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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
32/75

11

「イ、イヌ…… 」


 初めてその姿を見せたルゼルは、シェパードの姿をしていた。

 正式名称は『ジャーマン・シェパード・ドッグ』。ドイツの牧羊犬という意味である。


「ほぉー、これが主が想像イメージした姿か」

「犬が喋った! 」

「何を今更、これまで散々話していただろ」

「あ、いや、確かにそうなんだが…… 」


 フレイヤやグレイゴルを見てきた以上、これは想定すべき事なのだろう。しかし、真人にしてみたらそれはそれ、これはこれ状態だった。

 スティルやレイサッシュの精霊がどのような形態をしているとしても、真人にとって精霊は姿を見せずに頭の中で、ホイホイ気安く話し掛けてくる存在(もの)と確定してしまったのだから仕方がない。


「それに、俺がこの姿になったのは、主が自らそう想像(イメージ)したからだ。別に望んでこんな姿になったのではないわ」

「へっ、どういう事だ? 」

「我ら── というか、精霊は体を持たない精神体だ。だから、契約前は姿形なんぞない。契約して初めて、主の中にある一番自分に適していると思われるイメージを己が姿とする。

 お前は俺が魔族だと知って、ここで初めて出会った魔にそのイメージを重ねていたのだろう」

「なるほど、そういう事か」


 今でこそ雑魚のイメージしかないが、真人にとって初めて見た魔は魔犬だった。


「そうだ。そして、もっと深いイメージを与える姿になる。感じるだろ、自分を侵食している魔力を」

「んっ? 」


 一瞬、ルゼルの顔が不敵に笑ったように見えた。そして、


「がっ! こ、これ…… 」


 真人は、全身隈無く針で刺されたような痛みに膝を折った。


「俺の魔力はまず体の自由を奪う。精神体である今の主が痛みを感じたという事は、肉体の侵食は完了している。

 ── またな主よ。お前がお前のままで会える事を願っているよ」

「て、テメーは…… こうなる事を知って黙ってやがったな。── ぐっ、この悪魔めっ! 」

「その通り、悪魔さ。力の大半を無くした悪魔だ。だが、そんな力でも手にする為にどれだけの痛みが伴うのか知るがいい」


 ルゼルの言葉には一切の同情がない。まるで当然というほど冷たい目をしていた。


「これ、相当に痛ぇぞ── 覚えておけよ。戻ったら、死ぬほどコキ使ってやるからな」

「ま、頑張れや。じゃあ一つだけ先払いしておくぞ。

 ── お前が戻ったらすぐにあの炎使いをすぐに助けろ」


「は?そりゃ── ぐっ、あああ〜」


 感じる痛みが針で刺されたようなから、剣でメッタ斬りされたような痛みに変わり、真人は膝で体を支える事が出来なくなった。

 もしここが現実で体があったのなら、気を失ってしかりの痛みがある。しかし、ここでは気を失う事は許されない。逃げる事は出来ないのだ。


 ── 畜生、痛ぇ……イテェイテェイテェイテェイテェイテェイテェ…… 何なんだよこれは……


 団子虫のように丸まりながら、真人は治まる事のない痛みと戦い続けていた。




 ◆




 ── チッ、邪魔だな。


 秀明は眼前で繰り広げられている、信司と裕司の激しい戦いを見ながら舌を打った。

 この二人のレベルは高く、援護射撃を行う機会は少ない。その少ないチャンスに、秀明はしっかりとフォローを行っているのだが、その度にレイサッシュに潰されているのだった。

 秀明の目から見てレイサッシュの実力は、中の上か良くて上の下といったところだ。普通にしていれば、このレベルの戦闘に割り込む事など出来るはずがない。だからなのだろう、レイサッシュは信司の戦いには目もくれず、秀明の挙動だけをじっと見つめ動いた時だけ、その攻撃だけを潰していた。

 実力下位な者に狙い撃ちされ、フォローが阻まれ続けては面白いはずがない。先に潰そうにも、防御が硬いレイサッシュを崩すには相当に時間が掛かる。そうなると、信司が完全にフリーになる時間が多くなる。

