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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
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 しかし今回は、躊躇している時間がない。

 星読みが出来る水の精霊使いが読み取った未来で、次の皆既日食まで後二年を切っているという事が分かっている。そして、その次の機会となると三百年以上の月日を跨ぐ。

 勿論、二、三分の皆既日食ならもう少し短いスパンで起こる可能性はあるのだが、その時間で出産を合わせるのは帝王切開術式を用いても不可能な為、少なくとも最長観測時間である一時間、それが起こる皆既日食である必要があったのだ。


 人材の選定と出産までの時間を考えれば、最早時間的余裕はない。当時、このプロジェクトを推進していた者達は寝る間を惜しんで事を進めていった。だからだろう、たった一人の空の民(グランブルー)の男が、皆既日食(エクリプス)計画の裏で魔法(マジック)計画を進めていた事に気付かなかったのだった。


 その男は考えた。

 魔力がないのなら、ある所から持ってくれば良い── と。

 魔力を持つ地の民(グランディーネ)との交配。そして、魔の祝福時間での出産。それが出来れば精霊術士でありながら、強力な魔力を持つ新しき空の民(グランブルー)が生まれる── と。

 そう盲信し、行動に移したのだ。


 その結果だけをいえば、大失敗だといえる。

 確かに魔力を持つ空の民(グランブルー)を生み出す事は出来たが、精霊術然り魔法然り、中途半端な力しか持たない出来損ないだった。その上、魔力を持つ空の民(グランブルー)の存在に気付いた者達の告発により、男と子供は精霊を奪われて追放されるという憂き目にあった。


 この時、捨てられた子供が空の民(グランブルー)最大の敵となり、その後一つの種族を滅亡に追いやる要因になるとは、誰にも分からない事だった。だから、当時の空の民(グランブルー)は滅亡前に口を揃えてこう云う「殺しておくべきだった」と── 。

 その後、数少なくなった空の民(グランブルー)は地に降りて細々と暮らす事になる。いつか空に戻る事を望み「ライズ」の名を受け継いだ男の成長を待った。


空の民(グランブルー)を葬った男の名前を知ってるかな? 」


 ラフィオンでも、数人しか知ってる者がいない史実を思い出していたスティルに、舞がそう質問をした。


「いいえ、知りません」

「そうよね。じゃあ教えてあげる── クライム・クライン…… それが、初めて魔力と精霊術を同時に持った空の民(グランブルー)にとっての厄災の名よ」

「「── ! クラインって…… 」」


 そのファーストネームに反応するスティルとレイサッシュ。


「知らない名前じゃないわよね。そ、紛れもなくライズ・クライン本人よ。

 これがラフィオンの天敵と云った理由よ」

「そんな…… それじゃあ、何で師匠はラフィオンを護ってきたのよ。有り得ないじゃないっ! 」

「んにゃ、別にそんな事はないじゃろ。

 ライズの名を態々引き継いで、ラフィオンを護ってきたのじゃ、本物のライズに感化され、その罪滅ぼしと考えれば良い。ただのぅ── そうなると疑問が残るのじゃ」


 わざとらしく間を開けながらリズは舞の顔を見る。


「何かしら? 」

「クラインは、膨大な魔力もなく、精霊もいない存在なはずじゃろ。何故に空の民(グランブルー)最大の脅威になれたのじゃろうな? 」

「ああ…… 」


 そんな事── と、いうような態度をする舞。しかし、あまり勝れた表情はしていない。


「魔石だよ── クラインは、追放された父親に空の民(グランブルー)への怨みを聞かされて育った。その育った負の感情が一つの魔石を呼び寄せたんだ。

 幸か不幸か── いや、不幸だな。その魔石の名は『碧眼(ブルーアイ)』。魔族だった時はルゼルと呼ばれていた存在だ」

「「「なっ! 」」」


 引き継いだ信司の言葉に、三人は驚愕の吐息を漏らした。


 魔石は力を使い果たした魔族がなる最終形態である。その魔石を持つ者に魔力を与え、その見返りに無防備な自分を保護させ、自分の力を取り戻す時間を稼ぐのだ。


 所有者に青き魔女(ブルーウィッチ)の称号を与える魔石『碧眼(ブルーアイ)』だけに、下級魔族であるとは考えられなかったが、信司が口にした名前はセルディアに住まう者なら、とても信じられないものだった。


「シャディードの六魔王じゃと…… まさかそんな名前が出てくるとはな。にわかに信じられん話じゃな」


 シャディードの六魔王── 伝説に名を残す高位魔族である。

 第一魔王ルゼルから以下、ザフェニック、アブライドルド、アバンシーク、ガルシア、ソングスピールと云う六体の魔族が互いに遥か西の大陸で覇権を争っている。

 その力は絶大で、人類が束になっても魔王一体に傷一つ付けられないと云われているバケモノだと云われていた。

 もし、魔王達が協力し人間に害をなそうとすれば、数日の内にセルディアの人間は絶滅する事になる。だが、幸いにも魔王同士が互いに牽制し合っている為、その心配はなかった。


