5
東の森へ、スティルが最後に足を踏み入れたのは三年前まで遡る。
そこで見たのは、デュランダルと一人の少年。そして、自分の背中から突き抜けている剣先だった。それ以上の事は何も思い出せない。そこで記憶が途切れている。
次に目覚めた時は、周りには誰もいなく刺された傷は無く、服の破損すらない。そんな状況だからそれが夢の出来事だったとスティルは一瞬思ってしまった。しかし、そんなはずはないのだ。
スティルは、ライズの忠告を受けてデュランダルを追っていた。その矢先での事、あの時見せたデュランダルの表情が、スティルの脳裏に焼き付いている。
そして、城内に戻ったスティルを見つけたデュランダルが一瞬だけ浮かべた動揺…… それが決定的だった。
「あの時から、私はアンタを監視していた」
「やはり覚えていたか。なんせ、君は一切の態度を変えずに私に接していたからね。確信には至らなかった」
「そりゃあ、必死だったわよ。アンタが表立って動くまで三年── 長かった」
遠くを見るようにスティルは、デュランダルを見る。
「何が君を留めさせていたか気になるね」
「あら、そんな事が気になるの? 私を制止出来る人間なんて一人しかいないじゃない」
「ライズ・クラインか」
「正解。アンタが動くのはライズがセルディアに来てからになる。それまでは待て── その一言で随分、待たせて貰ったわ」
スティルは溜めたエネルギーを吐き出した。
── もう我慢しなくていい。
── もう下手芝居はいらない。
── もう殺してもいいのよね。
溜めたエネルギーは、どす黒い感情に変換され、スティルの表情が歪な形を取る。
「全てを話して死んでね。デュランダル」
◆
── 何から考えればいい。
思考の海に身を投じた真人に、大小様々な波が迫る。
疑問はそれこそ沢山ある。だが、その全てを考察していく時間はない。
── 今、絶対に知るべき事は一つだ。
デュランダルが持っていた拳銃。
その種類こそ、武器に興味がない真人には分からなかったが、このセルディアにあってはならない物だという事は分かる。つまり、それを持ち込んだ者がいるという事だ。
そして、拳銃を持ち込める者は限られている。真人が知りうる限り三人── 父である信司。そして、裕司と秀明だ。
アメリカとは違い、日本では銃を手に入れる事は難しい。その一点だけを考えれば、一介の高校生よりは無駄に年を食っている信司が一番可能性が高いように思える。しかし、真人が知る信司は銃を護身用として持つような人間ではないと知っている。また、もし護身用として持っていたとしても他人の手に渡るようなミスを犯す姿が想像出来ない。
── 秀明しか居ないな。
勿論、真人が知らぬ存在がこちらに来ている可能性は充分にある。だが、そんな可能性より秀明が意図していると考える方が真人にはしっくりくる。
そして、そうなればデュランダルのバックボーンとして暗躍している。
── もし、この考えが当たっているのであれば、デュランダルの逃走先には秀明がいる。
「マズいかもしれないな」
スティルの力を疑う訳ではないが、秀明の智謀と未知の能力は脅威だ。一人で相手をするのは危険過ぎた。
「では、参りましょうか」
そう云ったのは、レインだった。立ち上がり、真人から離れ笑みを浮かべる。
「レインさん? 」
「考えは纏まりましたのでしょう。ならば、思うがまま動く為にはどうするべきかお分かりのはずです」
「── そうですね。では、まず門へ」
歩き出した真人の半歩後ろに着いてくるレイン。何故、着いてくるのか分からない真人だが、その立ち振舞いが余りにも自然であった為、黙って受け入れるのだった。
◆
「不愉快極まるな。その勝ち誇った顔は── だが、その顔が屈服に染まるのは至高」
「人形師が人形を持たないで、何が出来るのかしらね」
「おやおや、何も出来ないとお思いですか? そんな浅慮なお方じゃないでしょ。
圧倒的に優位な立場にありながら、緊張を解かないのはその証拠ですよ」
