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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
イーストウッド
21/75

幕間2

 信司との出会いから一週間、美沙は街を歩くのを止めて学校に戻っていた。

 既に三ヶ月以上の欠席があり、進級は厳しい状況であったが、そこは美沙のケジメであった。

 ── と、いうのは建前である。


 本当のところは、美沙の年齢を知った信司からの進言であった。

 所属しているのなら結末がどうあれ、最後まで通った方がいい── その一言で、美沙の心を動かした。


 目的の為に学校生活を蔑ろにしていた美沙にとって、不在を気にする友人もおらず、学校には未練はない── そう思っていた美沙だったが、目的があってただ歩いていた時とは違う赴きがあり、新鮮さを感じていた。

 クラスメイトも物珍しい珍獣を見たかのように、男女問わず話し掛けてくる。こんな日が何日も続けば流石に辟易とするだろうが、珍獣は滅多に見られないから見れる時に人が集まってくるのだ。これから毎日来るならば、数日も経たない内に何処にでも居る級友にランクダウンすると美沙は思っていた。

 しかし、美沙は自分の容姿と性格を把握していない。元々、人当たりの良い性格で同性からもやっかみを受けない美沙が、そこに居れば嫌でも目立つ、珍獣からヒロインにランクアップするのは至極当然の結果だった。


「美沙~、今日どっか寄っていかない?」

 と、クラスメイトの女子A。


「四森、ちょっといいか?」

 と、クラスメイトの男子A。


 復帰一ヶ月も経たない内に、美沙の周りには好奇の視線ではなく、好意の意思が溢れている。だが、同性の好意は受け入れられる美沙も、異性の好意には困ってしまう。

 時と場所を選ばずにとまではいかないが、美沙に異性として好意をぶつけてくる回数は軽く三十を超えた。その度に丁寧にお断りしているが、その一連の流れに慣れる事はない。


 ── どうせ数ヵ月で居なくなる私に何を求めているのだろう。


 担任からは進級の為、補習を受ける様に云われているが、美沙にその気はなく、二年終了時に高校生活も終わらせるつもりだった。それは学校のイメージが変わっても変わりないのだ。


 美沙の優先順位一位は、今でも自分を見続ける視線の正体を知る事。

 信司に出会って確実に前進した実感が、美沙に少しの余裕を与えてくれたが、知りたいと願う気持ちは目減りする事はない。だから、無駄であろうがケジメをつけて、次のステップへ進もうとしているのだった。

