7
「等価交換にはならねーよ。俺が聞きたい事は大した事じゃねぇからな。東雲だったっけ? 」
「はい、東雲和奈と申します。カズナちゃんとお呼び下さい、神城真人先輩」
ともすれば、真人を馬鹿にしているようにもとれる和奈の態度に、不愉快な顔をしたのは瑞穂とレイサッシュ。そして何故か里美だった。
「んじゃ、カズナ」
「あ、因みですけどスリーサイズは高価な情報になりますよ」
「幼児体型に興味はない。俺が聞きたいのは、お前がその能力を持ったのは、あの図書館の一件以降かどうかって事だ」
「なーんだ、ツマラナイ質問ですね」
真人の質問によって、今度は和奈が不機嫌な顔になる。
「情報の価値は人によりけりだろ」
「ま、そーなんですけどね。こんな美少女のスリーサイズより興味があるなんて、先輩インポかホモなんですか? 」
「ふぅ、お前には美少女の前に可憐なとか、その手の単語はつけられないな」
「ふぅ、男って可憐とか儚いって単語好きですよね。全く、下らないです」
男受け良さそうな和奈だが、実際のところ、男を小馬鹿にしてまるで興味がないのでは── と、真人は直感した。
「下らなくても、優先上位が高いんだよ」
図書館の一件で和奈は、真人を足を掴み救いを求めてきた。あれが芝居であるかどうか分かれば、秀明の思考を読む指標になる。
「ふーん、まあいいです。あの後ですよ、伊佐美先輩が私に接触してきたのは── そこでこの魔石を貰いました」
「なるほど…… ね。そういう事か」
あの時の和奈が芝居をしていないという事は、秀明の目的は真人の覚醒だけでなく、悪魔喰いの適正者をこちら側から探していたのだろう。そこで見つけた人材が、今この場にいる三人なのだ。
── だが、それなら何故、セルディアに呼ぶのをこのタイミングにしたんだ?
基本的にこの門は、入る事が出来る者なら誰でも行き来出来る。と、なれば良雄は兎も角、和奈と里美に関しては真人がセルディアにいる時に呼び寄せてしまえば障害なく円滑に事が進めたのだ。
「先輩、何考えているんですか〜? 」
真人が思案していると、その邪魔をするかのように和奈が小悪魔染みた顔を近付けてくる。
「別にとしか答えようがないな」
あまりにも無造作に、近寄ってくる和奈を両腕ではね除ける。
「あらら、嫌われてますね私。でも、だったら尚更、待ってあげる気がなくなりましたよ。
さあ、今度は先輩の番ですよ。とっとと私の質問に答えちゃって下さい」
「んっ、ああ、それか…… ま、大した理由はねぇんだかな。強いて云うなら、藤さんの現れ方だ。
存在そのものが瞬時にそこに現れた。となれば、移動系か隠形系なんかの魔法かと考えたが、罠系の魔法を使っているもんだから、その可能性は低くなるだろ」
魔法は、術の仕組みを覚えればどんな系統の術でも使えると思われている。だが、それは大きな間違いなのだ。勿論、精霊術のようにきっちりと属性分けされてはいない。しかし、得手不得手は確実に存在する。
もっと分かりやすくいえば、魔法は攻撃系、防御系、回復系、罠系、隠形系、移動系の六系統に分類され、得意な系統があればその系統と、中級程度の攻撃系を使えるのが一般的となり、里美が罠系の魔法を使っている以上、別系統である隠形系や移動系の魔法を使える可能性は限りなく低いという事になるのだ。
「ふーん、そんな区切りがあるんですね。知らなかった」
「ま、そうだろうな」
実はこの系統分けは、魔術師の中では当たり前の事過ぎて誰も教えてくれない。セルディアで生まれ育った者なら当然の知識だからこそ、外部から来た者には知る機会がなくなる。
そして、それを知らないという事を前提に置けば、隠形系の魔法を使った態で直後に罠系を使ってミスリードを誘う可能性はない。つまり、隠形系の使い手がもう一人居ると考えるのが自然なのだ。
「だから、俺は空気の流れを見ただけだ。気配や魔力を感じなくても、そこにいる物体が動けば空気も動く── ただそれだけの事だ」