ウォッカの云う事は的を得ている。ただレイサッシュは緊張しているのではなく、警戒をしているのだ。
自分の周りに結界を張り、自分を害する全てに対応出来る様にする。それが自分の力を自覚しているレイサッシュの強さである。
しかし、その強さを勘違いしているのがウォッカだった。
「私が操る人形は意識がない者だけではない。この魔糸に絡めとられた者は、私の支配下に置かれるのだよ」
「へぇ、それで? 」
「── 君は馬鹿か。既に君は私の支配下にあると云ってるのだよ」
パチンと指を鳴らし、勝ち誇るウォッカ。
「だ、か、ら── それで? 」
「は? へっ?…… 何で? …… 」
両手をちょこちょこ動かして、何かを試している様だが、現実には何も変化は起きない。
「三下とも呼べない雑魚ね、アンタ。ラフィオンの重鎮を一年もやって、精霊術の事を何も分かってない」
「はっ…… 」
「精霊術の発動条件は、術者が願い精霊がそれを受理する事。アンタの魔糸程度なら無効にする砂塵の結界を発動するのに言葉なんていらない。
理解してるか分からないけど、アンタじゃ役不足なのよ」
「ひっ! 」
レイサッシュの瞳を見て、ウォッカは息を呑むと後ずさる。
「それと、逃げようなんて思わないでね。逃がす気なんて更々ないし、アンタには聞かなきゃならない事が沢山あるんだから…… 」
タイミングを見計らって、逃げようとするウォッカをレイサッシュが制する。
この時点でウォッカとの決着は着いていた。しかし、
「それは困るな── そいつが消えた所で痛くはないが、無駄に生きて情報を垂れながされるのは興醒める」
「誰っ! 」
今まで、周りに気配はなかった。ところが、レイサッシュのすぐ脇からその声は発せられた。
「双面、助けに来て─── グボッ! 」
助っ人の登場にウォッカのテンションは上昇したが、それが命取りになった。
双面の名を呼んだ瞬間に、無数の風の刃がウォッカの体を貫いたのだった。
「それだよ、お前の浅慮は正直邪魔でしかない」
「風の精霊術── 」
双面は、全く言葉を発しないで術を使った。だが、レイサッシュを驚かせたのは、その術の殺傷力だった。
レイサッシュを始めとする精霊使いが、術の名を呼んで使うのには意味がある。それは強い術を使うには強いイメージが必要になるからだ。
術に名前を付け宣言をする事で、より強い術を使い易くしている。
その原則を無視した双面の能力は桁違いであり、レイサッシュとの戦闘力の差を如実に表している。
── 勝てない。
本能で力の差を悟り、レイサッシュは双面を捕らえる事を諦め、身を護る事だけに集中する。
「へぇ…… 」
「何よ」
「いいのかい? このまま逃走するよ」
── 逃げるならとっとと去りなさいよ。
自分と同じ位の年齢の青年に恐怖し、戦闘する事を放棄している。
それでも、自尊心を優先して命を落とすほど馬鹿げた事はない。失ったプライドは取り返す事は出来るが、命を失えば取り返しはつかないのだ。
「くくっ、分かりやすいね。だが、適切な判断だよ。
防御に徹した君を殺すのは骨が折れそうだ」
「── くっ! 」
分かりやすいのは双面も同じだった。
骨が折れそうと云う事は、苦労はするが不可能ではない。ここでレイサッシュが助かる道は、防御で固めながら双面より逃げる必要がある。
「逃げるに優る選択はないわね」
「逃がすとでも? 」
「そっちのつもりは関係ないわ。グレイゴルっ!」
呼び出した精霊グレイゴルは、砂を巻き上げながらその姿を現す。そして、その砂は双面の視界を奪う。
「無駄な事を── とは、云えないな」
気配だけで、レイサッシュが既にこの場を去っている事が分かる。今居る場所は捉えているが、NO.1の防御力を誇る土の精霊相手に追撃する事の方が無駄な事だろう。
「ま、この場を去るのであれば、目的は果たせるから別に構わない。だろ、ピエロ」
「── まったく、酷い事をしてくれますね。魔糸が繋がった状態であんな攻撃を受けたら死んでしまうでしょう。
