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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
26/75

 ふらりと外に出た真人だが、行き先もなく土地勘もない。それでも足を止めずに道に沿って歩いていた。


「何だよ、それ…… 」


 出てくる言葉は、自分の中で昇華しきれない不安だった。

 信司がこのセルディアを拒絶する理由、それは自分から舞を奪った世界だからだ。そしてそれは充分な理由になる。だが、その理由を信司は口にしない。


「そんなのライズ・クラインの力の所為しか考えられねぇ…… 」


 英雄と讃えられるほどの力を普通の人間が内包していれば、その身に負担が掛かるという事だ。真人が生まれるまでの二十数年、舞はその力を支えていた。

 それはどれ位、舞を蝕んだ事だろう。

 真人が産まれ解放されたとしても、改めて人生をやり直す余力など与えなかった。結果として、真人が舞の時間を奪ったという事だ。だから、信司は口にする事が出来ない。


「俺が親父の立場だったら―― やっぱ、やりきれねぇな」


 信司の怒りの矛先はセルディアとライズに向けられているのであって、真人に向けられているのではない。それは分かっていても、セルディアに来てからのライズは真人なのだ。自分の分身に向けられる拒絶は耐えがたいものがある。


「それがあの態度の理由? 」

「まあ、そうだな」

「ふぅん、認めちゃうんだ。恥ずかしくはないの? 」

「恥なら幾らでもかいてやるよ。それで取り返しがつくなら安いもんだ。

 ―― で、お前は何でついて来たんだ? 」


 ここに至るまで、レイサッシュの存在に気付く事が出来なかった真人はそれこそ恥だと思った。


「別に―― アンタだって独りにしろとは云わなかったじゃない」


 スティルの言葉をオウム返しして、強引な言い分を押し通す。


「確かに云った覚えはないが、この場合は独りにしないか普通」

「うるさいわね。土地勘のない者を独りにして迷子にでもなられたら迷惑なのよ」

「迷子って、子供か俺は…… 」


 とはいえ、何の確認もせずに歩いていたのは確かだった。その所為でここが何処であるのかさっぱり分からない。もしここで踵を返したところで、分かれ道があったとしたら迷う可能性は高かった。


「親に拒絶されたショックで無心で徘徊―― 充分に子供じゃない」

「むう…… 」


 真実だけに何も云えない。


「ま、そう云う私だって、姉様に拒絶されたらどうなるか。だから、ほっとけなかった。

 ―― どうよこの女神のような慈愛」

「聖母様も真っ青だな」

「馬鹿」


 忌憚ないやり取りが心地よい。

 どんな心境の変化があったのか、レイサッシュは真人に対する扱い方が変わっていた。


「それより、この先に息抜きはぴったりの場所があるんだけど―― 」

「付き合えってか? 」

「どちらかと云えば、私が付き合ってあげるんだよ」


 無理矢理着いてきて、尚も帰るつもりを微塵も見せないレイサッシュに真人は、


「――― ったく、んじゃ、お付き合い頂けますかな」

「しゃあないな。では、着いてきたまえ」


 そう云って、真人の横に並びレイサッシュは満足そうな表情をした。


「へいへい、仰せのままに…… 」


 レイサッシュを横目に見ながら、真人は来た道をそのままに歩く。

 そして、しばらく進むと段々と道は細くなり、(ゲート)を出た直後の獣道ほどではないが、並んで歩くには無理がある道に入っていった。


「村中でこれかよ…… この先に何があるっていうんだ? 」


 まるで行先を隠すかのような道に愚痴ってみるが、レイサッシュは特に気にした様子もなく、


「別に大したものじゃないわよ。けど、この先は東の終焉(イーストエンド)、一度は見ておくべき場所よ」

「東の終焉ねぇ…… 」


 レイサッシュの言葉に、真人の頭には日本地図が浮かんできた。


 ―― 東の末端だとすると、銚子辺りになるのか?


