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「それじゃあ、まず何をするかだな」
弱音を吐けばきりがない。
信司とスティルがパーティを抜け、レイサッシュと二人になる事に不安はあるが、先に進む為に真人はそう言葉にした。
「最終的にはライズが決める事だけど、私としては師匠に会ってほしい」
今までのように強制的に道を歩かせるのではなく、スティルは飽くまでも自分の希望という形で進言をする。
「おい、何かスティルらしくないぞ。
お前なら『まずは師匠に会わなければ話にならない』程度の強制しなきゃおかしい。
何か変なもん食ったのか? 」
「へっ? 」
「じゃなきゃ、偽者か」
「んな訳ないでしょ。私は正真正銘スティゴールド・ミルレーサーよ。
因みに変な物も、拾い食いもしてないっ! 」
何故か真人が云ってもいない追加要項を加えてスティルは反論。
「だったら、そんな他人行儀な云い方するなよ。
お前は俺に対しては『私がそう望むからそうしろ』って云っていいんだよ。それを受けるか断るかは俺が決める。
今まではそうしてきただろ。何を突然殊勝になったって気持ち悪いだけだ」
「── アンタ馬鹿なの? 今までは何をしても私の目に届く範囲での事。誤った方向へ行ったとしても、私が戻せばよかったでしょ。
けど、これからは違う」
「何が違うってんだ? スティルは俺の師匠で迷った時は一緒に考えてくれる。何も変わらないじゃねぇか。
それとも何か── テメーは『二度と俺達には関わらない、高見から見守ってるよ』とでも云う気か?
そんな事を云うなら、お前の頼みなど正当性を問わず二度と聞かん」
真人がそう云うと、レイサッシュは同調するようにウンウン頷く。
「ちょっ! レイ、アンタまで…… 」
「だって、マサトが云う通りなんだもん。姉様がどう思っているか本音は分からないけど、別れ道で別々の道を歩くだけの話なのに、もう歩くのを止めるみたいに聞こえる」
「だよな。歩みを止めたら、また道が交わっても二度と同じ場所には立てない。そんな選択をするような── 『師匠(姉様)を持った覚えはない(わ)』」
見事なまでに意志疎通をする真人とレイサッシュ。その様子を微笑ましく見守っているのは、神城夫妻にリズだった。
── はあ~、これは……
気付けば自分の味方は存在せずに、孤立している。最早、何を云っても真人達を納得させるだけの説得力を産み出す事は出来ないだろう。
「降参さね、私の負けよ。で、命令すればいいの? 」
「うむ、だがこれから命令するなら断るがな」
「はあ? 何だお前…… 」
誰の目から見ても明らかに、スティルは自信を無くしていた。同じ相手に三度も殺されたのだからそれも当然なのかもしれない。だから、自分の希望を通して悪路に真人達を進ませる事を極端に恐れている。その状態であるからこそ、命令すればいいのかなんて質問が返ってきたのだ。しかし、その質問をする事が既に不要な事。スティルは真人に向かって「んじゃ、行ってこい」と、一言云えばいい。
「察し悪いな。初めからやり直せって云ってんだよ」
「ん、ああ、そう云う事か── よしっ! 」
そう云って、スティルは自分で両の頬をパーンっと叩く。
気合いの入れ直しなのだろうが、豪快な音に一同がスティルを注視した。
「あれ、痛いわよね。信司君? 」
「痛いね」
「紅く腫れる程、強くやる必要はないじゃろうに…… 」
リズの云う通り、スティルの頬は赤みが射していて、思いっきり涙目になっている。しかし、そんな顔のまま、
「ライズ、レイ。これから私の師匠であるライズ・クラインに会って来なさい。
何がプラスになるか分からない。けど、マイナスになる事はないと私は考える。だからGoGoGoさっ! 」
恥ずかしさも手伝って、いつも以上のテンションでスティルが云い放つと、
「そう云う事なら── 」
『了解した(です)』
真人とレイサッシュは、笑顔とサムズアップで応えたのだった。
◆
「ゴメンね、信司君」
「何に対しての謝罪なの? 」
次の目的が明確になり、真人達は部屋を出て行った後、その場に残っていたのは信司と舞だけだった。
「ん、と、色々かな。私が生きていた時に掛けた迷惑、先に居なくなった時…… そして、今またお別れしなきゃならない事。
折角、信司君が門守護者の有資格者である事を隠していてくれたのにね」
「う~ん、そうだな。でも、謝ってくれるなら、先に逝った事だけでいいよ。
舞ちゃんとの生活は楽しかったし、門番にならなかったのは完全に俺のエゴだからさ。少しでも長くとまた会えて欲が出ちまった」
「そっか、じゃあまだ先に延ばす? 」