それに、私の名はピエロなるものではないと何回云えば分かってもらえるのですかな、双面殿」
倒れたウォッカの影が盛上り、人の形を創る。
「だったら黒子か。顔無し」
「黒子なるものが何なのか、それも分かりませんね」
「黒一色で染め上げて影に撤っする奴等さ。お前と全く一緒の存在だ」
「ふむ、そう云われると悪い気はしませんね。ただ、いつまでもこうしているのは頂けませんね。アレを回収したら帰りましょう」
顔無しが無い視線を落ちた銃へ向ける。
「そうだな。だったら── 」
「ああ、はいはい。お借りしますよ、貴方の影」
双面の影に潜り込む顔無し、その体が完全に溶け込むと、双面は落ちている銃の元へ翔び、銃を拾い上げた。
「面白い攻撃を身につけたな真人。特別にもう少し── 風の道が閉ざすギリギリまで待ってやるよ」
それだけ云い残し、双面は東の空へ翔んで行ったのだった。
◆
真人とレインは門に繋がる螺旋階段を降りていた。
「ところでレインさん」
「はい、何ですか? ライズ様」
「今更ですが、俺は貴女をここに連れてきても良かったのでしょうか? 」
レインは聡明な女性だ。だから、真人や自分の立場が悪くなるような行動はしない── そう思い着いてくるレインをそのままにしていた真人だが、レインの「へぇー、こんな所に門があるんですね」と云う呟きに不安を感じて思わず聞いてしまった。
「クスっ、良い訳ありませんわ。だって、私は門のある場所を知りませんでしたもの」
「へっ? 」
「あら、ライズ様聞いておりませんか? 門の事は一級の守秘義務があります。こうして連れて来てしまっては守秘義務を放棄した。と、云う事に他なりませんか? 」
「…… じょ、冗談ですよね」
ニコリと笑みを浮かべて、レインは何も云わない。
「── ちょ、ちょ、一寸待て。するってーと、このまま降りて行けば、何かしらの罰則を受けると? 」
「いいえ」
── 何だ、やっぱり流石レインさん。
「ここに来た時点でライズ様の罰は確定しております。もう私が戻っても手遅れですわ。
頑張って罪を償ってくださいませ」
更なる笑顔で云い放つレイン。
「明らかな確信犯── こぇ~、大人の女って……って、そんな訳ないでしょ。
よく考えたら、レインさん西の森へ来てるじゃないですか」
「あら、そんな事ありましたっけ? 」
すっとぼけながら、レインはクスクス笑い出す。
「何でこんな子供染みた悪戯をするんですか」
「そうですね。── 今のライズ様は、何を聞いても深読みしてしまう危うさを感じたから、と、でも申し上げておきましょうか。
もっとも、本音は面白そうだったからなのですが」
「────」
レインの包容力に圧倒される真人。
その包容力は美沙と比べても、遜色はなかった。
「レインさんって、一体幾つ何ですか? 」
「── 女性に年齢を聞くものではありませんよ」
「す、すいません」
思った以上の反応に、レインの逆鱗が何処にあるのかを知る真人。それ以降は、口を噤み二人は階段を降りて行った。
◆
「全てを話して死ねとは、随分過激な事だな…… 」
「嫌なら話さなくてもいいわよ。その場合、死んだ方がマシってほど、いたぶるだけだから。
勘違いしない様に先に云っておくけど、これは単なる私怨による拷問よ。何処に訴えても逃げ道はないと思いなさい」
剣を構え、デュランダルに怒気とも殺気とも感じられる剣気をスティルは放つ。
「── ふむ、私も舐められたものだな。そんな簡単に殺れると思わないで頂きたい」
デュランダルもスティルの剣気を軽く受け止め、その腰の剣を抜く。
スティルもデュランダルも、その手に持つのは同じサイズの長剣だ。身長で僅かに優るデュランダルに間合いの歩はあるが、スティルには精霊術がある。その差は、間合いの不利など帳消しにする。つまり、勝敗を分けるのはデュランダルの魔法次第と云う事だ。
── それならば、
