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レイサッシュの攻撃について、真人なりの予測を立てていた。
あの武器は多節棍のようなもの、上部10cmが外れ柄の部分と鎖で繋がっている。だが、それだけであの威力の説明は出来ない。
そこで思い付くのは精霊術だった。
レイサッシュは、土の神官長である。真人の拙い記憶によれば、重力や木々を扱う能力だ。つまり、あの棒の先端に重力を掛けている。
見た目こそ、若干貧弱な感があるが、あの先端は鉄球と同じぐらいの威力がある。それは重力球と呼べる武器だった。
── 昔やったRPGにモーニングスターって武器があったな。
小柄な少女が振るう武器としてはアンバランスだが、レイサッシュが今使っている武器なら違和感はない。それ以上に、威力はモーニングスター並で、小回りやスピードも充分なあの武器は、正に土の精霊使いの為の武器だ。
武器の特性を理解した上で真人は地を蹴り、レイサッシュに迫る。
「甘いっ! 」
真人がまっすぐ自分に迫るを見て、レイサッシュはそう叫ぶと重力球を放つ。だが、それは単調な迎撃だ。
レイサッシュの一挙手一投足を見逃さないように全神経を集中させていた真人は、攻撃と同時に方向を変え避ける。
「だから── 甘いって云ってるのよっ! 」
攻撃を避けた真人に合わせ、放たれた重力球を引き戻す。先端が鉄球であれば相当な力技になるが、レイサッシュの武器は力を使わなくともそれが可能になる。しかし、
「何でいちいち叫ぶんだ? 」
冷静に振り返り、戻ってくる重力球をその片手一振りで叩き落とした。
「なっ! 」
「お前、俺を傷付ける気はないだろう。── 舐めんなよ」
レイサッシュの叫びは、真人に攻撃のタイミングを教えているようなものだ。奇襲として攻撃が成り立たない以上、そこに実力差がないのならダメージを与える可能性は低くなる。
だが、レイサッシュが洩らした感嘆の吐息は意図も簡単に重力球を叩き落とした事にあった。
「アンタ、脚力に魔力強化を使ってたんじゃないの? 」
この質問にどんな意味があるのか、真人には分からない。だから、そのままを返す。
「ああ、使ったぜ」
「── そんなの有り得ないっ!」
叫びは怒気を帯びていた。
「そう云われても、俺の持ち駒は少ないんでな。出来る事は全てやる」
もし、レイサッシュにもう少し余裕があれば、サムズアップなどで挑発してみたいところだったが、空気を読んで自粛する。
「あの一瞬で強化箇所の変更。ふざけないでよ」
「だから、お前は何を── 」
「やっぱり、今殺すしかない…… 」
レイサッシュの表情がドンドン追い込まれたものになっていく。
「おい、レイサッシュ」
「うあぁぁー、来てグレイゴルっ!」
真人にはその叫びが悲鳴に聞こえた。そして、その悲鳴に応える存在が土の精霊主『グレイゴル』だった。
「やれやれ、たまに喚び出したかと思えばなんと落ち着きのない事だな」
困ったように云うグレイゴルだが、その姿は亀を模していた為、何だかのんびりしているイメージが優先される。
「グレイゴル、アイツを── カミシロマサトを殺して」
「ふぅむ、それがレイの心からの願いなら、叶える事もやぶさかではないのだが── いいのかい? 」
「──── 」
「そうだね。一時の感情に流されるのは良くない。貴女もそれで良いな」
真人とレイサッシュを越えた先に向けて、グレイゴルが云うと、
「何か面白い事になってると思って見てたんだけど、案外詰まらない結果になったわね」
やたら上機嫌で顔に赤みが差し、虚ろな瞳を携えながらスティルが答える。
そしてその状態だが、真人には心当たりがある。人により言い方は『酩酊』『泥酔』『大酔』と、様々だが、尤も簡単なのは『酔っ払い』だろう。
「レイ、貴女何暴走してるの。そんな事で私の自尊心が守られるとでも思ったのかな? 」
