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 僅かな灯りの中、二つの影が闇を切り裂いて進んでいた。


「行ける? 」

「行けるかどうかで云えば行ける──けどな…… 」

「けど、何よ。今更、私に協力するのは嫌なんて云う気? 」


 進み足を止めて瑞穂は、良雄を睨みつけた。そして、睨みつけられた良雄も足を止め、おずおずと答える。


「い、嫌だよ。そりぁ…… しかも、騙された感有り有りだし」

「一年も前の事をウジウジと…… ホントにヘタれね。嫌だったら話を聞かなければよかったのよ」

「てか、訳も分からずあんな場で起きたら、瑞穂ちゃん達が話してたたけじゃん」

「だから、聞いちゃった良雄君が悪いのよ」


 ── だから、それは理不尽だろっ!


 ずばりと云う瑞穂に、良雄は咽から出かかった魂の叫びを飲み込んだ。


 真人が居なくなった一年前、良雄は不条理な出来事に巻き込まれた。

 事の発端は秀明だと思う。

 部活を終え、帰宅中に突然現れた秀明は「お前ならいける」と云い、良雄の口を抑え何かを無理矢理飲ませた。そして、そこから良雄の記憶は飛び、気付いた時、美沙と瑞穂が目の前で話していのだった。

 混乱している頭で、聞こえる話を聞かずにいる事など出来るはずもなく、良雄は二人の会話に耳を傾けた。


 ── 確かに盗み聞きしたが、その結果がこうなるなんて思わんよ。


 初めはちょっと複雑な家族の会話だった。だが、段々と普通の枠から外れていった。そして、その会話が終わる頃に、良雄は聞かない方が良かったと心から思った。


 何でも平然とやり遂げ、どの学校にも一人はいるであろう天才。

 ── 神城真人カミシロマサト

 しかし、才能は兎も角、今の動向は何処にでもあるとは言い難いもの…… そして、それに凡人が巻き込まれようとしている。

 そんな予感があったのだ。

 予感は当たり、良雄は無限軌道(メビウスロード)にいる。だが、外れている事もある。それは、凡人なら必要とされる事はなかったと云う事だ。非凡な才があるからこそ、良雄は頼られていた。