 裕司と信司の差は僅かだが、信司が上回っている。秘密兵器であった雷の剣(サンダーブレード)を封じ込められている今でも、それは変わらない。つまり、一見無駄のように見える秀明のフォローがあってこその均衡なのだ。故に迂闊には動けずに均衡は保たれていた。

 この均衡が崩れるとしたら、信司に近いレベルの者が参戦するか、アスリートでいうところのゾーンに入っている信司の集中力が切れるかしかない。

 前者ならば最早援軍の可能性ない秀明達の敗走が決まり、後者ならばその逆が待っている。ただ、これには盲点があり、援軍が来たとしても、信司の集中力が切れた場合は秀明達の勝ちになるのだ。それだけに秀明達の優位は動かず、レイサッシュの存在が邪魔だとしても、秀明が焦る要因はなかった。


 状況としては絶望に近い、そんな中でも信司の目から希望がなくなる事はなかった。

 今はただ待つだけ── 倒す必要はない。

 真人が戻ってきた時、数分でもベストパフォーマンスが出来る余力があればいいのだ。そして、


「うっ、あああぁ~……」


 均衡を破るキーマンの呻きが森に響いた。


『─── !』


 すると、信司だけではない。秀明も裕司も、レイサッシュもリズも動きを止めて真人の姿を見る。

 一同の視線を一身に受ける真人は、苦悶の表情を浮かべたまま、黒い霧のようなものに包まれていた。


「やっとその気になったようだな」


 作り笑いではなく、歓喜の表情でそう云ったのは秀明だった。そして、真逆に裕司は憎々しげに唾を吐く。


「兄弟で思考は一枚岩じゃないんだな? 」

「うるせぇ、黙れ」


 信司の言葉に激しく反応する裕司。だが、信司はそんな事はお構いなしに続ける。


「ま、英雄が堕ちた原因になった力だ。忌々しいのは分かるが── 」

「黙れと云っているだろうっ! 来やがれ、ジンっ! アイツを殺せっ! 」


 裕司の反応は今までとは桁違いになった。そして、呼び出した精霊の名にレイサッシュは「えっ? 」と反応を示す。


 風の精霊ジンは、英雄であるライズの契約精霊だ。真人が契約している精霊だ。もし、裕司が契約している精霊がジンであるなら、真人の精霊は何だと云うのだ。

 レイサッシュは混乱する頭を払い、一つの答えをだした。


 ── コンナコトハアッテハナラナイ……と。


 復活の芽はあるとはいえ、スティルの亡骸を見させられ、真人が精霊主持ちでないとなると、レイサッシュは一人になってしまう。そんな不安が心のバランスを保てなくしていた。だが、レイサッシュの瞳にそんな影が生まれた事に気付いた者は一人も居なかった。


