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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
27/75

 僅かに残った意識の中、顔に風が当たった事に真人は気づいた。

 その風は頬を焼く熱風―― 失いつつあった真人の意識を引き戻すほどの熱さがあり、腫れた顔がヒリヒリと疼いた。


 ――― ああ、来ちまったか……


 呆然としながら、真人の頭の中には何も出来ずにタイムリミットを迎えてしまった後悔が渦巻いていた。


「悪いなスティル、何も出来なかった…… 」


 その後悔が真人に謝罪をさせる。だが、スティルは打ち込んだ剣撃を自分の剣で受け止めている秀明を見据えたまま、笑みを浮かべてその答えとした。


「なるほど、二度も同じ殺され方をするような間抜けだと高を括っていたが、正面から向かってくれば俺の魔力障壁をあっさりと切り裂くか」


 その言葉にスティルは鋭く反応する。


「お前が元凶かっ! 」


 それは秀明の言葉の通り、スティルの死を肯定しているものであった。


「なら、生きて帰れると思うなよ! このクソガキがっ! 火焔厄災(フレイムテンペスト)


 スティルの激昂に焔が応えるかのように青い焔が剣を包む。そして、息をもつかせぬ連撃が秀明に向けられた。


「くっ! 」


 怒涛の連撃に防戦一方の秀明は、初めてその顔を歪ませた。


 青い焔は見た目の静寂さとは裏腹に、赤い焔より高温だ。その圧倒的な火力がスティルの一撃をより強力なものとしている。

 その様子を外野から見ていた真人は、この展開に安堵の息を吐く。

 スティルの攻撃力は秀明の攻撃力を大きく上回っている。このまま攻撃を続けていけば負けるはずがないと思えた。だが、その一方で嫌な予感は消えない。


「調子に乗るなっ! 」


 スティルの攻撃に業を煮やした秀明は、既に意味を無くした魔力障壁を棄てて魔力弾として放つ。しかし、まともに受けた真人とは違い、スティルは焔を纏った剣の一振りで魔力弾の全てを撃ち落とした。


「不意打ちが出来なきゃこんなもんなのね」


 青き刃を秀明に向けたまま、絶え間なく続けていた攻撃を止めて挑発し始める。その時、


「―― ダメだっ!」


 真人の叫びが声高に響く。

 スティルは気を抜いた訳でも、慈悲の心を見せた訳でもない。それでも、真人の中に先ほど受けた天啓が突如蘇ってきたのだ。

 真人が嫌らったのは間であった。

 スティルの圧倒的な攻撃力は決着をつけるには充分だったが、秀明の持つ補助スキルというべき知恵は総合的な戦闘力でスティルを凌駕している。だからこそスティルが勝つ為には、秀明に考える時間を与えない事が何よりも重要なのだ。一秒という時間で何が出来るのだという考えは棄てなければならない。


「スティル! 秀明を倒すなら一気に攻めろ! 」


 大声を張れば、全身に痛みが走る。だが、そんな事はお構いなしに真人は叫んだ。


「残念―― 忠告は先に行っておくべきだったな」


 嫌な予感ほど当たるものはない。

 秀明は苦痛に歪ませていた表情を一遍させ、スティルに嘲笑を向けた。


「くっ、これは…… 」


 もがく様に全身に力を込めるが、スティルの体は大蛇に縛られているかのように動けなくなる。


「剣先を僕に向けたのは失敗だったねえ。お陰で届いたよ」


 ゆっくりと視線を落としたその先には、夕方を迎え伸びたスティルの影がある。そして、秀明の足がその影に触れていた。

 攻守交代と同時にまたも変わる秀明の口調。ぶれない強さより、読めない不気味さがスティルに恐怖を与えている。


影縛り(シャドウスナップ)―― 条件や使い勝手の悪さであまりメジャーな魔法じゃないけどね。

 勝ち誇った奴を奈落に落とす僕のお気に入りの一つさ」

「正面きって戦えない臆病者が吠えるな」

「くくく、臆病者か…… でも、臆病者が生き残るのは世の常。だから、今回も生き残るのは僕。死ぬのは君だ。

 ―― 否、消えるというのが正しいかな」


 秀明はゆっくりとスティルの影を踏み外さないように一歩前に出る。


「や、やめろーっ! 」


 スティルが殺される―― 真人の頭にはそれしかなかった。

 スティルは殺されても死ぬような奴ではない。今までそう思っていたが今度はそうはいかない…… そんな当たり前の不安で押し潰されそうになる。だが、秀明はそんな真人を冷たく見つめ、


