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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
イーストウッド
19/75

4

「── これまでだな」


 デュランダルは、戦えなくなった部下を見て下卑た視線を送った。


「しかし、終わってみればあの様か── 物足りなさはありますな、ダブルフェイス殿」


 次いで満身創痍の真人を見る。しかし、それだけでは済まなかった。

 懐の膨らみに手をやりその感覚を確かめる。

 ひんやりとしたその感覚は、このセルディアにはあってはいけない物、世界の理を壊す力だ。


 その力を取り出してデュランダルの顔は更に歪む。イカれた狂気は、真人から中央に座するファリスへと向けられ、放たれた。


 パンっ!


 その花火のような音が鳴り響き、一発の弾丸が螺旋運動をしながらファリスを襲う。何が起こったのか、そこに居る者は真人を除き誰にも分からない。只、真人だけは信じられないという面持ちでデュランダルを見ていた。


「デュランダルっ! 」


 そして、何が起こったのか理解していないスティルだったが、アクションを起こしたと判断し、自らの背で爆発を起こし飛んだ。

 瞬く間になくなるスティルとデュランダルの距離が、完全になくなった時、二人の剣が重なった。


 キーンという金属音で我に返る真人。その視界に映るのは剣を合わせるスティルとデュランダル。そして、デュランダルの左手に握られている拳銃を見て叫んだ。


「スティル、避けろっ! 」


 銃口がスティルの額に向けられる。それで真人が避けろと云った物の正体を知る。


「チッ!」


 だが、今から回避行動を起こしても間に合わない。そう本能で理解したスティルは舌打ちを一つすると、デュランダルの左手を燃やしたのだった。


「くっ! 」


 引き金に力が伝わる前に、スティルの炎によって銃を足下に落とす。その銃を慌てて拾おうとするなら単なる雑魚だが、流石にそこまで愚かではない。

 スティルの剣撃を華麗な剣捌きで交わしながら、デュランダルは呪を唱える。


「魔法かっ! 」


 ノースとインティライミが使うのだから、デュランダルが使えるのはおかしな事ではない。問題があるとすれば、どんな魔法を使うのか── それだけだった。

 だから、待ってしまった。どんな魔法が来ても対応出来るように身構えてしまった。


羽飛翔(フェザーズフライ)


 デュランダルが使った魔法は、移動系の飛翔魔法だった。


「なっ! 」


 攻撃の為に身構えていたスティルは、意外なデュランダルの行動に反応が遅れる。その隙をついてデュランダルは闘技場を飛び立った。


「逃げた? 」


 その様子を見ていた真人は呆然と呟く。


 ── ここで逃げる意味はなんだ。


 デュランダルの真意が全く見えない。確かに反乱を起こすタイミングを逸していたのは分かっていた。それでもあえて行動起こした以上、目的を完遂せずに逃げるのは、どう考えても辻褄が合わない。

 そして、真人と同じくスティルも意味が分からずに思考の迷宮に落ちていた。だが、経験の差か真人が戻って来れないのに対して、スティルは自分の目的を取り戻す。


「ライズっ! 私はデュランダルを追う。だから、陛下を頼む」


 それだけ云って、スティルは爆風を使い飛び去った。


 ── 頼むって、銃で撃たれたのにか…… あっ!


 そう思い、自分がファリスの状況を確認していない事に気付き、視線を中央に向けると撃たれたはずのファリスは、何の変化もなくそこに座している。


「外れたのか── 」

「いいえ、届いてないだけよ」


 真人の問いに答えたのは、レイサッシュだ。


「正面からの攻撃は何物であれ通さない。それが私の仕事だからね」

「なるほど…… 」


 土の神官の防御力は、四元素No.1なのだ。レイサッシュが本気になれば拳銃はおろか、大砲でも止められる。


「なら、陛下は無事か」


 真人が「ほっ」と安堵の吐息を漏らす。


 ── 否、待てよ。だったら何でスティルは「陛下を頼む」なんて言い残したんだ。


 デュランダルが去り、その配下にいた騎士は全員戦闘不能になっている。この状況でファリスが無事であるなら真人に頼む必要などないのだが── それでも頼んだ以上何かしらの驚異があるという事だ。


「ま、さか…… 」


 一つの仮説が頭を過ると、真人は顔を上げファリスの後ろにいるウォッカを見る。


 ウォッカは文官だ。戦闘力がある訳ではない。だが、欲がないと考えるのは危険な思想だった。

 真人がウォッカを見ると、その瞳にはデュランダル以上の狂気の色が見えた。そして、その狂気はファリスに向けられている。


「レイっ! 」


 真人が叫ぶ。だが、遅かった。ウォッカはおもむろに腰の剣を抜きファリスの背中に突き刺した。


「なっ! 」

「ふっ、はははは…… やった、ははは…… 」


 狂ってやがる──


 ウォッカの凶行は先の事を何も考えていない。ここでファリスを殺したところで、ウォッカを護る者はいない。それどころか、神官長であるレイサッシュが側に控えているのだ。つまり、ファリスを討ったところでウォッカには未来はない。目的もなく只、殺したという事になる。


「やっぱり動いたのね」


 ファリスの死にも動じず、レイサッシュはウォッカに向けて云い放つ。


「さて、ウォッカ様の中に居る者が誰なのか話して貰うわよ」

「ふぁ、なななにを、い、云ってるか、わわ分からんなぁ~」

「貴方、自分が失敗した事に、まだ気付いてないの? 気狂いを強調する前に良く確認してみなさい」


 ── あっ!


