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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
クライン・クライン
24/75

 真人の魔力を覗き見てから、リズは「う~ん」としか、声を出さなくなった。そして、そのままフリーズする。


「あちゃあ~、また固まったか。ホントにスペックの低いPCのような奴だな」

「親父、リズ様っていつもこんな感じなのか? 」


 リズの言動や行動は、常人では中々理解し難いものがある。ただ、変わり者という一言で片付けて良いとは思う事がどうしても真人には出来ない。


「まあ、そうだな。自身の知識で答えが出ない時はいつもこんな感じだ」

「なるほど、な── となると」


 視線を動かなくなったリズの頬を突いているスティルに向け、


「なあ、スティル」

「うん、なにさ? 」

「リズ様だが、精神傷害を持ってないか? 」

「「はぁ? 」」


 質問を受けたスティル以外にレイサッシュも、まとめて疑問符付きの声を上げる。


「知らないか…… 」


 同年代のスティルであれば、何か知っているのでは── と、聞いてみたが、その態度は掛け値なしに知らない事を肯定している。


「ちょっ、どういう事なの? マサト」

「この人の行動や言動は、幼児期に有りがちなものばかりなんだよ」


 何かに夢中になり、全く回りが見えなくなる事は人間ならよく有る事に思える。しかし、実際は年齢を重ねていけば、その良し悪しに関わらずその回数は減っていくものなのだ。

 理由としては経験や物への執着が薄くなるからなのだが、リズは頻繁にフリーズをしている様子だけに精神の成熟さが見れない。


「ひょっとしてだが、リズ様が周りから疎まれている理由は、やたら質問が多いからとかじゃないか? 」

「── !」

「肯定、か」


 レイサッシュからリズの事を聞いた時、真人は典型的な我儘皇女の姿を想像した。しかし、その時の言葉である「ヤンチャ」を考察すれば、今の姿の方がしっくりする。

 そして、もう一つ。

 信司が何気なく云った「なつく」も、大人として見ていればそうは出てこない言葉だ。


「親父、リズ様の精神傷害に気付いてただろ? 」

「気付いたのは俺じゃないがな」

「原因は、記憶傷害か? 」

「それは分からんが、舞の見立じゃ、リズの精神年齢は十歳前後と云ったところだそうだ」


 舞の見立がどれほど正確なのかは、真人には分からない。それでも、リズに起こった真相が分かり始めていた。


「── こりゃあ、相当面倒な事になるか」

「マサト? 」

「レイサッシュ、ここはお前の管轄なんだよな。

 異世界村までどの位で着くんだ?」

「えっ、んー、歩いて15分掛からない程度かな」

「なら、担いで行けない距離じゃないな。案内を頼む」


 真人は、唸り続けているリズを抱き抱る。


「── なっ! 何してんのよっ! マサト」

「このままだと、フリーズが溶けるまで立ち往生だろ。無駄な時間を使うぐらいなら、こうした方が早い。それに── 」


 真人の腕の中でも、リズのフリーズは溶けずに唸り続けていた。


「これなら無礼にもならないだろ」

「それは、そうだけど…… 正気に戻った瞬間に打ち首命じられても知らないわよ」

「ああ、そりゃ多分、平気だ」


 精神年齢が十歳前後なら、この程度の事を気にする事はないだろう── と、真人は計算する。そして、リズが帰ってきた時、その計算が正しかった事をレイサッシュは知ったのだった。




