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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
29/75

8

「ふむ、分解後再構築か……」


 光の粒子に飲まれたスティルを見ながら、秀明は興味深げに呟く。


「なら、再構築の為に収束を助ける物が── なるほど、それか」


 スティルの亡骸があった場所に残されたのは、ライズ・クラインから譲り受けた思念原石のネックレスだった。


顔無し(ノーフェイス)


 秀明が影に潜む顔無し(ノーフェイス)を呼ぶと「えっ! 」と、レイサッシュが反応する。


「何ですかな? 」


 影から体半分這いずり出て、顔無し(ノーフェイス)は不機嫌そうに答えた。


「真人をこのまま抑えておけ」

「やれやれ、しかしもう時間がありませんが」

「何、時間は取らせんよ。すぐに終わる」

「まったく…… では」


 ずるりと擬音が聞こえるような動きで、秀明の影から真人の影へ移動する。


「がっ! 」


 その一瞬で、真人は戒めからの脱出を試みるが、無駄な抵抗に終わった。


「無駄ですよ」

「うるせぇ…… ぶち殺してやる」

「やれやれ蛮族ですか貴方は── ほら、もっと理性的になって下さいよ」


 そう云う顔無し(ノーフェイス)は、秀明の動向に意識を向ける。そうなると冷静さを欠いている真人も釣られてしまう。


「どうやら息子を封じているのは、あの影のような奴じゃな」

「無貌の人形師── けど、何で? アイツはウォッカ様と一緒に殺されたはずなのに」

「何をらしくない事を云っておる。そんなのは殺されていなかったからに決まっておるじゃろうが。

 しっかりせぇ、そんな事では息子もスティルも助けられんぞ」

「えっ、助け…… る? 」


 間違いなくスティルは死んでいた。それは少しとぼけた云い方だったが、秀明が殺したと明言した事からも明らかな事だった。

 死んだ者は帰ってこない── それは生物不偏の理だ。だが、リズも信司も助けられると信じて疑う様子はない。


「どういう事ですか? 」

「どうもこうも、この三年間、主と共に過ごしたスティルなら戻ってこれるというだけの話じゃよ。

 尤もあの男を止められればの話── じゃがな。どうじゃ信司? 」

「さて、やってみなけりゃ分からんな。ただ── 」


 ギラりと信司の目が細くなり、闘気が体を包み込んだ。


「ガキに負ける気はない」


 秀明が真人から離れた直後、信司は一瞬にして距離を詰めた。そのスピードは雷閃と見間違うほど速く、レイサッシュを唖然とさせた。しかし、


「やはり来ましたね」


 神速で放たれた信司の一撃を、秀明は魔力障壁マジックシールドで苦もなく受け止めた。


「お前が真人から離れる好機を見逃せなくてな」

「僕の忠告をお忘れですか? 」

「いや、覚えているよ。── 俺より姫さんがだがな。なあ? 」


 あまりの速さに皆の視線が信司に集まった時、リズ唯一人別の動きをしていた。

 宙を舞い秀明と信司の上を翔び越えて、最短距離で真人のすぐ側まで来ていた。そして、懐から一本の短剣を抜き、真人の影に投げ放った。


「如何にも、じゃ!

『天と風に基づく力、我に従いその力を示せ』鷲爪雷撃(ディグブラスト)