「デュランダル、アンタに魔法は使わせない」
「フッ…… もっともな判断だ── おっと」
デュランダルの返事を待たずに、スティルは間合いを詰め、大きく振りかぶった一撃を放つ。
ガキンっ! と、闘技場で剣を重ねた時より、大きな金属音が東の森の中で響く。
デュランダルは魂の籠った一撃を片手で受け止めた。しかし、
「うおぉぉぉー! 」
止められた瞬間に、スティルの剣が燃え上がる。
「ぬっ! 」
「一撃の破壊力なら私はアンタに及ばない。── けど、こうすればアンタを超えるのは容易い」
スティルの気合いと共に、チーズのように軽く切断されるデュランダルの剣。そして、スティルの剣はそのままデュランダルの右肩を薙いだ。
「うぐっ! 」
斬られた右肩を左腕で抑え、デュランダルは膝を折る。
「焔譲渡── 私の最強の牙よ。
アンタの牙は叩き折った。もうどんな魔法を使ったとしても、私には勝てない」
剣がデュランダルの最強の牙である以上、補強としての魔法はスティルに通じない。
「紅の焔の名に恥じない爆発力だな」
「聞きたい言葉は賞賛なんかじゃない。分かってるでしょ、デュランダル」
蹲るデュランダルの顔に、剣先を突き付けてスティルは云う。
「何が聞きたい? 」
額から流れる汗が、スティルの剣に触れ蒸発する。
デュランダルは客観的に見ても、既に戦える状態ではなく脅威はない。しかし、スティルはその目をデュランダルから離す事はなかった。
もし── そう…… もし、スティルがこの時点で勝ち誇り、全体を見渡す余裕があれば気付いていただろう。
後ろから迫る悪意の影── 薄ら笑いを浮かべ、剣を振りかざす伊佐美秀明の存在に……
「がっ! 」
スティルがその存在に気付いたのは、背中から突き抜けた剣先を見た時だった。
「あれ? 以前にもこんな事あったよな。
ククク、二度も同じ目に合うなんて不遇だね」
「── おま、えは…… ぐふっ! 」
剣先から感じる殺気は、あの時と同じものだ。そして、スティルは悟る。あの時刺したのも後ろにいる青年である事を──
「遅かったですな、双面殿」
「いやいや、面白そうなんで見てましたよ。それにしても、恨まれたものですね」
秀明は既に虫の息であるスティルを見下ろしながら、
「前回と同じだな。どう考えても助かるはずないのに、前は生きていた。── こうなると、これで終わらせるのは不安が残る。と、云う訳で」
笑いながら、何度も何度もスティルを刺し貫いた。
─── チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ、チクショウ…… 今回は見逃してやる。だけど、この次、私が真実に行き着いた時は見逃さない。
消え行く意識の中、スティルは最後の力を振り絞り、大地に「双面」と書き遺す。そして、その意識は二度と目覚める事のない闇へ落ちて行った。
「死んだな」
動かなくなったスティルを、何の感慨も持たない目で見下ろし、秀明はその剣を体から抜いた。
「さて、デュランダルさん。真人の様子を詳しく頼むね」
「騎士12人と戦った結果ですがね、ライズ── 」
「その名で彼を呼ぶなっ! 」
デュランダルの言葉途中で、秀明の怒気が爆発した。その迫力にデュランダルは動けなくなる。
「偽りの名で彼を呼ぶのは、最高の侮辱だと思わないか? えぇ、デュランダル」
「も、申し訳ありません」
何が秀明の逆鱗に触れたのか分からないまま、デュランダルの口調は敬語に変わる。
デュランダルは秀明の部下ではない。それなのにも関わらず自分より遥かに年下の男に恐怖し、服従したのだった。
「で、続きは? 」
「はい、騎士12人と戦う姿を見て、彼の才能は確かです。只、まだ物足りない。もう少し時間が必要かと── 」
「そっか── うん、そうだね。その通りだ。では、今しばらく待つとしよう。ご苦労だったね、デュランダル」
報告に秀明は満足気に笑うと、その手をデュランダルに伸ばす。そして「ほっ」と安堵の吐息を吐いたデュランダルはその手を掴み絶望した。
