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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
31/75

10

 魔力を纏った礫が、秀明の意のままに宙を飛び回る。時には塊となり、時にバラバラで信司に迫る。

 単発なら喰らったとしても、動きを止められる事はないと信司は思う。だが、だからと云って食らう訳にはいかなかった。どんな些細なダメージであっても、パンパンに張ったような風船のような状態では弾け飛ぶ可能性が高い。

 そのような状態で、秀明の礫とその合間、散発的に繰り出される裕司の風撃を紙一重でいなし続けている。

 秀明と裕司のコンビネーションは絶妙だった。

 隙が少ない攻撃を秀明が行い、僅かに隙が生まれると裕司がその間を埋める。信司がどんな速く動き、先読みして隙を伺っても反撃の好機が得られない。


 ── こりゃあ、想像以上だな……


 元々、この二人を一人で抑えきれるとは考えてなかったが、ここまでじり貧の展開になるとも思ってなかった。

 信司に残された二つの希望── それを得る為の時間は、充分に稼げると踏んでいただけに顔には出さない焦りが体内を巡っている。


 ── 早く帰ってこい、馬鹿息子。


 そんな思考は弱気を生む。そして、生まれた弱気は信司が思っている以上に、脳から体に伝える信号の妨げになる。


「しまっ! 」


 秀明が放った礫の影にもう一つ、礫が混じっていた。その影に気付いた時、回避行動を取っても既に遅い。


 ── くそっ!


 礫の直撃を覚悟した瞬間だった。


部分硬質(ダイヤモンドクレパス)っ! 」


 この時まで地形に溶け込み、その存在を隠していたレイサッシュが万を持して再び参戦した。


 レイサッシュが使った部分硬質(ダイヤモンドクレパス)は、指定空間にある物質を集め圧縮させる。今回レイサッシュが指定空間としたのは自分の足元から半径5Mの大地である。そこで圧縮された土は掌サイズの小さい円盤のようになる。だが、その円盤は例え魔王だとしても破壊出来ない最強の楯となるのだ。更に、この最強の楯は一定時間消える事はない。

 唯一の弱点は保護面積の狭さだが、それは長い時間を掛けて礫の動きを見て目を慣らしていたレイサッシュがカバーする。


 針の穴に糸を通すが如く正解に、レイサッシュは信司に直撃するはずだった礫を弾いた。


「一応、私が居る事を忘れないでね」

「そういえば居たな」


 絶好の好機を潰された秀明は、憎々しげに視線を移し、それに合わせて裕司の視線もレイサッシュに向けられた。


「先に潰しておくかい? 兄さん」

「いや、このままでいいだろう。あの女が居たところで少し寿命が延びるだけの事だ」

「チッ、少しぐらい動揺を見せる可愛げはないのかね。君達」

「有りませんよ。動揺するほどの事じゃないですしね」


 信司の言葉をさらりとかわし、秀明はレイサッシュから視線を外す。それはレイサッシュを自由にさせる分、信司には一切の自由を与えないという意思表示だった。


 ── ホントに可愛げがないヤツ。


 的確に状況を見定める秀明の慧眼に、信司は額から流れる冷たい汗を拭う事も出来なくなっていた。


「温存してる場合じゃねえな」


 そう云うと信司は懐に手を入れ、剣の柄のみを取り出した。


「何ですか? それは…… 」

「これか、秘密兵器だよ。── 痺れてみるか? 」

「は? 」

雷の剣(サンダーブレード)


 柄だけの剣が光を放つ。そして、刃が生まれた。




 ◆




「俺は── 」


 クライムがどのような思いでルゼルの力を求めたのかは知らないが、自分の契約精霊を贄に捧げた事は最低の選択だと真人は嫌悪した。だが、力を求める今の自分とどれほどの差があるというのだ。その葛藤が次の言葉を紡ぐ事を躊躇わせていた。


「力はどんな力であれ差はない。差が出るのは、その力の使い方だ。

 ── こんな事を我が主に云った奴がいたな」


 ── 主?


 懐かしむ様にルゼルはそう口走った。

 しかし、こうなるとクライムという人物の全容が分からなくなる。

 ルゼルの力を欲したクライムは、どう考えても小者としか思えない。にも関わらず、ラフィオンでは英雄とされ、自称ではあるが元魔王から主と認めらるほどの人物になっている。


「クライムが気になるか。アイツは良くも悪くも普通の人間だったよ。

 簡単に怒り、悲しみ、恨む。人間としてだけみれば、今のお前の方が遥かに優れている。ずっと魂に憑いていた俺だって、同一の魂だなんて信じられないほどだ」

「けど、それは間違いなく俺は、クライムと同じ魂を持つって事だよな」

「ま、そりぁそうだ」

「だよな…… で、切っ掛けは兎も角、最終的にはお前に認められた、か」


 ── どんな形で手に入れた力であっても、その使い方次第で善にも悪にもなる。そして、俺には力が必要だ。


 悩む必要などなかった。

 いや、そもそも初めから選択権などなかったのだ。力が足りなければ何も護れないのだから── どんな方法でも手に入れた金は金…… それとよく似ている。ただ違うのは悪意に満ちた金は何処まで行っても碌な金ではないが、力は使い方一つで変える事が出来るという事だ。