 その事に気付けていれば、良雄の葛藤も少しは減っただろうに、気付けないのが良雄クオリティだった。

 とは云え、自分を凡人以上に思っている人間は山ほどいても、天才だと自惚れる者は日本人という民族性も合間見あって元々少ないのだから、良雄が異常という訳でもなかった。


「ははは…… 」

「何、笑ってんのよ」

「いや、美沙さんの『後悔するなら堂々と』を思い出したら、笑うしかなくなりまして…… 」


 あの時は気付きもしなかったが、美沙にはこの状況が見えていたという事なのだろう。

 真人がいない間、目覚めきっていない瑞穂のボディガードに良雄は選ばれていたのだ。だからこそ、先に良雄の逃げ道を潰す為に話を聞かせたり、その他にも色々と動いていた。


「お母さん、あんな顔して腹黒いとこあるからね」

「それは重々…… ただ、瑞穂ちゃんも充分その血を引いて── っ!」


 言葉途中で瑞穂の視線に気付き、咽に詰まらせる良雄。


「なによ」

「何でもない…… です。はい」


 高校時代、瑞穂に憧れていた男子生徒の数はかなりのものになる。その反面、好意を伝えなかった者が多いのは、真人の存在が大きかったのだが──


 ── お前は偉大だよ…… 真人。


 真人の影にいた時の瑞穂は、自己主張は控え目でどちらかといえば大人しい美少女という認識が周知されていた。だが、現実は自己主張だけでなく、気の強い性格をしている。

 そして、その事を真人が知らないはずがなく、正面から全てを受け止めていたという事なのだ。

 こうして巻き込まれる事によって知る真実に良雄は、大きな溜め息を一つ吐いたのだった。


「その溜め息、諦めの肯定って事でいい? 」

「いいも悪いもないんだろ」


 頭をボリボリ掻きながら、良雄は少し先にある魂の川を思い浮かべる。


「氾濫した川を放置して、安全な場所に避難出来るような性格じゃないものね」

「なんでこんな性格になったんだろ……俺」

「意外に前世はいい加減な天才だったんじゃない。真逆にね」

「ああ、それは面白い…… って、今の俺は生真面目な馬鹿って事じゃ…… 」


 良雄は苦い顔をしながらも、何処か緩んだ表情を見せた。


 ── 馬鹿。

 この一言だけなら、良雄も不快に思い瑞穂達に好感を抱く事はなかっただろう。しかし、瑞穂は馬鹿と云う時、言葉にこそしないが、否定ではなくなるよう、心の中で「正直」の一言つけているのだ。

 それは「馬鹿正直」の時もあれば、「馬鹿だけど正直」の時もある。勿論、揶揄の意を多分に含んでいるのだが、それでも良雄は僅かな肯定があれば苦笑いをして許してしまう。

 馬鹿だがいい奴── それが猿渡良雄だった。


「ホントに変わらないわね、良雄君は。そんなんじゃ、いつか悪い女に騙されるわよ」

「現在進行形で騙されてるよ」

「あらら、そんな酷い人間がこの世にはいるのね。私も気をつけなきゃ」


 ペロリと紅い舌を出し、瑞穂は微笑を浮かべた。そして、


「どっちにしてもこの状況に収集をつけてから聞くわ」


 暗闇の中に淡い光を放つ川を見て、瑞穂はその表情を引き締めた。

 淡い光は魂が出来る唯一の意思表示だ。危機に対する警報と警戒を自らを発光する事で表している。

 真人がセルディアに旅立ってから一年、そこを起点として瑞穂は何度もこの光景を目にしてきた。

 セルディアから来る魔香が主な原因なのだが、美沙によればこの十年でこの警報が出された数は二回しかないとの事だった。しかし、この一年間で瑞穂達が無限軌道(メビウスロード)に出向いた回数は五十回を超える。その数は毎週一回になり、美沙が見ていた時の二十五倍── 明らかに異常事態となっている。


「元を絶たねば状況改善はないって事ね。勘弁願いたいわ」


 美沙から完全ではないものの、門守護者(ゲートキーパー)の任を引き継いだのは少しでも真人との接点を持っていたかったという一点に過ぎなかった。だが、その引き換えに払う代償は予想を超えて大きかった。


「瑞穂ちゃんが愚痴らないでよ。俺が愚痴れなくなるじゃないか」

「愚痴れないって愚痴は情けなさすぎて新鮮ね。もっとも男子力無さ過ぎで魅力ゼロだけど」

「男子力って何? 」

「包容力、俺に着いて来いっていう気概。そして、何より決断力よ」


 何も男の魅力に限った訳ではないが、確かに即断即決出来る人間は自分に自信がなければ出来る事ではない。女性の立場から見ればこういう力を持った男はさぞ魅力的なのだろうと良雄は納得した。ただその一方で「男の魅力はそれだけでないよ」と、反論は心の中で呟き、嘘ではないが角が立たない揶揄を口にした。


「ま、真人を見てればそうなるよね」

「フフっ…… 当たり前よ」


 良雄の心ばかりの嫌味に気付かず瑞穂は、少しだけ緊張を解いて云う。


「真人以外の男は? 」

「その他大勢っ! 」


 ずばり断言。

 真人の高い壁を根性でよじ登り、玉砕に到った勇者がただの愚者に成り下がった瞬間だった。ただ良雄にしてみれば、勇者にも愚者にもなるつもりは毛頭ない。気になる事はただ一つ。


