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恒久の無限回廊  作者: えくりぷす
イーストウッド
16/75

1

 中庭を抜け、謁見の間とは逆方向に進む。

 真人は先行くスティルの背だけを見て、余所見する事なく前に進んでいた。


「ライズ、覚悟は決まった? 」


 闘技場が見える頃、スティルは振り返らずにそう問い掛ける。

 それは意味のない問いだ。

 本当にその覚悟を確認したいのであれば、振り返り真人の顔を見ればいい。


「んなもん、二日前に決まってるさ」

「あらら、随分中途半端に決めたんだね」

「うるせぇ、これでもまだ半信半疑なんだよ。その上、無茶な要求上乗せしやがって…… 泣きそうだぞ」


 スティルが真人に出した要求は、二週間前なら無茶というより無謀だった。だが、


「今のアンタなら出来るさ。決して無茶でも無謀でもないわ」

「その言葉に偽りがあったら泣くからな」

「何で、泣くに拘るのさ? 」

「体のデカイ男が泣いてる姿が、生理的に受け付けなさそうだからな」


 互いに顔を見ずに話し続ける。しかし、真人がその言葉を云うと、スティルは足を止めて肩を震わせた。


「ぷっ、もう駄目ぇ~、面白過ぎる── 」


 腹を抱え、スティルは声を出して笑う。


「ハハっ、ホントにアンタは…… じゃあさ、もしアンタが泣く羽目になったら、膝枕して一日頭を撫でてあげるわ」


 一頻り笑った後、そこで初めて振り返りスティルは人指し指を立てて云う。


「うわっ、それキモいな」


 答える真人は、大袈裟に両手を広げてそう返す。と、


「「ぷっ、アッハハハ」」


 声を合わせて笑う。そして、


「二週間前のマサトだったら、こんな事は云わなかったよ。

 今のアンタはライズだ。だから、追加した。出来ないなら、頼まないさ」

「自分は信じられないが、師匠の云う事は信じてやるよ」

「不遜な弟子だね。ま、いいさ」


 スティルは再び、闘技場を目指し歩き出す。真人はその後に黙って続く。その二人の姿は紛れもなく師弟であった。



 ◆



 闘技場入口でデュランダルが騎士を引き連れ立っていた。

 デュランダルが引き連れている数は十二人。そのどれもが真人を敵と認識し、睨みを利かせている。


「おお~こわっ! ── ったく、戦う前から殺気立ってるんじゃねぇよ」

「騎士と神官は犬猿の仲だからね。そこに英雄がいたら憎さ百倍だね」


 スティルはラフィオン最強の神官であり、最強の剣士だった。だが、それを認められない者達の代表格が、このデュランダル率いる騎士軍団だ。


 剣での最強は俺達だ── そう云わんばかりの騎士を見て、真人は薄っぺらさを感じ得なかった。

 ただ、その中でも三人── デュランダル・ディグライン、序列一位の騎士ノース・フライト。そして、同四位インティライミ・エコーズがその他の騎士とは明らかに一線を画していた。