「ちょ、一寸待ってよ…… それって、三百年以上前から、均衡が崩れているって事でしょ」

「ま、そういう事だな」


 六体の魔王が同等の力を持っているからこその均衡が崩れている。その事実はスティルの不安を煽っていた。


 例えば魔王同士で戦闘になったとする。この時点で争った二体の魔王は疲弊する事になる。そうなれば他の魔王に付け入る隙を与える事になるのだ。故に、六魔王同士での争いが起きなかった大きな理由だった。

 それが崩れたという事は、五魔王での争いになっている事に他ならない。これは非常にマズい状況なのだ。

 もし、魔王同士で共闘した場合、二対三の構図になる。力が同等であるなら、三体の魔王が勝つ事は明白であり、そうなれば次は一対二の戦いになるだろう。そして、最後は残った二体が争い、相討ちにならなければ最強の魔王が一体残る事になる。


 一体で世界を滅ぼせる力を持つ魔王が、抑止力がなくなり自由を手に入れてしまったら…… もはや滅びを避ける道はない。そんな危険を孕んだ事実だったのだ。


「けどな、それはあまり心配ないだろ。アイツ等はそれぞれが高いプライドを持っている。

 よほどの事がない限り、手を組むような事はないはずさ」


 スティルの不安を他所に、信司はそう云いきった。


「何を根拠に…… 」

「んっ、根拠か。そりゃあ、ルゼル本人がそう云ってたからだな。

 元々、ルゼルが滅ぼされたのは、六魔王の中で僅かにルゼルの力が五魔王を上回っていたからだ。

 つまり、五魔王にとって目の上の瘤を取り除く為だったから、その場だけ手を組んだって事さ。

 瘤が取り除かれた今、奴等が互いに手を組む可能性は低い」

「本人って…… 何を云ってるの? 」


 あまりの事に、スティルは不自然に瞬きを繰り返す。また、レイサッシュやリズも同じような顔をしていた。


「息子が聞いた話の又聞きだが、信憑性は高いよ」

「マサトが? そんな話を聞いた事ないわ」

「真人じゃないよ。この話をしたのはクライム・クラインだ」

「なっ! それじゃ貴方…… 」


 信司の衝撃発言に、スティル達は今度こそ本当に何も云えなくなったのだった。


「これが運命って事だな」


 きっぱりと云った後、信司は顔を落とした。


「信司君だけじゃないわ。私も同じだから…… 」

「ふむ、舞はクラウドの母の生まれ変わりじゃったか。有り得える話とは云え、滑稽で腹正しい事じゃ」


 一度ならず二度までも、舞は普通の母として生きる事が出来なかったのだ。女としてリズは憤りを感じざるを得ない。しかし、


「ええ、そうかもね。でも私は二度、信司君に会えた。それは凄く幸せな事なのよ。

 それより── 良く母親の気持ちを理解出来たわね。リズ」

「……… 」

「もう兄君への義理立てはいいわよね。我儘だけど優しい皇女様」

「いつから気付いてたのじゃ? 」


 悪戯のバレた子供のように顔を伏せるリズに、舞は笑いながら、


「そんなの初めからに決まってるでしょ。子供が何か隠していれば、親は何となく気付くものなのよ。

 だから当然、ファリス様も気付いてたわ。貴女を預かる時と決めた時に忠告を受けていたもの」

「母様も…… 」

「けどね、親は万能じゃない。何も教えてもらわなければ、その実何も分からないのよ」

「それもそうじゃな」


 舞の要請に応え、リズはポツポツと語り出す。


「我の記憶は10歳を境になくなっておる。それは確かじゃ。

 じゃが、その事に誰も気付かんかったのでな。自分で情報を集めてみたのじゃ。すると、これが色々分かってな。

 我が才に恵まれていた事、その才を兄様が快く思っていない事…… そして、何より臣下が兄様より私が王位を継ぐ事を望んでいた」

「あっ…… 」


 早くから王家に関わりがあったスティルが反応する。

 スティルの記憶にもその様な声が多かった覚えがあった。それほどまでにリズの才能は郡を抜いていたのだ。


「じゃがな、皆は勘違いしておる。

 兄様の方が上に立つ器なのじゃ。その正しさは今が証明しているじゃろ」

「そうですね。シーモベでの皇子の評価は歴代の賢帝と比べても遜色ないです」


 賢者が等しく人の上に立つ器があるとは限らない。それどころか、その逆になる事の方が多いのだ。

 高い知能と知識は、凡人の思考の遥か上を行き過ぎてしまう。つまり、過程が凡人には見えづらい。故に、結果が出ればそれなりの評価になるかもしれないが、その結果が出るまでに支持率がもたないケースが往々にしてある。

 人の上に立つ者は『人を魅了するカリスマ性』と『有能な部下の案を理解し噛み砕き伝えられる事』。この二つが必須能力と云える。そして、残念ながらリズには後者の能力が欠如しているのだった。


