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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
30/75

9

「んじゃ、嬢ちゃん」

「レイサッシュです」


 やる気になったレイサッシュは、憮然と云う。そんな反応を予想していなかった信司は「ん? 」という反応をした。


「嬢ちゃん、姉ちゃん、姫さん── 貴方はどれだけ淑女を軽んじるつもりですか。いい加減軽視は止めて下さい」

「…… ぷっ、くくく。そうだな、これは失礼した。OK、レイサッシュ。貴女は防御だけを考えてくれ。

 でもな、同時に標的になった時はダメージの大きさに関わらず、必ず自分を護る事。約束出来るな? 」

「そんなの── 」


 当たり前とは云えなかった。

 性分というのか、土の精霊術士は自分の身より前線に居る者に意識を集中してしまう事が多いのだ。


「了解しましたわ」

「では、改めて── 真人っ! よく見ておけ、本当の魔導を見せてやる」


 真人がまだ小さかった頃、信司は真人に剣の手解きをした事がある。

 あの時は、お遊び程度の基礎とも云えない享受であったが、あの世界で生きるには充分な強さは得る事が出来た。だが、今度はこのセルディアで生き残る為の術を伝えようとしていた。


 まずは両足に魔力を溜め解放する。そのまま目標に真っ直ぐ一撃を放てば真人の魔導術と何も変わらないが── 信司の攻撃は真人とのそれとは違って、基本に忠実だった。

 魔法や精霊術という力が圧倒的であるが故、どうしても攻撃そのものは力押しになる。だが、信司は目や体を使いフェイントを織り混ぜて秀明に迫る。と、なると受け手は次の一手を考える必要があるのだ。つまり、思考によるタイムロスが生じる事になる。

 フェイントは格闘に於いて普通の事、それを信司は行っただけなのだが、秀明の表情から余裕は一切感じられなくなった。だが、だからと云って信司が楽にアドバンテージを取っているという訳でもない。魔導術で強化した力は、謂わば自分の限界を超えたもの。肉体に負担を掛けない為に、細かい魔力操作(コントロール)を綿密かつ精密に行っていた。


