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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
イーストウッド
17/75

2

「さて、と── 」


 真人は七人の騎士を目の前に剣を抜く。そして、そのまま鞘を後ろに投げ出した。


 相手が宮本武蔵なら「敗れたり」と云われているところだが、真人のようにトリッキーな戦い方を好む者にとっては、鞘すら動きを妨げる枷になる。


 ── 少しばかり派手に動くからな。


 見た目が派手な動きは、必然的に無駄な動きが増えるので、実力を隠す態の良い隠れ簑になる。その上、実力が伴わない者には圧力になり、一石二鳥となるのだ。


 後は開始の合図を待つだけだった。

 だが、圧倒的な自信とは裏腹に緊張をしている自分に気付く。

 思えばそれも当然だ。真人の実力は疑う余地がないほど上がっているとはいえ、実践経験は不足し、更には作戦も遂行しなければならない。そんな状況下にいるのだから……


「びびってミスりました── は、英雄のする事じゃねぇな」


 力を抜けば腕が震えて剣を落とす。だからといって力を込めれば余計な力が入り剣が乱れる。いっそ始まってくれれば、何も考えなくて良いのだが──


「始めっ! 」


 余計な事を考えている途中でウォッカの声が響く。


 ── チッ! 狙ってんのか、あのオッサン!


 タイミングが悪かったなどと云い訳は出来ない。いつ始まるか分からない状況で、余計な事を考えていた真人が悪いのだ。


 七人の騎士が一斉に、襲いかかる姿は津波のようでなかなかのインパクトがある。しかし、この特攻は愚かしかった。


 数的優位に立っているのだから、まず地固めをして真人を囲む事が戦術としては正しい。勝負を急ぎ、全員で突っ込んできたところで、真人には後ろという逃げ道がある。

 つまり、ミスを犯した真人を騎士はミスをする事で救ってしまったのだ。


 バックステップでスピードの勝る三人の騎士の剣を交わしながら、握る剣を横に薙ぐ。その一閃を受けて吹っ飛んだのは、騎士サスピションだった。


『なっ! 』


 サスピションが真人の一撃で、壁まで飛ばされたのを見て、6騎士は呆然とする。


「一寸したサプライズなんですが、楽しんでいただけたなら僥倖ですよ」


 剣を構え直しながら真人は云う。

 その表情に、雰囲気に、気勢に、騎士達は魅せられ追撃をする事も忘れ立ち竦んでいた。


 真人の持つ剣は、ここへ来る前にスティルから渡された普通の長剣(ロングソード)である。ただし、細工がないかといえばそんな事はない。

 真人はこの長剣に一つの精霊術を掛けていた。

 その効果は── 風を纏わせる事により切れ味を鈍らせるものだ。一件マイナスにしか見えないこの術だが、刃に物体が触れると弾け飛ぶという追加効果が補って余りある攻撃力を生み出すのだった。


「さて、次行きましょうか? 」


 チャキっと金属音を鳴らし、刃を返すとその剣は青白い輝きがあり、真人が掛けた術の効果が残っていると騎士達に悟らせた。


「「「ひっ! 」」」


 チラリと真人が視線を送る度、騎士から上がる悲鳴がすでに態勢が真人に傾いた事を意味している。


 今ここにいる騎士に出来る事といえば、真人の攻撃を受けて剣が纏った風を全て使わせる事だけだ。もし、この騎士達がノブレス・オブリージュの高潔なる精神を持つ本物の騎士なら、真人に鍔迫り合いを要求し、その力を消費させる礎になり、勝機を見出だすきっかけになったかもしれない。