 ◆




「のぅ~、舞。一体どういう事なのじゃ~」


 異世界村に着いてから、リズのこの質問の回数は二十回を超えた。その都度、舞は「後でね」と、優しく諭すのだが、すぐにリズの思考は戻る。


「リズ、いい加減にしないと── 怒るわよ」


にこやかに涼しげな表情のまま、舞はそう云うがその目は全然笑っていない。


「ひっ! 済まんのじゃ…… 」


 舞の膝の上で、自分の頬を擦り付けていたリズだが、その一言でシュンと大人しくなった。


「か、母さん…… 」

「いいのよ。子供に我慢を教えるのも大人の勤めだからね。

 貴方に教えてあげられなかった分、こうして教えてあげられるんだから、人生って面白いものよね」


 舞の微笑は、真人の古い記憶にあるものと完全に一致している。そして、今リズがいる位置に自分が居られない事に歯痒さを感じる。


 真人と舞の再会は、リズに依って感動的にはならなかった。

 リズは思考の海から戻ってくると、真人の腕の中にある自分の体がある事を知ると、楽し気にはしゃいでいたのだが、歩みを進めこの異世界村に着くと飛び下りて舞の姿を探し始めた。そして、舞の姿を見付けるや否や、懐に飛び込みその身を放す事はしなかった。

 元々、真人の性格なら舞の姿を見付けても、リズのような愛情表現は出来ない。それでも、舞から飛び込んでくるのであれば、素直に受け入れられた。そして事実、感極まった舞は真人に強い視線を送っていたのだが、その気持ちを抑えてリズの頭を撫でていた。