秀明の顔は恍惚に歪んでいて、その手から伝わる感覚は殺意だった。
「もう、真人の監視が出来ない君に価値はないからね。彼を侮辱した君に生きる権利は与えない」
躊躇いの欠片もなく、スティルを刺した剣がデュランダルの眉間を貫く。
「あっ…… 」
デュランダルは一言も残せずに、この世を去る。
「その剣は土産にしてくれよ。騎士が剣の一本も持たないであの世に行くのは淋しいだろ。
それじゃ、バイバイ── 」
そう手を振って、秀明は姿を消した。
そして、数分が経過すると、
「うっ…… 」
絶命していたスティルより、呻きが漏れ指先がピクリと動いたのだった。
……………………………………………………………
スティゴールド・ミルレーサーは夢を見ていた。
三年前、自分に起こった出来事を理解出来ずに、ライズ・クラインに相談しに行った日の事を──
その夢のような経験を話した時、ライズは悲しげであり、訝しげでもあるような複雑な表情を浮かべ「お前は死んだのだな」と云った。だが、体がこうしてあり、自分の意思もあるスティルは、その言葉を受け入れる事は出来なかった。
それでもライズの目が真剣で、嘘や冗談でない事を知ると説明を待ったのだった。
そして、待った結果が嘘偽りなくスティルは死んでいるという真実を突き付けられたのだ。
デュランダルをマークするように告げた後、ライズは不安を感じていた。その為、スティルに思念石を保険として持たせていた。
その思念石こそ、世に二つとない秘石〈思念原石〉なのだった。
通常、思念石は核が小さく、何万という核の集合体が思念石として存在する。だが、その思念石には不純物も大量にくっついている為、人一人の思念体
を創れる物となると、数百キロの重量が伴う物となる。故に、思念体として存在する者は、自分の意思を残す岩の近くより離れる事は出来ない。
ところが、この思念原石はペンダントに納まる程度の大きさで、思念体を創り出す事が可能なのだ。つまり、ペンダントを持っていれば、何処にでも行ける。生きている人間と変わらない。
思念原石を使いライズは、三百年という長い間ラフィオンの守護者としていられた。
その思念原石をスティルに渡したという事は、ライズは守護者としての力を失ったと同義だ。もし、スティルに何事もなく、ライズの手元に戻るのであればラフィオンは加護を受け続ける事が出来た訳だが、それは有り得ない話となった。
尊敬する者の自由と、愛する国の最大の加護を奪ってしまったスティルのショックは計り知れない。そのショックは、自分の死より重い衝撃となりスティルを苛むのだった。
一方、ショックを受けたスティルとは違い、ライズは思念原石を譲渡した事にそれほどショックはなかった。それは、自分の代わりとなる者の存在と思念原石の力を以てしても、ここに存在する限界を感じていたからだ。
その事をゆっくりと何度も伝え、心を癒す事に費やした結果、スティルは立ち直る。そして、改めて疑問をぶつける。
ライズが感じていた疑問── それは、殺された直後の事をスティルが覚えていたという事だった。
思念石に残る記憶は普通、自分で記憶を残さなければいけない。スティルで例えるならば、ライズより思念原石を渡された時の記憶が残っているのだ。
それはRPGでいうところのセーブと考えて貰えば間違えない。
そこを念頭に置いて、ゲームオーバーになった場合どうなるかを考えれば、ライズの疑問が見易くなるはずだ。
死した時、セーブポイントまで戻るのであれば、殺された記憶があるのはおかしい。また、刺された後でセーブをしたのなら、刺された状態での復活となる。
体は無傷で、記憶のみ残っている矛盾。その意味を二人で考えた答えは、強い思いだけが思念原石に焼き付いたのではないかという事に落ち着いた。
勿論、その答えに確証などはなく、あくまでも予想でしかないのだったが……
── 何故、こんな夢を見たのかしら?