にへらとしながら絡み付くスティルに、レイサッシュは俯き答えない。
「焔の盟主よ。そこまでにして貰えるかな。主とて貴女と敵対するつもりはないのだ」
「んぅ~、そんなん分かってるからダメなのよ。ここで流したら、この娘が動いた意味が無くなるじゃない」
スティルの酔いは芝居などではない。確かにアルコールは脳まで回っているのだろうが、侵食されていない本質のようなものが、今のスティルの口を動かしていると真人は直感した。
「自分が動いた意味、もうちょい深く考えてごらんなさい── って、あらら、地球が私中心に回ってる」
ふらふらとよろめき、その体をレイサッシュに預ける。
「姉様…… 」
「アンタがライズの才能に嫉妬するならいい。けど、自分以外の者が辿り着けないからって理由はいただけない。アンタの未来はまだ未知数なんだ。
それが妬ましい…… 」
最後の一言は小さい呟きになり、レイサッシュにしか聞こえなかった。真人に聞こえていればこの状況を作った一旦が見えた事だろう。
実際、才ある者の無自覚は、人から受ける羨望を受け流してしまう。その点に於いて、才あり天狗になっている者より質が悪い。
「マサト、ゴメン。私は姉様の言葉の意味を考えてみる」
「その、何だ…… 俺には何でこうなったのか、まったく分からねぇんだ。せめてその辺の説明をしてくれねぇか? 」
「自分勝手な嫉妬よ。貴方に非はないわ」
「嫉妬── 」
呟き「そんな大層な才能なのか? 」という言葉を呑み込む。
レイサッシュの目がこれ以上の言葉を拒否していたのもあるが、自分の無自覚が生んだ嫉妬は軽く扱えば、思いもよらぬ軋轢を作ると分かっていたからだ。
「私は答えが出るまで貴方には関わらない。けど、姉様は貴方を切り捨てるような事はしないから、安心して」
「そうは云っても、明日からどんな顔すればいいか分からねぇよ」
レイサッシュの肩で気持ち良さそうに眠るスティルを見ながら、真人は大きな溜め息を一つ吐いた。
「それなら平気。こうなった姉様は記憶なんてないから、貴方は今まで通り振舞えばいいのよ」
「だったら、お前も普通にしてればいいじゃないか」
「我が主は不器用なのだよ。そんなに上手く立ち回れないのさ」
喚ばれてほっとかれたグレイゴルが、ようやくとその存在をアピールする。だが、
「グレイゴル、喚んで於いて悪いけどもう帰っていいわよ」
「なんじゃ、切ないのぅ」
折角のアピールが還元の引き金になり、拗ねたように口ずさむ。が、グレイゴルは大人しくその姿を消した。
「ゴメンね。こうなった姉様は遠回りな事は云わない。だから、私に考えろって云うならちゃんと考えなきゃいけないのよ」
「上手く立ち回る以前の問題って事か」
「うん」
レイサッシュがスティルに預けている信頼は、どこまでも深い。その言葉を無かった事には出来ないのだろう。
「そっか── けど、それはスティルに依存しているぞ」
「依存? 」
「ああ、このままだとスティルの言葉が無くなった時、お前は自分で何も決められなくなる。
ま、俺の言葉なんて軽いかも知れないが、頭の片隅に残しておいてくれ」
既に答えが出るまで考える。と、答えをレイサッシュは出している。だから「考えるな」とは云えない。それでも、スティルに依存している自分を自覚しての検討であれば、また違った答えに辿り着ける── 真人はそんな風に思っていた。
「そうね。アリガト」
そして、レイサッシュにもその気持ちが伝わっていた。素直に微笑み返し、そのままスティルを軽々と背負い小屋へ戻っていった。
「吃驚したな…… 」
そう呟いて、真人は呆然とレイサッシュを見送る。
真人の驚きは、小柄なレイサッシュが意外な力を見せた事だけに留まらず、その笑顔に魅せられたからなのだが、その事に本人は全く気付いていなかった。
◆