 その後、舞は真人を家に招き入れ現在に至る。

理由は兎も角、互いに感情を押し殺した二人は、正面で向き合ったまま、時間だけが過ぎていった。故にリズが我慢出来なくなっても当然だったのだ。


「それにしても── 」

「んっ? 」

「本当に大きくなったわね、真人」

「十八になる健康体だからね。でも、母さんが知ってる俺と本質は何も変わってない。── その自信はあるよ」


 トンっと、自分の胸を叩き真人は笑顔を創る。すると、舞はその目に大粒の涙を溜めて、無理矢理口角を上げ、笑顔を返したのだった。


「そうね。全部、美沙ちゃんのお陰だね。私が想像していた十八歳の真人そのものだもの」


 溜めに溜めた涙が舞の頬を伝い、リズの顔に落ちる。


「何じゃ舞、どうしたのじゃ。おい、息子っ! 貴様一体、舞に何をした? 」

「リズ、いいのよ。大丈夫、嬉しくて幸せ一杯だからこうなってるの」

「そうなのか? じゃったらいいのじゃ」


 リズは舞の表情から安心したように、また膝の上に頭を戻した。


「母さん…… 」

「ゴメンね、もうちょっとだけ掛かるかも」

「そっか── 大丈夫、待つよ。母さんを待たせた時間ほどは待てないけど、それでもギリギリまで待つよ」



 真人と舞が家の中で絆を取り戻そうとしている時、外では信司とスティルが対峙していた。そして、それを眺めるレイサッシュ。


「ライズが云ってたブレード使い。── いいわ~、ドキドキする」

「お嬢ちゃん、これは刀って云うんだよ。そして、その使い手は侍だ。覚えておくといい」


 腰の刀に手を当てて信司は腰を据える。

 この世界ではメジャーでない刀。そして、その構えは居合いである。

 対峙するスティルは居合いを知らないが、信司が魔犬を討ち滅ぼした剣撃を見て、その本質は分かっていた。


「間合いに踏み込んだ者を切り裂く刃。

 ── 私が勝つには、カミシロシンジ(アナタ)の刃より速い剣撃を放つか、中距離からの攻撃しかない」

「ふむ、一度見ただけで本質を見抜くか、いいセンスしてるな。だったら、どうするかね? 」

「当然、飛び技一択です。焼け〈炎の矢(フレイムアロー)〉」


 構えた剣を一振りで、数十本の炎の矢をスティルは創り出した。


「待て待て、ここは剣と剣での攻防を選択する場面だろうに── ったく、風情がないっ! 」


 そう云いながら信司は、自分に迫る炎の矢を刃を抜き、鞘に戻すという行為で全て弾き消し飛ばした。


「綺麗…… 」


 外から見ていたレイサッシュが呆然と呟く。それほどまでに信司の剣は洗練されている。


「流麗にして神速── これが侍」


 以前、スティルはブレードは美しいが脆いと云った。しかし、信司の剣は美しさの上に力強さが有り、脆さなど皆無だった。


「いいや、侍じゃなく神城信司、俺の剣だよ。で、まだ試すかい? 」

「いいえ、充分です。カミシロシンジ、貴方にお願いがあります」


 剣を収めたスティルは、信司に向き合い。戦っていた時より、真剣な目付きをしていた。


「お願いとな。── ふむ、美人の頼みはなるべく叶える主義なのだが…… その目は軽く返事が出来そうもないね。

 まず話を聞こうか。話してみたまえ」

「はい── 」


 次いでスティルから出た言葉は、信司を思わず閉口させるほど意外なものだった。


「カミシロシンジ、騎士になりラフィオンを支えてくれませんか? 」

「は? 」

「ですから、我が国の騎士になって下さい」


 頭が真っ白になっている信司に対して、スティルは直球で勝負を賭けてきた。

 人間同士の駆引きでは動揺した方が大概負ける。つまり、この時点でスティルの勝利は目前だったといえる。


「いや、幾らなんでもそれはないでしょ…… 」

「何故ですか? 貴方は剣の腕は今確認しました。ラフィオンの英雄の父親です」


 しかし、何事にも例外はある。

 相手が何枚も上のしたたかさを持っていたり、動揺そのものがブラフである場合だ。

 そして、今回に関しては信司がスティルより数倍したたかだったというべきだろう。


 スティルは思いの丈をぶつけるように云うが、信司は「英雄」と云う言葉に反応を示した。


「英雄ですか── あいつはその名に相応しい活躍をしましたかな? 」

「いえ、それはまだ」

「ならば、英雄の父と云うのは相応しい言葉ではないでしょう。

 私は確かにあの愚息の父です。が、ライズ・クラインなる英雄の父親になった覚えはありません」

「あっ…… 」


 スティルは、真人がデュランダルと対した時の事を思い出し、自分がミスを犯した事を悟る。

 あの時の真人も英雄である事を否定し、自分自身が誇れるようになるまでは、その威光は不要と言い切った。それが父親である信司の背中を見ているから出てきた言葉であるなら、信司のこの反応も当然なのだ。

 折角、スティルに傾いた天秤が不要な一言で一転する。だが、もし信司が動揺したままなら、この一言で一転するような事はなかっただろう。つまり、信司は短時間の間で自分を立て直していたという事なのだった。


「それに── 私は舞の元から離れる訳には行かない。あの村の人間が如何に不安定なものなのか、貴女にもお分かり頂けるはずです」

「それは、しかし── っ!」


 続く言葉を信司は云わせない。また、スティルも口にしてしまっては、信司との関係が壊れる事を理解した。


「まさか、軽く手合わせを申し込まれた時にこんな話になるとはね。まるで予想していなかったよ。始めから考えていた事かい? 」

「先日の一件をご存知ですか? 」

「まあ、ね」


 通信手段の乏しいセルディアであっても、連絡方法はある。だから信司が知っていても不思議ではない── それは間違いないのだが、異世界の住人である信司がその手段を持つ事に、スティルは感嘆するのだった。