「これ以上幻滅させるなよ、クズがっ! 」

「お前の目的は俺だろう。だったら俺が代わる。お前の為に何だってやってやるだから…… 」

「…… 本当に―― 何処まで馬鹿なんだ。

 何でもやる? だったらお前がこの女を殺せ。それが出来てお前に価値がある」

「なっ! 」


 本末転倒な秀明の要求。だが、勝者と敗者という観点からは当たり前の要求だった。


「出来ないだろ? お前には肉体的な強さも精神的な強さもない。つまり無価値なんだよ」

「秀明…… 」

「敗者には何も与えられない。大人しくそこで見てろよ」


 ――― そして、凶刃がスティルの胸部を貫いた。


「がっ! ぐふっ…… 」


 スティルの口から真紅の雫が華を咲かし散った。


「あっ、あああああ~」


 言葉にならない叫びを上げ真人は地でもがく…… 手を足を必死に動かすが、魔力弾を浴びた体は麻痺して碌に動かない。


 ―― 俺は無力だ。


 両腕は地を掴む事も出来ず大地を這いずる事が出来ない。

 両足は自分の体を支えられず大地を蹴る事が出来ない。

 必死で願ってもスティルに近づけない。出来る事はただ見るだけだった……


 貫いた刃が引き抜かれると、支えをなくしたスティルの体が前のめりに倒れる。

 まざまざと見せつけられる死という現実。他に何も出来ない真人は、目を逸らせたくも逸らせないでいる。

 崩れ落ちていくスティルの姿がスローモーションで真人の網膜に焼付いた。そして、


「おえっ…… ! 」


 込み上げてくる吐き気に嗚咽を漏らした。


「さて、ここからが見物だな」


 もはや秀明の目には真人は映っていない。あれほど執着していた真人への興味は、動かぬスティルに移っていた。


 ―― 何しようとしているっ!


 ただ許せなかった。

 何も出来ない自分も、自分が壊した命を更に冒涜しようとしている秀明にも……


 初めて真人の中に生まれた闇は、一つの感情を残して全てを飲み込んだ。


「コロス、コロしてやる…… 」

「フッ―― 」


 真人が吐き出す呪詛に、秀明は一度だけ見て鼻で笑う。

 その瞬間、真人の中で何かが弾けた。


「欠片一片も残さねえっ! 」


 何も掴めなかったはずの腕が爆発し、地面にクレーターを作る。その爆発の反動で真人の体は秀明に向かう。


「だから、ムダなんだよ」


 飛んでくる真人に魔力障壁にて秀明は対応する。

 五体満足の時に打ち破れなかった魔力障壁を、満身創痍の状態で破れる訳がない―― そんな考えが秀明にあった。しかし、


「がっ! ああああー」


 魔力障壁と衝突する間際、真人は腕を前に突き出す。

 その腕にある力は魔力―― それもこれまで真人が使ってきた魔力とは違うものだった。

 どう伝えるべきだろうか…… 真人の魔力である事は純然たる事実だが、真人が創り出したものではない。何故なら、その力は真人が操作(コントロール)しているのではないからだ。