レイサッシュとのいざこざから五日、彼女はその言葉通り真人の前に姿を見せない。そして、スティルはこれもレイサッシュの云う通り、あの時の事は覚えてないかのように振舞い、飽くまでも何もなかった態で真人と接している。
「ライズの剣技って変わってるわよね」
「そうか? 」
真人はイメージで創り上げた剣を正眼の位置にて構えた。
「うん、やっぱり」
そして、それを興味深気に眺めているスティル。
「ふぅ~、剣術であれ剣道であれ、この構えは基本なんだがな。そんなに珍しいか? 」
「構えそのものは珍しくないさ。けど、それは大剣とか両手持ちを扱う者がよくやる構えなんだよね。
ライズの体型なら長剣が無難かなと思ってたんだけど」
「ああ、そういう事か…… って、こっちには刀はないのか? 」
当初、言葉が通じる事でここを日本に位置する場所と思っていたが、セルディアには日本を連想させるものが少なかった。
言葉は地域を判断するのに大きな要因ではあるのだが、余りにもその他の要因がなさ過ぎた。こうなると日本という思い込みを一度捨てなければならない。
「カタナ? 」
「片刃の剣だよ」
「ああ、ブレードか。それはある── けど、使い手は殆ど見ないさね。あれは綺麗だけど、扱いが不便だし、脆い」
聞き捨てならないな── 真人とて、剣術を学んだ末端の一人だ。魂とまで云えるほどではないが、不当な評価は頂けない。
「それは偽物だけだろ。本物の刀は、美・速・堅を兼ね揃えたものだ」
「ないない」
「あるっ! 」
「何、意地になってんのさ」
拘りがある訳ではないのに、意固地になる真人。何故かと問われば…… 答えられるはずもない。
「さあ、何でだろ? 」
「ったく…… でも、ライズの構えはブレード使いのものなんだね?
そこからどんな組立をするのか── うん、面白いかも知れない。ちょっと待ってて」
おもむろに立ち上がり、小屋の中へスティルは戻っていった。
レイサッシュの一件からスティルは、先刻述べたように普通に振る舞っている。ただ──
「以前には無かった目付きなんだよな」
スティルの真人を見る目があの日を境に変わった。以前であれば、どう真人を動かすかを第一に考えながらも、尊厳や自主性を重んじていた。しかし今は、真人の力を見極める為に全てを使っているような節があった。
それが、師匠として弟子の才能を見定めるような視線であれば、真人もそれほど気にならないのだが、敵愾心に近いものを感じるのだ。
現在、真人とスティルの戦闘力には、真人が五人居ても手も足も出ないくらいの差がある。スティルがその気になれば、それこそ瞬く間に真人は大地に叩き伏せられる。
「実力差がある者に抱く敵愾心か…… やっぱ嫌われてんのかな」
空を見上げ呟く。
その空は青く何処までも透き通っている。
「蒼穹の絆か」
信司が、真人の母〈舞〉の墓前で云っていた。
『俺が求める絆はな、全てを見透せる絆なんだ』
年端もいかない頃、信司が何を思って云ったのか真人には分からなかった。
── だが、今なら分かる。
人間関係に於いて、嘘や隠し事が無いなど有り得ない。それを踏まえた上で、相手が間違っているなら正しく導き、正しい事ならそれを受け入れる。
そんな関係を信司と舞は築いていたのだろう。だから、真人にもそんな関係を築いていけと、信司は云いたかったのだ。
そして、その事を思い出した理由も真人には分かっている。
このセルディアで出来た絆もそうであってほしい── そう自分が望んでいるのだ。
「青臭い香りがするぞ~、空だけに」
「上手くねぇよ」
「それは兎も角、待たせたね」
手に持った木剣を投げ出し、真人に拾うように指示する。
「仕合うつもりか? 」
「ま、剣術指南の一環だよ。ライズにとっても悪い話じゃないだろ」
スティルもその手には同じ木剣を持っている。そして、返事を待たずに構えた。
「それがアンタの構えか」
「結構、様になってるでしょ」
スティルの構えは、剣を右手に持ち、ヘソの辺りで刃を斜めにしている。