 セルディアに来た当初から日本を強くイメージしていた真人は、地の終わりと聞いて海を想像した。が、港町特有の潮風をまるで感じない事に違和感を覚えた。そして、


「―― なっ!? 」

「どう? 」

「どうもこうもないぜ…… 」


 真人の視界には、規模としては不忍池程度の泉が映っていた。

 しかし、それ以外のものは何もない。


「なんだこりゃあ…… 」


 その何もなさが真人を唖然とさせ、レイサッシュの説明を待てずに再びの呟きとなった。


「クスっ、その反応が見たかったのよ。初見なら大体その反応するから楽しいわ。

 では、改めて―― 浮遊都市ラフィオンへようこそ、カミシロマサト」


 ―― な、なんじゃそりゃあ…… 


 驚きは継続しているが、声を上げなかったのはこの景色がレイサッシュの言葉を肯定しているからだった。


 泉の先には文字通り何もない。

 東の終焉(イーストエンド)の名に相応しく、海はおろかあるべき大地もそこにはなかった。


「もはや何でもありだな…… 」

「このセルディアで唯一の浮遊都市。ラフィオンが小国なのに重要視されているのはこの為よ」


 拠点が上空にあれば、それは大きな優位点である。地にある国がラフィオンを欲するのは当然なのだが……


「ちなみに聞くが、このラフィオンは自在に動かせる代物なのか? 」

「――― ! 」

「やっぱりか…… ったく、スティルといい、お前といい、何でここの連中はミスリードを誘うんだ。いい趣味とは云えないぜ」

「それは…… 」


 自在に動けない浮遊都市は、攻めにくいだけの拠点と変わらない。ラフィオンが軍事国家であり、浮遊都市を拠点に勢力拡大を推し進める国ならば、何がなんでも落とす必要があるかもしれないが、事実は閉鎖的国家なのだ。余計な手出しをして自国を疲弊させるような真似をする愚国があるとは思えない。

 もし、手出しする者がいるとしたら、それはラフィオンそのものに何かしらの価値を見出しているからという事になる。


「この国に手を出している連中に心当たりあるんじゃないか? 」

「…… 」

「何度も云うが、沈黙は肯定と見なすぞ」


 見なしたところで、大した事が変わる訳ではない。

 このままレイサッシュが沈黙を続ければ、真人に分かる事はレイサッシュ達が敵について心当たりをつけているという事だけなのだ。

 まさに「沈黙は金」である。押し黙る事がレイサッシュの傷を拡げない唯一の方法であった。

 だが、真人はレイサッシュから話してくれる事を願って言葉を発している。一か月程度の絆であっても、真人にとっては大切な仲間なのだ。


「クククっ、無駄な希望だぞ真人」


 レイサッシュの言葉を待つ真人を小馬鹿にしたような声が響く。


「相変わらず、唐突な登場だな。しかし、少しは空気を読めよ。人のデート中に割り込むと馬に蹴られるぜ、秀明」

「そいつは申し訳ないな。だが、色恋沙汰に縁がなかったお前が、異世界でいきなり浮気か。瑞穂ちゃんに見せてやりたいものだよ」

「けっ、云ってろ。それよか、この間は随分コイツがお世話になったらしいな」


 ぐいっとレイサッシュを抱き寄せる。


「ああ、あれは―― 」

「裕司だろ」


 闘技場でレイサッシュが出会ったのは風使いだった。

 その報告を受けていた真人は、秀明ではなく裕司の存在を連想させていた。


「お前の能力は精霊術じゃないよな。もっと下劣な匂いをさせてやがる」

「そいつは酷い表現だな」

「もっと云えば、この匂いは先日ここで嗅いだよ。デュランダルを殺ったのはお前だな」


 真人が感じていたのは魔力の残滓だった。

 デュランダルの遺体に残っていた剣に染みついた魔力。その時はその感覚が何か分からなかったが、秀明を目の前に見据える今、その感覚が同じものであるとはっきりと認識した。

 そして、その言葉を聞いた秀明の顔が喜びに満ちて邪悪に歪む。


「やっとだな」


 秀明の呟きに、意味も分からず真人は怪訝な表情を作るのだった。


「お前、何考えてんだ? 」


 真人は悦に浸る秀明に対して、嫌悪感を前面に出しながら説いた。それと同時に引き寄せたレイサッシュの背中を指で叩く。


 この先の展開は秀明が退くか、攻撃を仕掛けてくるかしかない。そして、どちらが可能性が高いかなど考えるまでもないのだ。だからこそのサイン――― 後は、レイサッシュがこのサインの意味を正確に受け取ってくれるかどうかだった。