 とは云え、そんな心情を理解している者がいるはずもなく、美沙の疑問は見当違いの独り善がりなものなのだが、そんな事は当人も気付いていなかった。



 ◆



「── ちょっ、それってお母さんがモテまくって、男を無双したって自慢なの? 」

「は? そんなつもりはないけど…… 何でそんな思考に辿り着くのかしら」

「い、いや…… 申し訳ありませんが、僕にもそうとしか…… 」


 本気でそのつもりがなかった美沙を尻目に、瑞穂は唖然とし、良雄は申し訳なさげに瑞穂に同調した。


「今の子はそんな風に考えるのね」

「「……… 」」


 意外という表情に、何も云えなくなる今の子供二人。そんな二人の表情を見て、美沙は首を傾げて言葉を続けた。


「私は、その頃、人を好きになるって分かってなかったのよ。

 瑞穂、貴女は真人君の事が好きでしょ? 」

「─── なっ! 」


 あれだけ露骨にやっておきながら、直球を使われると赤面してしまう。しかし、美沙は構わず続ける。


「何で瑞穂は真人君が好きなのかな? 」

「そんなの…… 近くにいるのが当たり前で、気付いたら目で追っていて…… 好きになるのに理由なんてないよ」


 そうよね。と、美沙は笑う。そして、


「えっと、君…… 名前は? 」

「あ、良雄。猿渡良雄です」

「良雄君ね。君は好きな人いるのかな? 」

「── いました」


 何処と無く淋しそうに、良雄は少し間を空けて答えた。


「辛い事だったかな」

「いえ、大丈夫です」


 ── 少しも大丈夫じゃないわね。


 良雄は答え方は間違っていた。本当に平気なら、大丈夫なんて云わない。

 美沙は少し申し訳ない気持ちになるが、堪えている良雄に対して話を止めるべきではないと判断する。


「そっか、じゃあ良雄君はその娘を好きになった理由はあったのかな? 」

「そうですね── きっかけは有りますが、明確な理由はないですね。やっぱり気付いたら大好きでした」


 恥じる事など何もない。と、良雄ははっきりと言葉にする。すると、


「私はその感覚が分からなかったの。

 そりゃあ、人としてとか友人としての好きなら分かるけどね」

「当時は── でしょ」


 瑞穂の問いに美沙は頷く。


「ええ、だから視線の正体に拘ったのよ。

 あの視線は、不可思議なものだったけど、嫌悪感はなかった。それは何でなのか知りたかった」


 人は未知なるものに出会った時、恐怖するか探究心が芽生えるか二つに分かれる。美沙はその未知に恐怖する事なく、究明を選んだのだった。


「それにしても、姿が見えない視線なんて僕にはゾッとしない話ですね」


 良雄の感想は至って普通の感覚なのだろう。美沙にしてみても、あの時の選択には異常性を覚えている。


「確かに…… 姿なき視線って、気持ち悪いだけよね」

「まあ、ね。でも、その視線に悪意より好意を感じたら、少しは違うと思わない?

 それでも、異常な心境だったのは間違いないか」


 と、美沙は自嘲気味に呟き、少し間を取った。


「── もし、私が人の好意を理解していたら、貴方達のように気持ち悪いと拒否していたかもしれないわね」


 好奇心は時として、全ての心情を超えるほど強い感情を与える。だからこそ過剰な好奇心は猫をも殺すと云われる。


「おかしい、異常だと分かってても止められない。それくらい、その視線には惹かれるものがあったって事でしょ。

 でも、それって── 何か心当りがあったからじゃないの? 」

「え、瑞穂ちゃん? 」

「だって、お母さんがそんな探究心だけで全てを投げ打つ学者肌とは思えないもの── これでも、一応結城美沙の娘だから何となく分かるのよね」


 瑞穂の言葉に美沙は苦笑する。

 分かりきった事だったが、瑞穂は美沙の背中を見続けてきた事が、はっきりとしたからだ。


「そうね、強いて云うなら泡かな? 」

「「泡?」」

「そ、炭酸水の泡のように、小さな泡の中に見えない記憶が沢山あるのよ。

 全く見えない訳じゃないのに、はっきりとしない── そんな感じ、困ったものよね」


 困った感ゼロで美沙が云うと、瑞穂と良雄は顔を見合わせた。


「呆れた。それじゃ、お母さんはそんな曖昧な事で行動して、信司おじさんを見つけたって云うのね」

「そう云う事になるわね。でも、その曖昧さの中に信司さんの影が見えたのよ。

 だから、あの背中を見た時走り出せた」


 美沙の心は、二十年前に戻っていた。

 信司の背中を追っていた時の心境が鮮明に思い出せる。


 ── あの背中が私の探していた背中だ。


 結論だけいえば、それはハズれていた。美沙が探していた存在は信司ではなかった。だが、その出会いは間違いなく美沙を目的へと導いた。


 皆川舞みながわまい

 神城真人の母にして、美沙の前任者になる門守護者ゲートキーパーだ。

 彼女との出会いが、美沙の物語に節目を与えたのだ。


「真人君のお母さんは、凄く素敵な女性だったわ」


 逸れていた話が元に戻り、一つの物語が佳境を迎えようとしているのだった。「貴女が美沙ちゃん? 」


 ベットの上で静かに微笑みながら、その女性は美沙に話し掛けてくる。


 薄幸の美女を地でいくその女性は、信司に連れて来られた屋敷で出会った。

 顔色から見て取れるように、昨日今日体調を崩したのではなく、もう何年も病魔と戦い続けているのだろう。が、立ち上がれば床に着くのではないかというような長い黒髪は清潔感に溢れ美しい。そして、その涼やかな目は、澄みきっていて境遇を嘆くような様は全く感じられなかった。