「どうすればいい? 」

「決まったようだな。ならば、再度契約をするぞ」

「契約はもうしてんじゃ? 」


 図書館で「力を貸せ」と、高らかに宣言した時の事を思い出しながら真人が云うと、


「クライムとの契約なら奴がくたばった時に破棄されてる。今の俺を例えるなら単なる寄生虫だ」

「俺は精神にサナダムシを飼っているって事か」

「そう云われると良い気分ではないが、そう云う事だな」

「ま、サナダムシは100%有害じゃないらしいからな。別に居ても問題ないよな? 」


 裏を返せば100%無害ではないのだ。その昔、サナダムシダイエットなるものが流行った事があったが、そこで被害にあった者も居たそうだ。

 無害と思われるから、体内に自ら招き被害者になる── 今、真人はそれと同じ事をしようとしているのだ。


「馬鹿な事を聞くな。問題はある」

「だよな…… 」

「ああ、体内に入った異物を抗体が滅しきれなかったらどうなる? それと同じ事だ」

「そいつはまた…… 」


 ルゼルの言葉を直訳すれば、制御出来なければ死ぬと云う事だ。


「これまでは俺が力を貸すと云う方法で、少しだけ力を放出していたが、正規に契約すればその力は全てお前の制御下に置かれる。

 俺の全盛期から比べれば小さなものだが、人が手にする力としては分不相応な力だ」

「制御には苦痛が伴う、か? 」

「死ぬほどに、な」


 嘘な訳がない。大きな力を得るのに、その代償が軽いはずがないのだ。

 そして、それが分かった上で真人は云う。


「構わんよ。もしもの時は一緒に死んでくれるか? ルゼル」

「我は汝の魂と伴にある存在(もの)。嫌だと云っても側に居る」

「へっ、なら怖いものなしだな」


 姿のないルゼルに向かって笑いかける真人。すると、その空間が緩んだような気がした。


「汝、カミシロマサト。我は風の精霊、名は『ルゼル』。我は汝を主と認めよう。汝は我を認めるか」

「── 認める」

「ここに契約する。我が主(マスター)よ、我の名を呼べ」

「ルゼル、我が前に姿を見せよ」


 初めての事なのに、スムーズに言葉が出てくる。その淀みないやり取りの後、


「なっ! 」


 真人の目の前には、一匹の犬が尻尾を振り「ハッ、ハッ、ハッ」と、息を荒げこちらをじっと見つめているのだった。





「魔法具だと…… 。何故、貴様がそんな物を持ってるっ! 」


 雷を刃に換えた信司を見て、 裕司が口調が露骨に表情を変えた。しかし、信司はそんな裕司を嘲笑うかのように云う。


「魔法具? これがか── はっ、良く見て発言しろよ」

「そうだな、それは魔法具なんかじゃない。── 魔導具だ。間違いないな神城信司」

「なっ! 有り得んっ! 」


 信司の否定に秀明は賛同し、その賛同を否定する裕司。だが、誰の言葉が正しいのかは改めて説明する必要はなかった。では何故、裕司は目の前にある真実を一人認められなかったのか── それは『魔法具』と『魔導具』に大きな差があるからだ。


『魔法具』と『魔導具』の差は、単一で機動するかどうかの違いである。

 詳しく説明すれば、魔法具は術者の魔力を使い機動するが、魔導具はそんな魔力を使わなくても発動する事が出来る物になる。つまり、前者であれば所有者の魔力を削るが、後者であれば所有者は魔力を使う事なく強力な武器を使用する事が出来ると云う事になる。

 そして、魔導具はおろか、魔法具ですら所有者の数は少ない。魔法が発達している地の民(グランディーネ)であってもその存在は10あるかないかという伝説の武器扱いになるのだ。

 ならば魔導具は? となると、存在は確認されているが見た事がある者は居ないレア中のレアになるのだった。地の民(グランディーネ)でも見た事がない武器を、精霊社会のラフィオンに住む異世界人が持っている異常性が裕司に目で見た事も信じさせない。


「落ち着けよ裕司。武器が強力だとしても関係ない。神城信司にはどうやらツキがないようだ」


 秀明の言葉を受けて、裕司は落ち着きを取り戻す。そして、信司が持つ雷の剣(サンダーブレード)を一瞥すると「なるほど」と笑う。


 どんな強力な武器であっても、秀明は魔力を喰う稀有な力を持っている。また、裕司にしても雷の属性は風の属性に基因する以上、全く怖くないのだ。それ故、無属性の超撃を繰り出していた信司の方が二人にとっては脅威だった。


