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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
34/75

13

 秀明との戦いから四日経過したある日、真人は覚めない眠りの中にいた。

 二日程の間、信司とリズを除き皆、真人を心配していたものの、規則正しい呼吸と一切苦痛のない寝顔を見て皆は危機レベルを下げて様子を見るようになる。そして、リズが魔力使い過ぎだと診断すると、最早起きるまで待つかという空気になっていた。そんな仲間内で今や心配しているのは舞だけとなり、ほっとけばいつまでも真人から離れなかった為、交代で看病する事になったのだった。


「おーい、いつまで寝ている気だ? 起きないと悪戯するゾ」


 そして今、真人番をしているのはレイサッシュだ。

 真人の寝顔を見ながら、全く心配がないと確信すると、その安堵感からフツフツと悪戯心が芽生える。

 始めは定番のほっぺたをツンツン突付いて「もちもちしてる~」と云って楽しみ、その次はつねって伸ばすと「意外に伸びる~」と笑う。そうこうしている内に、レイサッシュの欲はお約束な方向に向かい出した。


「…… マサト」


 四日も眠り続け、もういつ起きても不思議ではない状況下にありながら、レイサッシュはその思考に至らずに、まだ起きるはずがないという思考に至る。どう考えてもそれはレイサッシュの願望に他ならないのだが、本人はそれに気付かずに真人の顔に自分の顔をゆっくりと近付けていった。

 真人とレイサッシュの距離がほぼゼロになり、浮遊都市であるラフィオンでは有り得ないまでも、少しでも揺れを感じる地震が起きれば、接触やむ無しだった。しかし、その接触は起こり得ない。それもお約束という事なのだ。


「顔、ちけぇよ」

「ひ、ひゃいっ! 」


 突然した下からの声に、レイサッシュは跳びはねて奇声を発する。


「まままま…… 」

「いいから、落ち着け」

「……すっ、すっ、はぁ~。すっ、すっ、はぁ~ ふぅ」

「妊婦か己は…… 」


 落ち着けと云われた瞬間に始まったラマーズ法に、真人は些かキレのない突っ込みをした。だが、帰ってきた答えは、


「── いつから? 」

「何が? 」

「だから、いつから起きてたのよっ! 」

「さて、どうだったかな。何やら人の頬をこねくり回されていたような気がするが、目を覚ました時にはお前の顔があった。

 ったく、どんな悪戯をするつもりだったんだ? 」


 いつもと全く変わらない態度に、レイサッシュは「は? 」と顔をしかめて怪訝な表情をした。


「何も気付いてないの? 」


 いやいやいや、そんなはずはない── と、レイサッシュは自分に言い聞かせる反面、そうであって欲しいと強く望んでしまう。

 真人が気付いているのであれば、そこにどんな優しさがあろうとも本質は拒絶なのだ。人としての拒絶ではなく、異性としての拒絶── それは淡い恋心を意識してしまったレイサッシュにとってある意味一番堪えがたい事実になる。


「気付くも何も気付いたからこそこうして目を開けてるんだろ」

「ばっ、違うわよっ! 」

「ったく、大声出すなよ。まだ頭がぼ~っとしてんだ。んな、かな切り声を聞かされたら頭に響く── んで、俺はどの位寝てたんだ? 」


 正直、レイサッシュには真人が嘘をついているようには見えなかった。

 確かに丸四日も眠り続けていたのだから、頭すっきりになるはずもなく、思考が散乱し放題になるのはおかしな事ではない。その状況下を前提に置けば、普通なら息をするように簡単に分かる事でも、まるで思考が行き着かない事もある。そして、混乱しているからこそ真人は落ち着き払っている── それで辻褄は合ってしまう。


「四日間よ」


 そうする事が良いかどうかなど分からない。それでもレイサッシュは、真実を追求するのを止め、今のままでいる事を選んだ。


「四日っ! どうりで体がだるい訳だ」

「でしょうね。それで他に調子が悪い所ある? 」

「ん、そうだな」


 上半身を起こしながら、右腕クルクル数回回し、


「よぉ分からんが、大丈夫みたいだな」

「そ、悪いのは頭と性格だけみたいね。なら、今までと変わらずにやれるわ」

「── だな。って、おい」

「ふんっ、みんなにマサトが起きた事を伝えてくるわ。一応、アンタは病人なんだからしばらくは大人しく寝てなさい」


 充分過ぎる睡眠をとっていた者に云う台詞ではないが、真人は微笑を浮かべ「そうさせてもらう」と云った。


「…… ばか」


 唇から僅に空気が漏れる程度の声で、レイサッシュはそう呟き背を向ける。そして、その姿が真人視界から消えると、


「すまんな…… 今はまだ── 」


 真剣な面持ちでそう云ったのだった。




 ◆




「すると、門守護者(ゲートキーパー)はどうするつもりなんだ? 」



 レイサッシュが去った後、五分も経たない内に舞が真人の元にやってきた。しかし、舞以外の仲間はやってこない。時間にして約一時間、真人は舞がどれほど心配していたかを聞かされていた。そして、流石の真人も「止まらんな」と、思い出した頃、信司を筆頭に全員が集結した。