「はい、そうです」

「そっか、信司君の云う通り美人さんだね。

 私は、皆川舞(みながわまい)よ。一応、信司君の彼女かな」

「おいおい、一応はないだろ…… こんだけ尽くしてる健気な男に向かって」


 舞の紹介に涙目になりながら信司は云う。


 ── あれ、これ…… 何?


 普通なら微笑ましい状況なのだが、美沙の中に感じた事のないモヤモヤ感が生まれる。それは今まで感じた事のないもの── 嫉妬なのだが、美沙にそんな事は分からない。


「クスっ…… 」


 舞はそんな美沙の様子を見て、もう一度微笑む。


「何がおかしいんですかっ! 」


 自分の分からない心情を見透かされたような気がして、感情を剥き出しにしたのだが、舞はその負の感情を軽く受け止めた。


「初々しいなって── 」

「初々しい? 」

「そう、恋を知らないから迷う。そんな感情は一生の内で持てる期間なんてたかが知れてる。

 ── 羨ましい限りね」

「恋って、私が? そんな…… 」


 美沙に芽生えた感情は『恋』と云うには小さく、『憧れ』と云うのが正しい。だから本人は気付かなかったのだが、舞は一瞬でその小さな感情を見抜いた。


「大丈夫よ。その感情を覚えた今なら、次は迷わないからね」

「はあ? えっ、え…… 」

「クスっ、それにしても遅い初恋ね。信司君も男冥利に尽きるんじゃない」

「ま、悪い気はしないけどな」


 舞の解説に、朴念仁を自認する信司も流石に理解を示すのだったが、


「……… 」


 肝心の美沙だけが、未だに納得せずに訝しげな表情を浮かべていた。


「さて、美沙ちゃんがどんな人柄か見えた事だし、本題に入りましょうか」


 脈絡もなく話を変える舞だが、美沙にしてみれば理解出来ない話を続けられるより、遥かにマシな展開だった。


「是非っ! 」


 身を乗り出す美沙に対して、舞と信司は『やっぱり変わっている』と認識を合わせる。

 華の高校生が恋話より、訳が分からない話に興味を示すのだから変わっていると云う他、云いようがなかった。

 それでも── この娘は、きっとイイ女になる。

 舞はそう直感した。


「それじゃ、何を聞きたいのか教えてくれるかな」


 舞の問いに、美沙は静かに首を下ろすのだった。



 ◆



「なるほどね。姿なき視線── か」


 中指と人指し指を右頬に当てて、舞は思考する為に黙祷する。そして、


「可能性の問題だけど、その視線の主はここには居ないんじゃないかな」

「えっ? どういう事ですか? 」

「う~ん、上手く説明するのは難しいんだけど、美沙ちゃんにそれだけはっきり感じられる視線って事はそこに意思があるって事だと思うのよ。

 だけど姿がない── それはそこにあるのが意思だけだからじゃないかな」

「─── ?」


 やっぱり分からないか── と、ばかりに舞は首を捻る。そして、信司に視線を送ると、信司はそれに応え頷いた。


「美沙ちゃん、一寸『何の設定』って云うような話をするけどいいかな? 」

「どんな話でも── 元々、とんでも話を持ち込んでるのは私ですし」

「そっ、じゃあ── 」


 舞の話は、セルディアという異世界があり、自分はそのセルディアとの境界を護る存在だと云う事だった。だが、当時の美沙にはとても信じられない話であり、正直な感想として「この人は何を云っているのだろう」としか出てこない。