「俺のツキがない、か」


 確かにな── 秀明の呟きを耳にした信司は、素直にそれを認めた。

 だがそれは、秀明と裕司の考えとは違う。

 自分が奥の手を出したにも関わらず、秀明の魔力が何なのかまだ掴み兼ねている。それは、この戦いの主導権が彼方にある事を意味しているのだ。もし、この奥の手を使って秀明の力を全て引き出せなければ、最初から最後までその掌の上でもがいているに過ぎなかったと云う事になる。

 信司にとって、今はその屈辱を受け入れなければならないギリギリの状況になる。そこまで追い詰められた男にツキがある訳がない── 信司はそう考え、秀明の言葉に同調の意を示した。


「でもな、ツキと金は天下の回りものだ。この先、俺にツキが回ってこないとは限らないぜ」


 そもそも信司のツキにケチがついたのは、信司の武器である刀を失った事にある。

 あの闇に飲まれた愛刀が、秀明の魔力によるものなのかどうか図り兼ねているからこそ、秀明に対して攻め倦ねているのだが、これは秀明が意図していた事ではなかった。

 秀明にとって、信司が刀を持つのは前述のように脅威であった。だからこそ転移魔法にてその刀を奪っただけなのだ。その際、秀明の魔力が刀を喰ったように見えた事は、秀明サイドにとっての幸運であり、信司にとっては不幸だっただけなのだ。


 ── もし、信司の目に刀が闇の雷に喰われたように見えなかったら……


 ── もし、信司が秀明の魔力に不吉なものを感じ避けずに剣で凪ぎ払らっていたら……


 ── もし、リズが真人の体を蝕む魔力の事を信司に伝えていたら……


 タラレバになるが、状況が一変している可能性は充分に含んでいる。だからこそ、信司の云う通りツキが来ないとは云えない。

 僅かな可能性を信じ、信司は雷の刃を秀明と裕司に向けた。


「無駄とは考えないんですね」


 向けられた剣から目を背けず、秀明はその目付きを更に鋭く光らせた。


「結果が伴わないから無駄とは思わない性分なんでな」

「下らねぇな。全ては結果だろう…… 課程がどうあれ結果が歴史になる。どう足掻いてもそれが真実だろうが 」


 裕司はそう掃き捨てる。


「そうか? 一見無駄のように見えても、無駄じゃない事はあると思うがな。

 例えば── 無駄死にをしたかに思えた英雄が、英雄を創ったみたいな事とかな」

「── !」

「おいおい、そんな目で睨むなよ。例え話さ…… 」


 明らかな挑発行為だが、それに乗せられて裕司の表情は殺意に満ちた。


「コロスぞ」

「初めからそのつもりだろ」


 信司と裕司の視線がぶつかる。その中でレイサッシュは、秀明の僅かな動きも見逃さないようにじっとしていた。

 このまま二人がぶつかれば、信司といえど秀明の動きを完璧に把握する事は出来ない。そこに漬け込んできた時、信司を護れるのはレイサッシュだけなのだ。そして、そのレイサッシュの加護を信司は信頼している。だから、裕司を挑発した。

 その信頼に応える為に神経を尖らせるのだ。そうしなければ、このレベルの戦いに割り込む事など出来ない。


 二人が放つ殺気が、全ての生ある存在を掌握し、外であるにも関わらずその場を静寂が包んだ。そこに「ゴクリ」と息を飲むレイサッシュ。その音が響くと同時に裕司が動いた。


 シュっと、音を残し体ごと姿を消す。そして、次の瞬間に信司の目の前に現れた。


「速いな── だがっ!」


 速度では信司も負けていない。裕司が現れたと同時に雷の剣(サンダーブレード)を振り下ろしていた。


「無駄だ」


 裕司を捉えたはずの刃が目前にして掻き消える。すると、信司はやはりというような顔をして後ろに跳んだ。誰も居ない空間に一閃、裕司の放つ剣戟が流れる。

 瞬きすら許さない間に神速同士の戦いが繰り広げられていた。


「動揺はなし、か」

「最高位の風使いに雷は通用しない。その程度の予想はしてたさ」


 元々、雷は風に属する。高位の精霊が働きかければ、無効化する事ぐらいは簡単にやってのける。信司はこの結果を予測した上で、確認する為に今の一撃を放ったのだ。


「だったら、勝ち目がない事も分かるだろ? 」

「そりゃどうかな。多分、体術戦闘なら俺の方が強い。刃は通らなくても、ダメージを与える方法はある」

「それでも風前の灯だな。その集中力がいつまで持つか試してやる」

「上から目線は火傷の元。忠告してやるから、足りないオツムに刷り込んでおく事だな」


 繰り返される挑発。その外では二人を見据え動かない秀明。そして、それを監視するレイサッシュ。四者が互いの仕事をしていた。



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