調べなきゃ駄目なのかな? 」
「あら、流石にそんな無茶は云わないわよ。本来、魔法はこちらにはない物なんだから、幾ら調べても答えなんか出ないわよ。
正しい知識を持つ者に、従事し教えを請う。それくらいは当然の権利よ」
「正しい知識を持つ者か…… 」
瑞穂がそう呟くと、美沙と一緒にその切れ長い瞳を真人に向けた。
── おいおい、ホントに何考えてんだ。
美沙の出した条件と譲歩によって、真人の思考の糸は絡み出す。
送り出したいのか、出したくないのか、それすら分からない。二人の視線を受けて、真人さ引き攣った笑みを浮かべるのが精一杯だった。