 ── ライズ…… いいえ、マサトとは違う底知れなさを感じる男ね。


 真人が未成熟な果実であるなら、信司は成熟した果実なのだ。その後のスケールでいえば、真人に分があるように思えるが、現段階では信司の方が扱いづらい。


「貴方相手に、私のような若輩者が対等に駆引きるなんて思い上がりでした。だから、正直に話します。

 今、ラフィオンは二つの核を失っています。参謀を務める文官長と防衛を担う騎士団を率いる将軍── どちらが欠けても国を傾ける可能性がある。

 幸い文官長に関しては力不足ながら、代わりを務める人材が時間を稼いでいますが、騎士団については全くの空白です」

「ふむ、騎士を纏め戦闘力の強化を促せる者ですか」

「はい」

「ならば、神官の中に剣に長けた者はいないのですかな。例えば貴女が兼任する事だって出来るはずですよ」


 信司の質問に、スティルは「残念ながら」と首を横に振る。


「何故ですか? 」

「神官と騎士には溝があります。神官が上に立てばどちらにしても崩壊は間逃れないでしょう」


 騎士問題が最も厄介なのはこれだった。確かに神官の中には精霊術より剣に秀でている者はいる。その代表格がレインである。

 彼女の双剣術はスティルが知る限り、インティライミを遥かに超える。それでも騎士団を率いるのは無理なのだ。また、外から腕の立つ者を引っ張ってきてもそれが確執になる。だが、外から来る者が英雄の父親となれば騎士達は諸手を挙げて受け入れるだろう。

 その理由は実に簡単だ。

 最大の目の上の瘤が、自分達のトップの下にいるのだ。それは身内に引き込んだのと同義になる。


「そういう事ですか」

「今のラフィオンに貴方は必要なんです」


 スティルの願いは真摯であった。それでも、


「残念ですが。何か別の手段を講じる事をお薦めしますよ」


 信司が頷く事はなかった。


「そうですか。では、お言葉の通りに致します。

 ── ただ、私は簡単には諦めません。別の手段を講じながら、何度でもお願いに上がりますよ」

「これは…… 激しい求愛を受けるのは嫌いではないのですが、些か困りましたな」

「そう思われるなら、あっさり受け入れて下さい」


 後のないスティルは必死である。実のところ、デュランダルが率いる騎士団の解体は元々、スティルの頭の中にあった事なのだが、それは飽くまでもデュランダルが主体となっていると仮定していたからだった。

 だが、当のデュランダルが死に外敵の存在が浮かび上がってきた今、解体して一から創り出す余裕はない。

 更にいえば、騎士団長の中で最大の実力者であったノースとインティライミが姿を消した。外敵側に回ったのかどうかは然程問題ではないが、騎士団のレベルが格段に下がった事は問題だった。


「まあ、焦る気持ちは分からないでもないけどな。俺達の世界には『急がば回れ』って名言がある。そいつを贈らせて頂くよ」


 先程までの堅苦しい口調から、信司は真人と話していた時の口調に戻っていた。だが、どちらも自然で違和感はまるでない。


「もし、戦闘になったら騎士団は戦力にならない。焦るなと云う方が無理です」

「そんな時の為に神官がいる。ま、俺ならその状況になったら好機(チャンス)だと考えるがな。

 何故、騎士が神官を受け入れないのか、そこをもう一度よく考えてみるがいい」


 静かな拒絶であったが、信司の言葉には力があった。そして、スティルは確信する『人の上に立つ器』が信司にはある。それだけに、


「── 勿体無いわね」


 スティルの呟きに「よく云われるよ」と、信司は返すと、真人達の元へ戻って行った。


「振られちゃいましたね。姉様」

「そうね。でも、諦めるのはまだ早いわよ」


 信司と入れ換わりで、近付いてきたレイサッシュにスティルは答える。


「── カミシロシンジがここに居る理由が無くなれば可能性があるわ」


 それは、真人が絶対に望まない結果である。


「私達が何かする事なくその時は来る。因果なものですね」


 辛そうな顔をしているレイサッシュに、スティルは、


「レイが背負う業じゃないわよ。もし、背負う必要があるなら、それを望んでる私が…… 」

「それは駄目です。それに── 背負うのではなく支えましょう二人で」


 ニコリと微笑みレイサッシュは云う。


「── ホント、出来た妹よね。アンタ」


 無理しているのが分かるスティルは、レイサッシュの頭に手を乗せて、そう笑ったのだった。



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