 素早い印と呪を紡ぎ、リズは雷の魔法を発動させる。

 リズが発生させた雷撃は、先に撃ち込んだ短剣に向かって一直線に突き進む。そして、


「がっ! あああぁぁ〜」


 顔無し《ノーフェイス》の絶叫が木霊する。


「中級魔法とて、中々効くじゃろ。魔力で精神体(アストラルボディ)を創る能力は素晴らしいが、如何せんそれは魔力抵抗力がないからの」


 ひらりと華麗に着地しリズは勝ち誇った。

 因みに要約すると、顔無し(ノーフェイス)は本体ではなく魔法で創られた偽造の体であり、その体は魔法に弱いという事である。


「貴様っ! 気付いていたというのかっ! 」


 真人の影から半身を出しながら云う。


「愚か者め、影に生身で入る魔法などないわ。これ見よがしにちょろちょろ出入りしてたら、普通に気付くわい」


 いや、普通気付かない。

 何故なら、人はリズほど自分の知識に自信は持てないからだ。例えリズのように様々な事柄から導いた答えだとしても『新しい魔法ではないか』と二の足を踏み、そこで思考を止めてしまう。それが物理など確定要素があるものと違う魔法の弊害なのだ。だが、リズは知識の中から『どうやっても生身のまま、精神世界に入る事は出来ない』という当たり前の事を確信し、確固たる自信を持っている。


「じゃがの、それ以上に愚かなのは、うぬが自分の正体がバレる事はないと自惚れている事じゃ。容易いぞ、精神体から繋がる魔力波動を追うのはな」


「ならば、貴様に消えてもらえばいいっ!

 黒影弾(シャドウブリット)


 半身のまま顔無し(ノーフェイス)は、リズに向かって自身そのものを弾丸として放った。


「うーむ…… やはり、うぬは三下感に溢れておるの。

 影から人を縛る以外、特筆すべき点がない」


 迫る影に微動だせず、リズは全てを正面から受け── 弾き返した。


「なっ! 」

「なっ! ── ではないわ。周りを見んからそんな安直な攻撃をするのじゃよ」


 そう云うリズの視線は、レイサッシュに向けられていた。


「あれは…… 土の神官── そうかっ! 」

「アンタだけの力で私を退けられるの、って前に忠告したわよね。

 答えは分かっていたはずよ」


 リズの体を護る砂をコントロールしながら、レイサッシュは云い放った。


「あの娘はうぬと違って間抜けではない。如何にショックな事があっても、きちんと周りを見て自分のすべき事をする。

 そしてそれは、我も同じじゃ」


 リズは人指し指を立てると、顔無し(ノーフェイス)に向かって「これが何か分かるなの」と云う。


「一体、何の事を…… 」


 リズが見せる為に立てた指に注目する。すると、その指の周りに三つの光が飛び回っていた。


妖精の人形(フェアリードール)。うぬが創り出したものと同じ精神体(アストラルボディ)じゃよ。

 うぬが創ったものとは違いてんで役立たずの代物でな。出来る事といえば、偵察ぐらいなものなんじゃ。じゃがな、無駄に大きいうぬの精神体(アストラルボディ)と違い、我の妖精の人形(フェアリードール)は全部で七体。そして、有効範囲は汝のそれよりも広い」

「と、いう事は── 」


 リズの言葉に顔無し(ノーフェイス)は動揺を露にし、何もない空間をキョロキョロし出した。


「ご明察じゃ、うぬがそれほど遠くない場所で影を操っているのは分かっておる。ほれ姿を隠さんと、商売上がったりになるぞ」

双面(ダブルフェイス)っ! 」


 置かれた状況を理解し、顔無し(ノーフェイス)は絶叫に近い叫びをあげた。


「ふん、多少の時間稼ぎも出来んのか。まあよい、さっさと消えろ」

「面目ない── 」


 秀明の許可と同時に真人に取り憑いていた影は、分解し霧のように散った。


「ぐはっ! はっ、はっ、はっ…… 」


 真人は自由が戻ると、不足していた酸素を全身に取り込むように細かい呼吸を繰り返す。


「マサトっ! 」

「息子っ! 」


 膝を折ったまま立ち上がれない真人に、走り寄るレイサッシュとリズ。そして、それを見ていた信司は、魔力障壁(マジックシールド)を切り裂く事を止めて後ろへ下がる。


「僕の動きを封じる必要は無くなったという事かな? 」

「── ったく、その澄ました顔は可愛くないな」


 これまで居合いを戦術の中心にしていた信司が、刀を鞘に戻さず構えを取った。


「ここでお前は潰しておくべきだな」

「本気になられた── と? 」


 更に高まる信司の剣気に、秀明の表情が引き締まる。


「本気? それが見たければもっと腕を上げてから来いっ! 」


 次の瞬間に起こった事は、誰の目にも映る事はない。今この場にいる者で本気の信司のスピードについてこれる者は居なかった。だが、一人だけは違った。そして、その男は突然現れて信司の前に立ち塞がった。