「すごっ…… 」


 信司の動きに魅せられて、レイサッシュは呟いた。そして、それはレイサッシュだけに云える事ではない。


「お前は一体、何者なんだっ! 」


 信司の攻撃をギリギリで捌きながら、秀明が言葉を発する。


 魔導を多少でも囓った者なら、信司のやっている事が普通ではないと気付く。こんな事が出来るのは、魔導の天才と云われたクライム・クラインぐらいなものなのだ。


「家族を愛する一児の父だ」

「── 俺は認めんぞっ! 」

「構わんよ、別に…… 」


 噛み合わない会話の後、秀明の背に現れる信司。


「それは読んでるぞ」


 振り向かずに魔力弾を背中から放つ。しかし、そこに居るはずの信司の姿は既にない。── 何処に行ったのかといえば、


「なっ! 」

「空中で陣取られてるとオジサンは気になってしまってな。取りあえず兄弟なら肩を並べていてくれや」


 次に信司の姿が確認出来たのは、裕司の後ろだった。そしてそのまま、信司の掌底が裕司の背中を穿つ。


「がっ! 」


 空中で無防備な背中へ攻撃を受け、風のコントロールを失えば、当然重力の影響を受け上から下へ落ちる。そして、落ちた先には秀明がいた。


「ぐはっ! 」


 秀明を巻き込み転がる裕司。上空から軽やかに着地した信司とは対局にだった。


「リズ様…… 」

「何じゃ? 」

「あれは、オヤジなんだよな? 」

「そんな事は我より、汝の方が良く分かってるじゃろ── って、ああっ! 一体、何なんじゃこの魔力は、中和しようにも回復魔法そのものを喰いよる」


 リズにしても信司の力は予想以上だが、その力は説明が出来る。しかし、真人に巣食う魔力はリズの知識を以てしても説明がつかないのだ。


「魔力を喰う…… か。ん、そういえば」

「黙っとれ、気が散るじゃろうが」

「…… この状況で魔導術を使ったっていうのも云わない方がいいですかね」

「な、何じゃと! そんな大切な事は、先に云うのじゃ、バカタレ」


 ── おいおい、不条理すぎんだろ。


「── で、どういう事じゃ? 」


 リズが色々試した結果、この魔力は如何なる魔の力を食い散らかす。この戒めがある限り、魔力を体外へ放出する事は出来ないはずなのだ。


「さて、さっぱり分かりません」

「は? うぬはふざけておるのか? 」

「いえ、正直曖昧なんですよ。スティルが殺られて、頭ん中が真っ赤に── 」


 一旦冷めた血液が再び滾るような気がする。すると、右手に力が戻ってくる。


「ほぉ、そういう事か」


 真人の手の中にある、大地より抉り取った土を見てリズは頷いた。


「何か分かったんですか? 」

「ああ、この状況は我ではどうにもならん事が分かった」

「ちょっ! ── それじゃあ、俺はこのままって事ですか? 」

「そうじゃな。じゃが、汝次第で回復もするじゃろ」


 そう云うとリズは真人から興味を無くしたようだった。


「まあ、そう云う事なら…… 今はオヤジに任せておけますしね」

「うぬは馬鹿じゃの── あんな力が長く使える訳ないわ」

「え? 」

「一見、圧倒しているように見えるが、あれは信司の全力じゃ…… あの二人を倒しきる事は出来ん。じゃから願え、信司の力が落ちる前に撤退してくれる事を」


 全力を出していれば、スタミナの消費は激しくなる。どんなに鍛えても、100Mのタイムを1000M続ける事は出来ない。

 信司が何M地点にいるかは分からなくても、もうすぐ失速する事になる。そうなれば、今は戦闘力の高さに面食らっている秀明と裕司も気付くだろう。そして、気付かれれば待っているのは死だけだ。

 例え瞬間でも、自分達を超える力を持つ者を生かしておくような事はしない。秀明と裕司は、そんな甘い相手ではないのだ。


「── リズ。答えろ、どうすれば俺は動けるようになる」

「ほっとけばその内消える」

「それじゃ、遅いって云ってんだろうがっ! 」

「じゃったら、その身に眠るもう一つの魔力を自在に扱ってみる事じゃな。ヤツの魔力が如何なるものなのかは全く分からんが、流石に魔王の魔力は喰えんらしい。上手く操作(コントロール)する事が出来れば、その縛りは消えるじゃろ。

 ── じゃが、操作(コントロール)方法を聞くような真似はするんじゃないぞ。我に無いものを教えてやる事は出来ん」


 自由になりたければ、自分で何とかするしかない。だが、真人には魔王の魔力が何なのかすら分かっていない。出来る事といえば──


 ── さっきの状況をトレースするしかない。


 強く願った時、自然に体が動いたのだ。一度出来た事が出来ない道理はないのだ。


 真人は信司から視線を外し、あの時の記憶と感情を取り戻すように、思考の海へと潜っていった。


 ── ここからだな。


 信司は、目の前で自分を見上げる二人を見据え構えた。

 圧倒的優位な立場にいられる時間は短い。だからこそ、与えられた時間でその立場を確立する必要があった。


「悪いが手加減は出来ないぞ。こう云っちゃなんだが、まさかガキ共相手に本気になるなんて思ってもなかったんだ」

「この様を見ながら云われても、誉められている気がしませんね」


 立ち上がる為に邪魔になる裕司の体を払い除け、秀明は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「痛ぇな…… 」