そんな選択はないと分かっていながら、舞は寂しそうに聞いてくる。
「そうだね。許されるならそうしたいよ」
舞の手を取り、ぎゅっと握る手に力を込める。しかし、信司の手に舞の温もりは伝わってこない。
「真人に伝えなくていいのか? 」
「うん、後数日はまだ存在していられるでしょ。でも、真人が戻って来るまでは待てない。そんな事を伝えたら、きっとあの子は旅立てなくなる」
「キツい選択だね」
信司の言葉に対する答えを、舞はする事が出来なくなってしまった。
言葉は発すればきっとその決断を鈍らせてしまう── 舞は黙って信司の胸に顔を埋めて泣いた。そして、信司も舞を抱き締め頭を撫でていた。
「……… 」
部屋の外で信司と舞の話を聞いていたのは真人だった。
一旦は外に出たものの、二人が居ない事に気付き呼びに戻ってきたのだが、自分が入る余地がない雰囲気にその場に留まっていたのだ。
── ふぅ、ベビーだな。
意外なほど冷静に真人は、黙って移動をし始める。
舞に時間がない事は充分に理解していた。だからこそ、こんな事もあるのではないかと思っていた。それでも──
「やっぱ、キツいよ」
少し離れた場所で、そう呟く真人の声は誰の耳にも届く事はなかった。
「あれ、マサト。信司さん達は? 」
「…… いや、知らないが」
「何、呼びに行ったんじゃないの?」
目敏く真人の行動を見ていたレイサッシュは、そう云い首を傾げる。
「俺はトイレタイムを満喫してただけだよ。なんせ4日分溜まってたからな」
「あら?下の世話はちゃんとしてたわよ」
「ありゃ、そりゃあ悪い事…… って、ええっ!」
両手だけワキワキと動いて、その他は氷つく。
真人もだって年頃の男なのだ。レイサッシュが与えた衝撃は計り知れない。
「何、動揺してるのよ」
「…… ワタシヨゴサレチャッタノネ」
「は? 」
と、レイサッシュは怪訝な顔をしたかと思いきや、その言葉の意味に気付く。
「ば、ばっかじゃないのっ! 何で私がアンタのばっちいモン触らなきゃならないのよ」
「失礼な、云いほどばっちくない」
「いいえ、汚いわっ !汚いに決まってるっ! 」
そこまで云い切られると流石に凹む。
「いい、アンタの下の世話をしたのは舞さんよ。私達は…… そう、私達は何もしてないわ」
「妙なその間は…… しかも、複数型に…… 一体何人で弄びやがりましたか」
「ちょっ、人聞きが悪いわね」
「ほ〜、ならどうしたか云ってみんしゃい」
今までレイサッシュが聞いた事がない口調。それは、単なる博多弁なのだが、真人が醸す雰囲気と相俟って一種の迫力があった。
「だ、だから、舞さんが『ほら、可愛いから見てみなさい』って…… 」
どよ〜んとした暗雲が立ち込めてくる。
「それで丁度ソコにいた姉様とリズ様が『あら、ホント』って、同意して…… 」
暗雲から雷が発生した。
「ホラ、私も年頃だし興味がゼロじゃないし……ねっ」
落雷……
「お~の〜、俺の純情を返せよっ! 」
「だ、大丈夫よ。ホントに可愛かったから、ばっちくなんてなかったわ」
男に「可愛い」が誉め言葉にならない事は周知の通りだが、ある一部分に対して使われた時は誹謗中傷レベルに羽上がる。しかも、レイサッシュが「可愛い」の前に親指と人指し指で作った逆Cが「ちょっと」を意味している分、真人の哀愁を誘っていた。
「するってぇと、お前らは人が寝ている事に託つけて、男の子を弄んだと…… 」
「だから弄ったのは舞さんだけだって── あっ! そう云えば、あの時、舞さんが『もすら』って云ってたわ。何『もすら』って? 」
「母さん…… 」
「はい」
真人の涙に釣られてか、舞と信司が後ろから呑気な顔でやってくる。そして次の瞬間、
「正座っ! 」
「は、はいぃっ〜」
云われるまま、その場に座る舞。
「お、おい、真人」
「取り敢えず親父も座っておけや」
「い、いや座れって、お前の目が据わっているぞ」
「あら、上手いわ信司君」
「上手くないっ! 」
速効で真人に突っ込まれ、舞は「むぅ」と頬を膨らませる。その態度は年甲斐などという言葉が似つかわしくない程に愛らしい。だが、今の真人には通用しない。
ツカツカと勢いよく舞との距離を詰めると、立ち尽くしたままの信司をギンっと睨む。
「── 座ります」
「レイ」
「私もですか…… はい」
信司まで素直に従った、真人の迫力にあっさりと折れる。そこへ、
「なんじゃ、何が起こっておるのじゃ」
「ちょ、リズ様、今はマズい…… 」
恐らく熱りが冷めるまで、対岸の火事を決め込もうとしていたスティルに、空気を読まずに何か楽しい事でも起こっているのではないかと、首を突っ込もうとするリズ。
「お前らも座っとくか?」