「僕はねぇ、真人。お前が本来居るべき場所にいないのが我慢ならないんだよ。君はそんなところに収まる器じゃない―― 自分でも分かってるんだろ? 」


 秀明の表情が恍惚と輝く。その顔はまるで愛しい者を見るかのようだった。


「―― キモいよ、お前」


 妄執とも取れる秀明に真人の嫌悪感は臨界点を超える。

 学校での秀明の一人称は「俺」だった。それが「僕」に変わっただけで、顔や体の熱が空中に溶け出し寒気すら覚え、冷たい汗が全身の熱を更に奪っていく――

 いつ間にか真人は拳を握りしめて、秀明から目が離せなくなっていた。


「僕が怖いかい? 」

「色々な意味で怖ぇよ。今のお前だったら、絶対に友達になりたくねえ…… 」

「そりゃあまた、ウィットに跳んだ返答だね」


 真人が籠めた嫌味すら受け入れて尚、秀明は余裕だった。


 ―― やはりコイツは分からない。


 思考も強さの底も見えなかった。

 完全に狂っているような挙動の中にある冷静。天才にありがちな狂気が真人とレイサッシュを飲み込んでいった。


「マサト…… 」

「悪ぃ、正直手一杯だ…… いいか、自分の身は自分で守れ」


 共闘は敵対する者のレベルが僅かに上の場合は有効だが、圧倒的な場合はマイナスに作用する。互いが互いを気にしているようでは勝負にもならない。


 作戦変更――

 真人は秀明の出方を見るつもりだったが、後手に回るのは危険と方向転換をする。だが、その変化を秀明が見逃すはずがなかった。


「やる気だね―― いいさ、今のお前では届かない現実を教えてやるよ」


 無形というべきか、秀明は体を動かさずに視線だけで構えを取ったように見えた。


「レイ、頼むな」


 腰に収めた剣に手を掛け、レイサッシュにそう伝える。


 ―― 頼む?


 真人の思考から既に共闘はない。

 ならば、何を頼むのだろうか。レイサッシュは少し考えて答えを導いた。


 ―― そういう事ね。


 危険な賭けになるかもしれない。それでも、真人がそう考えるなら、それしかないのだろう…… と、レイサッシュはそう受け入れた。


「了解したわ。ただし、無事でいなさいよ」

「俺なら問題ないさ」


 言葉ほどに真人には余裕はない。だが、不敵に笑う。


「なら―― 」

「「行く」」

「ぜっ! 」「わっ! 」


 真人とレイサッシュが同時に地を蹴る。だが、その進行方向はバラバラだった。

 真人は秀明に向かって、レイサッシュはその軌跡に全く目を向けず逆方向へ走り去る。


「秀明っ! 」


 秀明がレイサッシュに視線を向けた刹那、真人は叫び注意を自分に向けさせた。

 そして、間合いに入ると抜き放った刃を手加減抜きに振り下ろす。


 真人は蹴り出しから魔導術を使用し、振りかざした剣撃は一撃必殺の威力がある。ただそれは騎士団長レベルを相手にした場合だ。残念ながら秀明に通じるかどうかは分からない。