「男女の友情は? 」

「存在する」

「なら、俺は? 」

「良い友達よ」


 その答えを聞いて良雄は満足した。

 安い男だと感じる者もいるだろう。しかし、無理矢理付き合わされている身の上で、その他大勢に組み込まれるよりは遥かにマシな状況といえる。


「なら、いいよ。友達を無碍には出来ないからね」

「ほんと、馬鹿ね」


 今度の馬鹿には「だけど、いい人」が含まれている。それは良雄でなくても分かる事。それくらい瑞穂は優しい顔をしている。


「じゃ、良雄君」

「食あたり覚悟で食い散らかしますか」


 そして、吹っ切れたように良雄は、魂の川へ飛び込んで行ったのだった。



 良雄が川の中に飛び込むと、警報を鳴らしていた魂は一斉に良雄に注目をした。


「何度味わってもこの感覚には慣れないな」


 元々、注目を集めるのを苦手とする良雄が、元は生物だったとはいえ人外になった者達の視線らしきものを一身に集めているのだから、これは罰ゲームに近く「きゃほーい、目立ってるぜ」とは思えない。しかも、失敗して軽く恥をかき、愛想笑いで誤魔化せるようなものでもはない。

 何故なら、魂達が狙っているのは良雄の体なのだ。

 肉体を持たぬ存在が、肉体を渇望するのに魔や人など括りつける必要などない。どんな存在であろうとも無い物を欲する欲望は必ず持っている。

 結局、欲しいものは欲しいと云う事なのだ。

 そして、その欲望は恐怖を超えるほど強いものなのだ。自分達の群れの中に紛れ込んだ不快な存在など無かったように、良雄の隙を伺っていた。


「モテないのは男としてヘコむけど、人外にモテるのはちょっとな…… それに── 」


 背中にぶら下げた木刀を抜き放ち、良雄は白き魂の中に点在する黒い魂を見る。


「何度も云うが、俺の目的はあんた達じゃない。

 ── 1、2、3、4…… 5か、やっぱ今回は多いな」


 これまで無限回廊内に出没する魔香は多くて二匹、普通なら一匹だった。だからこそ、出撃数が増えようとも野良かもという疑念を捨てる事は出来なかった。しかし、


「こうなると、人の意思が介入してるんだろうな…… 」


 そのまま地を蹴り、魔香の一つに剣先を合わせ打ち抜いた。


 無意識の中で真人に使っていた無拍子の突き。精度だけでなく、一瞬で魔香との間合いを詰めた速度は『縮地』と云っても過言ではない。それは、秀明が与えた『悪魔喰い(デモンイーター)』の恩恵でもあり、良雄の努力の結果でもあるのだった。

 そして、木刀に貫かれた魔香を自分の近くまで引き寄せると、良雄は文字通り喰らった。


「いちっ! 」


 魔香を噛み砕く事なく咀嚼し叫び、次の魔香を視界に捉え再度地を蹴る。すると、良雄の動きは鋭さを増していた。


「にっ!さんっ!」


 一匹目と同じように二匹目を木刀が貫くと、同時に体を入れ換え反転し、近くにいた三匹目を串刺す。

 木刀に刺さった魔香はまるで串団子のように見えた。ただウネウネと動いている様から、とても旨そうにと表現を付け加える事は出来なかった。


「…… しかし、私達から頼んでおいて何だけど、良くそんなおぞましいバーベキューを食べられるわね。

 ── 美味しいの? 」

「頼んでるって自覚があるなら、ねぎらってくれよ。

 好きでこんな無味なモン食う訳ないだろ」

「無味なんだ」

「実際口に入れれば、空気みたいなモンだよ。ただ不気味なだけでね」


 そんな話をしていると、魔香ではない魂が十数個良雄に迫ってくる。しかし、良雄だけでなく瑞穂もそれは意に介さない。

 ── それもそのはずだ。

 良雄に迫る魂は尽く、体に辿り着く前に透明な壁のような物に弾かれていた。


 元々、この無限回廊(メビウスロード)では充分な魔力を持つ者や精霊の加護を持つ者なら、魂からその存在を隠してくれる。だが、すぐに魂にその存在がバレた事から分かるように、良雄の魔力はそれほど強くない。だからこそ、瑞穂がバックアップに回り良雄の身を護っていた。