「ほぅ」


 自身が放った一撃を受け止めた男に、信司は感嘆の声を漏らした。


 真人、秀明、レイサッシュ、リズ、誰も信司の動きを追う事が出来なかったにも関わらず。瞬間に飛び込んできたこの男── もう一人の双面(ダブルフェイス)、川上裕司は瞬きすらせずに信司の刃をその身に纏う風で受け止めた。


「いつまで遊んでるつもりなんだ、兄さん」

「何、残像思念の復元に興味があってな」

「そんな下らない事で一撃を貰うのは、割に合わないだろうに」

「一撃か── まあ、そうだな。食らうのは(、、、、、、、、、)馬鹿らしいな」


 バリッと秀明の右腕が発光したように見えた。


「ちっ! 」


  信司はその会話と秀明の右腕の不気味さが相まって、再び後方へ下がる事を決める── だが、


「くっ! 」


 信司の剣戟を止めた、裕司の風が刀に纏わりつき後方に下がる事を許さない。


 ── こいつは…… っ!


 その判断力は流石を超えて、異常の域に達している。信司は武士の命というべき刀をあっさりと手放した。


「厄介な男だな神城信司。そのままだったら喰らってやれたものを」


 バリバリと音を立てて、今度は誰の目からも確認出来るように秀明の右腕は黒い雷を纏っていた。

 そして、もし信司の判断が遅れていたら、どうなっていたかを証明するかのように、黒い雷はその場に残されていた刀の飲み込んだ。


 ── 喰らう、か。ま、本当に適切な表現なのかは不明だが。


「無銘とはいえ、ウチの家宝に何て事しやがる」

「弁償は出来ませんので悪しからず」

「不要だよ」


 刀を無くし、追い詰められたかのように見える信司。だが、真人だけは違う見方をしていた。

 余裕を無くしている事は間違いない。しかし、これまで一度たりとも本気の信司を真人は見た事がない。だからこそ、この余裕の無さが逆に怖かった。


「リズ様。何とか動ける程度まで、回復できませんか? 」

「今見ておる、黙っておれ。うぬの傷はたちが悪い魔力傷じゃ、まずこの魔力を中和せねば傷は癒せん」


 リズは真人の傷口を触りながら、色々調べているようだった。


「それに信司がおる。あやつなら、そう慌てんでも時間はあるじゃろ」

「ならいいんですがね」

「…… 」

「リズ様? 」


 真人の自嘲にリズは答えない。それは、集中しているのだから黙れ。と、いう意思表示ではなく、人が思いもよらない発見をしたときに、魅入り静止している様に見えた。だから真人は「リズ様」と、もう一度呼び掛けてみた。すると、


「マサト。── 汝、一体何にやられたのじゃ? 」


 リズの声色が明らかに変わっている。


「魔力弾ですが」

「それを放ったのは、今、信司と対峙している魔導師で間違いないな? 」

「そうですが、それが何か? 」


 リズは「そうか」と、フリーズの予兆を見せるが、それ以上進行はせずに言葉を綴る。


「すると、信司でも危ないかもしれんな」

「えっ? 」

「これを見てみるがよい」

「っ! 」


 リズの手が真人の魔力痕に触れると、ピリピリと軽い電気が走ったような感覚があった。


「何だ、これ…… 」

「我の魔力を喰ってるんじゃよ」

「魔力を…… 喰う? 」

「云っておくが比喩などではないぞ。貴様に巣くっておる魔力は、魔力を喰ってその存在を維持しておる。つまり、うぬの魔力が尽きるまで延々と残り体を麻痺させると云う事じゃ── こんな魔力は見た事がない」


 未知なる魔力の持ち主と、はぐれ精霊術士とはいえS級並みの能力を見せる二人を相手にするのは、いくら信司とはいえ無理を通り越えて無謀だとリズは考えた。しかし、真人を呪縛から解放する術を持たず、またレイサッシュでは役不足感が否めない。