 裕司が右手を拡げ突き出すと風が集まり出す。そして、その密度が高まると誰の目にもその姿が映るようになった。


天馬(ペガサス)とは恐れ入るな…… 」


 ジンの姿は、幻想種の中でも抜群の知名度を誇る天馬ペガサスを模していた。

 白く輝く馬体に、大きく拡げた翼── 神秘的な姿に信司は息を飲んだ。


 ── こいつはモノが違う。


 精霊が契約主のイメージで形を創る事は分かっていた。だが、ジンは明かに裕司のイメージを超える姿をしていた。一言で云えば神々しい、人が想像出来る姿ではないのだ。

 ジンという精霊が自ら、裕司の想像(イメージ)に上乗せして創り出した姿── そして、それは並の精霊ではとても出来ない芸当であった。


 ── 少しでも、隠し球を暴いてやるつもりが薮蛇だったという訳か。ったく、ツイてねぇ……


 信司は溜め息を小さく吐くと、雷の剣(サンダーブレード)を裕司に向けて構え、静かに向き合ったのだった。


「その無駄な武器に全てを託すつもりか? 」


 愚かだと云わんばかりに、裕司は信司に向かって聞いた。ジンを呼び出した余裕からか、裕司の顔からは怒りの色は抜けている。


「これは、秘密兵器なんだよ。お前は隠し球を出した時に簡単に棄てたりするのか? 」

「効果に期待が持てないものに縋るなんて真似はしないね」

「ほぉ、そりゃ道理だな」


 構えを崩さずにそう云い返す。だが、裕司の云う通りなのだ。どんなに鋭い刃を持つ剣があったとして、幽体に振りかざしてもそれは滑稽でしかない。


「通用しないと分かっていて使うなら蛮勇。通用すると思い込んでいるなら、とんだドン・キホーテだな。

── ま、どちらでも愚かな事には変わりない」

「ドン・キホーテとは懐かしいな。確かにありゃあ愚かだ── けどな、妄想に毒されていた時のアイツは弱くない。俺はそう思ってるぜ」

「だったら、夢から覚まさしてやるよ」

「残念。夢から覚めても、俺は後悔なんかしねぇよ」


 ── もう充分、後悔してるからな。


 信司は舞の顔を思い浮かべながら脱力する。が、次の瞬間、地を蹴りジンとの間合いを詰めた。そして、そのまま振りかざす雷の剣(サンダーブレード)

 このままでは通用しないはずの一閃だが、ジンは一瞬にしてその姿を消し上空へ退避した。


「ジンっ! 」


 不可解なジンの行動に驚く裕司。その隙につけ込むように信司は、ターゲットを裕司に変更して追撃を掛ける。


「ライズ、こいっ! 」


 だが、剣が裕司と交差する前にジンの叱責が飛ぶと、裕司は信司の剣を受け止めずにかわし、ジンの元へと翔んだ。


「チッ、やっぱ一筋縄じゃいかねえか…… 」


 空を切った剣を戻し、再度構え直しながら上空に目を向けると不敵な笑みを浮かべる信司。


「どういう事だ、ジン? 」


 ジンに対する絶対の信頼が、裕司に迷いを与える事はなかったが、何故その様に指示したのか本意が分からなかった。


「あれは我を傷付ける事が出来るものだ」

「それはマジか? 」

「ああ」


 ジンの答えに裕司は、


「なるほどな」


 と、信司が愚かな行動に出たのではない事を知った。

 考えてみれば当たり前な事なのだ。

 信司ほどの使い手が、意味もなく特攻を仕掛けてくるには、余程追い込まれなければ有り得ない。今、追い込まれているとしても、まだ逃げ道はある状況ならば尚更、神風になる必要などなかった。


「我は無駄に傷付く事は好まぬ。だから避けた。何か問題があったか? 」

「それはいい── だが、無傷で終われるような相手じゃないぞ」

「らしくないな。我は云ったぞ、無駄に傷付く事は好まぬと」

「なら、いいさ」


 裕司とジンの意思が一つになる。

 二つの存在が一つになる時、それは別物になる事を知っている信司は、改めて気を引き締めたのだった。

 そして、再び互いの闘気がぶつかろうとした時、突然現れた気配に気付く。


「── むっ! 」

「これは…… 」


 信司と裕司の闘気がみるみると小さくなり、新たに現れた気配に視線を向けた。すると、そこには消滅したはずのスティルが姿を消した時と同じ態勢で倒れていた。

 しかも、意識こそ戻ってはいないが、貫かれた胸の傷は服の破損と共に完全に無くなっている。


「── んっ…… 」


 小さく呻きスティルの意識が戻ろうとしていた時だった。裕司の後ろを取った者がいた。


「お前なんて居なくなれっ! 」


 それは普通なら、スティルの復活を誰よりも喜ぶ者、レイサッシュだった。だが、今のレイサッシュはスティルの事など全く見ていない。

 その瞳にはどす黒い負の感情が渦巻いている。


「馬鹿っ! ── 何をやってる」


 慌てて飛び出す信司。

 確かにスティルに気を取られていたが、それは何があっても対応出来るように配慮しているからなのだ。戦闘力の劣るレイサッシュが、無闇に攻撃を仕掛けたところで返り討ちにあう事は、火を見るより明らかだった。

 そして、レイサッシュの軽はずみな行動によって、これまでの均衡が崩れた事を見逃すような秀明と裕司ではなかった。


「墜ちろっ! 重力封鎖(グラビティバインド)