 まず議題となったのは、冒頭の通り門守護者(ゲートキーパー)の引き継ぎについてだった。

 現在、セルディアサイドの守護者は舞が引き受けているが、いつまでここに存在していられるのかは未知である故に、生ある者が引き継がなければ、舞が消えた時点で扉は永遠に閉ざされる事になる。そのリスクを回避する為にも、引き継ぎは命題足りうるものだと真人は思っていた。しかし、信司が口にした事は「引き継ぐ必要はない」というものだった。


「延々とという訳にはいかんが、しばらくの間は俺が代わりを務める。それでこの問題は解決だ」

「は? 何をいってやがる。親父には資格がないだろ」


 この話をしたのは数日前だ。そんなに記憶が劣化しているはずがない。真人はその時の言葉を思い出しながら云う。


「それこそ、は? だな。俺がいつ資格がないと云った 」

「は? 」

「よく思い出してみろ、門守護者(ゲートキーパー)に必要な条件は何だ? 」


 門守護者(ゲートキーパー)に必要な条件は、セルディアに関わりがあり、セルディアで生を授けず、青の魔女(ブルーウィッチ)の血脈である事。

 舞の息子である真人とは違い、信司には青の魔女(ブルーウィッチ)の血脈という条件に洩れている。


「どういう事だ」


 信司の言葉が真実だと仮定して、真人は矛盾のない仮説を検証してみる。


 ── あるじゃないか。


 ぱっと出てくるだけでも二つ。

 一つ目は、そもそも門守護者(ゲートキーパー)の条件が間違っているという事。しかし、現守護者の舞がそんな初歩的な間違いをするのか疑問が残る。

 そこで二つ目の仮定、信司が青の魔女(ブルーウィッチ)の血脈であるという事を考えてみる。するとどうだろう一切の矛盾が生じる事もなく、舞の話と信司の話が成立する。

 唯一の懸念材料は、信司がどの血脈に所属するのかという事ぐらいだが、シリアから美沙の系譜、舞から真人の系譜とは違うものがあっても不思議ではないのだから、無理にそこに拘る必要もなかった。


「親父、アンタには不可解な部分が多すぎるな。何なんだよ、お前」

「親に向かって何て口をききやがる」


 無礼千万なのは理解していても、どうしても口調が荒くなってしまう。それほど神城信司という男が持つ謎は不可解だった。


「ま、お前の気持ちも分からんでもない。

 最愛にして、尊敬すべきこの父の全てを知りたいという気持ちが思わずそうさせてしまったのだろう? 」

「悪ぃ、戯れ言に付き合ってやる気分じゃねえんだ。それに、そっちが云いたくないなら見逃してやるってほどの余裕もねぇ」


 ただ尊敬だの敬愛だのという単語はさておき、信司の言葉の半分は当たっていた。これまた無礼な云い方になるが、仮にも自分両親の片割れがそんな不思議な存在であるのなら、自分の存在は一体?と疑問が湧いてくる。大袈裟な話、信司が物の怪の類いであれば、真人は純粋な人間ではなくなるのだ。気にならないはずがなかった。


「いかんな真人、そんな顔をするもんじゃない。我が神城家の家訓は、いつ如何なる場合でも沈着冷静だぞ」

「ちっ、そんなの分かってんよ。

 ── ったく、ここんトコ調子が狂いっぱなしだ」


 最近になって気付いた事だったが、感情の振り幅が大きくなっている。今までの真人ならば、感情の乱れがあってもそれを意図的に隠してこれた。しかし、ここ数ヵ月の間、感情を消そうとしようとも思わなくなっているのだ。そこに生まれる違和感に戸惑いを覚える。