 レイサッシュの言葉に、真人はファリスの体が微動だにしていない事に気付いた。背中から剣を刺され、声を一切上げず、血の一滴も流していない。普通の人間であれば有り得ない事だった。


「土人形相手に剣を刺して楽しいなんて、随分悪趣味じゃなくて」


 パチリとレイサッシュが指を鳴らすと、ファリスの体がボロボロと崩れていく。

 その様子をウォッカは体を震わせて見ていた。そして、


「ふ、ふ、ふざけるなっ! 」

「ふざけているのはアンタ達でしょ。こんな小国に何ちょっかい出してんのよ。

 私達は何も求めない、望まない、だけど手を出すなら容赦はしない。精霊使いを舐めないでよね」


 レイサッシュの啖呵が、ウォッカに刺さる。すると、ウォッカの狂気は姿を消し、その目に正気が戻ってきた。


「アンタ、誰? 」

「ラフィオン文官長、ウォッカ・パレスだよ。一年前からな」

「まともに答える気はないみたいね。だったら答えたくなるようにしてあげるわ」


 レイサッシュの表情が可愛らしい少女から、戦士の顔に変わり本気になった事を告げている。


「マサト、アンタいつまでそこに居る気? 表に水の神官を待機させているから、とっと治療して陛下の警護に行きなさい」

「は? 」

「アンタは神官長になったのよ。だったら陛下の御身を第一に考えるが当然でしょ。

 ホラ、さっさと行くっ! 」

「わ、分かった」


 レイサッシュに促され、その足を引き摺りながら真人は闘技場を後にした。

 情けない話ではあるが、あそこに残っていても何の力にもなれない。それだけならまだしも、レイサッシュの足を引っ張り兼ねない。

 それだけは避けなければ── 断腸の思いで真人は歩き続けたのだった。




 ── 何処だっ!


 闘技場を飛び出したスティルは、デュランダルの姿を探し全体を見渡した。


 空中で自由が利く飛翔魔法に比べ、スティルの飛翔は、爆風を利用している分、自由が利かない。

 ただデュランダルの本質が騎士である以上、魔力を使う飛翔魔法を長時間に渡って使えるとは思えない。ならば、追い付く事は充分可能なのだ。簡単に諦める訳にはいかなかった。


「デュランダルっ! 」


 ─── 私はお前に殺された事を忘れてはいない。

 必ず見つけて殺してやる。


 気配を感じた訳ではない。それでも、スティルは迷わずに東への進路を選ぶ。出来れば足を踏み入れたくない東の森(イーストウッド)に真っ直ぐに飛んだのだった。




 ◆




「邪魔者は消えたわね」

「いいや、そこら辺に転がっているゴミがまだいるだろう。

 それを片付けてもらうよ。── 君にね」

「味方をも消そうって云うの? 存外、外道ね」

「はは、あれはデュランダルの駒だよ。私の仲間などではない」


 ── どういう事?