「やっかいだな、あの二人」

「ええ、ただ必ず叩き潰す必要があるわ」

「不穏当な発言は控えるようにな」


 歩きながら話しているのて、騎士達との距離はどんどん詰まってきている。スティルと真人の会話が聞かれれば、より敵愾心を煽る事になる。


「ようこそ、ライズ・クライン」


 声を張らなくても互いの声が伝わる距離になったとき、デュランダルが大仰に両手を上げて真人を呼んだ。


「どーも、デュランダル将軍。お日柄も良く」

「ほぅ、たった二週間で── ふむ、流石と云うべきか」

「何の事かさっぱりですよ。ですが── 俺は只のライズです。ライズ・クラインなる人物と同一視は遠慮願いたい」


 真人を取り巻く雰囲気の変化を目敏く見定め、デュランダルは牽制を入れるが、それを真人は軽く受け流す。


「只のライズか。── 君は名に誇りはないのかい? 」

「少なくてもライズ・クラインとして見られる事に何の感慨も感じ得ませんね。

 だから、無駄だとしても細やかな抵抗です」

「虎の威は借りないと? 」

「さて、それはどうでしょ。名ではなく自分に誇れるようになったら、遠慮なく借りますよ」


 執拗にデュランダルが攻めたてても、真人の態度に変化はない。それだけ真人には余裕があると云う事だった。


「スティル殿、化け物を育てましたね」

「その言葉は終わってから聞きますわ。── 全滅しないように気を引き締めて下さいね」


 スティルの言葉に騎士達がざわめく。しかし、デュランダルは、


「── なるほど」


 と、云う一言で騎士達を黙らせた。

 圧倒的といえるその存在感は、将軍(ジェネラル)の地位に相応しい。


「忠告として受け取りますが── 騎士を軽んじられたようで多少不愉快になりますな。ご注意なされよ」

「あら、失礼致しましたわ。特に他意はありませんでしたのに」


 ── コイツ、マジで女狐だな。


 したり顔で云うスティルを見て、真人は笑いを堪えるのに必死だった。

 スティルが騎士を軽んじてるのは、今更云うまでもなく、他意はこれでもかと云う程、含まれているのだ。


「その言葉が真実である事を祈ってますよ。── それでは」


 デュランダルにゾロゾロと付いていく騎士達。その中で一人だけ、踵を返して真人に近付く騎士がいた。


「ライズ殿」

「何でしょうか? インティライミ師団長」

「ひゃー、名前覚えてくれてたっすね。カンドーっす! 」


 決して本気でない軽さがそこにある。だが、こうして近付いてみればより分かる。

 インティライミが放つ剣気は、スティルには届かないものの侮れるものではない。それだけに正面きっての剣技合戦をするのは危険だった。


「無論ですよ。双剣のインティライミ── もしやり合う事があれば最も注意すべき存在だと」

「もし── そんな謙遜不要っす。僕は今日五人目で出ますんで必ず殺り合えます」


 ── 何か、な。『やり合う』の『やり』がやたら殺伐としているのは、気のせいじゃないよな。


「四人抜きは至難ですよ」

「だから、謙遜は不要だと云ってるだろ。

 折角いい気分なんだから、水を注すんじゃねぇよ」

「それが本性か? このニセ騎士が」

「へっ、いいねぇ」


 ニヤリと口元を歪め、インティライミは下から真人を見上げる。


「ほれ、とっと行かないと置いていかれるぞ。どんなであれ騎士の位があるんだから、規律ぐらい守れよ」

「くっくっく…… 」


 真人の言葉に耳を貸す事はなく、含み笑いを不気味に繰り返すインティライミ。そして、暫く真人を観察した後、拳を真人の胸に押し付ける。


「男の胸を触って楽しいか? 」

「気持ちよかねーが、興奮するねぇー。今すぐここに刃を突っ込みてぇよ」

「冗談、そんな痛い思いはゴメンだ」

「くっくっく、楽しみだなぁ~」


 最早、悦に浸っているインティライミと意思疏通は出来ないと、真人とスティルはその場を離れる。


 ── あんなのを喜ばず贄にだけはなりたくねぇ。


「あんな変態、一撃の元に叩き潰しなさい」

「ああ、長く付き合うのは無理だ。生理的に受け付けねぇよ。

 しかし、この国の騎士はあんなのばっかりか? 騎士道が泣いてるぞ」

「そうね。本物の騎士ならファリス様の近衛兵がいるけど── 残念ながら強さでデュランダルが率いる傭兵部隊に及ばないわ」


 正規の騎士団を傭兵部隊呼ばわりするスティル。だが、その気持ちは真人にも良く分かる。