 真人はただ「秀明を殺せる力」を強く望み、その時に生まれたイメージに准じて動いただけだった。

 今、真人の手にある力は爆発を引き起こした際に残った魔力を錐状に固めもの。それを魔力障壁にぶつけた。


「なっ、何! 」


 真人の魔力の槍(マジックランス)というべき一撃は、破れるはずのない魔力障壁を簡単に貫き秀明に迫る。だが、そこまでだった。


「クソっ! 」


 またしても、秀明に届く一歩手前で真人の体は止まっていた。しかも、それだけでなく体の自由を奪われている。


「やれやれ…… 肝が冷えますな。双面(ダブルフェイス)、相手を軽んじるのは貴方の悪い癖ですよ」


 その声は秀明の影から発せられた。


「問題ないだろう。その為にお前がいるのだから」

「全く、困ったお人だ」


 そんな会話を影とする秀明。そして、真人はスティルと秀明が|一対一で勝負をしていたのではないと知った。

 影縛り(シャドウスナップ)は秀明が使った魔法ではなく、影に潜む何者かが使った魔法であった。


「邪魔するなっ! このクソ野郎を殺させろっ! 」


 その何者かが使用した影縛りに真人も捕えられている。もはや、スティルと同じ結果が待っている事は明白にも関わらず、真人は秀明を殺す事にしか目が向かなくなっている。


「こちらも困った方ですね。危なくて仕方がない―― 殺してしまいますか? 」

「否、もうすぐ役者が揃う。その上で一つショーを見て貰うとしよう」


 そう云って秀明は笑ったのだった。




 ◆




 あと少し――

 レイサッシュは、先に飛び出していったスティルを追いかけて、信司とその背中に乗っているリズと共に走っていた。


「嬢ちゃん、目的地までは後どれくらいだい? 」


 成人女性を背負いながら、魔力操作(コントロール)で脚力強化しているレイサッシュと同等のスピードを維持している信司。それでいて息一つ乱さずに平然としていた。


「もうすぐです」

「じゃな、にしても── 急いだ方が良いのぅ。懸念してた魔力が漏れておる」


 一人楽をしている分、リズは周りの気配を探る事に尽力している。


「魔王の力…… ですか 」


 レイサッシュは戻った直後のスティル達の会話を思い出していた。



 ◆



 リズは真人に感じた不自然な魔力── その考察を続け結論に至っていた。そして、


「まあ、スティルの事は置いておくとして、問題は息子の方じゃな。

 あやつが眠らせている魔力は、普通じゃない── のう、舞? 」


 一刻を争う状況なのは分かっていたが、レイサッシュは部屋に飛び込むのを止め、部屋の前で聞き耳を立てた。

 理由は、真人が簡単に負けるはずがないという過信と、この事態を引き起こしている原因がリズの質問にあるような気がしたからだ。


「そうね。ラフィオンの皇女に神官長が二人── 隠す意味もないわね」


 チラリと部屋の外に視線を向ける。


「レイ、そんなトコにいないで入ってきなさい」

「── ! 」


 気配を消していたが、舞を筆頭にレイサッシュの存在を気付いていない者は居なかったらしい。誰一人、動揺する事なくレイサッシュが入ってくるのを待っている。


「謝罪の必要はないですね」

「ええ、要りませんよ」


 すごすごと入ってくるレイサッシュに、にこやかに舞は答えた。


「効率を考えての行動でした」

「そうですか…… では、単刀直入に云いましょう。

 ライズ・クラインは英雄なんかじゃありませんよ。寧ろその逆でラフィオンの天敵です」


「「── !」」


 スティルとレイサッシュが驚愕の表情を浮かべる。

 これまでの三百年、ラフィオンを護ってきたのはライズなのだ。それを天敵と云うのは無理がある。しかし、セルディアの住人で唯一リズだけが冷静に受け止める。


「なるほど、これで合点がいくのじゃ」

「どういう事ですか、リズ様? 」


 怪訝な表情を浮かべ、スティルは不快さを顕にした。


「主はライズ・クラインを良く知る者じゃから、納得いかんかもしれんがな。

 元々、英雄として生まれたライズは生粋の精霊術士じゃ、魔力は一切持っておらん。浮遊都市(ラフィオン)の遍歴を知る者なら知ってて当然の事じゃ。じゃが、守護者の主能力は魔導―― これが意味する所が舞の云う事に通ずる」

「リズの云う通り、ラフィオン最大の敵は魔導士でしょ。だからこそ、ラフィオン最大の英雄が魔導士である事を隠している」

「それは…… 」


 舞の言葉にスティルは口籠る。

 残念な事だが、ライズはラフィオンの中では精霊術士として認知されている。それはラフィオンに唯一攻撃を仕掛けてくる地の民(グランディーネ)が魔導・魔術士の集団であるからだ。