ぼーとする頭を振り、スティルは体を起こした。そして、周りをぐるりと一周歩くと、自分が東の森にいる事を知る。
── 確かデュランダルを追って……
念の為と、東の森の入口で記憶の差し換えを行った。だが、そこからの記憶がない。次第に戻ってくる思考、考えられるのはこの東の森で再び殺されたという事実だった。
「私はデュランダルに負けたの…… 」
それだけは認めたくなかった。だが、それを認めなくてよい物を見つけてしまう。それを物と呼ぶのは不謹慎極まりない。しかし、スティルには物にしか見えない。
自分がさっきまで寝ていたすぐ前にあったデュランダルの遺体── 眉間を剣で貫かれ、大地に寝ている姿に哀れみなど湧いてこない。その代わり、
「私以外に殺されやがって── 」
眉間に刺さった剣は、スティルの剣ではない。記憶がなくても、自分で倒したのではない事は明白だった。
「チクショウ…… 」
その場に座り込み、デュランダルの遺体に向けて小石を投げ付けた。
「何があったのか知らないが、それは止めておけよ。余りにも不誠実だ」
「── どうでもいいわ」
「そうか── なら、帰ろうぜ。スティル」
「何も聞かないの? ライズ」
後ろからゆっくりと近付いてくるライズとレイサッシュ。そして、スティルはその二人の姿を見ようとはしない。
「今のお前に何を聞いても無駄だろ。それに、お前が無事ならそれでいい」
「無事? 馬鹿云わないでよ」
私は死んだんだから──
「どんな状態であれ、俺とお前はこうして話している。そして、お前とレイサッシュは触れ合ってる。
今はそれで充分だよ」
真人はスティルを越えて、デュランダルに近付く。そして、レイサッシュはスティルの背中に顔を付けて震えていた。
「── レイ」
「悔しいけど、マサトの云う通りです。ここに姉様の背中があって、私は触れている。それで充分なんです」
背中から感じるレイサッシュの温もりが、笹暮だったスティルの心を癒した。
「そっか── じゃあ、帰るさね」
目的を果たした訳じゃない。そして、まだ終った訳じゃないのだ。
── 私を殺した奴は別にいる。そいつを見つけ出すまで終われない。
決意を新たに立ち上がるスティル。その姿を見て真人は云った。
「帰る前に、コレを一応確認しておけよ」
デュランダルの遺体のすぐ側で盛り上がっている土を指差して、
「─── 双面。何の事だろうな」
「───! 」
「これ、私の字だわ」
── 何だ、ちゃんとヒントがあるじゃない。
レイサッシュの態度から、何かに繋がる事を確信するスティルと真人。
「レイ、帰ってからでいいから、聞かせてくれるわよね」
「── はい」
「よしっ、それじゃ帰るわよ。二人共」
スティルが先陣をきり、真人とレイサッシュが後に続き、門に向けて歩き出す。
こうして、真人の神官長の承認を巡るゴダゴダには一応の決着がついた。だが、動き始めた時は止まらない。真人達が次に動くまで、そんなに時間は掛からなかった。