 デュランダルは外面のみ体裁を整えているが、時より煩雑さを見せ、インティライミは騎士としては論外だ。

 このラフィオンは神官が支える国だけに、その弊害があのような形となって表れているのだろう。


「やっぱ解体するべきだな」

「そうね」


 そのまま、二人は控え室に消える。


「姉様、マサト」


 その姿を影から見守るレイサッシュの存在に、真人は気付く事が出来なかった。


「一応、ガンバレ…… 」


 呟きその場を後にするレイサッシュ。

 真人と再度邂逅を果たすには、もう少し時間が掛かるようだった。

 闘技場内には、真人と騎士十二人の合計十三人がいた。

 そして東側の観覧席にデュランダル、その逆の西側にはスティルがそれぞれ陣取り、中央にはファリス、ウォッカ、レイサッシュが、真人達に視線を送っている。


 そんな状況を確認して真人は思う。


 ── スティルの予想通りの配置になったな。


 昨夜、その配置予想を聞いた時にも思った事だが、明らかに騎士十二人が揃って闘技場に居るのはおかしい。

 戦うのは五人なのだから、普通であれば残り七人はデュランダルの後ろを護るように設置してしかるべき状況なのだ。


 それをしない理由は、二つ考えられる。

 まずデュランダルが状況に合わせてオーダーを変更する為の配置であると云う事。だが、これはインティライミが五人目であると、暴露した事によって可能性は低くなった。

 そうなると、真人としてはあまり喜べる理由にならないが、騎士全員で真人を潰す為と云う事が考えられた。

 だが、これは明確な反乱だ。

 女王(ファリス)の意思を無視し、ラフィオンの儀式を蔑ろにする行為になる。

 この儀式は、神官長が一人増えるかどうかの結果しか生まない。それは騎士団にしたら面白くない事かもしれないが、地位を捨てるリスクを背負う程の事ではないのだ。


 ── 尤も、始めからからそのつもりだったとしたら、それも有り得る事なんだよな。


 デュランダル側とファリス側の人数を単純に分ければ、13対4となり数的優位もあり、リスクを垣間見なければ、これ以上のタイミングはない。

 更に反乱を成功させた上で、真人達を抹殺すれば、全ての罪を被せる事も出来るのだ。


 伝説の英雄が狂気に走り、それを全力で止める騎士団── しかし、その甲斐なく王を護りきれなかった。

 そんな二流シナリオでも『ライズ』の名があるだけで通用する。


 あくまでもこれは可能性の一つでしかない。だが、スティルはこの可能性を現実に起こるものと確信しているようだった。

 だからこその追加指令「もし、騎士団長が全て闘技場内に集合するようなら全員潰せ」が発動した。


 真人一人で十二人の騎士団長を担当すれば、スティルはデュランダルを相手に出来るのだ。

 スティルはラフィオン最強の神官、騎士団長の加勢がなければ負けるような事はないだろう。そして、レイサッシュはファリスとウォッカの護衛をすれば良い。

 とどのつまり、真人が十二人を相手取れば、負ける事はない。そういう戦いになっている。


 ── 流石に1対12は、な。


 入口で見た時、ノースとインティライミを含まなければ、十人同時に相手にしてもやれる自信があった。それは昔、数十人に囲まれても決して失わなかった確信と同じものだった。

 今の真人にとっては騎士団長といえど、街中のゴロツキと変わらないという事だ。

 だが、あの二人は違う。

 1対1なら負けない自信はあるが、二人を同時に相手するのは勿論、他の雑魚が二人も付いてしまえば黄信号が点灯する。

 あの不可解な変態、インティライミは真人と1対1で戦いたがるだろうが、ノースはそのような拘りを持たない。それはお飾りの序列であれ一位にいる事から予想出来る。


 ノースとインティライミは実力的にはほぼ互角、だが序列はノースが上なのは、デュランダルの意思をより尊重し近い考えを持っているからだ。

 恐らくインティライミはデュランダルの命令があるまで一人で戦い、ノースは命令がなくても援護をつける。その判断が出来るか否かは、使う者からすれば使い勝手の良さが違う。


 その考えを元に戦術の組み立てをするなら、4人目までにノースを引っ張り出せる状況を作るべきだった。そして、その状況を作るのに必要な要因は、圧倒的ではなくノースなら勝てるかも知れないと、デュランダルに思わせる必要がある。