 ウォッカの言葉を素直に受け取れば、デュランダルと別の勢力という事になる。しかし、同時期に二つの勢力が動くという偶然が有り得るのだろうか。

 否、それ以上にウォッカとデュランダルが別勢力だとすると、そもそもの根底が覆ってしまう。


「その話が真実だとしても、簡単に人を切り捨てようとするアンタは只の鬼畜よ。もっと鑑で自分の顔を見て恥悶えるべきだわ」

「外道から鬼畜か、一気に評価を下げてくれたものだね」


 外道と鬼畜にそれほど差があるとは思えないが、ウォッカなりの規準があるのだろう。


「だが残念だ。君の忠告は聞けそうもない。なんせ、自分の顔がどんなだったか覚えてないのだからね」

「やっぱり馬鹿ね。鑑を見ればアンタの濁った目は一目瞭然よ。充分恥る事が出来るわよ」

「口の減らない小娘め」


 ウォッカが人指し指と中指をクイっと動かす。それは相手を挑発する時の仕種であったが、今回は違う意味合いを持っていた。


「───! 」


 レイサッシュの後ろに二つの気配が生まれる。真人の離脱によって、今動けるのはウォッカを除けば誰もいないはずだったのだが、


「そう── 私に片付けさせるって、こういう事。

 でも、おあいにく様」


 レイサッシュの後ろに現れた気配は、無力化し意識を無くしていた騎士ノヴァとシェイデイだった。


「只の操り人形を殺さないと止められない。と、でも思ったのかしら…… 〈砂塵圧力(サンドプレッシャー)〉」


 前髪を掻き上げながら、腕を振るうと大量の砂が、迫るノヴァとシェイデイを飲み込み動きを封じる。


「なるほど、鉄壁を誇る土の神官長。後の後を取らせれば難攻不落ですね」

「あら、訂正していただけるかしら、後の先も取れるのだから」


 ウォッカの戦術が、倒れた騎士を使う事であるなら、操る対象をなくしてしまえば良い。これは、攻撃色が強いスティルには絶対に出来ない事だった。


土障壁(アースウォール)


 レイサッシュの言葉で、倒れている十人の騎士が土に包み込まれた。


「なっ! 」

「アンタがどうやって、騎士を人形にしてるのかなんて、知らないけどね。私の土障壁アースウォールは、内外問わず力を遮る壁よ。おいそれ破れると思わないでね」


 自分の力に絶対の自信がある者の言葉だった。

 既にウォッカが騎士を指揮(コントロール)下に置いておいたとしても、土障壁(アースウォール)を破らなければ、レイサッシュに攻撃する事は出来ない。つまり、今この場ではウォッカは自身の力のみで戦わないといけないという事になる。


「── 無貌の人形師さんには、自身で私を退けるだけの力があるのかしらねぇ」

「いやいや、これは参りましたな。私の正体を看破し、戦術を封じますか。

 流石は美なる金剛石(ダイヤモンドビコー)と呼ばれるだけはある」

「ペラペラと喋るからよ。厚顔の人形師に改名した方がいいんじゃない」


 闘技場を統治した少女は、胸を張ってそう云い放つのだった。



 ◆



「ライズ様っ! 」


 肩を抑え、足を引き摺りながら闘技場を出た真人は、白い神官服を着た女性に呼び止められる。


「あ、貴女は── 」

「お久し振りですわ」


 ロングの髪をなびかせて微笑む女性は、真人がスティルに吹っ飛ばされた後、治療をしてくれた水の神官だった。


「レインさん」

「はい、覚えていて頂けたのですね。光栄です」

「そりぁ、お世話になりましたからね。それで今回もお願いしていいですか? 」

「勿論です。その為に控えておりましたので」


 水の神官、レイン・フォールは、その場にヘタレ込む真人の傷口に手を充てると、


水流回帰アクアヒーリング


 素早く回復術を使用した。


 ─── 暖かい。


 レインの手から発する熱は、とても温かく真人の傷を癒していく。インティライミに最後の一撃を放った後、どうやっても痛みを和らげる事が出来なかった真人は、オアシスにやっと辿り着いた気分になる。


「無理し過ぎですよ、ライズ様」

「未熟者なんで…… 」


 云って虚しくなるが、この結果が全てを物語っている。隠す事など出来なかった。


「そうですね。毎回こんな怪我をされては困ります」

「れ、レインさん…… 」

「貴方はこの国を支える柱です。強く太い柱になってください」


 笑みを絶さずニコやかに云われ、真人は何も云い返せずに「はい」と頷く。


「反省も頂きましたし、それでは本題に入りましょう。これから貴方がすべき事について、です」

「えっ? 」

「ファリス様より、伝言を承っております。

 ライズ様はこの治療が済み次第、(ゲート)まで出頭する事。以上です」


 ── そこにファリス様が居るのだろうか?


 その疑問を真人は口にする事はなかった。

 レインは優しく誠実な神官であるが、神官長の位はない。伝言以上の事を伝えられるはずがないのだ。

 だから、レインは以上という言葉を使った。ここで更なる質問を重ねる事は、自分の愚かさを露呈するだけである。


 真人は黙って現状の考察に入る。

 そんな真人を見てレインは全てを察し、気を散らさないように自身も治療に専念するのだった。



「── ライズ様、宜しいですか? 」

「あ、ええ…… 」

「肩の治療は終わりました。次いで足の治療に入りますね」


 ── 本当に凄い人だな。


 レインの心配りに舌を巻く真人。

 真人の集中の度合いから、黙って治療箇所を変更するという判断もあったかもしれないが、レインは敢えて宣言をした。

 それは、驚きによる思考中断と気づきによる思考中断では後の効率に大きな違いがあるからだ。レインは真人になるべく不快感を与えない様、細心の注意を払っている。正に『おもてなし』、和の心を体現している。


「レインさん、ありがとう」

「何の事だか分かり兼ねますわ」


 清々しいレインの態度に、真人は黙礼を以て感謝の意をすると、今度は両の眼を閉じて、思考の海へ再びその身を沈めるのだった。




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