 そして、邪魔者とされた裕司は頭を振りながらポツリと呟く。

 その言葉は、信司だけでなく秀明にも向けられているようだった。


「一応、自慢して良いと思うぞ。尤も── この先、自慢出来る生があればの話だがな」


 ギンっ! と、秀明と裕司を睨み付け、全身から殺気を撒き散らす。


「では、自慢させて頂きますよ」


 信司に臆する事なく、秀明と裕司は殺気を正面から受け止める。


「ほぉ、随分強気だな、ガキ共」

「強気? 違うな」

「貴方が弱気になってるんでしょう。

 ── 時間がない。その焦りが表情に出てますよ。先程までは、時間稼ぎなど仰ってましたが、真逆になっているのが良い証明です」


 二人の指摘に信司はニヤリと口角を上げ、


「ぬかせ、ちょっと誉めれば頭に乗る。だからガキは嫌いなんだ」

「それは、残念です── 瓦礫操弾(ムーヴドラッシュ)

「ぬっ! 」


 いつの間にか、秀明の足元から螺旋状に広がる魔力。そして、それに取り込まれた小石が意思を持ったかのように信司に迫る。


「チッ、抜け目ない奴だな」

「そんなに誉めちぎられると流石に照れますよ」


 誉めてねぇっ!

 信司は無言の突っ込みを入れながら、小石を横に跳んでかわす。だが、それだけで事済ますつもりはなかった。

 こんな単調な攻撃だけなら、態々、小石に魔力を纏わせる意味がない。牽制ならば、普通の魔力弾で充分なのだ。

 ならば── 信司はもう一度、横に大きく跳んだ。すると、たった今立っていた場所に礫の集団が通過する。


「ふぅ、初見であっさり交わしますか…… 厄介を遥かに超えてますね」

「やかましい、二手三手同時に手を打ってくる厄介者に云われたくないわっ! ── なあ、兄ちゃん」


 軽口を叩きながら、信司は暴れ馬のように足を後ろに蹴り上げる。


「── チッ! 」


 間髪入れずに信司の後ろを取っていた裕司は、その後ろ蹴りを何とか交わすと舌打ちをする。


「なるほど、確かに厄介で済ますには危険だな」


 蹴りを避けた後、ヒラリと宙を舞い秀明の横に戻る。


「だから、お前ら云うなよ…… 」


 戦いの最中、うんざりした表情で信司は云ったのだった。




 ◆




「ほほぅ〜、信司の奴粘りよる。のぅ、真人? 」


 返答などない事は分かっていた。既に真人の意識は深く深層心理の奥へ潜っている。


「しかし、流石は舞と信司の息子だけはあるのじゃ。この状況で瞬時にトランス状態に持ち込めるとはな」


 危機感がそうさせたともいえるのだが、目の前に危険が迫っているにも関わらず無防備な状態を晒せる神経の太さには、傍若無人を自称するリズを以てしても驚嘆に値する。


「汝が如何なる答えを出すのか── 興味深いな」


 真人の額に手を当てながらリズは呟く。そして、


「気休め程度じゃが、我に出来る精一杯じゃ、早よぉ帰ってこい」


 簡易結界を真人に張り、リズは信司を見る。

 万が一、秀明と裕司の意識がこちらを向いた時、真人を護るのは自分の役目なのだ── その役目を果たす為にリズの集中力は高まっていった。




「── 居るんだろ、ジン。出てこいよ」


 秀明の魔力障壁を破った時、真人は確かに自分以外の力を感じた。と、同時にそこには個別の意思があった。

 自分の中に居ながら、別の意思を持つ者── まるで多重人格者かと思う場面だが、真人には別の可能性がある。

 スティルのフレイヤ、レイサッシュのグレイゴル── そして、真人のジン。精霊ならば、多重人格でなくとも別の意思が混在している。


「何の様だ、真人」

「冷てえな。最近姿を見せないからと思って、折角、主様が出向いてるっていうのに」

「この程度の魔力に縛られてる奴に主面されるのは不愉快だな」

「やっぱりここにいたか── じゃあ、教えてもらうぜ。お前の正体と力の使い方をな」


 至って冷静に、真人の心には波紋一つもない。そんな状態だからこそ、ジンの言葉がどんな事でも受け止められる。