 これが成功すれば五人目に控えているインティライミとも一対一で出来る可能性があり、そうなれば間違いなく作戦完遂ミッションコンプリートとなる


 ── 今、考えても滅茶苦茶な注文だな。


 圧倒的な力を見せるだけでも駄目。だからといって、弱いと思われても駄目。絶妙なパワーバランスが必要とされる。


 ── ま、おだてられて木に登っちまった俺が悪い、か。しゃーねぇな。


 真人は闘技場の中心に向かって、一歩足を前に出した。


「シェイディ」


 観覧席からデュランダルが、騎士の一人を指名する。

 序列十位に位置する〈シェイディ・エアブル〉は、頷くとデュランダルに背を向けて真人の前まで歩いてきた。


「第10師団長シェイディ・エアブルだ」

「序列十位ですか── 一寸、役不足ですね。何か色々足りなそうだ」

「あまり人を舐めるなよガキがっ! 」


 腰の長剣(ロングソード)を抜き、吼えるシェイディ。それを見て真人は口角を少しだけ上げ、自分の剣に手を当てた。そして、


「始めっ! 」


 中央からウォッカが戦闘開始の声を上げた。


「うおぉぉー」


 シェイディが剣を振り上げ、真人に迫る。しかし、


「大振り過ぎるな、つまらん」


 スピードとパワーが無い訳ではない。だが、無駄な所に力を込めている所為で重心がブレている。そんな状態で振るった剣などでは、今の真人を倒す事はおろか剣を振るわせる事も出来ない。

 たった半歩、身を翻し剣を交わす。そして、剣の柄をシェイディの顔に叩き付けた。


「ぐはっ! 」


 正確に顎を打ち抜かれシェイディは膝を折る。


「一人目だな」


 前のめりに倒れ、その体を痙攣させているシェイディ。誰がどう見てもすでに決着はついていた。


『──── !』


 この結果を目の当たりして、息を呑む騎士団の面々。その中で冷静なのは、やはりノースとインティライミの二人だけだった。


 ── やはり、この程度なら平気だな。


 もし、あの二人が今ので動揺していたら、真人の作戦完遂の可能性は無くなっていた。だが、今のところ支障はない。


 ならば──


「デュランダル将軍」


 次の行程に進む為、真人は声を上げた。


「何かな? 」

「後4戦、こんなのを続けるのは面白味に欠けるてはおもいませんか? 」

「面白味── そんなのを求めているのですか、君は? 」

「はっ、ぶっちゃけるとダルいんですよ。だから、序列五位以下7名と纏めて戦わせて貰えませんかね」

『なっ! 』


 真人の発言に騎士達に動揺が走る。


「ふっ、はははは…… そんな事をして君にどんなメリットがあると云うのだ? 」

「時間短縮ですよ。もし、俺がその7名に勝ったら、次は一番強いヤツとやらせて下さい。それでこの戦いの決着としてくれれば、3戦で終われる。

 メリットとしては充分ですよ」


 真人の提案にデュランダルは、顎に指を当てて思案に更ける。そして、


「確かに面白くはある。しかし、君の提案を全て呑むのは癪に触るね」

「駄目ですか── だったら仕方がないですね」


 これは駆け引きだった。だから、物欲しそうにすれば、あっさりと食い尽くされる。


「ふむ── だが、全て却下は味気ない。だから集団戦後、2戦を行うのであれば、その案を採用させてもらうが如何かな? 」

「合計4戦ですか。旨味は少ないな── 」


 少し悩むフリをして、


「だが、5戦するよりマシか」

「賢明な判断だよ。ストーン、プレジット、ノヴァ、サスピション、ディクタス、ロックポック、ノベルズ── 聞いた通りだ。遠慮なくやれ」


 真人の強さは目の当たりにしている騎士だが、1対7という圧倒的な数的優位に押され、気勢が回復している。


「現金なこって…… けど── まあ、助かる展開だ」


 今、この場をコントロールしていると確信し、横並びになった騎士七人分の剣気を受けても、まるで負ける気がしない── 真人はニヤリと笑って、その剣気を全て受け止めていた。



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