「それだけですか…… 全く嫌になる才能ですね。これだけ広い空間で僅かな空気の動きを感知するなんて」
「狙いが分かってたからな」
── んっ! ちょっと待てよ。
ふと、そこに不自然さを感じる。
── 藤さんが顔無しを渡せと宣言していたから狙いが分かる。それは少しもおかしくない。けど……
真人が軽く聞いた時に、幾らでも誤魔化す方法はあった。また、
「そんなガキはどうでもいい」
そんな一言しか思い浮かばなくて誤魔化しきれなくても、お茶を濁しておけばいいのだ。何も馬鹿正直に答える必要などない。だが、里美は正直に答え、それが自然であったから、何の違和感もなく真人は受け入れた。そして、和奈の行動で嘘偽りがない事が証明された。
── この二人、同じ方向を向いてないな。
本当にあっているか分からないが、和奈が自由に動く事が里美にとってはプラスにならない。そう考えれば、里美が隠しながら真実を小分けに出したと結論付けられる。
── ま、と云っても、敵の敵は味方とは限らないか。
甘い希望を少しでも抱けば、そこから足を掬われる。結末として最悪なのは、里美が命を落とす事ではなく、真人の周りに居てくれる仲間が傷つく事なのだ。
「何かさ、色々考えるのが面倒になってきた。だから、まず一つ目の憂いを取り除く事にしょうと思う」
和奈が近寄ってきた事で、その分、真人と里美の距離は少しだけ離れ、今は目算で15m程度といったところだった。一方、和奈との距離は2m。憂いを断つのであれば、まずは和奈を抑えると普通なら考えるところだが──
真人は和奈を完全に無視して、里美の顔をじっと見つめる。
「先輩、女の子を前にして別の女の顔を凝視するのはマナー違反ですよ」
「悪い、そんなマナーは覚えてないもんでな。けど、安心しろよ。これを見た後でまだ俺とやりあうつもりになれたのなら、すきなだけ付き合ってやる」
「あっ…… 」
ふと一瞬振り返った真人の目を見て、和奈は絶句した。
── 底が見えない。
その目はダークグリーンに光り、ついさっきまで適当に流していただけの真人とは別人のように深い目をしている。
一目で分かる本気がそこにある。今、真人に手を出せば問答無用で攻撃対象にロックされる。
そんな躊躇とその目に魅せられ、和奈の動きが止まった瞬間に更なる驚きを浴びせられる。
「ぐっ! 」
その時まで、確かに捉えていた真人の姿は目の前になく、里美が苦悶の表情を浮かべ宙に浮いている。そして、その原因を作っているのは真人だった。
右腕で里美の喉元を掴み、そのまま持ち上げる。やさ男の態を持つ真人からは想像出来ない力── だが、それ以上に里美を手中に収めるまでの速度が尋常ではない。
「何だ、そりゃあ…… 」
対顔無し戦で、素晴らしいスピードを見せた良雄ですらそう呟くほど、常軌を逸している。そして当然、捕縛された里美は周りの人間以上に、今何が起こっているのか分からずに呻き声をただ上げていた。
「── だから、先に云っただろ。瑞穂の心配なんぞしていないってな」
不敵な笑みに、敵も味方も何も云えない。この中で唯一、動揺する事がなかったのはレイサッシュだけだった。
「罠は発動しなければ、御飾りと変わらない。そして…… 」
里美を掴まえたまま前へ三歩進み、
「これで発動させても効果はないだろ」
里美を護る鎧をじわりじわり外していく。こうして、里美に残された防具は真人の情だけになる。
「あ、くっ、くはっ…… 」
憐れみを誘う視線を真人に向け、里美は充分、酸素が肺に行き届かない呼吸をした。
「悪いな、藤さん。アンタに思考を戻してやる訳にはいかないんだよ。なんせ交渉はこれからなんだからな。
いいか、これから藤さんに与えられる選択はイエスかノーの二択になる。イエスなら一回頷くだけだ。もし、ノーなら動かなければいい」
真人はそう冷たい笑みを浮かべたまま、云い切ったのだった。