「だったらまず、俺をジンとは呼ぶな」


 自分で名乗りながら、ジンはその名を否定する。


 ── 初めから全てが出鱈目だったって事か? ったく、そうならやってくれたもんだな。


 今の真人にとっては「そんな事か」で済ませられる真実だが、決して気分が良い話ではない。だから、


「んじゃ、これからは『おい』『お前』『カス』『ゴミ』の中から── いや、『魔族』って呼ぶか? 」

「ルゼルだ── 別に騙して訳じゃない、アイツにそう名乗るよう命じたられてたからな」


 ルゼルは語尾を細めて哀愁を醸していた。


「アイツねぇ…… 何でライズって固有名詞を使わない? 」


 まさかそこからか、と思う反面、多分そういう事なんだろうと呆れた気持ちも高まる。


「お前の考えている通りさ。ライズ・クラインという人間など居なかった。居たのは空の民(グランブルー)を心から憎む矮小な存在クライム・クラインだけだ」

空の民(グランブルー)? 」


 真人にはセルディアの国や人種は分からない。だからこその反応なのだが、ルゼルはお構いなしに話を進める。


「詳しい事は仲間に聞く事だな。今は何処でも聞ける事を聞いてる余裕はないだろ」

「まあ、そうなんだが…… 」


 本筋だけを求めて湾曲した思考が蔓延る危険性を何度も痛感しただけに、抑える事だけはしっかり抑えておきたかったというのが本音なのだが、ルゼルの云う通り今は一刻も早く戻る必要がある。そして、何より聞くべき事は自分を解放する力を得る方法なのだ。


「いや、確かにそうだな」

「まず云っておく必要があるな。

 お前は俺の事を魔族だと考えているようだが、それは半分しか合っていない」

「そうなのか? 」

「当たり前だ。もし違うならお前がこれまで使ってきた力は何なのかと云う話になるだろう」


 それほど大きな力ではないが、確かに真人は精霊術を行使しているし、無限回廊(メビウスロード)で保護していたのは精霊の力だった。


「あ、なるほど── しかし、となると半分正解って事は…… 」

「核になっているのが魔族と云う事だ。私の存在はクライムに出会った時、既に稀薄になっていた。だから、お前の提案で精霊と融合した」


 融合とは言葉を選んでいるな── と、真人は思う。

 ルゼルがクライムという人物を矮小と称した事から、それほどの能力がないと容易に分かる。さすれば、そんな人間と契約をしていた精霊が高位な存在なはずがないのだ。つまり簡単な話、ルゼルによる乗っ取りがあったという事に他ならない。しかも、それが主であるクライムからの提案だというのだから、過去の事とはいえ自責の念を感じる。


「それほどまでに力を欲していたという訳か」

「ああ、そうだ。お前は私がシャディードの六魔王だと知るとその力を欲した。俺としても都合がよい寄生先を見つけた事になるからな。断る道理はない―― ただその時はこんなに永い付き合いになるとは思わなかったな。あの時の俺は、お前が力を持て余し自滅していく姿が見えていた。だが、そうはならなかったお前の執念には正直驚いたものだ」

「寧ろ、潰れた方が世の為だったんじゃねえか」


 捻じ曲がった信念は、強くなればなるほど碌な結果をもたらさない。

 それが魔の頂点に立っていたものの力を制するほどなら、想像するまでもなく何かしらの歪は残したと分かる。


「そう下卑するな。その執念があったからこそ、今のラフィオンがあるのも事実だ」

「けどな…… 」


 その執念が今の状況を作っているのだ。すんなり認める訳にはいかない。


「どうあれ、今のお前はこの魔の力が必要なのだろう? この話を聞いて力が不要だと思うなら、もう二度と俺がお前と言葉を交わす事はない。全ての選択はお前自身がする事なのだ」

「俺は…… 」


 ルゼルの言葉に真人は迷った。

 ―― そして、やっと答えを出したのだった。






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