 しかし、スティルが指摘したようにこの国の騎士は、騎士という名の傭兵部隊に過ぎない。

 当然のように誰もが及び腰になり、真人の攻撃を交わす事しか考えていなかった。


「ホント、無様── けど、アンタが創ったものなんてそんなもんなのよ。デュランダル」


 たった一人で戦いを観戦しているスティルは、胸元に下げている宝石を弄びながら呟く。その視線は鋭く、属性とは反対に見る者を凍てつかせるようなものだった。


「さて、スティル。── お前は何処まで覚えているのだろうな」


 一方、デュランダルは向こう側来る殺気を受け止めて笑みを浮かべていた。




「やる気が無いなら、この場から消えろ。この先、手加減してやるつもりはねぇっ! 」


 スティルとデュランダルが冷戦をしている中、真人の戦いは終盤に入っていた。


『──── 』


 真人の恫喝に、6騎士は及び腰になるが一先ず逃げ出す者はいない。


 ── だが、それでいい。俺は一人も逃がすつもりはねぇんだからな。


 ここで背中を見せて逃げる者がいたら、その瞬間に真人に喉笛を噛みちぎられていた。しかし、残っても結果は同じになる。


「根性据えろやっ! 」


 その一言の後、6騎士で真人の姿を捉えられた者はいなかった。

 真人が地を蹴るとその背中に追い風が吹き移動速度が跳ね上がる。すると、次の瞬間真人の体は6人の中心にあった。


「がっ! 」

「ぐっ! 」


 そして、そのまま回転するように剣を振るい真横に居た二人を巻き込み弾け飛ばす。

 この攻撃で離脱したのは、ロックポックとストーン。併せて、ノヴァの顎に真人の掌底が入り、声もあげられずに垂直に体が浮く。


 残りが一瞬にして三人になるが、まだ真人の無双は終わらない。

 ノヴァに一撃を放つと同時に、そのまま次の獲物を視認、ノベルズとプレジットが真人と一直線に並んでいた。


風縮烈破(ストームブラッシュ)


 右手に集めた風がソフトボール程度の球体を創り、真人の詞によって放たれる。


 今更ながら真人は神官、精霊使いである。「中途半端な力なら使わない方が良い」と、スティルに止められていたが、桁違いのスピードで魔導術をマスターした真人は余った時間を精霊術の修得に費やした。その結果、スティルから使えるレベルに仕上がったと、使用許可がおりた。