「それじゃダメだな」


 真人レベルの強さで相手の強さが分からないという事は、その者の強さが遥か高みにあるという事だ。そして、その強さの一端を真人は垣間見る事になった。


 ガツっ! 鈍い手ごたえが両腕に伝わる。真人の剣は秀明の眼前で止まった。


「チッ、魔力障壁(マジックシールド)か」


 ―― これはマジでヤバい。

 剣が弾かれると同時に、後ろへ飛び退く真人。


 魔力障壁は魔法ではなく魔導術だ。

 魔力を魔法に変換することなく体外で壁として使う。魔力操作としては初歩の術になるのだが、その初歩の術で真人の一撃をあっさりと弾き返した事が問題だった。

 魔力の許容量(キャパシティ)に差が有り過ぎるのだ。魔力障壁そのものは真人でも使う事は出来るが、自分で放った渾身の一撃を弾き返すほどの壁は創り出す自信はない。


 秀明の実力に底を見出す事が出来なかった時点で、この結果を可能性の一つとして考えていた真人ではあったが、いざこうなってみると焦りが奥底から湧き上ってくる。


「―― さて、何分欲しいんだ? 」

「お見通しかよ。嫌なヤツだな」

「流石にその程度の事は分かるさ。自分を囮にしてあの神官を仲間の元へ向かわせる―― うん、悪くない判断だ。そして、神官の迷いない判断も称賛に値する」


 でもね―― と、秀明は付け足して、


「お前がそれを選択しちゃいけない。それに誰を呼ぶ気なんだい?

 今や最強の神官はお前とあの女だ。その二人が止められない相手に雑魚を増やしたところで、何とかなるはずがないだろ」

「誰が最強だよ。ちゃんと最強の切り札(ジョーカー)は二枚残してあるさ。

 ―― アレを相手にするのはお前でもキツいはずさ」

「?? おかしいな。あの火の神官は殺したはずだし、そんな駒が残ってるはずが…… けど、ここでそんなブラフは意味無いし、これはデュランダルが知らない駒があったというべきだろうな。

 全くとことん使えない無能者だな」

「は? 」


 ―― 火の神官は殺した?


 秀明の言葉に真人の動きが止まった。

 確かにデュランダルを殺したのは秀明だ。それは剣に残った魔力残滓からも理解している。そして、何よりあの場にはスティルが居た。

 だが、スティルは生きていて真人達と行動を共にしている。秀明の発言に対する矛盾…… 真人の思考は簡単には戻って来ない。


「んっ? 」


 真人の思考停止を見て、秀明は怪訝な表情を浮かべる。


「まさかと思うが、切り札はあの女か? 」

「――― ! 」


 あっさりと見透かされた動揺は隠せるものではない。色濃く出た表情で秀明は確信を得る。


「そうか…… フフフ、そうかいう事か…… これはこれは、クククっ」

「何がおかしい? 」

「いや、二度も見抜けなかった自分に呆れていたところだよ。けどな、タネがバレタマジックほど滑稽なものはない」


 ギラりと鈍く光る秀明の瞳。その目を見て、真人は天啓を受ける。


 ――― コイツとスティルを会わせてはならない。


 その直後、真人は考える事を止めた。

 今からでは、レイサッシュを止める事は出来ないのだ。否応なくスティルは間もなくここに現れる。その前に真人が出来る事は秀明を撤退させる事だけだった。


 救いの手が一転、最大の禁忌になった現実は、策を施す余裕など与えてくれない。だから、真人は一心不乱に秀明に向かって行った。

 剣撃、精霊術、魔導術―― 後先考えない我武者羅な攻撃は雨のように秀明に向かっていく。しかし、その攻撃のどれも秀明には届かない。


「クソっ! 届けっ! 」


 紙一重で秀明の魔力障壁に阻まれる度に、真人は追い詰められていく。


「何だその無様な行動はっ! 」


 無駄と分かり切った真人の攻撃を受けていた秀明の怒号が響き、その声に気を取られた一瞬、真人の連撃に間が出来る。そして、


「がっ! 」


 障壁として使っていた魔力を瞬時の判断で魔力弾として展開する。その魔力弾はカウンターとして真人の右肩と腹部に突き刺さった。

 魔力弾には貫通するほど鋭利さはない。しかし、後方に真人を体ごと吹き飛ばし、大地に叩きつけられた。


「何ともつまらない男になったな」


 地で這いずる虫を見下ろすかのように秀明は云った。その表情は先ほどまで見せていた恍惚さはおろか、一切の感情がない。

 つい先ほどまで、真人の前に立っていた男とは別人になっていた。


「悪い意味で裏切りやがって…… お前は死ね」


 感情を見せぬまま、秀明は何度も真人を踏みつけた。顔を、腹を、足を…… その行為は、真人が死んでも秀明の気が済むまで続けられるだろう。

 それを理解した真人は、遠のく意識の中「すまない」と大切な仲間に向けて謝ったのだった。


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