 それでも、そうなる事を予想していた舞達は、信司を案内人として無限回廊(メビウスロード)に連れて行った。

 異質な空間を目の当たりにして、美沙は絶句していたが、自分の瞳で見たものを疑い続けるような真似は時間の無駄と受け入れる事になった。

 ただ──


「そのセルディアが、私の視線とどう関わってくるのでしょうか? 」

「無限回廊内で見なかった? あそこにあったのは人の魂。セルディアにはその魂が集まる場所があるとされているのよ。

 つまり、人の意思が集まる場所── そこから、貴女を見守っているとしたら、どうかしら? 」

「─── ! 」


 舞の言葉に直感ながら信憑性を感じる。一つの答えとして、受け入れる価値を美沙は感じたのだ。

 そして数年後、舞から門守護者(ゲートキーパー)の役目を引き継いだ美沙は、この時の舞の答えと自分の直感が正しかった事を知るのだった。



 ◆



「── 何か泣けてきた」


 美沙の話を聞いていた瑞穂がげっそりとした表情(かお)をした。


「え、泣ける話なんてなかったけど」


 瑞穂の言葉に反応する良雄。


「お父さんが不遇過ぎて…… 」


 ここまで嬉々として話す美沙から、真樹は全然出てこない。


 ── 我が父ながら、なんて影が薄いのかしら。


 この先、真樹が活躍する姿がまるで想像出来ず、出来る事と云えば、美沙を必死に口説く父の姿だけだ。

 そして、その想像は間違いないだろう。

 普通の男が、美沙のような特殊な女性を落とした事は評価出来るが、それ以上の事はない。瑞穂が欲張っても意味はないのだが、やはり自分の父親の格好良いエピソードぐらいは聞いてみたかった。


「まあ、真樹さんは良くも悪くも普通の人だったからね。

 でも、それは世間一般の話。私にとっては特別で最高に格好良い唯一の人なのよ」

「お母さん? 」

「真樹さんはね。舞さんのお付きをしていたのよ。体の弱かった舞さんをずっと支えていたの。

 信司さんが現れて、その役目が自分から離れても腐らずにずっと支えていた。

 これって凄い事じゃない。そんな凄い人が父親なんだから、瑞穂はもっと自慢していいのよ」


 美沙の瞳は今日一番の輝きを持っていた。信司や舞の話をした時より光っている。だから、このまま終われば瑞穂には嬉しさだけが残るはずだった。が、


「ただねぇ…… 私を口説いていた時は、情けないの一言だったわね。

 付き合ってくれなきゃ、死んでやる~とか、鼻水滴ながら大の男が駄々を捏ねる姿は、流石の私も引いたわ」

「お母さん…… それ云う必要ある」

「── ま、まあ、云わなくても良かったかな……」


 真樹の姿を想像して、瑞穂は喜びが半減どころか激減していった。だが、


「それでも、俺は格好良いと思う。どんな情けない姿を晒しても想いを遂げて、美沙さんの中にしっかりと根を張った。

 凄い人だね。瑞穂ちゃんのお父さんは」

「良雄君…… 」

「君もいい男になるね。もう数年磨けば、真樹さん以上になるかもしれない。

 ── 瑞穂。この優良物件は取っておいた方がいいわよ」

「お母さんっ! 」


 顔を真っ赤にして、美沙を制する瑞穂。そして、


「お兄ちゃんだって、お父さん以上の男になるわ」


 誰にも聞こえないように呟く。

 瑞穂にとって真人が全て基準なのだ。それは今までもこれからも変わらない。どんないい男が現れようとも、瑞穂の一番は真人で有り続ける。


「一途と云うか、間違いなく貴女は真樹さんの娘よ」

「本当に…… 」


 聞こえないように呟いた瑞穂だったが、二人の耳なはしっかりと届いていた。


「聞こえてた。嘘でしょ── 」


 残念だけど── と、首を横に振られ、瑞穂は恥ずかしさのあまり顔を上げていられなくなってしまう。


「初々しいわね。あの時の舞さんの気持ちが分かるわ」


 二十年前と同じ場所で、舞が感じた気持ちを共感した美沙は、運命を感じて微笑むのだった。



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