 まだまだ使える術は少ないが、使い勝手の良い術を幾つか覚え、今回使った風の精霊術はノベルズとプレジットを薙ぎ倒す。そして、


「── 確かディクタスって云ったか? お前で最後だ」


 ディクタスの後ろを取り、真人はその背中に剣を突き付けて最後通告を行う。


「あ、あああ…… 」


 何が起こったのか、まるで把握出来ないディクタスは恐怖と自分で最後という事実に戦意を消失し、その膝を折った。


「一応、戦闘力は奪わせて貰う」


 剣の柄でディクタスの首を叩き、戦意と意識を刈り取った。こうして、あっさりと真人の集団戦に幕は降りたのだった。


「くっ、くくく── 強い。やっぱ楽しいね、ライズちゃん」

「笑ってる場合かインティライミよ。次は私かお前の順番なんだぞ」

「いやいや、次はアンタだよ。ノース。

 ── 俺は最後って通告を受けてる」

「変更はあると前置きがあっただろう」


 あくまでも軽いインティライミに、ノースはうんざりとして云う。


「デュランダルの狸オヤジが、態々、俺のやる気を削ぐと思うか? 」

「確かにそうだな」

「ま、負けるにしても俺が楽しめるようにちゃんとダメージを与えておいてくれよ」

「ふざけるな、この戦闘マニア。何でも思い通りになると思うなよ」


 真人の実力は自分以上と云う事を、インティライミははっきりと理解していた。だから、このまま殺り合えば楽しむ事なく、自分の負けで終わる。


 ── それじゃツマランだろ。


 順番の変更など認めない。ノースがダメージを与えれば、自分が楽しめる可能性が上がるのだから……

 インティライミの楽しみは、戦いではなく殺し合いなのだ。だが、ライズは甘い。目の前に転がっている騎士(ゴミ)が誰一人死んでないのが、その証拠だ。

 ダメージを負い殺さなければ勝てないという状況になれば、ライズとはいえ必死になる。


「ちゃんと殺し合いを楽しませてくれよぉ~」


 歪な笑みを浮かべ、インティライミは騎士にあるまじき言葉を放つのだった。


「ほぅ、これは── 」


 真人が息一つ乱さずディクタスを倒した瞬間に、デュランダルは笑った。

 そこに手塩を掛けた部下に対する思い遣りなど微塵もない。


「楽しそうだな」


 下から見上げる真人は、下卑た視線をデュランダルに送る。


「楽しい? ── そうだな…… 否、嬉しいか。今の心境は」

「嬉しいだと? 」

「君の才能は本物だ。戦いの概念が薄い世界で生きてきて、少し基本を知るや否や、並の人間を圧倒する。

 そんな才能を見て、嬉しいと思わなければ戦士などとは云えないだろ」


 強き者を見れば血肉沸き上がる。デュランダルが生粋の戦士であれば、そんな感覚があるのかもしれないが、真人にはそんな風には思えない。


「そんなに戦闘マニアには見えないけどな」

「いやいや、これでも血気盛んな時代を越えてきているよ」

「どんな修羅場なのかは聞かないでおくよ」

「そりぁ、助かるね。だが、どうせなら少しだけ見ておくがいい── ノースっ! 」


 少し離れた場所で、インティライミと話していたノースを呼びつける。そして、


「分かっているな、どんな手を使ってでもライズを倒せ」

「御心のままに── ラグナ、サイレンスっ! 」

「おいおい、もしかして…… 」


 次の相手は序列一位のノース・フライトである。それは間違いない。そして、最終戦までにノースを引っ張り出す真人の企みは成功した。だが、


「次の相手を仰せつかったノース・フライトと以下二名だ。よろしく頼む」

「あっさりと恥ずかし気もなく云ってくれるな。俺と一対一でやり合う度胸もないのかよ? 」

「恥ずかしい? 何故? 貴方が今回のルールを変更させた。そして、こちらが出した条件は集団戦後、二戦行う事だったはず。そこには一対一でと云う条件はない。

 私が恥じる事などないはずだが」


 ノースの言葉は屁理屈だ。それでも、腹ただしい事に正論だった。そして、


 ── 嫌な予感ほど当たるんだよな。


 真人の見解では、ノースは一対一に拘るタイプではないとしていた。だから、最終戦前に引っ張り出す必要があった。だが、最終戦前なら一対一での戦闘になると云う真人の判断は甘かった。


「アンタ、騎士より軍師向きだよ」

「そんな自覚はないがな」

「なら自覚した方がいいだろう。アンタらは今日で騎士廃業だ」


 真人の言葉に眉をぴくりと反応させるノース。


「どういう意味かな? 」

「たった一人の神官に騎士団長十二人が全滅されたら、流石に恥じるべき事だろ? それでも、騎士であり続けるのはどんな厚顔無恥だ、って話なだけさ」

「なるほど、確かにその通りだな。だが、我らが負けなければ良い話でもある」

「知ってるか? 黄色い信号は注意してば渡れるんだぜ。立ち止まる要因にはならない」


 真人の喩えは、ノースには伝わらなかった。しかし、云いたい事は分かったようだ。

 表情の変化を悟られる前に、ノースは踵を返しインティライミの横へ戻っていった。


「私が云うのも何だが、よくノースの条件を受け入れたね」


 ノースが居なくなると、代わってデュランダルが問い掛けてくる。


「ま、一応正論ですからね。

 けど── やっぱ腹立たしいんでな。待ってな、文字通り裸の王様にしてやるよ」


 真人の宣戦布告に、デュランダルはその顔を歪ませた。そして「面白い」と云うと、その肩を震わせている。


「くくく、分かっていると思うが、ノースとインティライミは一筋縄ではいかんよ。あの紅の焔(スカーレットフレア)と切り結んで、瞬殺をされない実力を持っている」

「ざけんな、この二週間で俺があの化け物に何回瞬殺されたと思ってやがる。アンタの云う事が本当なら、俺に勝ち目なんてねぇよ」

「そうか、なら負ける気はしてないと云う事だな。まだ何かを隠してるな、お前」

「─── っ! 」


 ニャロ…… カマ掛けやがった──


 迂闊にもあっさり乗せられ、無言で切り返すと云う愚行をしてしまった。質問に対する無言は、肯定にしかならない。

 情報を与えてしまった以上、それを後悔しても始まらないのだが、真人にとっては痛手であった。


 ── だが、転んだのなら起き上がるときに藁の一本ぐらいは拾ってやる。


「俺の隠し事だが、予測ぐらいはしてんだろ? 」

「さて、それはどうかな」


 デュランダルの答えは肯定だった。それは、真人にとってもデュランダルにとっても、今はどうでもいい事だ。

 それでも、一本の藁が豪邸に換わる事もある。


 ─── 限りなく有り得ない話だけどな。


 真人は苦虫を噛み潰したような顔をして、自嘲するのだった。


「そんな事より、時間のようだぞ」


 デュランダルの言葉に、真人がノースに目を向けると、二人の騎士を携えたまま中央に陣取る姿が見える。


「おー、雑魚二人まで自信に満ちた顔してんな。意外に人望あるんだなアイツ…… 」


 ラグナとサイレンスと呼ばれた騎士は、序列上位者とは云え、先程までの戦いを見ている。一対一なら真人とは戦える胆力などない。それが躊躇いもなく、戦闘開始の合図が待てるのは、単にノースを信頼しているからだ。


「ま、名目上ノースの力は圧倒的だからな」

「なるほど、不遇なのはインティライミと」

「否、あれはあれで楽しんでいるよ」

「ふーん、笑えねぇ話だ。じゃ、ちゃっちゃと片付けて、あのにやけ顔を止めさせてやるか」


 そう云いながら、真人は中央に向かい歩み出した。インティライミが控えているので、余り見せたくないが、手加減してどうにかなるとは思えない。


「使うべきか使わざるべきか、それが問題だ」


 ハムレットの名言をもじってみる。が、聞いてくれる人や、意味を分かってくれる人がいないこの状況では、虚しいだけだった。


「ホント、何やってんだかな、俺…… 」


 頭をボリボリ掻きながら、もう中央に辿り着く。そうなれば、開始の合図が掛かるまで一分の時間もないだろう。


「俺らしくないが、出たとこ勝負でやるかな」


 初めての試みに、真人は少しだけ高揚していた。だから、目の前にいる三騎士に向かって好戦的な瞳を向けたのだった。




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