 レイサッシュが放った術は、対象物から半径3Mに十倍の重力を付与する。

 大地に立っているものなら、その場に縛りつけられ全く動く事が出来なくなる。そして、空中にいる者ならそのまま地面に叩きつけられて絶命に至る。

 上空の敵を討つには適した術ではあるのだ。が、どう足掻いても(トラップ)系の術である事は否めないのだった。

 (トラップ)は、標的が自ら嵌まるからこそその威力を発揮する事が出来る。しかし、術者が自ら攻撃を仕掛けに行ってしまえばそんな罠に掛かる獲物などいるはずがない。

 つまり、こうなる事はレイサッシュを除き、誰もが分かっていた。

 渾身の一撃として放った重力封鎖(グラビティバインド)は、掛け値なしにあっさりと裕司に避けられて無駄に終わる。そして、術を使った反動で動きを止めていたレイサッシュに、秀明の魔力弾が迫っていた。


「あっ…… 」


 レイサッシュの目にも、自分に迫る魔力弾の存在が映っている。しかし、回避行動に移る事が出来ずに、この時になって自分がどれほど愚かな行為をしたのかを理解して目を閉じた。


「── ぐっ! 大事ねえか、嬢ちゃん」


 諦めた目を開けると、レイサッシュの目には信司の胸板しか見えなかった。そして、そのまま二人して落下すると、信司は両手でレイサッシュを包み込んだ。

 ドンっ! という衝撃をレイサッシュは感じたが、その身体に痛みは全くない。それが何故なのか、レイサッシュは確認しなくても分かっていた。


「すいません。私の為に…… 」

「謝るぐらいなら、最初から暴走しないでくれよ。── お~、痛ぇ…… 」


 フラフラしながらも、レイサッシュを退けて立ち上がる信司。


「真人の動きを止めた攻撃なんですがね。直撃を受けて動けますか」

「鍛え方が違うんだよ」


 レイサッシュの楯になるように立つ、信司の背中には三つの傷が出来ていた。その傷は秀明の言葉により魔力弾による魔力痕である事は分かる。


「そうですか── でも、ゲームオーバーです。最早、相手にもなりませんよ」

「ったく、美味しいとこを持っていくヤツだな」


 どんなに強がってみても、秀明が云う通りなのだ。魔力弾を喰らった事により、体の自由は奪われ、集中力はこと切れている。そして、秀明と裕司にダメージはない。

 正に風前の灯だった。


「まず貴方から逝ってもらうのが、一番良いのでしょうが── 散々苦労させられましたからね。それじゃあ、僕の気が済まない。ここは正しい順番を守りましょうか」

「正しい順番だと」

「ええ、既に死んでなきゃいけない人がいるでしょう。何度も戻って来られるのは不愉快ですし、どうやって戻って来るのかも見る事が出来た。そして、先に誰かを消す事で貴方にも屈辱を与える事が出来る。── 一石三鳥ですよ」


 秀明の顔が醜く歪みながら、視線がスティルに向けられた。


「やめて…… お願いしますから── 」

「君にも邪魔されたからダメだね。それと、君の精霊術で彼女を護ろうとしても無駄だよ」


 秀明がそう云うと、裕司がスティルに向けて腕を伸ばす。


「僕の魔力弾では君の防御を破る事は出来ないけどね。コイツの精霊術なら余裕で相殺出来る。分かるだろ? 」


 確認する必要もないぐらい、分かりきっていた。秀明が魔力弾を放った後、レイサッシュが防御壁を張ったところで、それを裕司が精霊術で粉砕すればスティルを護る事など出来ないのだ。そして、裕司の術にはそれを可能にする速度と威力がある。


「ご理解頂けたようで何より── では」

「やめっ! 」


 レイサッシュの制止も聞かず、秀明は魔力弾を放った。


「デットエンドだ」


 秀明の非情な宣言が、信司とレイサッシュの耳の中で木霊していた。




来週から二部を開始する予定です。

一部のエンドは若干変える予定ですので、是非またお立ち寄り下さい。

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