無駄な力は一切入っておらず、その技量の高さは一目で分かった。
「三流剣士ねぇ── とんだ三味線だな、おい」
フレイヤがそうスティルを揶揄した事があるが、それが本音だったら、どんだけのレベルを求めているというのだろう。
「神官は最強であれ、その意味が分かったでしょ」
「一応聞くが全力でいいんだよな? 」
「ンフッ、私は一応手加減するけどね。それでも怪我するよ」
「…… ったく、冗談じゃねぇ」
真人は剣を拾い正眼に構える。そして「ふぅ」と一息つくと上半身には意識を向けず、両の足に向ける魔力を集めた。
「こっちの準備はOKだ」
「じゃ、来なっ! 」
「はっ! 」
裂帛の気合いと共に大地を蹴る。真人の両足は魔導術によって強化され、そのスピードは常人なら反応する事は出来ない。
だからこその正攻法、真っ直ぐにスティルに向かっていった。
この仕合は一瞬で終らせなければならない。
真人とスティルの技量差では、長く続ければその分受けるダメージが増えるだけだ。
真人が自分の間合いに入った瞬間、足に掛けていた魔力を両の腕に変更。そして、スティルの首筋を狙い一撃を放つ。
「なるほど」
「なっ! 」
その一撃はあっさりと、スティルによって受け流された。
真人の剣は滑るように、スティルの剣によって剣線をずらされ、行き着く先は大地だった。
「受け止めたら、ヤバかったさね。それじゃ、歯食い縛りなライズ」
態勢を完全に崩され、ガラ空きになった脇への一撃に手心は無い。
「がっ! 」
骨が軋み、肺の酸素が強制的に体外へ排出される。正に悶絶状態だ。
「苦しい」「痛い」「気持ち悪い」どれもあるのに、そのどれも口にする事が出来ない。
真人は涙目になりながら「はっ、はっ、はっ」と短い呼吸を繰り返していた。
「肋骨、一、二本逝ったわね」
「くっ!こ、こ、こ…… 」
「その痛みは、アンタの判断ミスが生み出した痛みよ。ソウネェ── 所謂、自業自得」
── このっ! ふざけんなっ!
痛みの原因は、素知らぬ顔をして云う。
もう少し口を開くまで時間が掛かりそうなだけに、真人は精一杯スティルを睨みつけていた。
「その顔は何かな? あんな一撃で大ダメージを負うのは防御を疎かにしてるからよ」
「─── っ!」
確かにその通りだった。
魔導による身体強化なのだから、速度や攻撃力だけでなく、防御力に充てられる事は充分想定出来る。
そして、その力を使えるだけの時間をスティルは与えていた。
真人が防御力強化をしなかったのは、自分の放った一撃に満足してしまったからに他ならない。
「もし、ライズがきっちり防御していたら、こうして私だけが一方的に喋るなんて展開はなかったのにね」
「──── 」
「悔しかったら、その魔力操作をもっと極めてみせなさい。それは誰にでも出来る事じゃない。貴方だけの能力なんだからね」
結局、この日真人はその場から動く事は出来なかった。
真人の傷は思った以上に酷く、次の日にスティルが水の神官を引き連れて、その治療が終わるまで修業は止まった。
「一寸、やりすぎちゃった── テヘっ♪」
自分の甘さが招いた傷だと、頭では理解している。だからこそ、湧き上がる殺意を必死で抑える。
今は、我慢の時だ── だが、いつか倍にして返してやる。
そう真人は心に誓うのだった。
そして、残りの日々は瞬く間に過ぎていく、魔導と剣術。その両方を卓越したセンスでスポンジのようにドンドン吸収する真人。
本人は気付いていなかったが、真人の戦闘力はセルディアに来た時より数倍上がっていた。
そして、更に二週間が過ぎ、真人とスティルは再び王宮の中庭にいた。最後の確認、スティルから話された彼女の目的に真人の表情が曇る。
「完遂出来なくても恨むなよ」
「命懸けでやりなさい」
「ったく、厄年か今年は── 早すぎるだろ」
そんな事をしている内に時間が過ぎていく── いよいよ真人の戦いが始まるのだった。