「ひっ! 」
「え、遠慮するさ」
グリンと音が鳴ったかのように首だけがこちらを向き、真人が死んだ魚のような目を見せた。
「スティル、ホラーなのじゃ」
「リズ様、男の根性を短縮させて男根。このシンボルは安易に触れてはならぬ物だったと云う事ですわ。
ここは、原因を作った舞様と寝た子を起こしたレイに任せましょう」
「う、うむ、異論なしじゃ」
視線を真人から外さずに二人は、そのまま後退し物陰に姿を隠した。
「姉様、ずるい」
「リズったら、後でお仕置きしなきゃ」
「── お仕置きはこれからだよ。母さん 」
「「ひぃいい…… 」」
スティルとリズをびびらせた目が、舞とレイサッシュを捉えた。
「俺は関係ないんじゃ…… 」
信司の呟きは見事にスルーされ、真人の説教は三時間続いた。これは、真人の十八年の人生で最も長い怒りの持続だった事は云うまでもない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…… 」
「もすら怖い、もすら要らない、もすら怖い、もすら要らない…… 」
「あらら…… やり過ぎじゃないか真人」
ネチネチブツブツと三時間、感情の欠片もない言葉を耳元で聞かされた二人は完全に屈伏していた。
唯一巻き込まれただけで、近くで見ていただけの信司ですらうんざりしている様子でその一言だけ発すると、それ以上は何も口にしない。
「ま、もういいか」
まだ満足には程遠いとニュアンスに込めて、真人は二人を解放する。
「でも、またやったら次は半日コースだからね」
次はない── それが分かっていながら、真人は敢えてそう云った。
「そうね。もうしないから安心して。でも── この年で息子に怒られるなんて、ちょっと新鮮だったかな。
変な趣味に目覚めそう」
「私は二度と御免です。一方的に責められるのは趣味じゃありません」
「大丈夫、趣味は変わっていくものよ」
真人の言葉を肯定し、理由を知らないレイサッシュのフォローに努める舞。信司はその様子を見て下唇をぎゅっと噛んでいた。
「ついでだから云っておくよ。
── 明日、旅立つよ。コースはライズに会って、そのまま美沙さんの元へ戻る」
舞とレイサッシュに手を伸ばし、立ち上がらせながら、真人は決別の意を示した。
「こっちに戻るのはどの位? 」
「時間的余裕がある訳じゃないから、少しでも早く戻ってくるつもりだけど、早くて一ヶ月ってトコじゃないかな」
「そっか── それじゃ気をつけてね…… 」
舞は何とか言葉を絞り出したように見えた。それは、真人だけでなくその場にいる全員がそう感じ、全てを悟る事になる。だが、誰もその事について語ろうとはしない。暗黙の了解がなされていたのだった。
そして、
「それじゃあ行ってくる」
あっという間に時間は過ぎる。
真人とレイサッシュは、軽装備を整えて出発する寸前になっていた。
「真人、これを持っていけ」
「これは」
信司が餞別として真人に渡した物は雷の剣だった。
「これは俺が創った中でも特別な逸品だ。どう特別なのかは自分で試して学んでみろ」
「ああ、サンキュ」
受け取った雷の剣を懐にしまい、真人は背を向ける。
「まさ…… と」
どんなに時間を引き延ばしても、必ずやってくる。ならばと決めたはずの覚悟が揺らぐ。
舞は、息子の背中を見ながらその名を呟いた。
「ちっ、やっぱダメだ。大人には成りきれないや」
舞が真人の名を呼んだ事によって、その堰が崩れた。そして、真人は振り返ると舞の体をぎゅっと抱き締めた。
「真人…… 」
「母さん、最後に子供らしい事をするよ。
ありがとう、俺の母さんになってくれて、俺を思ってくれて、俺は幸せでした」
真人が出来る最大の親孝行── それは、感謝の気持ちを伝える事だった。
「馬鹿ね。私なんて何もしていないじゃない」
「んな事ないよ。少なくても今、甘えさせて貰ってる。
これがいいのか、悪いのか分からないけど、性格上甘えられるのは母さんだけなんだ。だから…… 」
「まったく、不器用なんだから…… でもね、だったら私の代わりを早く見つけなさい。
そして、いつかその人を私に紹介して」
「ああ、約束する」
真人がそう約束すると、舞は両手に力を込めて体を離した。
「いってらっしゃい。真人、愛しているわ」
「はい、行ってきます」
それ以上の言葉は出てこない。
舞の瞳からは涙が流れていても、表情に陰りはない。だから、真人は再び背を向けて歩き出したのだった。
舞さんの出番終了です。
結構お気に入りでしたので、頭の中ではもっと活躍する予定でしたが、はっちゃけずに終わりちょっと残念です。
この先はその内、短編とか掛けたらいいなと思ってます。