「狂ってるんじゃないわ、真人。

 正しい反応をするようになっているのよ」


 頭を抱える真人に舞はそう諭す。


「正しい? 」

「そ、何でもかんでも感情を表に出すのは正しい事じゃないけどね。その逆もまた真成りで全てを隠す必要はないの。

 貴方は幼い時に、感情を出す事でマイナスになる事を多く経験し過ぎたのよ。だから勘違いしちゃったみたいね。

 でも、最近は感情を出すから生まれるメリットを思い出しつつある。分からないのはバランスだけなのよ」

「感情を出す事は間違いじゃない、か」


 感情を表面に出すメリットを知らなかった訳ではない、そんな当たり前の事を今まで忘れていたのだけなのだ。


「そうよ。けど、今は感情を表に出すべき時じゃない。少なくても信司君の話を最後まで聞く必要があるでしょ」


 信司がいくら誤魔化そうとしても、自分で真実を探れば良い。そして、正しい判断をする為にも、舞が云う通り今は飽くまでも静な水面のように振る舞う必要があった。


「と、いう訳で信司君。一体どういう事か分かりやすく簡潔に話して頂戴」


 ── あれ……


 舞のその言葉にその場にいた全員が、なぜか不自然な寒気を覚えた。


「ひょっとして舞ちゃん── 怒ってない? 」

「え、何で」


 その返事に不自然さはない。一同は「ほっ」と一息つく。


 ── 何だ、これ……


 舞を信奉する信司やリズが舞を怒らせる事を嫌がるのは分かる。しかし、スティルやレイサッシュまでが過敏に反応するほどの緊張感がそこにはあった。


「ま、信司君が私の役目を面倒だから、真人に押し付ける為に隠していた── とか、云う気なら本気で怒るけど…… まさか云わないわよね」

「ふぇっ! そ、それは…… 」

「あ、それと聞かれなかったから云わなかったって云い訳もダメだから、そこのトコ踏まえた上でよろしくね── はい」

「なっ! 」


 長年連れ添った甲というものか、 舞は信司の逃げ道を見事なまでに塞いで無茶振った。


「すんませんっ! 面倒臭いから全部真人に押し付けるつもりでした」


 そして、信司は瞬時に土下座で対応。


「そっ、ならいいわ。なら、もう隠す事も云いにくい事もないわよ、ね」


 にこりと笑って、それが信司の回避路を全て封じた。


「だね。もう隠しても仕方ない── 」


 諦め顔で信司は呟き真人と向き合うと、その目付きが変わる。


「実はなシリアの後、碧眼を引き継いだのは昔の俺だ。だから、俺も青の魔女(ブルーウィッチ)の血脈になる。

 しかしな── シリアのようにライズの片腕として功績を残した訳でもなく、舞ちゃんのようにセルディアとあっちを護っていたような実績もない。ただ単に、一時的に所有権を預かっていただけだ。

 だからこそ俺に出来た事は碧眼の力を借りて、ちまちま数個の魔導具を創りあげた」

雷の剣(サンダーブレード)はその時の遺産って訳か」

「まあ、な。先人と後人の影に隠れた小さな功績だ。自慢出来るような物じゃない」


 と、信司は嘯くが秀明を驚愕させた武器を創り出したのだから、その功績は大きいと云える。ただ、自身がその功績を軽んじ認めていない。何故認めたくないのか、それを今問い詰めたところで答えは帰ってくる事はないし、意味もない事なのである。

 意味ある事は、シリアの血統と舞の血統に信司の血統が加わったという事である。そして真人が碧眼に関わる者として凝縮した血を持つ存在だという事だった。


 ── 偶然じゃないよな……


 本来正統なる所有者が別れた血筋を一つにして現れる。偶然で片付けるには、何か別の思惑がチラホラ見えているようで不自然に思える。


 ── 何か、やったのかルゼル?


 そっと意思の介入が可能であろう存在に、心の中で聞いてみる。しかし、


(神に誓ってしらん)

 ── 元、魔王が神に誓っても信用に値しないだろ。

(信じるかどうかはお前の勝手だ。しかし、俺の答えは何度聞かれても変わらんぞ)

 ── そっか。


 ルゼルへの問いも無駄と悟り、真人は脳内会議を打ち切る。そして、再び信司と向き合う。


「でだ、俺が門守護者(ゲートキーパー)をやる理由は分かるな? 」

「ああ」


 分からないはずがなかった。

 舞に与えられた時間はもう残り少なく、誰かが門守護者ゲートキーパーをやらざるを得ない。だが、今この状況で真人がこの役を引き継ぐという事は、様々な制約を抱え込む事になる。


 ── 一つ、真人が前線に立てなくなる。


 これは最大の制約だ。

 もし真人が前線に立ち戦えば、万が一にも負ける事は許されない。命のやり取りで負けられないのは然も当然のように感じるかもしれないが、門守護者(ゲートキーパー)の任を持つ者が死ねばセルディア方面から、無限回廊(メビウスロード)へ入る為の道が閉ざされる事になる。

 信司にとってもセルディアに永住する可能性が出てくるリスクが生まれるのだ。

 門守護者ゲートキーパー不在という、最悪の状況を作らない為にも、信司が引き継ぎ裏に潜るのは最善の方法なのだった。


「少なくても一年、お前は自分のやるべき事に邁進しろ。俺がお前にしてやれる事はこの程度なものだ」

「オヤジ…… 」

「おっと、感動するのは早いぞ真人。俺が門番になる以上、絶対に前線には立たん」

「ナルホド…… 力を抜くところは見極めてるか」


 大幅な戦力ダウンになるが、こればかりは致し方ない。


「ま、そういう事だ。つまり、これからはお前と嬢── とと、レイサッシュさんだったな。

 二人で行動してもらう事になる」

「「二人? 」」


 真人とレイサッシュはそうハモり、二人でスティルを眺めていた。


「ゴメンね。相手に正体がバレた以上、残念だけど私はここまでさね」

「姉様…… 」

「信司さんとリズ様と話して決めた事さ。勝手に決めたと思うかもしれないけど、私は不死って訳じゃない。弱点を剥き出しにして前線に立つのはやっぱり良くないさ。

 アンタ達の足を引っ張るだけになるのだけは、どうしても嫌なんだ」


 スティルの実力からいえば、そうなる可能性は低い。ただ、目に見える弱点を持っているという事は、もう互角並の力を持っている者との戦闘は出来ないという事でもあった。


「しかし、これは…… 」


 参ったな。

 想像以上の戦力ダウンに真人は、頬を掻きながら遠くを見ていたのだった。



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