 精霊術士の集団── 空の民(グランブルー)がラフィオンの前身になる。


 天空に居城を構える空の民(グランブルー)と、大地に根付く地の民(グランディーネ)は守護と庇護の関係にあった。故にそこで生まれたのが優越感と劣等感である。

 象徴たる強さを精霊術として持つ空の民(グランブルー)が、多少の魔力しか持たない地の民(グランディーネ)を抗う術を持たない弱き者と見たのだ。

 差別意識が一度でも生まれてしまうと、その意識を取り除く事は難しく、軋轢が消えるまで膨大な時間が掛かる。例に漏れず、空の民(グランブルー)地の民(グランディーネ)の上下関係は百年以上続いたのだ。

 だが、ある時を堺にその関係は終わる。

 地の民(グランディーネ)は、空の民(グランブルー)に対抗出来る力を手に入れたのだ。それが、魔石だった。

 魔石は地の民(グランディーネ)に強力な魔力を与え、同時に庇護からの脱却という欲をもたらした。

 そうなると、おもしろくないと感じるのは空の民(グランブルー)である。本来なら喜ぶべき親離れだが、喜べないのは今までの関係が支配であったに他ならない。しかし、そんな当たり前の事が分からないほど、空の民(グランブルー)には上位意識が蔓延っていた。

 そして、ここに空の民(グランブルー)地の民(グランディーネ)の永きに渡る争いが始まった。


 基本能力は空の民(グランブルー)が上だったが、地の民(グランディーネ)は足りない力を補う人数がいた。精鋭揃いとはいえ、五万足らずの空の民(グランブルー)で、二千万を超える地の民(グランディーネ)を相手にするのだから、戦いは拮抗する。また、徐々にだが二千万の中から空の民(グランブルー)と対等に戦える実力者も生まれてくる為、時間が過ぎるほど、戦況は地の民(グランディーネ)に傾いていった。

 格下と侮っていた者達が、戦場で出会う度に手強い相手と成っていくのは脅威でしかない。

 大半の者はその事実を虚勢にて認めようとしなかったが、一部の者は認めこのままでは近い未来で立場の逆転が起こると対応策を打ち立てたのだった。

 その趣旨は一つ、空の民(グランブルー)の力を強める事。元々、魔力のない者が精霊術士として此方に来る事が出来る。

 魔力がない= 穢れがない── という理由だったのだが、その真意は不明なのだ。だが、そこにあるのは魔法使いの落ちこぼれが、精霊使いになるという事実だった。

 それは、空の民(グランブルー)が魔法を使えないという事も指している。つまり、戦力の強化を手っ取り早く行うのであれば、魔法を身に付ければ良いという事だ。

 魔法と精霊術を併せ持つ者がいれば、精霊術士にはない柔軟性が生まれ、理論上最強になる。しかも、そんな能力を持つ者が複数いれば、戦況を一転させる程度の話ではなく、一気に平定させる事も充分考えられた。

 だが、その案は実効される事はなかった。

 魔法は負に属するものだけに道義的に認められないという意見と、そもそも魔力を持たない者達が魔法を修得出来るはずがないという現実がその案を却下に導いた。

 少なくともこの時は── の話だ。

 そして、ならばと打ち出されたのが精霊を行使する力そのものを上げるという事だった。


 精霊術の強化── 簡単な事ではないが、こちらは可能性がある。

 皆既日食(エクリプス)を利用した祝福。

 太陽が欠け始めてから、完全に消えるまでの短い時間に生まれた者は、より精霊に近い存在となる。つまり、精霊との同調(シンクロ)がし易くなるのだ。

 高い同調は精霊術をより強くする。

 この祝福を受けた者は、光の祝福を受けた者(ライズ)と名付けられ、精霊術士として最高位の称号を与えられる。

 皆既日食が起こる日の予測が出来れば、比較的お手軽に強者を創れる方法だと思われ勝ちだが、何事にもリスクが伴うものだ。当然、この方法にもリスクが有り、それが今まで試す事が出来なかった理由だった。

 皆既日食が明けてからの二十四時間、その間に生まれた者は精霊の祝福ではなく、魔の祝福を受ける。

 そうなれば、自ら敵を作るだけの行為になる。差し迫った脅威がなければ試す必要はなかったという事だ。



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