 ── さてはて、これは困ったのじゃ……


「今は信司に賭けるしかないの」


 どうするか迷い、リズは信司に視線を向けたのだった。


 そして、その期待を背負った信司は、徒手空拳で構えるが自分から攻め込むつもりはないらしい。


「ところで一つ確認したいのだが、お前ら本当の兄弟か? 」

「無意味な質問ですね。時間稼ぎですか? 」

「…… 」


 信司の質問に秀明はそう返し、裕司は完全無視を決め込んでいた。


「んっ、そうだな── 半々といったところか。

 お前さんら似てないからな。下衆な勘繰りも湧いてくるってもんだ」

「そうですか、ならお答しましょう。正真正銘の兄弟ですよ。頭に異母が付きますがね」

「ほー、気前がいいな。んじゃ、ついでにもう一つ── お前さん、若作りしているが実年齢は? 」

「何故、そんな事を? 」


 秀明の目付きが鋭くなる。


「達観し過ぎの目が気になってな。それと、お前云う通り時間稼ぎだよ。

 さっきの奴が云ってただろ、もう時間だって── タイムアップになれば俺も楽が出来る」

「なるほど── では、今回はあえて答えないでおきましょう」

「そりぁ残念── だっ! 」


 会話の合間を縫って、裕司が宙を翔び剣戟を放つ。だが、その動きを見逃さず信司は素手で── 否、右腕に纏った魔力でその剣戟を受け止めた。


「チッ、魔導師か」


 憎しみに満ちた顔で、吐き捨てるように裕司は云い。そのまま上空へ上がる。


「まさか単発で終わるなんて思ってないですよね」


 裕司が上空へ翔んだ事で、秀明と信司の間を遮る物は無くなった。そして、その瞬間に秀明は魔力弾を放つ。


「んっ? 」


 経験からくる直感だった。

 絶妙なタイミングで放たれた魔力弾だったので、余裕があった訳ではないが、信司はその直感を信じ創り出した魔力剣で弾く事はせずに身を翻した。


「ちっ! 」


 秀明の表情に僅に出た落胆。それを見逃さなかった信司は、自分の直感の正しさを知る。しかし、安堵する暇などない。秀明と裕司のコンビネーションは並みの息の合方ではないのだ。

 互いが互いを理解し、次にどう動くのかを考えている。


 ── と、なれば……


風陣収束殺(エアエリアブラッシュ)


 涼しい顔をして上空から、風を集め信司に向けて裕司は放った。だが、その表情とは裏腹に風の収束力は半端ではない。次の秀明の攻撃を避ける為には、この攻撃は受け止めるべきなのだか、これを受けきる事は出来そうにもない…… 一瞬の迷いが術から逃げ切る時間を奪った。


「おいおいおい…… ったく」


 ノーダメージでいる事を諦め、信司は魔力障壁(マジックシールド)を創り始めるが、


土障壁(アースウォール)っ! 」


 それより速く絶対防御の女神、美しき金剛石(ダイヤモンドビコー)が降臨した。


 ドォーンっ! と、信司の真上で衝撃が走る。しかし、レイサッシュが創りだした防御壁はびくともしない。


「ひゅー…… こりゃ、嬢ちゃんを舐めてたな」


 裕司の強烈な一撃を受け止めて尚、悠然と信司を護り続けるレイサッシュの精霊術に、称賛の念を籠める。


「一応、神官長なんですよ。私」


 言葉とは真逆に、レイサッシュは震えながら答えた。

 レイサッシュにも分かっている。

 信司を護った事で自らも攻撃の対象になった事。そして、下手をしなくても防御の要になりうる自分が先に潰される事も──

 だが、あそこで助けずに信司が負ける事になれば、結局同じ結末が待っている。だから動いたのだった。


「そうだったな。

 ま、安心しなよ。アンタの力添えがあれば、この場は問題なく皆を護れるだろう」


 絶対の自信を以て、信司はそう云ってのけた。そして、その顔は真人と被って見えレイサッシュの震えは嘘のように退いていったのだった。




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