「それが分かったから、我は記憶を無くした事を話した。既に失った分の知識は仕入れていたが、無論それを隠してじゃ。

 お陰で臣下の目が外れ、自由気儘な放蕩生活が出来たという訳じゃよ」

「ホントに貴女って娘は── そんな事しているから、精神がいつまで経っても子供のままなのよ。

 いいリズ、これからは何があっても自分だけで答えを出す事は止めなさい。沢山の人に聞いて、色々な角度からの見方を知るの。

 独り善がりを続けていたら、体だけの大人になるわよ」

「舞、我の話を聞いておったのか? 失った記憶以上の知識は── 」

「知識だけで大人になれるなんて思っちゃダメよ。それはね、大人になるんじゃなく、大人びているだけなの。知識は精神(こころ)が成長する為の糧だけど、それだけじゃ偏った成長しか出来ないのよ。

 だから、貴女はまだまだ子供なの」

「う~、我は大人じゃ…… 」


 拗ねた様に呟くリズは、舞の云う通り体だけの大人だった。そんなリズに舞は真人と同等の愛しさを感じる。


「娘の成長を喜ばない親は無しか。さて、リズの成長は今後に期待するとして── 」


 信司は一人押し黙っていたレイサッシュに目を向けると、


「なかなかに厄介な事になっているみたいだな」




 ◆




 レイサッシュは自分の判断が間違いだったと、悔やんでいた。

 確かに信司やリズの話は有益なものだった。しかし、その話を聞いて敵の狙いが分かった時、真人を残すのではなく、自分が残るべきだと分かったのだ。

 もし、あの場にレイサッシュが残っていたら、真人の帰還を待つ事なく殺されていただろう。直接その力を見た訳ではないが、闘技場で会った双面(ダブルフェィス)と同等以上の雰囲気がレイサッシュに確信をもたらしていた。だが、あの男の狙いが真人の中にある魔力だったとしたら、どうしても渡す訳にはいかない。

 真人の力が残りカスとはいえ、魔王に連なるものならば、それは危険極まりない力である事は疑いようがない。そして何より、レイサッシュ自身が真人を失いたくないと思っていたのだった。


「嬢ちゃん、過ぎた事を考えても仕方ないだろ。今は、先に飛んでいった火の姉ちゃんを信じて急ぐしかない」

「え、ええ…… そうですね」


 真人とスティルのコンビなら、そうは容易くやられるはずがない。またリズが真人の魔力を感じた以上、取り敢えずまだ存命なのだから事態は悪化しているという事はないはずなのだ。しかし、一歩一歩近付く度に足が重くなる。


 ── マサトっ!


 心の中で叫び、前に進む為の勇気に変える。そして、レイサッシュは絶滅を知った。


「えっ…… 」


 目的地に着いたと同時に、現実でも想像でも見た事がないその光景── 世の中で最も尊敬し、敬愛してきた姉が地に平伏している姿。そして、怨敵を前に半狂乱といえる姿を曝け出しながら、動きを止められている真人。

 信じられない気持ち以上の、信じたくない気持ちがレイサッシュをフリーズさせた。


「── ! こりぁ…… 」


 レイサッシュから遅れて到着した信司とリズも、その光景に息を飲む。


「おやおや、 そこに居るのは先程の神官じゃありませんか。何故、戻ってきたのですか? 」


 ゆっくりと顔だけをこちらに向け、悪魔が顔を歪ませた。


「聞くまでない事かもしれんが、この惨状の原因はお前さんかい? 」


 絶句しているレイサッシュに代わり、信司が口を開く。だが、その顔はいつもの余裕に満ちたものではなく、明らかに湧き出る怒りを無理矢理圧し殺しているようであった。


「貴方は? 」

「そこに捕まってる馬鹿息子の親だよ」

「あ、ああ! そうか…… これは初めましてだね。神城信司さん。けど、子供の喧嘩に親が出しゃばるのは見っともない事じゃないか」

「人死出して、子供の喧嘩で済むと思ってるなら目出度い頭だな、オイ」


 人死? 何だそりゃ……と、いうような顔をして、秀明は首を傾げたのだが、


「あ、そこに転がっている女か── ククっ、こりぁいい。

 まあ、確かにその女を殺したのは僕だよ。── 三年前の話だけどね」

「そりぁ、どういう事だ? 」

「そのままさ、そいつは三年前に死んでいる。いいから見てろよ、ついこないだ見逃した面白いショーが見れるんだから」


 時間だとばかりに秀明は、信司から視線を外しスティルの亡骸に向ける。


「因みに云っておくが、真人はいつでも殺せるから、今動くのは得策じゃないよ」


 無意味な牽制。

 どちらにしても殺意満面な秀明は、今この場にいる者を全て抹消するつもりだった。だが、それが分かっていても人質を取られている信司は動く事が出来ない。

 そして、少しの降着状態を経て変化が起こる。


「いよいよか」


 歓喜の表情を浮かべる秀明。その視線の先にあるスティルの亡骸が発光をし出す。

 ── そして、光に飲まれていった。


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