 良雄が持つ魔力だと魂から身を護るのは不充分であり、身を護れる魔力を持つ瑞穂ではあるがコントロールが不充分なだけに魔香だけを消す事が出来ない。

 つまり、双方が半人前だという事だ。それ故、瑞穂にとって良雄は必要なパートナーという事になる。

 互いが互いを必要とし、また信用しているから半人前でも余裕を失う事がない。


「さて、後二匹か」


 木刀に刺さった魔香をまた咀嚼し、良雄は魔香の位置を確認した。だが、その直後──


「ありゃりゃ、こりゃあダメかな── 瑞穂ちゃん、今日はチトめんどくなりそうだよ」


 苦笑しながら、肩を竦めた良雄の前に蠢く影が瑞穂の視界に映り込んだ。


「それは? 」

「さあ? ま、まっとうなモノじゃないね」


 そんなのは云われるまでもない── と、瑞穂が云おうとしたのだが、


「迎えに来ましたよ、我が同士」


 影が発したその一言で云えなくなった。


「同士? お前みたいな人外に知り合いはいねえぞ」

「存在が気持ち悪い同士なんじゃない」

「瑞穂ちゃん…… 」

「ま、冗談は置いておいて、何者なのかしら? 」


 冗談に聞こえない返事にヘコむ良雄。だが、影は至って冷静に、


「貴女に用はないんですよ、お嬢さん」

「あら、そうすると良雄君が目的な訳? 一応忠告するけど、ソレ、ゲテモノ喰いしか能がないわよ」

「あうっ! 」

「あ、後多少の事じゃヘコまない打たれ強さもあるか…… 何れにしても、そんなに役立つ奴じゃないわ。

 でもね―― 私にとっては必要な存在。勝手に同士にして欲しくないのよ」


 瑞穂にしてみれば、お気に入りの人形を勝手に弄ばれているような思いだった。そして、持っていかれたら最期、その人形は壊されると直感したのだから、大人しくしているつもりもない。


「勝手に? その男は双面(タブルフェイス)に選ばれた者なんですよ。先に唾をつけていたのは、こちらになります。

 つまりは、後からしゃしゃり出てきて、勝手に所有物にしているのは君。分かりますか? 」

「は? 化け物が偉そうに講釈ね。馬鹿馬鹿しいにもほどがあるわね。でも── 」


 チラリと良雄を見て、瑞穂は笑みを浮かべた。


「アンタの馬鹿な発言で憂いは払拭出来たわ。ねぇ、良雄君」

「そだね、瑞穂ちゃんはトラウマに成る程暴言を吐くけど── そりゃ、ショックで枕を涙で濡らした回数は数えきれないし、往復ビンタで応戦を…… !」


 止まらなくなっていた言葉が、後ろから突き刺さる殺気によって塞き止められる。


「あ、あーゴホンっ!

 それでも、俺を物扱いしない。でな、俺も物扱いするような奴等を仲間だと思えないんだよ」

「ほぅ、魔を喰い力に変える力を持ちながら、それでも普通の人間といると? 」

「当たり前だ。俺は普通の人間なんだからな」

「── ふぅ、やはりこうなったか。だったら無理にでも来てもらうしかないですね」


 蠢く影は徐々に人の形になり、その顔形こそ暗く見えないが、不気味さと共に邪悪な雰囲気を増した出で立ちになった。


「無理矢理は無理だと思うぞ。秀明にそう云われなかったか?

 今のお前に出来る事といえば、俺達を殺してその死体を持ち帰る事ぐらいだろ。けど、それじゃ子供の使いと変わらないよな」

「勝てないのは分かっているようですね」

「まあ、アンタと違って自分はなるべく客観的に見るようにしてるからね。だからさ、アンタももう少し自分を知った方がいいと思うぞ。

 アンタからは、かませ臭がする」

「かませ臭ね」


 影は然程動じた様子もなく、良雄の言葉を繰り返す。


「ああ、アンタは大物感がない。だからかな、全く恐さを感じないんだよ」

「恐くないが、勝てないと? 些か矛盾していないか?」

「今の差は経験値の差でしかないからな。それも少しの経験でひっくり返える程度のモンだ。だったらその差を埋めれば如何様にでもなる。と、云う訳で── 」


 良雄の言葉途中で、瑞穂がバックステップを踏み後退する。


「その時間稼ぎに撤退するわっ!」


 そして、良雄もまたその動きに合わせて影を置き去りにしたのだった。



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